不死の感情・改   作:いのかしら

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私たちは真の若き日々の物語を誇りに思い、栄光ある日々を決して忘れないだろう




第6章 (12) 愚将の忠誠

ティーガーIIを学園都市中心部の学園官邸を目指して進ませていた。しかし現状既にプラウダ学園装甲部隊が中心部に迫り、取り囲んでいるようだ。私の気づかぬ間にここまでことが進んでいたとは……

 

「ここも封鎖されているわ。前方からT34/85が二輌、JS2が一輌出でくるわよ!」

 

何れにせよ照準器の向こうでは、道路上の三輌の戦車がこちらに砲身を向け待ち構えている。ここが今まで見かけた中で一番突破が容易、というわけではないが、このまま突破しなければ側面を晒すことになる。いくらティーガーIIでも側面を狙われるのは厳しい。

 

「ティーガーIIを正面から止められると思っているの!なめないでほしいわね、イワン共‼︎」

 

だが正面からの撃ち合いなら決して負けない。装填してあった砲弾をJS2に撃ち込む。砲身から煙が吹き出し、こちらに流れてくる。近距離ならば地獄に送れる。まず一輌。

しかし次弾装填までに煙の向こうが光り、T34から正面に砲撃を食らう。正面から撃ち抜かれるほどヤワではないが、車内を激しい揺れが襲い、頭の上のキューポラが煩く騒ぐ。

 

「ぐっ……」

 

砲手は落ち着いて砲弾の装填が確認されると、T34に撃ち込む。車内に煙と薬莢が排出される。正面から狙われたT34はキューポラから炎をあげ、車体のあちこちからそれ以上の煙を噴出させる。

 

「命中!2輌目撃破。T34後退していきます!」

 

「よし、包囲に穴が空いたわね」

 

道は開けた。あとは進むのみ。前進し学園官邸に急行するよう指示しようとした時、操縦手から焦る口調で報告が入る。

 

「くっ……隊長、ミッションに異常発生です!ギアが入りません!」

 

足元からは必死に動かそうとすることによる歯車の噛み合わない嫌な音がする。

ギアが入らない。即ちこの戦車は動かない。

 

「江賀に無線を」

 

「はっ……」

 

ただ路上で無言で待つ時間が、かなり長く感じられた。

 

「こちら江賀。隊長代行、如何なさいましたか?」

 

「無事?」

 

「は、はい。猟兵が二人ほど来ましたが撃退済みです。他には特に……」

 

「なら、どこかに隠れなさい。やり過ごすのよ。それが最後の命令」

 

「はっ……最後?」

 

無線は言うだけ言って無理やり切った。さぁ、数多の者を切り捨てるだけ切り捨ててここまで来た。あとはそのまま行くのみ、か。

 

「……もういいわ……ここまでね」

 

「は?隊長代行?」

 

略帽である船形帽をとってからヘッドホンを外す。

 

「最早、この試合も、学園も負けね。ここから先は私一人で行くわ」

 

不安げに見つめてくる砲手の視線を無視して淡々と咽頭マイクを取り、トンプソンを持ってマガジンポーチを腰に結びつけ、キューポラを開いて荷物を先、続いて身を放り出す。

 

「エリカ隊長代行!」

 

外に完全に出た私を追って、砲手がキューポラから身を乗り出す。

 

「最後の命令よ。貴女達は車輌を爆破して、江賀のティーガーIと合流して隠れて時間を稼ぎなさい。とにかく試合終了まで戦わないでいなさい」

 

車輌を降りて素早く中心部を目指して駆けて行った。背後から隊長代行、隊長代行と呼びかける声がするが、耳に入れることは無かった。

私はついに代行としての役目も放棄したのだ。そんな肩書きで呼ばれる資格はない。聞かないふりをし続けたまま、音はやがて本当に聞こえなくなった。

 

 

 

まだ時たま空の低い位置に飛行機雲の親戚が見える。近くの家は燃え盛り、破壊された煉瓦や木片が所を問わず地を覆っている。白い煙はあちこちから上がり、空に昇る。

中心部に近づいてもその光景が変わらず続く中、一人先を急いでいた。煉瓦を踏みしめ、時折近くの壁の跡に身を潜める。

中心部に近づくにつれて、落ちている死体の数が増える。それも軍属ではない。防衛隊やSSの制服ではなく、本来の黒森峰の制服を着て、パンツァーファウストや銃を近くに落として瓦礫に埋もれている者が明らかに多い。

人によっては胸のあたりが真っ黒に焼け焦げたまま、パンツァーファウストの棒を握りしめている。初歩的な使い方のミス。それすらも分かっていない人間を、学園は前線に送り込んでいる。

 

これが意味する所は、そのような手段を取らざるを得ないほど戦局がよろしくないというものだった。宣戦布告されていない故に、昨日まで銃の撃ち方さえ知らぬ者を送り込まねばならないほど数が足りないのだ。

落ちていた銃は流石に使えない。弾の規格も今のものとは合わない。使われていないパンツァーファウストなら何とか使えるが、流石にこれを持ち運んで行動するのは目立ちすぎる。

仕方なくいざという時に備えマガジンをいくつか拾っただけで、残りは捨て置いていった。

 

 

先を急ごうとした時、金切り声に近い叫び声が耳に入った。建物の窓越しに身を潜めつつそちらを向くと、少し離れた路上で黒森峰の女子二人が、プラウダの数名の兵に追われ、服をひん剥かれようとしていた。

すぐに捕まり、一人は銃の柄で殴り倒され血痕を拡散させ、地面に伏した。もう一人は向こうの趣味にあったのか、地面の上で襲われていた。そして襲うのにも順番があるらしい。順番待ちがそれの周りを囲んでいた。

その光景はあまりにもおぞまかった。目も銃も向けることなど出来なかった。

本来ならここで全員奴らを撃ち殺して然るべきだったろう。たとえあの中の一人を巻き込んでしまったとしても。冷静に考えていたらそうなっていた。

 

だが実に恥ずかしいことに、私は駆け出してしまった。ただ一瞬でも早くこの野生の狂乱から逃げ出したかった。

一方でこれで確信できたこともあった。やはり、プラウダはゴキブリ以下だ。蔑むべき存在なのだ、と。それさえなかったら、殺すことにためらいはなかった、と断言できる。

 

その後の移動でも弾の使用は必要最低限を心がけた。防戦に加われという指示ならば、その為に弾薬は残しといたほうがいいし、当面は生きねばならない。

万が一発見されて戦わねばならないときは、SSになってすぐに従軍した反乱鎮圧を思い出す。こう見えてもその戦いで反乱部隊の一つを殲滅し、学園長から直々に勲章を授かったこともあるのだ。プラウダの糞野郎なんかに負けはしない。

鉄の心、動じることなく頭を狙う。

 

 

数人の頭を弾数発で破壊したころ、学園の防衛ラインらしきものが見えた。といっても塹壕の前に土嚢をいくつか積み、機銃を出し自動小銃を準備した防衛隊が頭だけ見える程度のものだが。見えるだけでも転がっている死体が多い。敵のも、味方のも。

正面から行っては間違われ可能性がある。流石に味方に撃ち殺されるなどというヘマはしたくない。

裏から塹壕に近づき、建物の横から帽子を出して振った。向こうが確認しているかはわからないが、撃っては来ないが、ちらりと見るとMG42はこちらに向いている。続いてある声をかけた。

 

「Ein Wald(森)!」

 

少し間が空いたが、返事はしてくれた。

 

「Meer(海)!」

 

互いにそう言う人間だとは確認は取れたはず。されどまだ弱い。

 

「武装SS装甲師団曹長、逸見エリカよ!そこを通しなさい!」

 

「こ、これはSSの戦車道部隊の指揮官の方でしたか。失礼を」

 

姿を出し塹壕へ走り、滑り込んだ。攻撃はない。

すぐに部隊長らしき娘が駆け足で近づいてきた。服はかなりボロボロであり、階級章がなければ浮浪者とも取られかねないほどだ。

 

「逸見曹長、申し訳ありません。プラウダ兵の一部が黒森峰の服を奪っているという話があったもので……」

 

「伍長、それより現状を」

 

名前が分からずとも階級で呼べるのは、こういう時は正直楽だ。

 

「我が部隊を含め、この防衛戦はプラウダの歩兵による第一波を辛うじて撃退しましたようですが……すぐに第二波が来るでしょうね」

 

「……その時守れるかしら?」

 

「第一波の時の犠牲は多かったですが、守ってみせます……やれる限りは。そう命令を受けていますから。軍人ならばそれに従い、全力を尽くすのみです」

 

銃の作動を確認しながら、口角を上げて応じる。

 

「そう……これ、途中の死体から拾ってきた弾。足しになるかもわかないけど、よかったら使ってちょうだい」

 

「は、あ、ありがとうございます!」

 

「私は学園長に報告して来るから、ここは任せるわ」

 

「はっ!」

 

綺麗な敬礼だ。右手がすっと、まっすぐに伸びている。上を確認し、塹壕を飛び出して真っ直ぐ中心部の方へ進む。その中で、背後から一層大きな声が響いた。

 

「ジーク、ハイル‼︎」

 

もう厳しいだろう。さっきは歩兵主体だったようだが、きっと次は戦車隊が来る。あの塹壕では耐えられまい。士気はありそうなのが救いか。

時間がない。

 

 

 

つい今も一発着弾したここに到着した。道中稼働中のこちらの戦車は見当たらなかった。

フリードリヒ地区ブランデンブルク地域にある学園官邸。

その象徴である入り口の上の鷲の紋章は足元や翼が欠け落ちており、柱の下がえぐれ、壁も傷だらけである。辺りの窓は破れていないものを探すほうが難しい。

学園都市ではなく、学園そのものの喪失。最早話だけだと信じたかった現実は、私の正面に堂々と広がっていた。

その柱の下に腰を下ろし息を落ち付けようとしたところ、地面の一部が開き、地下から人の顔が覗いた。

 

「オイ、生徒か⁉︎こっちだ!」

 

姿からして防衛隊だろうか。

 

「急げ!早く!」

 

近くまでプラウダ本隊は迫ってはいないらしいが、急かされたのもあって呼びかけに応え、案内の者に従い穴に入った。階段を一歩ずつ下り、白熱電灯のぼんやりした光に照らされた廊下を銃片手に進む。

地上からも地下からも唸り声が絶え間なく耳に入る。そこは地上で軍服が汚れに汚れた私でさえ、いるのが申し訳なくなるような場所だった。

 

「♪掲げよ!」

 

廊下の両脇は頭、首、腕、胴、足、その何処かは確実に包帯を巻いている人間がずらりと並んでいた。中央にあるのは私ともう一人が並んで歩くのがやっとなスペースのみ。

 

「♪神聖なる旗を」

 

SS、防衛隊、一般生徒問わずほとんどの者は体育座りでおり、横になれるのはさらに酷そうなほんの一部だけである。

 

「♪親衛隊は」

 

それらを数名の血まみれのエプロンを身につけた女性が対処していた。もっともテープや包帯、それすらもない時はカーテンの切れ端を巻いた後はほっとかれたが。その方々を避けつつ、コンクリートに囲まれた空間を進む。

 

「♪堂々と前進す」

 

処置を受けた生徒の一部はそのボロボロの身にも関わらず、入り口の防衛隊の者に銃を握りながら、外に出してくれと必死で乞う。そして一部は、そのまま地下から飛び出して行く。行った者のどれほどがまともに帰ってこれるだろうか。

 

「♪反逆者の前に倒れし戦友の」

 

戦闘以外でなら高校生以外の関与も認められる。そう、ケガ人の励ましのために小学生が歌うのは別に戦車道連盟規約には反しない。

 

「♪御霊とともにいざ行かん」

 

助けるべきか、手伝うべきか。一瞬頭をよぎったが、無視して先を急ぐ。これが終わった後私は再びあのゴキブリ以下共を一匹でも多くこの地から駆除しなければならないのだ。

 

「♪反逆者の前に倒れし戦」

 

突然地下は大きく揺さぶられ、叫び声により歌も中断される。近くに着弾したようだ。私もその拍子に右側の壁にそのひたいを打ち付けてしまった。

 

「みんな続けて!……

♪御霊とともにいざ行かん」

 

額を壁から外した後も、少しの間嫌な揺れが頭を包んでいた。足で捻り潰したくなる奴らを思い浮かべつつ、それを相殺するべく壁を殴る。

 

「プラウダめ……」

 

 

 

髪は爆風でボサボサになり、膝を擦りむき、息も大きく荒れている。廊下に靴の踵の音を響かせながら学園長のいる所に向かった。とはいえど単に廊下の奥だ。ここの防空壕はそこまで大規模ではない。

その入り口には門番替わりのSSが二人席に着いている。

 

「SS装甲師団選抜隊隊長代行、逸見エリカ。学園長に戦況の報告に参りました」

 

「生徒手帳の提示を。あと荷物と武器はこちらでお預かりします。それの照合と案件の確認をしますので、しばらくお待ちください」

 

机を置いただけの受付で係りの者が、手元の書類をそのまま読むような対応をする。上からは砲声が下まで響き、壁は崩れて欠片がパラパ

ラと落ちてくる。それどころではない、というのが分からないの!

 

「私よ!試合中の戦車選抜隊隊長代行、逸見エリカよ!学園長命令で前線から急いで敵包囲網を突破してきたわ!すぐに学園長やSS総司令官殿に報告に行かねばならないの!

それにね、SSの癖にあの廊下の様を、怪我人すら参戦している様子を間近で知りながら、椅子の上でのうのうとしてるとは、何様のつもり!」

 

余りに高飛車な態度だったので腹が立ち、思わず反駁する。

 

「生徒手帳の提示を」

 

「くそったれ!勝手にしなさい!」

 

しかし受付の者の対応は変わらない。荷物を置くと受付の机の上に黒森峰の印の付いた生徒手帳を叩きつける。許可が出るとそのままズカズカと奥に入っていった。

 

「待つことすらできんとは……全く、これだから戦車関連しか能がない奴は……」

 

今日何度めかの背後の声は気にする余裕がなかった。

 

 

中に入ると、廊下が人で封じられている。その奥から怒鳴り声が聞こえてくる。学園長のものだ。

 

「奴らがここまでやるつもりだと誰一人報告してこなかった!海軍のみならず、SSまでもが私を欺きおって!職員、軍人、その全ての裏切りでこの戦いは負けるのだ!臆病者揃いが!

職員共、防衛隊共、SS共は殆どが卑劣で忠誠心のない、卑怯者の塊、蛆虫以下の連中だ!

奴らは黒森峰の者たちの中のカスだ!栄誉なぞない!この学園卒を立派な学歴だと偉ぶっているが一体全体何を学んできた!お上品なテーブルマナーに、外見は立派な宗教作法だけか!

私ももっと早く偉ぶっている奴らを皆殺しにするべきだったのだ!私は最初の最初から裏切られていたのだ!

これは黒森峰の民全てへの重大な裏切りだ!裏切りものは皆報いを受けるだろう!奴らの血によってな!」

 

人の群れに近づくにつれ、怒鳴り声が大きくなる。群れの中には涙を流す女性を他の女性が慰めている。他の人は無言で、棒が立っているようだ。ただ茫然と棒の追加の一本となっていた。

 

気がつくと棒はぞろぞろと動き出し、私が入ってきたドアの方に向かい、消えていった。

部屋からはシルクハットを頭にはめようとしている初老の男が、彼らとは逆の方に向かおうとしていた。その男、等良学園長閣下に走り寄り、跪く。

 

「閣下!」

 

「ん?君は……」

 

「待て!貴様、この方を誰だと」

 

ボディーガードらしき男が詰め寄ってくるが、帽子をはめた学園長閣下がそれを杖を持っていない方の手で制した。

 

「まぁ待て待て……そうだ。選抜隊隊長代行の逸見くん、だったな」

 

「は、はい!」

 

私の顔を覚えていてくださるとは……なんという光栄か。

 

「戦況のご報告に……参りました」

 

「そうか……」

 

「プラウダは既にフリードリヒ地区ノイケルン地域の防衛線に到達。そこの兵の士気こそ高いもの、敵の第一次攻勢による被害も大きく、次の攻勢での突破は避けられません。そこから先は……この学園官邸までは大きな障害は……ありません」

 

頷きながら次を促してくださる。

 

「……はっ。我が……我が黒森峰戦車道選抜隊は私の乗るティーガーIIを含め……19輌が戦闘不能。唯一の残存車輌であるティーガーIには、狩出教官の指示のもと隠れて時間を稼ぐように命じてあります。その上、現状西住みほを殺した、との報告もありません。おそらくまだ生きているかと。

申し訳ありません。試合に敗れ……プラウダの侵入を防ぎきれませんでした……」

 

意味がないのは分かっていても頭をも地面に擦り付けようとしたその時、右肩を何かがそっと触れた。

 

「ここの床は綺麗じゃない。とりあえず立ちたまえ」

 

「はっ……」

 

学園長閣下の手であった。そのままゆっくりと引き上げてくださった。学園長の背はあまり高くなく、私でさえ少し顔を上げてしまえば目線が合ってしまう。

沈痛な面持ちが、そこにあった。

 

「詳細な報告をありがとう……君の健闘及び職務遂行には感謝する。が……黒森峰はもう終わりだ。

北部で日村君のSS歩兵1個大隊が、北東部で久手君の防衛隊装甲第2部隊が、南西部で高鳥君のSS装甲第9部隊などがそれぞれのなんとか敵を食い止めているが、他の戦線は君が見てきたようにもう崩壊している。外はあの有様だ。

今ならまだ戦線が構築できている北から逃げられる。健軍町の方に逃げなさい」

 

肩に置いたまま、しっかり目を合わせて、私に、私なんかに伝えてくださる。

 

「しかし……私は試合に負けた上、命令すら実行出来ず、さらに部隊のものを纏めて救援に向かわせることすらできなかった黒森峰稀代の愚将です。そのようなお言葉を受けるほどのことは……」

 

「今日の事態を招いたのは君のせいじゃない。これまでの私の行いのせいだ。気に病むことじゃない。君はその厳しい枠内で、最大限のことをしてくれた。これは、私がどうにかしなければならない問題だった」

 

肩から手を離して背を向けなさる。先程の茫然とした感覚を身体に残しながら、目線を学園長閣下の方に向け続ける。

 

「私は……黒森峰と学園長に忠誠を誓いました」

 

「脱出しなさい」

 

だから……と続けようとした私の言葉は遮られる。ドアノブに手を掛け首だけをこちらに向ける。

 

「君には本当に申し訳ないことをした。だがそれでも私に忠誠を誓ってくれてるのなら、この老いぼれの最後の命令を聞いてくれないか。

命をムダにすることはない。君みたいな勇気ある人間は生きるべきだ」

 

持っていたドアノブを捻って、階段の下へと学園長閣下は消えていった。

 

 

 

受付で生徒手帳と荷物を半ばひったくる形で返してもらい、それらを持って再びあの歌声の響く廊下を進む。

 

「♪翻さんかな 髑髏の旗を

♪怨敵の首に立てるまで」

 

曲は何度も繰り返し歌わせているらしい。

飛び出そうとする者たちに混じって地上に戻った。どうするか、どこに行くか。それはもう決まっている。

 

トンプソンを握りしめ、入り口から壁伝いに一歩一歩近づいてゆく。出会った敵に容赦なく銃撃を浴びせる。あそこが突破されたら終いだ。最早一刻の余裕もない。

血まみれになった遺体を横目に、いつもは徒歩3分くらいの距離を、10分以上かけて行く。どうしてもその程度は必要だった。

 

目的地に着く前にトンプソンの弾が切れ、近くに投げ捨てて中に入る。入り口の扉はかなり砕け散っていたが、幸いここはまだ占拠されてはいないようだ。しかし煙はあちこちから登っていて、窓ガラスはどれも割れて破片が散っている。

 

「早く避難しろ!プラウダがすぐそこまで来ている!」

 

「避難するって言ったって……どこへ?」

 

「そんなもん、プラウダがいない方に決まってんだろ!」

 

中は慌ただしい人の流れがあった。床に無造作に散らばったカルテの紙。それが風に流され、一部は窓の外に飛ばされていく。

ライヒ病院の中を、それらを踏もうとも流れに逆らい、看護婦にぶつかろうともある場所を目指す。

もう避難されているかもしれない。だとしたら次にその場所に向かうだけだ。

階段を登り、さらに奥に向かう事しばらく、ある部屋の前に着いた。ドアを三度ノックし、空気圧がかかる音をさせて扉を開ける。

 

「失礼します」

 

「……その声は、エリカか」

 

声、それはその部屋に住まうただ一人のものであるのはすぐにわかった。

 

「た、隊長!意識が……」

 

その部屋に入り、奥のベッド近くのカーテンを払い除けると、そこにはしっかりと私の目を見据える隊長が横たわっていた。敬礼してベッドの傍の丸椅子に腰を下ろす。

周りはシーツも敷かれていないベッドが散乱している。ベッドの上の人物からのそれ以上の返事はない。膝の上に手を置き、指を手の中に折り込む。

 

「エリカ、お前が……ここに来たか」

 

話は向こうから始められた。

 

「隊長……申し訳ありません。隊長から預かった多くの部下を死なせたうえ、大洗に勝つことが出来ませんでした……」

 

外から絶え間なく続く砲声。隊長ほどの人物が放っておかれている現実。ベッドの上であっても、状況は予測されているだろう。

 

「そうか……」

 

そうとだけ答えなさった。そのまま少し間を置いて、隊長がこちらに顔を向けられた。

 

「エリカ」

 

「は、はい」

 

呼びかけられたが、少しの間言葉は続かなかった。

 

「……お前には済まないことをした、ようだな」

 

「は……い、いえ、寧ろ代行としての」

 

「その代行として必要なことを……私はお前に伝えられなかった」

 

また遠く、どこかに視線を移しなさる。

 

「やはりみほと赤星のあの件は重すぎたようだな……あれに対し私は十分な手を打てなかった。お前にも十分な知識、経験を積ませられなかった。

そしてなにより勝たねばならない硬式戦で負けた。天下の愚将だよ、私は。西住の恥さ」

 

「そんな……ことは……」

 

自嘲する隊長への返答に窮していると、窓の外から金属がひん曲げられ、倒される音が私たちの耳に入ってきた。

 

「きゃあああ!」

 

「プラウダだ!」

 

「プラウダの戦車が入って来た!」

 

「逃げろ、逃げろォーッ!」

 

どうやらプラウダの戦車がここまで来たようだ。ここまで、か。

覚悟を決めきる前に服の袖に力がかかる。目を開き顔を上げると、袖は隊長の弱々しい右手に掴まれていた。

 

「エリカ……プラウダに捕まるのはもう二度と嫌だ。それだけは嫌だ……頼む……覚悟はできている」

 

目尻には涙の粒が乗っかっている。

 

「お前にしか、頼めない……」

 

顔には力ない微笑みが浮かんでいた。

奥歯を食いしばり、掴まれた手に視線を集中させる。顔には季節に合わない汗が増し、自分の指の全てを内側に向け膝に、掌に食い込ませた。

最早、どうにもならない。この場に他に人はいない。私が、私が、やることができる。

違う、違うぞ!やらねばならない、のだ。

 

 

顔を上げることなく席を立ち、部屋を出て近くの薬品室に向かう。棚の扉を開き中のいらない薬品の瓶を床にぶちまけながら、目当ての効果のあるものを探す。落として割った薬瓶の中に酸性の薬品があったらしく靴から滲み出て指先に痛みを与えるが、気にはならない。

目当てのものを見つけると、棚にあった紙コップにそれを移し、それを近くに転がっていたトレイに乗せて病室に戻った。

 

「……隊長、お持ちしました」

 

「ありがとう……自分で飲もう」

 

震える右腕をこちらに伸ばしなさる。が、その手はひどく震えており、握る力もあるかわからない。

 

「いえ、お手を煩わせる訳にはいきません。私が……」

 

「そうか……では、頼む」

 

あっさりと手は引かれた。紙コップを手にした。トレイを置き、隊長の顔へと近づけていく。

 

「苦いかな?」

 

「わ、分かりません」

 

軽く微笑まれると、少しだけ首を上げなさった。それを支える形で左手を入れて、さらに口元に紙コップを近づける。それが今にも飲まれようとした時、思わず顔を背けた。

 

 

病室のトレイの上には水滴の付いたカップと、その近くにある溢れた液体があった。

 

「ダヴァイ!ダヴァイ!」

 

窓の外からの砲声と共に、僅かながら理解できぬ叫び声と階段を駆け上がる音が聞こえてくる。

手がかじかむ。そういえば、今日は冬の一日だった。これまでそれに気づかないほど血が沸き立ち過ぎていたのか……

だから負けたのか……そんなこと、今考えても仕方ないか。

膝に両肘をつき手の中に少し強めに息を吹き込んだ後、丸椅子から立ちご尊顔に布団の縁をそっと持って顔に被せる。

 

神よ感謝します。私とこの御方に尊厳を守る時間が残されていることを。私は残念ながら、その時渡し守カロンに背中を突かれることになるでしょう。

 

ベッドの脇に直立して、自分の胸元から生徒手帳を半分抜いて戻す。そのあと2挺持っていた拳銃のうち九四式拳銃を床に投げ捨て、もう一つのワルサーP38を取り出し、スライドを二本の指で挟んで開いて中の弾を確かめる。

中にはしっかり9ミリパラペラム弾が入っている。これはSS装甲師団に入って歩兵として反乱鎮圧に参加してからの愛銃だ。私の兵士としての証でもある。壊れているはずはない。

 

私は最期に偉大なる学園長のご命令に逆らうことになってしまいました。私の忠誠とは、分からなくなってしまいました。

 

スライドを元に戻し、左手で持って口元に持ってくる。右手は右斜め上に伸ばす。

引き金に指をかけ、銃口を口に入れる。

 

されども、願わくはこの御方が天の国に導かれ、黒森峰女学園に永遠の栄光があらんことを!

 

靴の踵同士を叩き、めいいっぱい響かせる。

 

「ハイルフューラー‼︎」

 

 

 

生者がただ一人の空間に叫ぶと、銃声が病室を包んだ。背後の壁に放射状に飛散する血痕。そして縦に流れる血の筋の下には崩れ落ちた逸見エリカが遺された。

 

第74回戦車道大会公式記録

 

黒森峰女学園犠牲者

 

逸見 エリカ

 

大洗 銃殺 口内から後頭部にかけて貫通 自分の銃の使用による自殺と思われる 即死

 

 

 

一般犠牲者一覧

 

西住 まほ

 

ライヒ病院にて死亡。青酸カリを飲んだ跡があり、自殺と思われる。

 

 




広報部より報告

黒森峰女学園の動向

同校からの連絡によりますと、

「死出の旅路を共にしよう」

「忠誠か、尊崇か」
において選択したとのことです。
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