不死の感情・改   作:いのかしら

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目的のない生活は味気なく、目的のある生活はわずらいだ。

ヘルマン・ヘッセ


第7章 ⑥ 勝負の先

 

 

 

画面は再びナオミと竹山のいるスタジオに戻ってくる。

 

「増谷さんはこの黒森峰崩壊の戦いをご覧になったそうですね?」

 

「はい。決勝戦に航空部が参加するのを上陸した緑川河口から隊長と見てまして、その時言ってたんです。『棄権はプラウダと当たるのを避けるためだった』と」

 

「隊長、というのは間笠圭さんでよろしいですか?」

 

「すみません、説明不足でした。そうです。間笠隊長がそう言っていたんです。その後の2大派閥体制ができ、その盟主がお互いに直接攻撃出来ないプラウダとサンダースであれば、対立はすれども大きな争いにはならないだろう、と上層部は見ていたのでしょう」

 

しかし嘘もいいところ、というのが現実だった。

 

「なるほど、そういえば近年サンダースが公開した資料に、黒森峰統治に関する協定があったと聞きましたが」

 

「こちらの小寺・松岡協定ですね」

 

そう言ってナオミは机に資料を出し、その中からパネルを選んでカメラ側へと立てた。

 

「これは大会が始まって3日後にサンダース大学学園都市の小寺春校外交流担当官とプラウダ学園地域の松岡洋外務局局長との間で結ばれた秘密協定です」

 

「これもサンダース大学の情報公開の中で出てきたものですか?」

 

「そうなります。内容としましては、

・黒森峰を決勝にて崩壊させるためサンダースは空から、プラウダは陸から攻撃すること

・黒森峰崩壊後の分割線、通称小寺・松岡線の策定

・硬式戦車道の廃止

・戦車道連盟の拒否権を縮小

・戦車道大会の拡大を共に目指す

などです。

これによりサンダース側は硬式廃止という実績。それに伴う学園長選挙前の支持率上昇と軍備拡張への支持を取り付けることに成功。

プラウダ側は今後の2強対立の相手のサンダース大学の喉元に衛星校を作るとともに、硬式廃止に伴う戦車道予算の縮小により浮いた分を地域発展、同盟校支援に回せるようになります。

また共に余分な戦車をこれまで戦車道大会に参加していなかった多くの学園都市、特に同盟校に輸出しました。これは日本民主党の政権復帰後の景気回復の後押しも受け、後の参加校の増加に繋がります」

 

「確かに現在の戦車道では車輌が使えなくなるのは稀ですからね。ところで硬式戦車道について、捕虜の虐殺などの記録も残されているそうですが」

 

「はい、近年再統合された黒森峰女学園が過去の等良独裁政権時の情報公開を進めていますが、その中に硬式大会における捕虜の虐殺を行ったアインザッツグルッペン、通称特別行動部隊の記録があります。その中には毒ガス、銃殺、強制労働と言った記録が多くあります。プラウダ学園地域は情報は公開していませんが、こちらも捕虜の虐殺を行っていた、という証言が多数あります」

 

「なんと酷い……なぜこのような事が起こってしまったのでしょう?」

 

「原因はバブル経済崩壊後、日本戦車道連盟があるルールを追加した事によるものです。『死傷者は事故扱いとする。それに対する戦車道連盟からの保障は行わない』

これはもともと財政難に陥っていた戦車道連盟が被害の出た建物への補償に資金を回すために決められたものであり、各校に個別で補償する様に指示されていました。

しかし硬式戦車道参加校にこれを無視するものがおり、さらに以前は死傷者をだした相手校への補償を義務づけていた事を湾岸ジュリアナ高校が改定した事がこの様な悲劇の原因と言われています。

特に黒森峰女学園で残虐な行為が行われたのは当時の日本政府、立憲国民党政権が絡んでいたと言われています」

 

「と仰いますと?」

 

「政権交代以前からプラウダ学園都市と日本政府は、車力分屯地の扱いや三厩村編入問題などを巡り、対立関係にありました。それは政権交代後も変わらず、立憲国民党政権はさらなるプラウダへの圧力強化を公約とし、推し進めていきます。

日本政府がなんとかしてプラウダを苦しめ、日本民主党の支持基盤の学園都市の力を縮小する為に、黒森峰女学園に財政援助をしてプラウダを攻撃させ、さらに対立激化により両有力学園都市を存続させつつ力を削ぐのが目的だったようです」

 

国が自国民を殺させる。実に醜い。そして学園都市も戦争をする時点で変わらないのかもしれない。

 

「しかし黒森峰の戦いでは国際学園都市自治条約にて学園都市間の争いに国は直接介入できないと定められている為にただ見過ごすしかなかったのです」

 

「なるほど。やはりその条約が国と学園都市の存続に大きな影響を与えていたようですね。増谷さんは今後の高校生戦車道はどのように推移すると考えていらっしゃいますか?」

 

「その後の時代にも関わらず、戦車道は安定して活動を続けています。国際学園都市自治条約離脱後学園都市の権限は縮小されていますが、それでもスポーツには影響してこないことを望みます」

 

「ありがとうございます。それと本日触れた西住さんに関してですが、増谷さんは西住さんと戦ったことがございますよね?」

 

「はい、大会の1回戦で当たったのが大洗女子学園でした。私達は相手を1輌撃破しましたが、盗聴を逆手に取られ副隊長車を含む3輌が撃破されました。同級生の副隊長も殺され、正直彼女に恨みが無いとは言いません」

 

私もあの時、彼女たちを、アリサたちを喪った。確かに暴走する時もあったけど、データをまとめて活かすのが早かったりと頼りになる仲間だった。でもそんなアリサも……本当にあっさりと死んでしまっていた。

あの時の責は私がいくらか背負い、背負い切れていない分はミホに押し付けているのだろう。

 

「しかし西住さんはあの地獄を仲間を失いながらも生き抜いた上で、現在の戦車道の安全性の発展と思想構築に寄与なさいました。その事は絶対に忘れてはならないと思います」

 

「なるほど」

 

ナオミと相対していた竹山が、再びカメラの方に視線を向けた。

 

「それでは皆さん、本日の『波紋』、すなわち勝った大洗女子学園などと、負けた黒森峰女学園。その二つに分かれた道がどのような影響をこの先与えていったのでしょうか。それを見てまいりたいと思います」

 

 

 

波紋の章「勝負の先」

 

 

 

「大洗女子学園の勝利、それは当時行われていた衆議院総選挙を見る上でも欠かせない材料となりました。戦力は圧倒的に劣勢だったにもかかわらず、名の知られた戦車道の名門を打倒して優勝。それは悲劇の挑戦者、大洗女子学園の名を全国に駆け巡らせます。

そして同時に日本民主党は大洗女子学園が学園艦全廃計画に含まれており、戦車道での優勝がその引き換えとなっていたと暴露。もともと日本民主党優勢だった選挙は一気に圧倒的優勢へと傾きます。

立憲国民党も全廃計画の破棄を公約に掲げて応戦しようとしましたが、その結果逆に元々の支持層の反感を買ってしまいます。

結果は日本民主党の圧勝。再度の政権交代で与党の座を取り戻します。これは各地の学園都市を安堵させる結果でした。日本民主党は学園都市に与えられていた財政優遇を復活させるなど、学園都市の自治を支持する方針に回帰します」

 

当時の首相にしてある程度の長期政権を担った男、当時はニュースでよく見た顔が、淡々と演説する映像の中に移されている。

 

「しかし再建を約束された大洗女子学園の道はそうなだらかではありませんでした。再建の上で問題とされたのは3点。

まず大洗女子学園が廃校になるとの前提で話が進んでいたこと。廃校に関する学園艦解体や住民を移す計画がすでに立てられて進められており、それを完全破棄するのは相当の時間と費用がかかります。おまけに学園艦そのものの老朽化は最早逃れようがなく、学園都市を地上に移設することは避けられませんでした。

次いで大洗女子学園の都市規模がさほど大きくなく、大洗町そのものと合わせても5万人に満たない状況でした。これは大金を投じてまで完全再建すべきか政府や地元関係者を悩ませます。

最後は大洗町に隣接する学園都市、ひたちなか学園都市が存在したこと。国はこれまで隣接していた学園都市同士での争いが多かったことから、学園都市同士を隣接させない方針を採っていました」

 

確かにウチが平戸とぶつかったのも、隣接しようと合併した時の問題が原因のはず。それを避けようとするならそれが一番早いのか。

 

「しかし大洗町を除き受け入れを希望する都市はなく、大洗町に移設せざるを得ない、との結論に至ります。

結果学園都市民の移設費一部徴収とひたちなか学園法人に所属することと引き換えに、現在の地に移設されることとなったのです。市場としての一体化を望む声もこれを後押ししました。

ひたちなか学園としても好き好んでこの結果を受け入れたわけではありません。もともと住民、学生は周辺の公立学園都市に分散して移住させる予定だった事もあり、ひたちなか学園都市もその移住先の一つとしてそれに合わせた拡張を行っていました。その計画を完全に潰された上に新たに学園都市を受け入れよ、との方針には反発が巻き起こります。

ひたちなか学園都市はそれを押さえ込んで国との交渉を進め、茨城港大洗港区の運営権の移譲、大洗女子学園への指導権と引き換えに同校を法人下部として組み込むことを認めました。

そして3年後の2015年4月、都市建設の加速化が望まれる中で大洗女子学園は共学化され大洗学園として大洗町神山町周辺を中心に設立されました。この共学化は共学であったひたちなか学園と一体的に運営しやすくするためだったとされています。

一方で大洗女子学園改め大洗学園は混迷の渦に呑まれていきます。戦車道で名を挙げはしたものの、全戦車を撃破または破損された状態で再興できるはずもなく、結果的にその力を借り続けることはできませんでした。

また学園都市移設後、その運営権を巡って大洗町、ひたちなか学園法人との間での意見の相違が顕在化。その調整の末、大洗学園の自治権は学園艦時代よりも大幅に縮小されます。財政、学園の方針にも決定時には町と学園法人の同意が必要とし、さらに軍備の非保持が定められます。

しかし一方で学園都市は学生の尊い命を捧げたことによって護られたとの思想から、学生の間で一体感が生まれます。この大洗学生ナショナリズムと呼ばれる動きは加速し、一部ではひたちなか学園からの独立、学園艦時代以上の自治権確保を主張する過激派、血盟戦線が登場。学園生徒議会与党も学園の軍備保持、自治拡張などを主張する大洗学園フォーラムが移設以降握り続けます。

指導による影響力強化を狙うひたちなか学園都市側と、それを出来るだけ排除しようとする大洗学園側との対立は、日に日に深まっていくこととなります」

 

こういう時一番辛いのは市民の意向を受け、一方で意見の異なる相手と相対せざるを得ない政府なのだろう。私もかつてそのような立場だった。

 

「また日本の学園都市も黒森峰女学園を倒したことで安寧を得られたわけではありませんでした。

サンダース大学は親黒森峰寄りだった九州の学園都市を以前と同様の保証を行うことで取り込み、他の同盟校であるBC自由学園、シオン学園、タンジマート学園らを含め佐世保協定機構を設立。

プラウダ学園も震災支援を行った東北太平洋沿岸諸校を取り込み、マジャール学園、伯爵学園、黒部学園らとともに五所川原協定機構を設立。

さらに聖グロリアーナ女学院がオレンジヴァール学園、コアラの森学園、そして知波単学園らを取り込んで山手協定機構を設立。これらは2013年春までに設立され、これら機構3派による争いが激しさを増すかと思われました。

しかしここで国が仲裁し、学園都市による統括機構の設立を提言。公立学園都市を含め、機構3派を取り込んだ日本学園都市連盟が2013年冬に生まれました。ここでは機構3派の存在を相互に承認し、機構内部での軍事的動乱は機構が、それ以外の場合は独立保証委員会の決議のもと鎮圧することが定められます」

 

この機構3派による鎮圧を認めたことが、この先の動乱を続けさせる要因なのだが。

 

「これによって学園都市にも平穏が取り戻されることが予想されましたが、それは1年もせずうちに夢物語と化してしまいます。

黒森峰女学園崩壊後も校粋主義を主張し独裁政権を樹立した栃木県のアンツィオ学園都市で内戦が勃発したのです。独裁化の中で追放された民主主義派と親プラウダ派はそれぞれアンツィオ解放学園と赤服学園の樹立を宣言。サンダース大学とプラウダ学園はそれをそれぞれ承認し、機構に組み込みます。

このようにすることで、サンダース大学とプラウダ学園は機構内部での軍事的動乱鎮圧を名目に各校に支援を表明。アンツィオ内戦は有力校の代理戦争の様相を提示し始めます。

アンツィオ解放学園崩壊後、聖グロリアーナ女学院がアンツィオ学園に援助を与えたことでアンツィオ学園優勢に傾き勝利しますが、その後親プラウダ学園で設立された旧黒森峰女学園の東半分ヴァント学院での内戦や、静岡県の白藤江内戦なども経て、プラウダ学園とサンダース大学、聖グロリアーナ女学院の間の対立は深まっていきます」

 

そして私もこの『支援』の一環に加わっていたことがある。実に人を狂わせるのに都合のいい場所だったし、仲間が何人も帰らぬ人となった。

 

「この大きな渦に大洗学園も飲み込まれていきます。2018年冬、ひたちなか学園法人のトップであった拓田団吉が血盟戦線の者に暗殺される血盟戦線事件が勃発。大洗学園は風紀委員会を動員し血盟戦線を鎮圧させ沈静化を図りますが、ひたちなか学園都市との溝は一層深まります。

そしてその後も財政などにおいて対抗的姿勢を取り続けた大洗学園に対し、ひたちなか学園法人は2020年秋、大洗学園の完全分校化を宣言。治安部隊を校舎を接収するため向かわせます。

これに対し大洗学園は秘密裏に簡易的な軍事訓練を施していた運動部と風紀委員を動員し、引き渡しを拒否。学園法人からの離脱を表明し、大洗事件が勃発しました」

 

画面には女が一人。これは動画サイトに投稿された映像のようだが、編集を加えたのか多言語の字幕がついている。

 

「これは学園校舎とマリンタワーの攻略に手こずったひたちなか学園に対し、聖グロリアーナ女学院が直接介入を示唆。艦隊を阿字ヶ浦沖に派遣します。一方でひたちなか学園はプラウダ学園に支援を要請。再び代理戦争の様相を見せます。

結果公立学園都市であることを理由として国が仲裁し、2021年春、大洗学園の独立運営権の承認の一方でひたちなか学園への港湾周辺の割譲を取り決めた水戸協定を以って終戦となります。ひたちなか学園はその後五所川原協定機構に加盟し、それを背景に圧力をかけ続けます。

しかし大洗学園も山手協定機構に加盟。この後対ひたちなかを名目に軍備拡張を進め、町の運営権も獲得。一時期総兵員数は二千人を超えるなど、その経済力に見合わない軍備を保有するに至ります」

 

無論その軍事予算はグロリアーナから出る。そうなれば彼女らが望んだ独立は独立ではなくなっただろう。

 

「相次ぐ内戦への介入とその長期化により、有力校は疲弊の一途を辿ります。2024年のオレンジヴァール学園が山手協定機構から離脱を皮切りに、各校の機構からの離脱が加速。各機構はかつてほどの影響力を保てなくなります。

2032年、実に20年ぶりの政権交代を達成した自由協同党は、公約として掲げた通り世界学園都市自治協定からの離脱を宣言。各国も日本国内の治安の改善を求め、これを了承します。

国の介入により日本学園都市連盟はその権限を拡大。各校の軍備の保持こそ認めたものの制限し、また一定の自治を認めつつも国が財政に介入できる権限を各校に認めさせます。これによりもはやかつての自治権は望めなくなりました」

 

逆に各校もウンザリしてたらしいが、本当のところを知ることができるほどまで私は賢くなかった。

 

「この長い混乱は日本を10年以上遅らせたとする一方で、各校が少子化による将来の生徒不足を懸念し積極的な支援策を打ち出したことが、日本の少子化のある程度の歯止めとなった、との主張もあります。

いずれにせよ、この騒乱により多くの若者の命が失われた。そこにどのような意味を見出すかはいざ知らず、その結果だけは変わりません」

 

 

 

「増谷さん」

 

時計を見ると、このプログラムも終わりが近づいて来たらしい。

 

「このように纏めましたが、増谷さんはこのような学園都市の争いが何をもたらしたと考えていらっしゃいますか?」

 

「学園都市を弱らせ、結果としては政権交代後の国の介入時の抵抗を弱めた、と学者の観点からは考察します」

 

「それは他の観点もあると?」

 

「多くの若者が死んだ。その頭脳、いえその存在そのものが未来への大きな財産だったはずです。日本の歴史の汚点、決して忘れてはならず、反省すべき出来事であると、私は断言したいです」

 

「なるほど、そこまで仰いますか……浅学の身である私としましては、この命に対し精一杯哀悼の意を表すのが精一杯でございます。増谷先生、本日はご説明、本当にありがとうございました」

 

「ありがとうございました」

 

ナオミは顔を伏せたまま画面の右端へと消える。

 

「そして、私なんかよりも遥かに深く、苦しい想いでその命たちに祈りを捧げてきた方がいらっしゃいます。番組でもご紹介致しました、西住みほさんです。

本日の『大樹の雫』、ラストはサンダース大学出身で西住さんのご友人である井上さんが撮影したものや、西住さんとお会いした際の映像とともにお別れしたいと思います。本日はどうも、ありがとうございました」

 

 

……

 

サンダースの者が何人か取材されている。顔ははっきりとは映されていない。

 

「西住教官ですか?いつもニコニコして穏やかな先生でしたね。『戦車道は安全で楽しく』が口癖でした」

 

……

 

「ええ、定年までずっと独身で過ごされました。その後は分かりませんが、あの方ですからきっと独身のままかと。

戦車道の安全性や学園都市間の戦争との別離について熱心に取り組んでおられました。生徒達にも慕われていましたよ。

ただ公私問わず祝賀行事には一切ご参加されませんでした。同僚や教え子の結婚式などにもね。最早誘わないのが暗黙のルールとなってました」

 

……

 

熊本大病院と書かれた入り口をカメラは超えてゆく。

 

「こちらです」

 

後ろ姿のミホは看護師に案内される。305号室の入り口のネームプレートに書かれていたのは『西住しほ』だ。私も知っている彼女の母の名。

部屋に入ると看護師は外に出て行った。

 

「お母さん」

 

ミホはベットのそばの椅子に腰掛ける。ベットの上の存在は目を見開いたが、それ以上は何もしない。

 

「末期ガンと聞いて最期に一度お目にかかりに来ました。50代での死、私は決して早いとは思いません。お母さんはやるべきことをやらなかったのです」

 

ベットの上で横になっている西住しほに雑誌や新聞にあった年齢不相応だった若々しい様子はもう見えない。ほおは痩せこけ人口呼吸器をつけられた、物の側に足を大きく踏み込んだ人がそこにはいた。

 

「あなたは……今何をしているの……」

 

「私ですか?あれからサンダースに顧問兼生徒として招かれ、サンダース高校を卒業後は顧問として生徒達に軟式戦車道を教えています」

 

「そう……」

 

「あの大会の翌年1月には硬式廃止が決定され、黒森峰がなくなり西住流への各種補助金も打ち切られ、お母さんが大変苦労されたことは聞いています。でも、それは当然の報いだと思います。硬式はお母さんの代で癒着と権益を断ち切り、終わらせるべきだったのです」

 

ミホはおもむろに椅子から立ち上がる。

 

「なぜ何もしなかったんです!なぜ私にやらせたんです!そうすればお姉ちゃんも仲間のみんなも死なずに済んだんです!そして……貴女ならそれが出来たはず!」

 

椅子を倒してベットの上のしほの上に覆うように乗って襟首を引っ掴む。息を荒らげ、叫び続ける。

 

「家元として……西住流を……守らなければいけなかったのよ」

 

ミホは襟首から手を離し、ベットから降りてそばに直立してウンザリした目で見下ろした。

 

「車輌規格の統一が進む今、戦車の質にこだわった西住流は完全に時代遅れです。今も、昔も」

 

しほに背を向けた。

 

「頼みを聞いてここの入院費は払っておきますがもう来ません。お葬式も御墓参りもやりません。さようなら、お母さん」

 

部屋から出て行った。カメラはそこで切られている。

 

 

……

 

あるコンビニ。良くあった店の名前だ。

カメラは店員の『鈴木』のネームプレートからズームアウトする。

 

「165円が1点、99円が1点」

 

初老の脱サラした感じの店員がパンのバーコードを読み取り機で読み取っていた。

 

「キタノさん」

 

その言葉を聞いた店員は目線をそらす。客は、ミホだ。

 

「なぜ鈴木なんて名前を変えて働いているんですか?」

 

返事はない。雑誌を立ち読みしている客の1人が視線を向けた以外は反応はない。だがその客も我関せずというように視線を雑誌に戻す。

「私です。黒森峰武装SS装甲師団の西住です。覚えてますよね、収容所の視察でお会いしたこと」

 

横の温かい飲み物売り場と裏腹に2人の間に冷徹な雰囲気が流れる。店員はミホの耳元に口を近づける。

 

「……撮るのはやめてくれ。人には色々事情があるんだ」

 

「事情ですか?ええあるでしょうとも。ではあの大会をBR法に変更したことにはどんな事情があったんですか!」

 

背筋を立て男の目を見て言いかける。男は目線を再びそらし、金髪の若い店員を呼ぶ。

 

「悪い、代わってくれ」

 

「あ、はい……」

 

金髪は北野の手でレジを待っていたおにぎりを受け取って、すぐに合計金額を百数十円上げる。

 

「待ってください。この写真あなたですよね、キタノさん!」

 

男は無言でサングラスをかける。

 

「どうしてサングラスを掛けるんですか?説明してください。どうしてルールは変更されたんですか!」

 

そのまま男は店の裏に、どんな声にも反応することなく下がっていく様子をカメラは追っていた。

 

「キタノさん!キタノさん!あの収容所の臭いを覚えていますか!私は今でもハッキリ覚えていますよ!」

 

そのまま男は奥から出てくることなく、映像は打ち切られた。

 

 

……

 

カメラはズームアウトしつつ、竹山は両腕を肩幅に広げ深く頭を下げた。

 

「西住みほさんは77歳になった今でも亡くなった仲間達への祈りを毎朝欠かしたことはありません」

 

庭の飛び石の上でミホは遠くを向いた後深く、深く礼をした。

 

……

 

部屋に上がった竹山の前に、ミホが一冊の本を持ってきて、その数ページ目を開いた。

「こちらがその大会記録ですか」

 

「はい、そしてここには全員の死んだ日付と理由が書かれています。死因不明の人の方が多いですがね」

 

シワの多い彼女の指は最初の磯辺典子から最後の冷泉麻子までをそっとなぞっていく。

 

 

……

 

「突如として硬式ルールに変更された時、思われたことはございますか?」

 

「ルールを聞いた時、そしてトーナメントを見て思ったんですよ。ああこりゃもうダメだ。このチームは助からんと。どう計算しても……無理だったんです。

どうせ助からんのなら、犬死するより勝利の役に立って死ぬ方がみんなも本望じゃないか、浮かばれるんじゃないか、と」

 

「どうせ死ぬなら……と」

 

「傲慢ですわな、後から思ってみれば。でもその時はそれが一番良いと思ったんですよ」

 

 

「お祝い事の招待を全て欠席されてきたと伺いましたが、何故でしょうか?」

 

「そんなね、チームのみんなを16や17で死なせておいて、自分だけ遊びに行ったりめでたい場で楽しんだり出来ませんよ」

 

ミホの顔は竹山ではなく外の庭の方を向いている。

 

「結婚なさらなかったのも……」

 

「それもありますが、私の中にある爆弾を背負い込むことになる相手が不憫だと思いました」

 

 

……

礼をする姿を前方ななめ右から捉えた画像とともにテロップが流れる。

 

 

『西住さんはこの取材の3ヶ月後にご逝去なさいました』

 

……

 

「ねぇ……これで良かったの?ミホ」

 

 

 




茨城新聞 2073年5月16日 社会面
西住 みほさん(にしずみ みほ=サンダース大学准教授)9日、多臓器不全で死去、77歳。葬儀は本人の意思で執り行われなかった。
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