不死の感情・改   作:いのかしら

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 兵とは国家の大事なり、死生の地、存亡の道、察せざるべからずなり。

『孫子』



特別章
特別章 ① 大洗前日譚


二十三時、このような時間に生徒が学校に残るのは、通常なら許されないことだ。ここの学生の殆どが寮生活であることを加味しても。だがここ、大洗学園高等学校の一部の部屋にはいまだに明かりが灯っている。おそらく職員室、警備員室、生徒会室、 そして生徒会長室ぐらいなものだろう。その一つであるのが確実な生徒会長室に一人、ドアを開け放って駆け込んでくる者がいた。

 

「すみません、遅れました」

 

「神埼遅い! 今日の案件のことを理解しているんだろうな!」

 

「霞! それは私の役職が何かを知っての発言でしょうか! こちとら教員陣に最早説教レベルの説得をされてきたんですよ! 文句ならそれを心臓が捻じ曲がる思いで体験してから言ってください!」

 

部屋に入って早々、扉の近くの者と口論し始めた。全くこんな時に。

 

「まぁまぁ落ち着きナ。そんなにカッカしてちゃ話し合いになりゃしないヨ。取り敢えずカッちゃんはそこに頼むワ」

 

「……ふん」

 

何とか書記の酒見のとりなしで収まりはしたが、椅子に座る音も大きい。ギシギシと音を立てるのみならず、部屋をも揺らすかと思われた。 

 

「定時から六分過ぎているけれど、さっきの事情なら仕方ないわね。これで全員揃ったかしら」

 

 一番奥の正面にホワイトボードを背に座す生徒会長篭田が、指と小声で人数を確かめていく。それを二回り終わらすと、不意にこちらへ視線を向けた。

 

「盗聴とかの可能性は? 佐渡川」

 

 だが相手は私ではなく、隣の奴だったようだ。まあ私に振られてもどうもできない質問なのだが。

 

「専用機械で調査いたしましたが、その危険はありません。またここにいる者のもつ電子機器はすでにこちらで預かっております。そしてこの部屋周辺は当直の警備員の方と直属の風紀委員が警戒中です。彼らの身内など関係者の中にひたちなかと関係あるものはいません。ご安心を」

 

「そう。それでは諸君、これより大洗学園中学高等学校生徒会、および学園経営委員会各委員長による緊急会合を始めるわ」

 

篭田が、暗闇の中でなかなかにじれったい音を奏でる雲をその全体にくまなく移す窓ガラスを背景に、低めの声で話を切り出した。

 

「挨拶は省略、本題に入るわ。議題は皆存じている通り、我が学園の母体であった学園都市運営法人、ひたちなか学園への対応よ。我が校はこちらへの相談や通告なしに自治権の剥奪を決定されたことに対し、法人からの離脱を宣言したわ。それに対するものと思われる連中の行動が今夜確認されたわ。佐渡川風紀委員長、報告を頼みます」

 

篭田は先ほど声をかけた男を指名する。短髪のスッキリした奴だ。正面に出てきてサッとホワイトボードに近隣一帯の地図を広げながら、指差しして説明を始めた。

 

「佐渡川だ。直近の情報によると、ひたちなかの治安部隊が中橋周辺に集結中。そのまま橋を渡って大洗町に入る見込みとのことだ」

 

「大洗に……町側は部隊の通行許可を出したようですね」

 

「実際にその報告も入っている。まあ町が断る理由はないからな。彼らがこのまま大洗を海岸沿いに南下すれば、我々学園の管轄地域に入る」

 

「そう。これが最近までなら何の問題もなかったでしょうけど、これまでの経緯を鑑みるに、ターゲットが我々大洗学園である、と捉えるのが自然でしょう」

 

「でしょうなぁ。向こうが我が校の分校化を強制執行しに来たと考えるべきでしょう」

 

「これについての対応を話し合いたいわ」

 

「佐渡川、数はいかほどで?」

 

「恐らく四個中隊、実働部隊のみでも千人は超える。補給など後方の者も含めれば、相当な数になる。さらに向こうの精鋭とされる第一中隊が確認されていることから、装備も向こうの最良のものかと思われるな」

 

「千人か……向こうの全軍ではないからまだましとはいえ多いな。最良となると機関銃くらいは用意しているかも知れん」

 

「会長、どう対応するかはともかく、学園校舎の安全を確保するのが先決です。まずはここにいる者以外の風紀委員を動員させてください」

 

佐渡川は椅子を回転させていた篭田の正面に進み出る。

 

「まだ部隊の行き先が不明よ。こっちから下手に先に動いたら、向こうに大義名分を与えてしまうわ」

 

「ならば風紀委員全員校舎に忘れ物があることにしておきます。実に壮大な忘れ物ですがね」

 

「そうしなさい。ついでに明日までの宿題にした方が話が簡単ね。構内深夜立ち入り証は発行させておくわ」

 

「では早速」

 

地図を残したまま、隣の生徒会室へと歩を進めていった。 篭田は近くの会議に参加してない庶務の一人を呼び出し、最低百数十枚、刷れるだけの枚数の構内深夜立ち入り証を二十分以内に発行するよう命じた。そして彼は無表情で隣の部屋へ去った。

 

「さて、どうしたものかしら」

 

「会長」

 

先ほど喧嘩していたうちの一人、神埼が話に割って入った。

 

「教職員連盟連絡員の神埼です。教職員連盟からの要望ですが、やはり学園の即時明け渡しと法人脱退の撤回しかない、とのこと。それを確実に履行するようこっぴどく言いつけられてきました。ま、前々から変わらないんですけどね」

 

「そうでしょうね。彼らはウチが大洗学園という独立した学校だろうと、ひたちなか学園の純然たる分校であろうと、教員としての職務を遂行できる事には変わりないし」

 

「会長、やはり戦うのは得策ではありませんよ。単純に考えて人口は三倍、経済力、推定GDPは名目、実質どちらにおいても向こうの租借地含めれば五倍近く。さらに町が向こうにつくなら、こちらは内部の団結にも不安があることになります。勝てる要因がありません」

 

「何を言うんすか田邊! この学園の何十年に渡る伝統を無に帰せというんすか! お前はこの学園での文化祭、体育祭、その他の学校行事、日常での友人との会話、部活動、学園からの帰り道、その有意義な記憶の根源たるこの学園を無くしてしまえと!」

 

反駁したのは生徒会副会長の河田。生まれも育ちも大洗という生粋の大洗の民で、今回もこれまで同様強硬姿勢の継続を主張しだした。

 

「だからといってこの地を煤塵と化けさせるわけにもいかんだろう。しかも負けるのが確定の戦争で、だ」

 

「まだ負けると決まっているわけではないじゃないっすか! 貴様の地域運動発展委員の名は、それに背負われた役割は飾りなんすか!」

 

「その私だから言うんだよ! 勝とうなど現実的ではない」

 

「田邊、やはり勝てないかしら」

 

「勝てませんよ、会長。そこらへんはウチの備品統括部長の刈谷の方からお伝えします」

 

 その隣にいた襟付きの服を着たがっしりとした男が、肘でつつかれてから立ち上がった。

 

「えー、はい。備品統括の刈谷です。私の方から運動発展委員会の経緯の確認及び現状についてご説明いたします。学園都市を建設してからは五十年近く。されど学園艦からの移設の中で、我が校は復興迅速化の名目でひたちなかの庇護下に入ることになりました。その際に我が校はひたちなか、大洗町と結ばれた協定で、予算縮小のためとして武装部隊を実質禁止されました。

しかし当時の各担当者の尽力もあり、将来的な再軍備のための隠れ蓑としてこの委員会が設立され、その時を見据え準備をしてきました」

 

「......とはいうものの、現状では装備が圧倒的に不足してますし、向こうの職業軍人もいる部隊には敵いません」

 

田邊が割り込んできたのに続いて、生徒会会計の時谷が話に加わった。

 

「装備は何とか予算誤魔化しながら調達したものですからねぇ。そもそも十年で充足を目安に調達していましたし。私としては抗戦に賛成したいんですが、ライフルとその弾薬を考えると……」

 

「数が不足しています。弾薬の供給や故障時の代替を考慮すると、実戦配備可能なのは約三百五十丁。おまけにそれも連射の利かない単発式です。最大二千人をフル装備で動員可能とされるひたちなかには敵いません。

それとご理解して頂かねばならないのは、我々に拠点の奪還は不可能だ、ということです。何せ大砲、ロケット砲などの火砲がありませんからね。迫撃砲すらまともに運用できません。この類はいくら何でもごまかせなかったもので。そうなれば万が一撃退できたとしても、向こうは易々と講和には乗ってこないでしょう」

 

「でも相手は千人くらいだそうじゃないか。籠城くらいなら何とか」

 

「無理ですな」

 

挟まった意見は冷徹に途中で切られた。

 

「援軍のアテもないのに籠城するアホが何処にいますか? 逆に兵糧攻めされたら終わりですよ? それに増派してこない保証がどこにあります? ここがひたちなかからの距離があるわけでもない。向こうにとって補給は容易です」

 

いいぞ田邊、その調子だ。お前が出来ないと言い続ける限り、総意がそう易々と首を縦に振ることはあるまい。専門にはそれだけの力がある。

 

「と、そうそう。外交的にはどうなってるかしら? 正木」

 

指名された眼鏡の丸顔の男は、のそのそとデカイ図体を動かして立ち上がった。そのくせ人に会うからといい香水をつけているのだが、身体バランスと絶妙に合わない。

 

「広報主任の正木です。今回の件は他校からひたちなか学園法人の内部改革と捉えられている為か、こちら側につくことを表明している学園都市は現状いません。しかしひたちなかの強行姿勢に批判的な学園都市なら存在します」

 

「……聖グロリアーナか」

 

「ええ、ここ関東地方の最有力学園都市です。元々友好関係は築いていましたが、一歩進めて彼らをこちら側に付けられないか、現在交渉を進めておることは前にお話しした通りです。付けられれば、ひたちなかへの最大の抑止力となりましょう」

 

「つけられれば理想的だけど、展望は?」

 

「彼らの望みは自校系資本による権益と、ここら一帯における影響力の安定化です。そしてそれを妨げているのはひたちなかでしょう。そこを保証すれば我らにも道があります」

 

「ではそれは続行。でもそれは背景に過ぎないわ。本命はひたちなかとの交渉。そっちはどうなの?」

 

「……それが無事進んでいるのなら、こんな事態にはなっていませんよ。こちらは政治的独立以外、特に治安維持、財政においては譲歩に譲歩を重ねておりますが、その一点に向こうが拘りを見せております。昨年の一件のせいでだいぶ心象も悪いようで、少なくともひたちなか学園法人かひたちなか学園生徒会の決定なしにこちらが政策を実施したりすること、これだけは認めないつもりのようです」

 

「やはり聖グロリアーナに対抗すべく、ウチを完全に取り込んで経済力と軍事的威信を付け、不安要素を取り除く算段かしら。そうなると国もあちらを支持するでしょうね」

 

「国は聖グロリアーナの独自姿勢を警戒してますから、消極的支持ならすぐにでもするかと。大洗には国の防衛隊も駐屯しておりますが、それが部隊の通行を邪魔したりはしないでしょうな」

 

よし、流れが降伏に傾いている。公立校にとって国が支持しないのは、反抗する大義が無くなるに等しい。学園のために私も加わるか。

 

「……やはり受け入れるしかないのでは? ここまで四面楚歌であるならば……」

 

「何を言うんすか! この学園の校舎がいざという時抵抗出来るように設計されているのを知らないんすか! 耐震基準を遥かに超える強度があり、廊下の壁の穴は一階広場への狭間として利用出来るっす! 場合によっては地下施設で砲撃を避けることも出来るし、水も地下に貯水施設がある! そんじょそこらの建物より立て籠もるには適してるっす! 抵抗している間に聖グロを引き込めば……」

 

「そ、そうだ。少なくとも向こうに犠牲を与えて、再び交渉に持ち込むチャンスはあるはずだ! 何よりひたちなかの法人からの離脱を宣言したらこうなるのは必定! 今更何を怖気付くことがある! そして向こうが交渉を打ち切ってくるなら、なおさらこちらの正当性は喧伝可能だ!」

 

「そうなればひたちなかとの全面戦争は避けられない! 仮に撃退できたとしても破壊された校舎の、場合によっては都市そのものの復興にはどれだけの資金が必要になると思っている! その資金はどうする! 莫大な借金をする気か! 仮にそれを聖グロ系の資本に頼る気なら、ここは今度は聖グロの傘下にされるぞ! 逆にそれ以外の資本を使ったら、今度は聖グロが何をしてくるか……」

 

「だが一度学園が潰れてしまっては二度と立て直すことは出来ない! これまで先輩方によって繋がれてきた大洗の歴史を、伝統を守る為には戦うしかない! 願いは無条件で叶わないんだ!」

 

「そもそも学園都市なんて戦後に誕生したに過ぎないもの! おまけに最近女子高から共学に変わっている! こんなんでは伝統もなにもない!」

 

「伝統に時間は関係ない! 先達が命を費やしてでも繋いできたものがあるのなら、それが大洗の伝統だ! そしてそれは確実にここにある!」

 

「学生を死なせるのが、学園都市を司る生徒会の取るべき道なのかいネ? 寧ろ学生の能力を将来に活かすのが本来の道ではないノ? それに政治的独立は関与しているのかネ?」

 

よし、酒見もこちらよりに傾いた。生徒会の要職を取り込めたのは大きい。心の故郷のためにここを残すだと? そんなものは国にでも預けておけばよい。

 

「それはそうだ。だからその道をこの先使う何万、何十万という生徒の為に、大洗学園を残すのが一番の役目だ! このような立場にいるからこそ、何十年先を見通さねばならないのだ! 近視眼的な思考じゃやっていけんぞ!」

 

「そんな目に見えないもののために戦ってきたのがこれまでの学園都市間の歴史ではないですか! 学園都市の希望が血で叶えられる時代には必ずや終わりが来ます! ここは我らが先駆けとなって降りるべきです! それで名を遺す。十分じゃないですか!」

 

「そんな時代がいつになったら来ると言えるんすか! 少なくとも今はそんな時代じゃない! そしてその争いに生き残るには、自分たちが先にその競争から降りるわけにはいかないんすよ!」

 

「ふざけるな! 実際に戦争になったら死ぬのは前線に赴く人たちなんだぞ! この中に赴く人は、少なくとも生徒会の面子ではいないのに、この総会で決定しようとすることそのものがふざけている!」

 

「松澤文化祭実行委員長! 生徒会外のクセにふざけたことを言うな! 本来は生徒会だけで決定できるはずだが、学園の存亡に関わることだからと他の要職の話も聞いているんだぞ!」

 

「だからその上から目線がダメだと言っているんだ! ここが未来ある命を潰す決定をし得る場だと理解しているのか!」

 

「会長、議会のこともお忘れなく。このことが知れたら大洗学園フォーラムは単独で宣戦の決議を出すかもしれませんぞ?」

 

多人数にまたがる口論は平行線を辿った。副会長の河田、整備委員長の中島、生徒会広報宣伝部長の佐古山らが学園を守るべし、と開戦賛成。一方地域体育発展委員長の田邊、文化祭実行委員長の私、松澤、生徒会の書記の酒見らが若き血を投じるべきにあらず、と抗戦反対、即時降伏を主張。この二派閥によって、外の気候の成す音を封じるほどの口論が繰り広げられる中でも、生徒会長篭田を中心としたその他多くの者が判断を下していなかった。

ここで久々に外気が取り入れられ、一人の男が話し合いに戻ってきた。

 

「風紀委員の動員、完了しました」

 

「佐渡川、よくまぁこんな時間にテキパキと集まれたものね」

 

「彼らにとって忘れ物がいかに重要か、ってことですよ。それと正木、お前宛の連絡が一つ来ている」

 

「本当ですか?」

 

「駐聖グロの者からだそうだ」

 

「このタイミングでか……直ちに。会長、一度失礼いたします」

 

「かまわないわ」

 

こうして生徒会長室内で佐渡川と正木は入れ替わった。降伏勧告だとよいが、そう都合よくはないだろうな。

 

「それで佐渡川、風紀委員会会長として今回の件について意見を聞きたいわ。あなた方はいざとなったら実働部隊となって貰う人たちに含まれますし」

 

「はい。風紀委員会として本来の責務を果たすならば、断りなく軍勢を派遣し大洗学園の風紀を乱そうとするひたちなかは、撃退、駆逐されるべきだと断言致します。ところがそれが可能かと申されれば、実力的に不可能だとお答えする他ありません。

しかしこの学園校舎の防衛に関してだけは、お命じいただければ身命を賭して実行致しますし、それを成し得る士気を風紀委員は持っております」

 

おい何を言ってんだお前。やっと開戦回避へと舵が切られかけていたのに、なぜそれを戻そうとするんだい阿呆。くそっ、面倒なことを……

 

「馬鹿な! 風紀委員会は軍を対象にした戦闘訓練なんてまともに受けていないはずだ! 戦争を前にして士気なんて上がるわけが……」

 

「あなた方運動発展委員会の内部組織ではそうかもしれませんが、風紀委員会はそのように危機を前にして怖気付く腑抜けではありませんので。それに戦争ではなくとも、かつて要請を受けて血盟戦線を鎮圧したことはございます。こちらも犠牲者が出るほど過酷なものでありましたが、学園のためと皆一歩も引くことなく遂行いたしました。

この度ひたちなかと戦うこととなっても、命を賭けることに異存はございません。金がない金がないと行動を避けてきた運動発展委員会とは違います。学園の規則に則り平穏を全力で維持するのが役目でございますゆえ」

 

次に口が開けば、彼は田邊に唾を吐くだろう。

 

「……そう」

 

「会長、ひたちなかの部隊は中橋を通過。大洗に入りました。目的は明らかです。このまま沿岸を南下すれば、大軍で時間がかかるとはいえ、二時間も要さずにこの学園は包囲されるでしょう。一刻の猶予もありません。どちらの判断であろうと、風紀委員会はそのために必要な行動を実践します」

 

篭田は判断を下そうとしない。仮に本当に風紀委員の士気が高いとしても、装備的に彼らだけでは戦えるはずがない。運動発展委員会所属のメンバーを呼び出す必要がある。これ以上引き延ばすことはそれを不可能にする。すなわち降伏しかなくなる。ここが攻め時。ここさえ越えてしまえば……

 

「会長、しかしこれから運動発展委員会のメンバーを招集しても、彼らへの武器配備や防衛配置などの時間を考慮すれば間に合うとは……ここはやはり」

 

「会長!」

 

教室に一人戻る者。デカイ図体を跳ねさせながらやってきた。表情には明暗が混在している。

 

「正木、何かあった?」

 

「聖グロの校外交流担当局長が我が校を支援しても良いと通達してきました!」

 

「何ですって!」

 

「やはり聖グロがこちらにつくぞ!」

 

「勝てる! 戦争になっても勝てるぞ!」

 

 開戦派の論調に火種が投じられる。それだけではない。これまで篭田同様口を閉ざしていた者たちも、この動きに便乗してきた。彼らが加わったことで人数比もひっくり返っちまいそうだ。聖グロリアーナ、この言葉に人助けに似た甘美なる響きが備わっているとでも考えているのだろうか。他の学園が自身の利になること以外やるわけがあるまいに。

 

「しかし一つ条件が付いてまして……」

 

「何かしら?」

 

「一度我が校がひたちなかを撃退すること、それを条件に武器弾薬の提供を申し出てきました。これには防衛戦の成功も含まれることは確認済みです!」

 

「ひたちなかの、撃退……」

 

「やりましょう、会長! 我が校を守る術はこれしかありません! 聖グロならばひたちなかからの防衛のみならず、存分に張り合える、いや逆襲できる武装を準備してくれます!」

 

なるほど。大洗の内部で戦闘状態にして、その復興に資本を投下する算段か。 そして自身の血は流さない。結局は奴らの政権を支える独自資本の都合か。反吐が出る。

 

「馬鹿言うな! それが出来ないから降伏するべきだと言ってるんだろうが! 何より撃退するには、こちらから攻められない以上向こうが強攻してこないといけない! 勝つにはただ包囲すればいいのに、何故わざわざ攻めかかってくると考えるんだ!」

 

「……いえ、問題はそこじゃないでしょう」

 

「何がです、会長?」

 

「その提案が聖グロの総意か、はたまた交流担当局が勝手に言っていることか読み切れない、ということ。後者なら私たちは無駄な戦いに突入することになります」

 

「わが校の独立を守る意思を示すために戦うことは決して無駄ではないし、現にひたちなかとプラウダが接近している以上、聖グロにはひたちなかを弱体化させられるという得、動機がある。乗ってくること自体に矛盾はないっすよ」

 

「えー、矛盾がないことと実行されるかは別かと……それにプラウダに介入されたら、事態は悪化しますし……」

 

「それに長期戦は向こうの尊厳を傷つける! ウチみたいな雑魚に時間を掛けてるってな! そうなれば攻めかかってくる! いや、攻めかかってこざるを得ない! 水は地下から補充出来るし、耐えれば弱い方であるこちらに世論もつく! 世論さえ加われば、聖グロにとってこれ以上の機会はない。今は嘘であっても、後々現実のものとすることは可能だ!」

 

「そうっすよ! これは勝てる戦いになってきてるっす! 会長!」

 

「だがそうだとしても、この地で戦闘を行うことによる被害は無視できん! 経済的損失、それを借款で賄うなら財政の首に縄をつけられる。

そして何よりいざというときには戦争を選んでしまう、という信用の喪失! 仮に戦争してもひたちなかをせん滅できない以上、この先もひたちなかとの対立は続かざるを得ん! 仮に勝ててもまともな復興はできないぞ! 

それに人命は取り戻せないのだ! 学園を残すために学園を支える生徒を死なすなど、矛盾の極みではないか!」

 

「……降伏は……あれに見ゆるは、との頭文字のついた偉大なる大洗学園復興の道を永久に閉ざす道です。されど戦った、そして仮に負けたとはいえ奮闘したとなれば、一時的に学園が失われようと、その事実は学園を復活させ、再興しようとする者にとって心の支えになる事でしょう。素晴らしいことです。

だがその事態はあり得ません。勝利はこの佐渡川がもたらしてみせます」

 

「仮に事実が残っても、学園を受け継ぐべき人間が死んでしまっては何の意味もないではないんじゃないノ?」

 

「この度の聖グロの件については確認が必要ですが、今回の件が事実ならば、私としても即時降伏には反対です。我が国は国連学園都市憲章を採択済みです。そこで各学園都市の自治の保証を謳っている以上、国が一方的な自治権剥奪を容認するのは国際的な問題ともなりえます。その可能性がある以上、易々と学園を放棄するべきではないかと」

 

「今回の件にわざわざ口出してくる奴がどこにいる! 仮にいてもわざわざ国がひたちなかを止めるなどとどうして言えるのだ! そんなものと引き換えに生徒の命を捧げろというのか!」

 

「ひたちなかと交渉をするためにも、ナイフは持たざるを得ません。戦争したいのではありません。交渉に持ち込むためです」

 

 広報の正木までもが即時降伏反対に傾き、自分よりの派閥の旗色が次第に悪くなるのが見て取れた。この分断は結局生徒か学園か、どちらをより残すべきか、という主観的判断の総意が生み出したもの。あとは主体性を持てない奴らがその場の流れで右往左往するのみ。

何とか再び流れをこちらに、その雰囲気をもたらせるワードを探りつつ、議論の中で発言していった。こちらにはまだ本職がいる。時間を味方にしている以上張り合える、と信じていた。

 

 だがそこで不意に、口を閉ざして口論を眺めていた生徒会長が手を前にかざした。

 

「そこまで」

 

 しばしの間をおいて、会場内を久々の静寂が支配する。何が始まるのか、そのただならぬ雰囲気の中、てんでばらばらに向けられていた視線が次第に一点に集中しだす。期待があった。ある者にとっては即時降伏の、またある者にとっては徹底抗戦という言葉を聞ける、という。窓の外が一瞬、雲を視界から消すほどの光に包まれた。

 

「……私には、勇気がないわ」

 

「……会長、ならばここは」

 

「私には、選挙で学園の市民に選ばれた代表として、過去から受け継がれたこの学園の主として、この大洗学園都市を無条件で放棄する、という決断をする勇気はない」

 

口を挟もうとした私の言葉は、窓に回帰した雲と地面に叩き付けられる轟音と共に、無意味な欠けらと化した。

 

「……力なき契約は、ただの言葉に過ぎない。契約は相互に信用できる、という道徳的背景が必要よ。現在学園都市間の根底にあるべき道徳がないのなら、万人の万人に対する闘争に身をおかずにはいられない。そしてそこから真っ先に降りた者は集団の他の構成員全てから攻撃される対象になってしまう……」

 

そうだ、それは仕方ない。だが……それでも……

 

「私はこの大洗学園を、残念ながらその集団に残そうとすると、ここに宣言する。本来ならばここに呼び出した諸君の総意をもってこの決定を下したいところだが、現にひたちなかの部隊が接近しているという事情もある。そこでこの場で行われていた討論における開戦論者が、降伏論者を人数的に上回っている、という事実をもって、この結論の承認とみなす」

 

「会長!」

 

この時の声が誰のものか、はては会長を止めようとする声か支持する声か、そのどちらかなのかも分からない。分かったとしてもこの空気はその声で凝り固まってしまっている。

 

「佐渡川、一つ聞くわ」

 

腰を座面から離し、指先を佐渡川に向ける。

 

「何なりと」

 

「勝つ可能性はあるのよね?」

 

「あります。いえ可能性ではありません、勝利は事実です。そして我らが前線に赴いた暁には、それをこの手に収め、学園に差し上げてみせましょう」

 

「……よろしい、ならば徹底抗戦よ。その前に事実関係をひたちなかに問い質した上で交渉を継続しなさい。話し合いで決着が付くならそれが望ましいわ。

しかし交渉が打ち切りになり、ほかに望みがないならば……血路を開く他になし! 聖グロ云々は考慮せずとも、降伏しても負けても学園がなくなるのならば、勝利の可能性と学園の栄誉が護られる道を選びましょう。

この学園都市の根幹は都市を運営する生徒会。その核心たる生徒会室のある学園校舎を何としても守り抜きなさい。他の拠点はいったん放棄せざるを得ません」

 

「はっ!」

 

「田邊! 即刻運動発展委員会所属のメンバーをかき集めなさい! 武器が手渡されずとも、校舎内のバリケードの設置などに人員は必要よ! この際中途半端なことはしない。非常時動員条例第十三条、防衛出動を発令するわ!」

 

「安田講堂か何かですかな……行政からの命令ならば致し方ありませんな。貴女の決断が、この地に幸運をもたらさんことを願います」

 

遂に開戦反対派の合理的理由を述べられる人材もこの決定に首肯し、退出した。もう止まらない。最早この地に血の川が流れることは避けられない。

 

「神埼! 至急職員室の方々に今回の決定について通達しなさい! しかし明日授業を待っている教員の帰宅は許可しません。ここは学園、教員の存在なしにその名を使い続けては向こうに隙を与えます。その時恨み節も漏れるでしょうから、私の決定である事を通達しつつ、時間がないことを強調しなさい!」

 

「はぁ……胃痛になったらその時はあなたを恨みますよ、会長」

 

また少し一人当たりの面積が拡大した。次々と指示を出していた篭田が気を緩め、席に戻った。

 

「一方でこの決定をしたのが生徒会でありながら、生徒会は前線に人を送りつつここに居続ける。それに不満を持つ人がいる事は理解しているわ。先ほどは総意云々言いましたが、結局はこれは私の独断です。そしてその責任を取り、私も直々に前線に行きましょう」

 

「会長、何をおっしゃるんすか! 貴女が前線に行ってしまったら、誰が生徒会の決定を下すんすか! そして学園の指揮は誰が……」

 

「河田、お前よ。会長代理として、お前が愛する学園の為に全力を尽くしなさい。これからの書類にはそこにある私の印鑑を勝手に押して、全て私の命令にしてしまいなさい」

 

「会長……」

 

「ただし日付は書かないこと」

 

「それは何故?」

 

「私が死んだ後にサインした書類があったらおかしいでしょう?」

 

「……はっ。私の故郷である学園都市のために、身命を賭すっす」

 

「諸君」

 

すぐに視線を河田から外し、顔を正してこちらを見渡した。

 

「全ての責任を私に押し付けなさい! 本当に決裂した際は、我が校の真なる独立とその継続のために戦い抜くのです! ただひたちなかを排除することに注力しなさい!」

 

「はっ!」

 

 窓には鋭い水滴の跡が斜めに幾本も流れている。もう既に長針は短針を追い抜いてしまっていた。本当に昨日が、学園の平和な最後の一日になってしまった。

そしてこの先、学園に残った私は気づかされることになる。『開戦』が、私の想像していた、いやおそらくこの場にいた者たちにとっての『開戦』が、現実とは予想もつかないほどにかけ離れていたことに。

 

 

 




「大国に頼りきることは大国を敵にするのと同じぐらい危険なことだ」

カール・グスタフ・エミール・マンネルヘイム

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