不死の感情・改   作:いのかしら

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「自分と違う種族・価値観・生まれ育ち…未知のものと出会ったからこそ、得られるものがあります」

荒川弘『銀の匙』より


第1章 ④ 神格集結

合流した武部さんと五十鈴さんは私と一緒に帰途についた。2人は両隣から不安げに私の顔を覗き込む。

 

「みぽりん、本当によかったの?」

 

「はい。皆さんとなら前とは違った戦車道が楽しめそうですから」

 

「ならいいですが」

 

「そういえばみぽりん、とは?」

 

武部さんが胸の前で手を叩く。

 

「あ、そうだ。うちのチームにゆかりんて呼んでる子がいるの。だからその子にちなんでこれからみぽりんって読んでいい?」

 

「構いませんよ。あだ名なんてつけてもらったのなんて初めてだから嬉しいです」

 

その顔は作られたものではない。純粋な喜ばしさが顔から溢れていた、はずだ。少なくとも私は空にも飛べそうなほど心地よい。

あだ名、か。私をあだ名で呼ぶ気が起こる人間はこれまで居なかったな。彼女らにそう呼ばれながら名字で呼び続けるのは、余りにも仰々し過ぎるかもしれないな。今度からは彼女らも下の名前で呼ぶようにしよう。能力も家柄も関係なく付き合える友である証に。

 

「じゃーねー」

 

「ではまた明日」

 

 

2人と別れ私は家路を進む。

歩くことしばらく、背後に何者かの存在を感じた。振り返ると電柱の影に誰かいるようだ。気にせず進もうとするとその者が次の電柱目指して走る音がする。

何者だ?まさかもうそういうのが来ているのか?

だとしたらなぜまだ向こうにいた時にやらなかったのか。そっちの方が都合が良かろうに、と不思議に思ったが、まずはその正体を確認せざるを得ないだろう。

 

「あのっ!」

 

すかさず振り返りその者の顔を見た。えらく髪のもっさりした、偵察には向かなそうな女子である。その女子も突然声をかけられたことを驚いているようだ。少々の沈黙が2人の間を流れる。

 

「さ、流石伝説のSS12部隊のエース。索敵能力半端ないです!ご無事で何よりです!」

 

この者は違うな、と半ば確信していると、その女子がいきなり口を開く。そのまままくし立てられるように続ける。

 

「あ、申し訳ないです。私は普通2科2年3組の秋山優花里と申します。本物の戦車乗りの方と出会えて誠に光栄であります」

 

せわしなくポーズを変え、目の色を変えながら続ける。何を言っているかよく分からないが、何者だろうか、こいつは。

 

「前から黒森峰のファンで試合はいつも戦車マガジンでチェックしてました私も戦車大好きです。一番好きな戦車はポリッシュ7TPですいえ決してウケ狙いではありません。西住殿はどの戦車がお好きですか?……あ、西住殿と呼ばせていただいてよろしいでしょうか?私も是非西住殿のお仲間に加えてください!」

 

なるほど。早口過ぎて得られた情報は断片的だが、彼女は所謂軍オタ、と呼ばれる者の一人か。諸君……こいつ今すぐ人目につかない路地裏にでも連れて行っていいだろうか。

死線を何度も彷徨った私にとって、軍オタという人種はそれを面白おかしく楽しんで見る人だ。人種差別はしたくはないが、それでも苛立ちは覚える。こいつもこのままなら、死線を彷徨わせてやろうか。

 

「あの、秋山……さん?」

 

取り敢えずこの女の話を区切った。取り敢えず話を統合する時間をくれ。そして死にかけろ。

 

「はい、マイフューラー!」

 

秋山とかいう女は右手を上に伸ばし、革靴のかかと同士を叩き音を出した。かつて私がやっていた行為そのものだ。

 

「戦車は人を殺すための道具です。私は止むを得ず乗っていましたけれども、ああいうものは早く世界から無くなってしまえばいい、と思っています。だから遊びてそういうのが好きな人とはお友達になれません」

 

率直に言ってこの畜生好きの女に寒気がした。そしてこれが私の本音だ。前に向き直りそのままこの女から離れる。話す価値も無い。

少し歩くと、何者かが背後から私の腰に抱きついた。先ほどの女である。

 

「も、申し訳ありません西住殿! 私が生意気でした!仲間なんてとんでもない。家来です家来! 西住殿の家来にしてください!忠犬優花里とお呼びください!」

 

どこからそう言う結論が生じたかは知らないが、少なくとも勘違いしているようだ。自分が話す前に人の話を聞け、と数十回は言っておきたい。

 

「だからなんでそうなるんですか」

 

その行動と発言に素直に突っ込む。すると秋山は急に現状を理解したのか、腰から離れてしおらしくなった。

 

「えっと、秋山さん?」

 

「も、申し訳ありません西住殿!私小さい頃から顔見知りが激しくて、戦車の話になるとパニクってよく変なテンションになってしまうんです。本当にすみません」

 

秋山は顔を紅潮させ平謝りを繰り返さざるを得ないようだ。テンションとかもはや超越していた気がしたが、まぁそれは構わない。大衆の面前で土下座し始めそうなので、一旦やめさせよう。そういえば優花里、か……

 

「あ、いえ、私も顔見知りするのでそれはいいんですが、あなたが『ゆかりん』さん?」

 

「な、何故それを?」

 

ビンゴ。まぁこれからの仲間なら入院させるわけにはいかんな。

 

「た……沙織さんが言ってたのはあなただったんですか」

 

「武部殿をご存知で?」

 

「では戦車道で同じチームになる方ですね」

 

「こ、こちらこそよろしくお願い致します!憧れの西住殿と同じチームなんて光栄すぎてなんといったらいいか」

 

「私に、ですか?姉ではなくて?」

 

すでに揉みくちゃになっている頭をさらに揉みくちゃにしている女の好みがなんで私なのか、という純粋な疑問しか浮かばない。私はそんな褒められるような人間ではないはずだが。

 

「はい、元々戦車道マガジンなどでお見受けしていたのですが、特に去年12月の軟式大会決勝戦!」

 

私は固まる。それこそが自分のトラウマの一つである。これについて褒められたり、無論憧れを受けたことなぞない。それを讃えられたら、私にはどう反応したら良いか分からない。

 

「あの時味方を思って川に落ちた仲間を助けに行くあの勇姿!あれが中学、高校と戦車のせいでクラスから仲間はずれや嫌がらせされ、友人の出来なかっただけでなく親も趣味を理解してくれなかった私に、真の戦車道のあるべき姿を見せてくれたんです!」

 

彼女の目は素直に人を尊敬する目だ。戦車のみを通じてではなく1人の人として西住みほを憧れの対象としている。それは戦車道の家元の子として美辞麗句を多用する大人を見続けてきた人には一目で分かった。でもそのことは彼女を苦しめることでもあった。

 

「秋山さん、私はそれが理由の一つとなり西住流を破門されているんです」

 

「えっ?……そうだったんですか!」

 

「7月の硬式大会が最終的な理由になっているのですが、やっぱりあの時やられたら負けであるフラッグ車の車長の役割を果たさなかったことは理由の大きな要素だったようです。西住流は勝利を重んじますから。そしてそれが、私がここにいる理由です」

 

無情だろうか。いや、これが真実だ。

 

「す、すみません。西住殿。そうとは知らず無神経なことを!」

 

「いえ、いいんです」

 

「で、ですが恐れながら、あの時仲間を救おうとしたこと、私は間違ってなんていないと思います!それが間違いというなら、それは人として誤った道です!」

 

膝を地面につけながら、胸の前で拳を作って熱く語る。その目は、決してお世辞ではない。

 

「……まさか私に憧れている人が、そしてあのことを褒める人がいるなんて思いもしなかったです。でも今までのことが少し報われた気もします。ありがとう、秋山さん」

 

空を向き一つ息を吐くと秋山さんに礼を言った。真の熱意があの時のトラウマに幾許かの光として差し込む。

 

「破門されてようと私の西住殿への憧れは変わりません。不束者ですがよろしくお願いします!」

 

秋山さんは私に敬礼を返した。それは右手を掲げるものではなかった。うん、そちらの方が似合ってる。

 

 

 

次の日の朝、珍しく私にもは寝坊した。というのも昨日言われたことを実行出来るかどうか考えていてよく眠れなかったからだ。それが出来たのも前みたいに寝坊した際に殴られることがない安心感ゆえなのだが。

 

「遅刻遅刻!」

 

朝食も食べずに急いで学校に向かう。走って学校に向かっていると目の前に人影がある。学校の生徒であるのは見ればわかるがそれにしては非常に覚束ない足取りをしている。まるで酔っ払いの千鳥足のようであり、いつ倒れるかもわからない感じだ。

無視することもできる。いや、普通はそうする。しかし横を駆け抜けようにも前がゆらゆらと塞がれそうなのだ。ぶつかったら手も付かずに倒れそうなのでそうそう下手なことは出来ない。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

私はその人物に駆け寄ってそう言った。

 

「ううっ、辛い」

 

「えっ?」

 

「朝が辛い」

 

どちらかというと眠そうだが、彼女はその場にへたり込んでしまった。

 

「辛い……いっそ、このまま全てを投げ捨ててしまいたい。ああ……それが出来たら、どんなにいいか」

 

「なんの話ですか?」

 

「だが、行かねば」

 

彼女はなんとか立ち上がり、再び歩き出そうとする。しかしフラフラしておりまともに歩けそうには思えない。

 

「肩をお貸ししましょうか?」

 

彼女の傍らに寄り添うと肩を貸して体を支えた。

 

「すまない」

 

そう言うと彼女は私が身体を持ち上げるのに合わせ私に寄り掛かった。

 

「私は、冷泉麻子」

 

眠そうにしながらなんとか名乗る。それを聞き名乗り返そうとする。その時

 

「あっ!」

 

肩が急に重くなったと思ったらこの冷泉さんは完全に眠りに落ちていた。

 

「冷泉さん、冷泉さん!起きてください」

 

「ううん……ムニャ……」

 

ダメだこりゃ。起きる気配はない。仕方なくそのまま行こうかと思ったが、体重をかけられたためずり落ちないようにするのが精一杯だ。中々前に進めない。

 

「このままでは遅刻する。……仕方ない」

 

私は冷泉さんを背負うと、すみませんと一言かけて、彼女の首に自分の荷物を掛け走り出した。

 

 

校門の前では遅刻取り締まりのために風紀委員の人がいた。

 

「遅いわよ。後もう少しで遅刻よ」

 

「すみません。冷泉さんが行きで眠ってしまって」

 

風紀委員は背負われている冷泉さんの存在に驚きをみせた。

 

「西住さん、今度から冷泉さんを見かけても、手を貸さないでいいから。この人遅刻の常習犯なのよ。ほら、あんたもいい加減起きなさい!」

 

声をかけられても起きず、風紀委員の人にほおを軽く叩かれからやっと冷泉さんはゆっくりと目を開けた。

 

「……そど子」

 

「私は園みどり子よ。あんた彼女のお陰で連続遅刻記録が244日で止まったんだから感謝しなさい」

 

常習犯とは聞いたが、それは常習犯というレベルを超えた根本的な要因があるのでは?

 

「……すまない」

 

「いえ、私こそすみません。首の荷物とりますね」

 

注意深く冷泉さんの首から荷物を外す。

 

「では」

 

遅刻になってはたまらない、と走って校舎に向かおうとすると彼女が呼び止めた。

 

「まだ君の名を聞いていなかった」

 

何故か、とも思ったが、とりあえず自分の名を言うとすぐに走りを再開した。

 

 

 

次の戦車道の授業の日、私にとっては初めての授業の日、日が少しずつ西からさすようになる中そこに見えた光景は、この前の角谷会長の言った試合結果を納得させるものだった

「えっと、これで全戦力ですか?」

 

「そっ。まあ今度38tはヘッツァー改造キットが来るから改造するけど、艦内探しまくったから戦車はこれ以上増えないよ。予算も無いし」

 

「……」

 

そこにいたのは

 

IV号戦車D型

 

III号突撃砲F型

 

M3中戦車Lee

 

38t戦車

 

八九式中戦車

 

ポルシェティーガー

 

B1bis戦車

 

三式戦車

 

マークIV

 

 

それと36人のこれから一緒に戦車道やる仲間達だった。それぞれ車輌にマークがあり、それが各チーム名を表している。

 

「マジノの時の5輌は?」

 

「IV号、III突、M3、38t、八九式。残りの4輌はその後見つかったからね」

 

使い物になるのはポルシェティーガーの56口径88ミリkwk36とIV号の48口径75ミリkwk40、III突の48口径75ミリStuk40、後は数合わせだ。いくらヘッツァーが来ても相当うまく運用しないと厳しい……

おまけに第二次世界大戦に運用されてないない戦車もある。開発設計やエンジン出力、砲や装甲も考慮すると、相手戦車の撃破はおろか偵察にさえ使えるか分からない。

簡単に言えば戦車同士が戦うことを前提に設計されていないのだ。

車輌だけ見ると、会長が提示した目標はそれが大それていると言えるレベルだ。

顎に指をかけ考える私の肩を会長がつかむ。

 

「まーまー西住ちゃん。軟式なんだからそんな深刻に考えずに、これスポーツだから、スポーツ」

 

「あ、そうですよね。つい硬式の方で考えちゃって。」

 

「それでは今日の練習内容を発表する。今日は行進間射撃の訓練だ。的は近いが流鏑馬のような感じで各チームやってもらうから真面目にやれ、いいか!」

 

河嶋さんが場を仕切る。

 

「はい!」

 

そして全員自分の戦車に散っていった。私は初めに決めた通り、少し離れた場所から教練を見学した。今回の行進間射撃の教練は3周行う。その様子は黒森峰で厳しい教練を受けた者として見れるものではなかった。速度は整地にも関わらず15km/hほど、装填に7秒かかり、それでさえ5枚の板のうち当たったのは3枚。黒森峰ならその場で試合の観戦にさえ行かせて貰えないだろう。

それが主力の一角であり、他のチームも2、3枚、下手したら1枚しか当たらないという状態だ。前言撤回させてもらおう。大それていると言うことすら大それている。同時に戦争なんぞに使えない証拠でもあるのだが。

 

 

隊長をやっている河嶋さんの練習内容は悪くないし、統制もある程度取れている。しかし選手のレベルに合ってない。簡単に言えば蹴伸びさえまともに出来ない人間にバタフライを教えてるとか、アンダーサーブも打てない人間にスパイクの指導をしているようなものだ。

話によると練習内容は自衛官の人に尋ねた通りにやっているらしい。

まぁその自衛官がまともであるといいが、練習方法は一般的なものなので、恐らく実際の練習風景を見ているわけではないのが理由だろう。

救いは私の予感が当たっていたことくらいだろうか。休憩中の会話は盛んであるし、車輌ごとのチームワークは総じて良い。帰り道はチーム混じって帰ることもあるようだ。軟式のみを知る者たちの、和気藹々とした戦車道、悪くない、むしろ良いが、目標を達成するには厳しいバックグラウンドだ。

私は練習後会長さんのところに赴き、河嶋さんとともに戦車道に参加する旨と練習内容に関する提言を一緒に干し芋をつまみながらした。

私はい……華さんや沙織さんとの仲を考慮され、IV号戦車、あんこうチームに割り当てられることになった。なんと先日会った冷泉さんも同じ車輌だそうだ。走行中に寝たら蹴り起こそう。うん、そうしよう。居眠り運転ダメ、ゼッタイ。

 

 

 

2回目から私の指示を基にした練習が行われた。基礎練からの一般的なものだ。しかし簡単に自己紹介した上でそのことを河嶋さんから皆に告げられると、不満げな顔をするものもいた。

 

「急に基礎練習のみにするって?現状練習出来てるのになんで変えなきゃいけないんですか?それに今まで大洗の戦車道は桃さんが仕切ってたじゃないですか。どうして急にこんな何処の馬の骨か分からない奴が組んだ練習なんてしなくちゃいけないんです?」

 

「ま、馬の骨なんて見たことないけどね」

 

「し、しかしだな、この西住は……」

 

河嶋さんの視線が不安げにこちらを向く。私は自分の扱いは向こうに任せてある。

 

「……戦車道の有名どころから来た者だ。私よりも戦車道にはずっと詳しい。西住を迎えることで、冬の大会に向けて相手と互角に戦える力をつけるんだ。マジノとの練習試合の時、私たちはまともに張り合うことさえできなかった。私は……隊長として無様な負けだけは見たくない。その為だ。

無論これまでの練習方針は維持するし、練習内容は私も合意した上で決定するから、異様に厳しくなるとかそういうことはない。だから安心して練習に臨んでほしい」

 

「……」

 

不満げだが、一応は納得してくれたようだ。彼らにとっては私という異物の介入によりこれまでの流れが断ち切られることが恐るべきことなのだろう。私もこの空気を壊したいと思うほど空気の読めぬ場違いな者ではありたくない。

その日は私もIV号戦車に乗り込み、装填手として練習に参加した。カイルでの行軍や的への停止射撃などの基礎練習のみで終わらせたが、それさえも次に進むための最低限の完成度を満たせていない。

流石に厳しいことは言えないから、地道にアドバイスしていこうか。

 


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