不死の感情・改   作:いのかしら

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人生という試合の中で最も重要なのは、休憩時間の得点である。

ナポレオン・ボナパルト


第7章 ゆきゆきて戦車道
第7章 ① 役目


12月13日、「あの日」から2日後。世の中では明日には総選挙だ、もうすぐ年末だなんだと騒がしい日々が続いているが、しばらく新聞やニュースと距離を置いている私からしたら実にどうでも良いことだ。大概悲劇だなんだとばかりだ。人の心を掴むのにこれほどのネタはないのだろう。

信号が赤から青に変わり、タクシーがエンジン音を響かせ加速していく。並木道に沿って景色が変わる。だが手前の並木は大概枝しかない。黄色の葉が多少混じっているだけだ。ここから何かを感じ取ろうとするほど私は風流人ではない。

それらの奥の店や家にはきっとたくさんの人の生活が転がっているのであろう。だが私の中に呼び起こされるものは、大概無意味な碌でもないものだ。

 

平和だ。錯乱するくらい平和だ。車内は私運転手の二人だけだ。話すこともなく、変わりばえしない車窓に目を投じでいた。体を窓際に寄せると、頭上に歩道橋が近づいてきている。

 

『大洗女子学園優勝おめでとう』

 

そこの歩道部分の側面にはそう書かれた横断幕が掲げられている。そのせいか街にもある程度活気があるらしい。学園は生き残ったのだ。それだけ、だ。

 

着ているのは大洗の戦車服でもなく、制服でもない。あの日の後ダージリンさんから紅茶とともに送られたイギリスの戦車兵服である。貰い物だが速攻使うことにした。

というのも制服は元々持ってきていないし、戦車服に至ってはいろんなものが染み込んでしまっている。人前で着られるものではない。きっとみんな裸足で逃げ出すだろう。

ふと紅茶の缶をカバンから取り出して眺める。なんなのだろうか、これは。紅茶なんて全く知らない私からしたら、缶の装飾が綺麗だな、くらいの感想しか湧いてこない。

 

「フォートナム・メイソンですか?」

 

「えっ?」

 

また信号で止まったところで、いきなり運転手から声をかけられた。思わず声が出る。

 

「すみません。ついラベルが見えたもので。ご迷惑でしたでしょうか?」

 

「い、いえ。紅茶……詳しいんですか?」

 

「いえ、最高級の銘柄として有名なので、少しばかり気になりまして」

 

「そうなんですか。でもダージリンさん、なんでそんな高い紅茶くれたんだろう……」

 

疑問とともに缶を回してみると、底にある一枚の紙が張り付いている。気をつけて紙を剥がし、その紙を開いた。

 

Your life is worth much more than gold.

  Bob Marley

 

その紙を数回黙読したあと、ゆっくりと声に出して読んだ。

 

「君の命には金よりもとても価値がある、ですか」

 

運転手が即座に訳し返してくる中、あの時エルヴィンさんに言われた言葉を思い出した。

 

『それを任せたい』

 

ゆっくり手紙をたたみ直し、ポケットにいれる。

私は、何を任されたか。

 

「西住さん、ありがとうございます。お陰で娘の憧れの大洗女子学園に娘を入れさせられます」

 

「……いえ……」

 

運転手に答えるより今後の方が大事だった。ただ、一つやるべきことは決まっていた。

そう言っている間に学校はもうすぐである。

 

「あ、すみません、そこ真っ直ぐでお願いします」

 

身を乗り出し、運転手に声を掛ける。

 

「えっ?学校ならここ曲がったとこですよ?」

 

「一度、家に寄ろうかと」

 

 

 学校前の歩道には多くの人が詰めかけていた。人々の手には旗、プラカードなどがあった。

 

「あっ、タクシー来た。多分あれだ!」

 

「おーい、こっちこっち!」

 

「バンザーイ!」

 

「おめでとう!大洗代表チーム!」

 

予定時刻少し前に学校の前を通るタクシーを目の前にして、歓迎のムードは最高潮に達していた。体を前に倒し、足元の靴紐を結び直す。

それが学校に向かう道に入らず、直進したことで歓迎ムードは一瞬にして萎んだようだ。

運転手にはアパートから少し離れた場所で金を払い、無駄な関わりなく降ろしてもらった。

私は行かない。私がなるべきは、悲劇の隊長でも、大洗の救校の英雄でもない。きっとメディアと学園はそれを望んでいる。どちらもごめんだ。私の役目は、ここでは終わったはずだ。

 

 

余り話したことはなかったが、このアパートの管理人の女性が話が非常に通じる方だったのは救いだった。精神的に辛く実家に帰ることにしたが準備が必要だ、との話をしたら、涙ながらに私を匿い、時間を稼いでくださった。メディアや学園からの追跡を逃れられたのも、紛れもなく彼女のお陰だ。

その部屋に立ち寄って初めて頂いたのは、急だったことと彼女がまもなく出掛けたこともあってか、一杯のカップ麺であった。塩味のごく一般的なものだ。温かいココアは飲んだが、食い物で温かいものは北の大地の宿以来か……

身体に良くないとは知りつつも、スープごと飲み干した。部屋のせいもあるのか、身体が温まっていく。箸を置いたら、涙が出始めるまでに時間はかからなかった。

こんなもので、いや、こんなものだからこそ、か。

 

一週間もすれば大概のメディアは他の話題、特に政権交代、新政権組閣云々に飛びついていった。その間に私はこっちに関する一応の手続きを済ませ、この先についてじっくり考える時間が与えられた。「それ」について。

時を見てまだ学校が授業をしている真昼間、私は出かけた。別に散歩に行こうというわけではない。こんな時間ではあるが生徒会に見つかったらタダでは済まないので、マスクと髪を隠せるほどの深めの帽子はつけていた。流石にサングラスは憚られた。

 

たどり着いた先は理髪店。だが見るからに営業してない。窓は完全にカーテンで覆われていて中が見えず、扉には『臨時休業』の看板。

だれもここに堂々と入っていこうとはしないだろう。私だって店の名前が明らかじゃなければ入っていかない。

インターホンは一応ある。カメラはないようだ。鳴らしてみると、少々時間が空いたが応答があった。

 

「……はい」

 

優花里さんのお母様の声らしい。こんなに素っ気ない方ではなかったと思っていたが。

 

「えっと……突然失礼致します。西住……みほ、です。優花里さんの件について……」

 

「お入りください」

 

話は最後まで聞かれることなく切られた。鍵は開いていた。別にあらかじめ連絡していたとかそういう訳ではないが、やけに、というほど準備がいい。

 

「……こちらへ」

 

中は綺麗だった。受付があり、その奥には鏡に向かい合った椅子が三つほど並んでいる。間には滝壺が三つ並べられているが、中を見るにカラッカラに乾いている。その一方床には髪の毛こそないが、埃が所々落ちている。

その後ろ、きっと客待ち用の椅子を並べてくださったのだろう。それが二対一で向かい合っている。

 

「……どうぞ」

 

「失礼します」

 

お父様も降りてきて、二人が私の正面に腰を下ろした。マスクと帽子を外して脇に置かせてもらう。

さて、どう言おう。事務で済ますには私と彼女は親しくなり過ぎてしまった。

 

「本当に……申し訳ありませんでした」

 

頭を下げる。下げ続ける。

 

「こんな言葉で許して頂こうとは思っていません。ですが……」

 

「来てくださったのは本当にありがたいです。大洗での催しもいらっしゃらなかったようですし」

 

お母様の声は、低めで、淡々と、感情がないものだ。

 

「……はい」

 

「貴女になんと言葉をかけていいのか、本当にわからないのです」

 

手は膝の上の服を握りしめたまま動かない。

 

「貴女が優花里を……優花里を死なせたわけではありません。それは分かってます。あの子があんなに言うほど素晴らしい方ですから、きっと生かそうとしてくださったのでしょう。

ですが……なぜ……なぜ優花里を助けられなかったのか……それだけは教えてください」

 

「……こちらには、ただ失血死としか教えられていないのです」

 

付け加えるようにお父様が申された。なるほど、確かに送られてくるのは戦車道連盟からの書類程度しかあるまい。そして今回は数が数だ。全員くまなく検死するとか、そんなに詳細には作ってないのだろう。

 

「はい……」

 

なら状況から説明せねばなるまい。どこから話すか迷ったが、決勝戦の黒森峰の市街地に入ったところから話を始めた。流石にそれ以外だと話が長引きすぎる。

あのあと起こった黒森峰の崩壊はニュースとして広められており、話は思いの外すっと理解してもらえた。

市街地での対戦車戦の実行。倉庫で手に入れた対戦車装備を配布し、一部がそれを持って市街地に散らばったこと。

初めは別行動であったが、たまたま遭遇したところで彼女が一輌戦車を仕留めた。しかし近づいてきた敵車輌から逃げ遅れ、結局居た建物もろとも撃ち抜かれてしまったこと。

そして私がまだ生きていた彼女を背負って連れて……その道中でこと切れたこと。

 

「これが……優花里さんの経緯です」

 

向こうは共に頷きつつ、一言も逃さず聞いてくださった。そして私が顔を落として話を区切った後も、その理髪店は静寂が支配していた。

 

「……私がパンツァーファウストの使用法、運用法についてもっときつく、印象に残るように伝えていれば、また結果は違ったかもしれません」

 

「違った……優花里は生き残れたのかも……しれないのですか?」

 

「可能性は。私が去った後最後までIV号は撃破されませんでした。そこに残っていれば、生き残れたのかもしれません。ですが……そうなってもきっと優花里さんは私についてきたでしょう」

 

「そう……ですか」

 

「そこから先は……申し訳ありませんが、分からないとしか答えられません。現実ではなかったことですので」

 

一つ、大きく息を吸った。

 

「そして何より……あの場であのような危険な作戦しか……提示できなかった。そして……実行の過程で……優花里さんは亡くなった。責任は……指揮した私にあります。どうか……私を恨んでください」

 

「い、いえ、そのような……」

 

「恨まれるのは、慣れておりますので」

 

お母様が伸ばした手は、途中で力なく下へと垂れていく。

 

 

「……優花里の部屋を、見ていきませんか?」

 

返事は未だない中、いや私も返事は望んでないのだろう、不意にお父様からそのような話を提示された。ここに来るのは初めてだ。しかし……人の部屋なんて本人の許可なしに入って良いものなのだろうか。そして許可を取ろうにも、どうあがいても取れるものではないのだ。

 

「きっと……その方が優花里は喜ぶかと……」

 

死んだ者を使って欺瞞を語るな。かって言われた言葉が頭をよぎる。だがその言葉はこの二人に掛けるにしては余りに酷すぎる。愛する人を、自分たちにとってかけがえのない存在を喪っているのだ。

となれば……入ってみるか。

 

「お願いします」

 

 

彼女の部屋にはテレビが一つ。あとは机と勉強道具、本棚という、ごくありふれた学生の部屋であった。

意外だった。彼女ほどの戦車好きであれば、もっと部屋中にそういう類があるかとも思ってたのだが。

だが思い返してみれば、話を聞くに彼女の親は戦車道にいいイメージがないようだった。というか彼女自身が親が趣味を理解してくれない、と言ってた気がする。

そう考えれば見た目が無難すぎるこの部屋は妥当だ。何もなさ過ぎる、逆に生活感を感じさせないここが。

 

「あの日以来……いや、あの大会が始まってからこの部屋にはどちらも立ち入っていません」

 

「しかし……あの子のことです。きっとまた戦争の模型を山ほど隠し持ってるんでしょう……それのせいで死ぬとも知らずに……」

 

これは彼女の性格を恨んでいるのか、それとも戦争そのものを恨んでいるのか。どちらもかもしれない。

私は床に腰を下ろし、低い位置から彼女の部屋を一望する。これが、あの人の部屋か。

 

「これは……天罰なのかもしれません……私たちが……優花里を止められなかったことへの……」

 

「それは……きっと違います」

 

咄嗟に言葉が出た。

 

「なぜ……ですか?」

 

なぜあなたにそんなことが分かるのか?疑問符が散らばった顔はお母様のものであった。

 

「先ほども言ったように、私は優花里さんの死に目に立ち会いました。その際に……本当に最後の最後、彼女はこう言いました。『こんな状況になってしまっても、戦車は好きだ』、と」

 

あの背中での言葉。これが、彼女の本性だ。もう揺らぐも何もない。

 

「きっと誰がどうこうしようと、彼女の進む道は変えられなかったでしょう」

 

「うそ……嘘。だって……撃たれるんでしょう?そのせいで痛いんでしょう?恐ろしいでしょう?」

 

語りかけている相手は、もはや私ではない。見えないはずの人だろう。

 

「残念ながら……事実です」

 

「そんな……」

 

そのままお母様は床の上にうずくまってしまった。あの時私の目の前で狂喜乱舞しながら語ったあの少女は、結局死ぬまでそのままだったのだ。

 

「か、母さん……

西住さん、これからどうなさいますか?」

 

「もう少しここに居させてください。ですが私が話せることは話してしまいました。頃合いを見て失礼します」

 

「そう、ですか……」

 

お父様はお母様の肩を抱えて別室へと連れて行った。ここには私だけが残る。何も目的もなく残ってしまったが、部屋の隅を見ると押し入れの扉の隙間から何かがチラリと飛び出ている。

何かあるのかと開けてみると、戦争映画のポスターが積まれた山からわずかに崩れて飛び出たらしかった。なるほど、話に聞いていたものはきっとここらへんにあるのだな。

 

少し進んで丁寧にものを退けてみると、布団の山の向こう側に綺麗に兵隊の人形と戦車のプラモデルが何輌か並んでいた。そのうちの一つ、見る限り未完成らしきものを台座ごと拾い上げてみる。

実に見たことのあるものだった。いや、見慣れていたものだったという方が正しい。

 

「……ティーガーI……」

 

入っている紋章は黒の十字。番号は……かつての家の印。

 

「……私仕様、か」

 

その戦車は実に不恰好であった。上から座席などの中身が丸見えであるし、砲身はまだ出来てないらしく取り付けられていない。

 

「……ははっ……へんなの……」

 

履帯こそなんとか完成されているが、これではゴリアテの方がまだ使い道がありそうじゃないか。本当に……このままなのか。

 

「……ねぇ、優花里さん……」

 

語り掛ける先はこの戦車ではない。

 

「……完成させて……くださいよ……」

 

これ以上壊れぬよう気をつけつつ、押し入れに残った布団の一つに頭を突っ込みながら、言葉を震わせた。

かけがえのないものを喪ったのは、私もだった。

 

 

 

その月の月末、冬休みも真っ只中、その日が予定日の前日であった。息もすぐに白くなる朝早くに、アパートの部屋に残った段ボール箱の山を残してキャリーバック片手に私は帰省する人々に混ざって学園都市を進む。

マフラーと帽子で顔と髪を隠してしまえば、どうやら気づかれることはなさそうだった。皆この先の未来ばかり見ている。

港でチケットを買い、単調な汽笛とともに大洗女子学園学園艦を去った。またここを踏む日は来るのか。来ないのだろう。

名残惜しさは現実と予測で押しつぶし、先を急ぐ。

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