「戦争が終わるとどうなる?」
「知らんのか?」
「戦争がはじまる」
黒森峰女学園。ドイツ風の荘厳華麗な塔が並ぶここも、ミサイルと砲撃と爆撃で火の手が上がり、崩壊状態だった。鞄と追加品、そしてトンプソンを抱えて建物に入り、階段を駆け上る。その階段さえ途中でコンクリートを剥き出しにしていた。
内部構造も防衛対策も分かっている。目的地への最適なルートを選ぶなど造作もない。
ここの中にはすでにプラウダが突入しているようだ。ドアが破壊され、中は赤々しいもので占められている。教室の窓も散々だ。だが感情を呼び起こす暇は、私にはないらしい。
前方にある次の階段の下では、二人のプラウダ兵が身を潜めている。
「ここが先頭ですか?」
「ああ、だが階段上の突き当たりにMG42が粘ってやがる」
モシンナガンを持った一人が答える。ここから先に進むしかないな。
「分かりました!」
「あ、オイ危ないぞ。工兵を待て!」
その者たちの制止を振り切り、階段を駆け上がる。
「今の……大洗か?今は味方だったか?」
「確か……そうだが」
「というより……大洗に歩兵なんていたか?」
「さあ……」
上った先にはプラウダ兵の死体が一個転がっていた。確かに何箇所も銃弾が貫通した跡がある。傷の規模などやその位置、さらに壁の弾痕も見るに、なるほど機関銃が設置されているというのは間違いないらしい。
壁側に寄り、来る途中の黒森峰SSの死体の近くに転がっていた鞄から、その死体のものらしき制服を引っ張り出し、袖を通す。背中に縦に一本縫い目がないから、防衛隊でないかはすぐに分かる。階級章がないがこんな事態だ。ある程度はごまかせるだろう。
「ベルク(山)!」
通しながら叫んだ。積まれた土嚢と机の向こうでMG42を構えていた者たちは一瞬混乱したのか、待ち構えたまま動かない。
「フルス(川)!」
だがしばらくして合言葉が返ってきた。舟型帽を急いではめる。
「SS装甲師団第12部隊の西住伍長です!所属を名乗りなさい!」
「……はっ!我々は黒森峰防衛隊歩兵第3部隊の者です!」
その返事を聞くと壁から身を出し土嚢の方へ駆け足で近づいていく。辞めた話は広がってない、というのは事実だったか。それとも姉の方と思われたか?
「何をやっているんです!もう黒森峰は敗れました。こんな所を守っても意味はありません。ただ殺されるだけです。すぐに武器を捨てて投降しなさい!」
二人の階級は兵と上等兵、そして私はSS。なら、命令できるはず。
「しかし、学園長からの死守命令が……」
「援軍なしの死守命令なんて死も同然です。守っても無駄です。投降しなさい!」
二人は暫く考えた後、土嚢から身を出して両手を挙げて階段を降りていった。
さて、障害は消えた。彼女らと逆方向に向かい、素早く黒森峰の制服を脱ぎ捨てる。これは仮装に過ぎない。
もう一個階段を上がり、割れて破片が辺りに飛び散った窓から屋上に出る。床のタイルはそのほとんどがひび割れ、爆撃を食らって破壊された建物の瓦礫があちこちに散らばっている。
脱ぎながら肩にかけていた追加品を外す。追加品である縦長のケースから二本の棒を取り出し、片方の先をもう片方の根元に捻ってはめ込む。
左手で軽い方を回しながら、背後を確認してみた。黒いヘルメットをかぶり、息が荒れている女性が、膝に手をついている。彼女の胸にはJUDGEと書かれ三日月型の茶色の板をぶら下げている。状況は私の都合の良い方に傾いている。本当に、根底さえ無視すれば運の良い日だこと。
はめ終わって一本の完成した棒を握る力を少し強めた。そして、一度先を見据える。
屋上を囲む小さい塔の一つに足を掛け、手で体を引き上げつつ次の場所を探して足を乗せていく。高く、より高くへ。
塔に空いている穴にその根元を差し込み、棒の先に付いた布をばっと広げた。
その布に描かれていたのは青い「大」に、その中央に被さるようにある「洗」。
そう、黒森峰女学園校舎に掲げられたのはプラウダの赤い旗ではなく、サンダースの白地に青い星の旗でもなく、伸び伸びとした感じを強調する大洗女子学園の校章そのものだった。
手元のトンプソンを素早くフルオートに切り替える。
「黒森峰女学園はーッ‼︎大洗女子学園が占領したッ!」
塔の上で叫びながら、的も無き空にトンプソンのマガジン一個分を撒き散らす。反動と重力に耐えながら撃ち終わった後、宙にトンプソンを投げ捨てた。
これで終わらないなら、死ぬのみ、か。
「……はい、確認しました……では……に則り……でよろしいですね……分かりました」
後ろの審判が無線で誰かと連絡を取っている。疲れもあり、塔の台座に背中を委ねる。無線のイヤホンから指を離した審判は、こちらの方にゆっくり近づいてきた。
「おめでとうございます」
次からの審判の叫び声は、意識を失う最中のことで、記憶が曖昧だった。
寧ろ、死んでない方が不思議だ。拾った細めの鉄パイプを支えに、何とか路地裏を動いていた。
「はぁ……はぁ……ガハッ!」
B1bisの中で飛び回った破片は、しっかりと右胸脇を貫通していた。その為か血の混じった痰を時折吐き出さざるを得なくなる。満身創痍という言葉は、きっとこの私を指すのだろう。
右胸脇貫通による肺の損傷、火傷、左足骨折、肋骨骨折、頭部負傷、結構な出血、その他切り傷、擦り傷多数。単体では簡単に死なない怪我を幾つも受けていた。動き続けた。目的地はない。止まった時が、死ぬ時だと思った。
もうモルヒネは打った。痛みは殆ど無いが、それで苦しさと動き辛さから開放される訳ではない。右胸脇から聞こえる空気の抜けるような音が不快で仕方ない。しかしまだ試合は終わってない。これは生徒会が始めた戦い。見届けることのできる人は自分だけだ。それが、先立った会長とのヘッツァーで交わした約束である。なんとかそれだけで這いずり回っていた。
「……どうなっている……戦況は……ゲホッ、ゴホゴホゴホッ!」
余りに激しい咳に思わず体が前に倒れこむ。腕が支えきれなくなり、うつ伏せに地面に突っ込む。今まで肺の中に血が溜まっていたらしい。喉はもう逆流する血を抑える力も残っていなかった。
むせながら口から血が溢れ出てくる。何度も出てくる血。それがみるみる大地に消えてゆく様に覚悟を決めた。
残念だが、もう……限界だ。もう立ち上がる力はない。致し方ない。
取り敢えず仰向けになり、そこから腕の力を振り絞って上半身を壁に寄りかからせる。食道に残った血が未だに痰に混じって出てくるが、幾分楽になった。頭から流れる血が顎からズタボロのスカートの上に垂れる。
落ち着いてみると激しい砲撃戦が起きているようだ。残り二輌が戦っているにしては多い。まあ、そんな事は大洗が勝てばどうでもいい。大洗が勝てば、大洗が残れば。
しかしもう自分に大洗の為に戦える力はない。結果を見届けたいところだが、このまま死を待つよりは早くこの苦しみから逃れたい。
やっぱり私は自分の事ばかり考えているな。会長や西住なんかの代わりにはなり得ないんだなり
右手でポケットから九四式拳銃を取り出し、スライドを引く。
私は、隊長だったのだろうか……やれる事はやったのか?西住は最大限サポートしてくれた。それに応える事はできたのか。
「……そんなのは、後の人の評価に任せるか……ゴホッ……
先輩、まさかこんなに早く、そちらに向かうとは思っていませんでした……まさか私が戦車道で死ぬとは……想像……できましたか?」
右のこめかみに銃口を当てる。引き金に指をかけ、今にも引こうとする。
「大洗女子ば」
(いやー、先輩を尊敬し続ける後輩か、いいもんだね。)
「は?」
聞いた事ある声に思わず銃口を外し周りを見渡すが、その声の主がここにいるはずがない。
「会長……」
馬鹿な、会長と柚ちゃんは、あの時ヘッツァーに残って……
「これは、夢……?それとも、走馬灯か何か……?」
(かーしま、元気にしてたか?)
これは途絶えない。幻聴?
だが会長から声を掛けられて答えないわけにもいくまい。
「……会長、これを見てもそう思えますか?」
(だよねぇー)
返事が……あった……
「会長……こっちの……」
(言っていることは聞こえているよ。その様子だとこっちの声もきこえてるみたいだね)
けらけら笑う声、間違いない。会長のもの。
「……これは……何ですか?ゴホ、ガハッ!」
(夢さ、かーしまの)
「夢……ですか、ならば早く覚めてそちらに……」
再びこめかみに銃口を当てる。夢なら……苦しみつつ見る夢なら……
(待て待て、あと五分生きてみる気はないか?夢を見ている間も時は流れるんだ)
「……五分で一体何があると言うんですか?ゴホゴホゴホッ」
痰が……多い。
(何かあるかも知れないよー)
「何ですかその曖昧な答えは……もはやこの出血にこの怪我です……長くはないでしょう。それなら……この苦しみから逃れたいのです。死なせてください」
(だったらわざわざそれを自分で縮める必要もないだろう。かーしまには試合の結果を聞いてもらわなくちゃいけないんだから)
「しかし……これじゃあそれがあるまで生き続けられるとも思えませんし……」
(んじゃ、断言する。このままかーしまが死ぬまでに、何かが起こる!)
はっきりとした声だった。周りに聞こえてない。黒森峰の者が来ないのが不思議に思えるほどに。
会長がそこまで断言なさる。信じない、という理屈は私にはない。
「……会長がそこまで仰るんですから何かあるのでしょう……ですが、このまま死を待つのはしんどいので、少し話をしませんか?」
(いいよー)
「今まで……色々有りましたね。ゴホッ」
記憶を辿る力はまだあるらしい。
(あったねー)
「私が……高校で転校してきた時、始業式の日に話しかけてくれましたよね……」
(あー、あれね。生徒会、ウチらの代が少なかったからね。私仕事増やす気だったし、とにかく人手人手だったね)
「でも、そのお陰で……私は、恐怖を……あの、右腕の映像を……生徒会活動やっている時だけでも忘れられました……ゴホゴホ……本当にありがとうございます……」
(いやねー。そんな大したことはしてない気がするけどね)
「いえ……私にとっては……感謝しても仕切れないです……
ハロウィンパーティー……覚えてらっしゃいます?」
(ああ、私が魔女になったやつね。かーしまはカボチャ被ってたっけ。あれ……なんて言ったっけ?)
「確か……ジャックオランタン……だったと思います……ガハッ!」
落ち着いたと思ったら、またこれだ。どうにもならないんだな、本当に。
(他には……生徒会で海行った時とかは覚えてるか?)
「覚えてます……泥ンコ大会やって……プロレスだっていきなり……会長が言って、私が思いっきり……海老反り食らいましたね……」
(それとかでっかい水鉄砲持ってきて撃ちまくってたねー)
「そして……今年に入っていきなり国から今年で廃校だって……言われて……ゴホッ。私が……やっと、タンジマートでのことを……話して……話すことができて」
(あの話された時は驚いたね。戦車道の現実なんて噂くらいしか聞いたことなかったし。容易く戦車道やるって言ったこと軽く後悔したよ)
「軽くなんですね……ゴホゴホッ」
そうだ。この人は学園の未来を、何千人もの未来を背負っていたのだ。私一人の過去なんて……些細だ。
「で、私が隊長になって、戦車探して……右も左もわからない状況で……練習はじめて……マジノに完敗して……」
(まああれは……ねぇ。しょうがないさ)
「西住を転校させて…戦車道やらせて……さらに頼んで副隊長にして……」
(まあ、西住ちゃんも結果的に飲んでくれたけどねぇ、あの時のせいで嫌われても仕方なかったと思うよ。必要だったとはいえ。
……でも楽しかった。勝利目指して練習して上手くなって、聖グロ相手にあれだけ接戦に持ち込めて……みんな頑張って……)
「本当に楽しかったですね……」
(あの頃は……)
走馬灯の如き思い出とともに、無言の時間が路地裏を流れる。気がつくと、先程まであった会長の存在は、ここから完全に無くなっていた。
「あれ……会長?」
そろそろ五分経ったということだろうか?右脇腹を見ると、もう元の群青色の戦車服の色は見えない。また一口血痰が吐き出される。意識も朦朧としてきた。腕を上げる力もない。鉛玉を撃ち込まずともいいだろう。
砲撃音、銃撃音、火災の音、全て続いている。ぼやけていく視界の中、二つの瞳を閉じようとした時、遠くから単調な甲高い音が響いてくるのが耳に入った。私の脳味噌の最後の力を引き出す。
「試合終了ーーッ‼︎」
血が抜けて軽くなった首を、少しだけ空へ向けた。
「第74回戦車道全国高校生大会優勝は大洗女子学園‼︎」
大きな音量で街中にアナウンスが響き渡る。
「戦闘行為を停止せよ!全部隊直ちに戦闘行為を停止せよ!」
大洗が……優勝。勝った……のか。そうか、ゆうしょうしたのか……これで……あんしん……して……
第74回戦車道大会公式記録
大洗女子学園犠牲者
河嶋 桃
黒森峰 頭部、右脇腹負傷などによる失血死 負傷後1時間強ほど生存した跡あり
「勇敢なる黒森峰生徒諸君、勇敢なる黒森峰生徒諸君。学園防衛司令長官の狩出だ。
学園長は自決なされた。我々はプラウダに降伏する。
試合は終了した。ジャッジの指示に従い、直ちに武器を捨て投降せよ。直ちに投降せよ。繰り返す……」
地上に降り、校舎の正門の前に身一つで歩いてきた。大きな門の上には黒森峰の印である白丸の中の黒十字が乗っかっている。その背後からは何箇所からも灰色の煙が空高く登っている。
間も無くその印は髪を揺らすほどの風と轟音とともに爆破され、砕け散った。赤く燃えて周りより黒い煙を上げる。その煙を眺めていると、心の中にあった黒森峰での僅かな良い思い出も空に立ち昇ってゆく気がした。
姉と触らせて貰った優勝トロフィー。小学校の時に母と共に会った優しい教官。SSの厳しい練習後に同じ釜の飯を食べた、今は亡き仲間達。それが浮かんでは消えてゆく。
消えてゆく。
勝ったが、勝ってしまったし、勝てなかった。ここから先戦うとしても、それは真の『西住』ではない。それを得るために、私は何を費やしてきたのか。
これが最善の道、利益を最大化する道だとはよく理解している。博打を3度も当ててやっと手に入れた利益だ。そうするしかなかったのだ。
だが……余りにも、余りにも全てを破壊してしまった。全てを。
その煙を眺めていたが、しばらくして門に背を向けた。
泣いた。我慢のがの字もない程大声で泣いた。ボコられグマのボコはどれ程叩かれ負けても応援で再びやってやると言って立ち上がる。しかしもう私に届く応援を出来る人はいないだろう。何より自分自身が出来ないのだから。
辺りではプラウダの戦車が何輌も止まっており、その周りからはアコーディオンを奏でる音、コサックダンスのリズムをとる者など、プラウダ側の歓喜が膨らんでいた。
「Волк умер! Волк умер!
(狼死んだ!狼死んだ!)」
その近くには黒森峰の制服を着て銃を携えて死んでいる者達。
ただ、前に歩みを進めた。行き先があるわけじゃないのに。
第74回戦車道大会公式記録
◯大洗女子学園vsX黒森峰女学園
被害 大洗3輌 黒森峰132輌
《航空機 21機》
(大洗側同盟 プラウダ学園 64輌
サンダース大付属 なし
《航空機 17機》
ポンプル学院 10輌)
黒森峰戦闘体制崩壊と判断
広報部より報告
大洗女子学園の動向
同校からの連絡によりますと
「その代償を数えたことがあるか?」
を
「大洗の勝利!」
において選択をしたとのことです。