かるた部顧問と結婚したい。   作:秒速123km

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苦戦しました。


第10首 合宿

□滝野亮

 

高校選手権が終わってすぐ、富士崎かるた部夏の合宿が始まった。一泊二日で試合形式の練習が中心のメニューだ。

今日は階級関係なく午前2試合・ランニングストレッチ昼食を挟んで午後3試合・ランニングストレッチ夕食を挟んで夜2試合だ。

他の1年生は練習のハードさにビックリしていたが、俺としては先生といられる時間が増える合宿に文句などない。他の奴らもキツいと言いながらサボる奴はいない。みんな先生を尊敬しているのだ。

唯一気がかりなのは高校選手権あたりから先生の様子がおかしいことだ。他の部員は気づいていないみたいだが、先生研究家である俺の目は誤魔化せない。何かあったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

一日目の練習は何事もなく終了した。今日の戦績は5勝2敗。2敗はA級の先輩につけられた。他には勝ったから自分としては満足できる結果だ。まあ先生に勝てと言われたらなんとしてでも全勝するが。

 

「疲れたー、もう札見たくねー。あ、亮いた。寄宿舎に布団敷いてから銭湯行こうぜ。汗で体ベトベトだ」

「わかった」

 

 

富士崎にはこういう合宿で使うために寄宿舎がある。そして近くには銭湯があり、風呂はそこで済ますのだ。

 

 

「泊まり楽しみだなー!恋バナしようぜ!」

「任せろ。先生の魅力を朝まで語ってやろう」

「よしお前には喋らせない」

 

 

さあ寄宿舎に向かおうというところで先生に声を掛けられる。

 

 

「亮、ちょっと残ってくれる?」

「仰せのままに!!!」

 

 

ヨロシコを先に行かせ先生についていき、武道館の教員室に入る。先生に呼び出されたのはこれで3回目だ。これはもう付き合ってると言っても過言ではないだろう。

 

 

「あなたにこれを見てもらおうと思って」

 

 

そう言って先生は鞄から一つのビデオを取り出した。それをビデオデッキに差し込む。古い映像のようだ。

 

 

『滋賀県近江神宮から生中継でお送りします名人・クイーン戦…』

 

 

ナレーションが流れる。

 

 

「先生これは?」

「私が現役の時の映像よ」

 

 

 

□桜沢翠

 

あの高校選手権の日からずっと考えていた。彼に情熱を与えるにはどうすれば良いのか。そもそもここまで情熱のない生徒なんて初めてで、悩みに悩んだ。

なんとかして動機を与えたい。かるたで勝ちたいという動機を、私のため以外に。

考えた結果がこれだ。この映像は私が猪熊さんに挑戦した四度目のクイーン戦。彼女に四度挑戦した中で最も良い勝負ができた試合だ。当時BSで放送されたものを録画してダビングした。

私にとってもベストゲームであるこの試合を見せて、少しでもやる気を出してもらいたい。そんな思いでわざわざ自宅から持ってきたビデオだ。

 

 

『ここで選手の紹介です。挑戦者は桜沢翠六段。今回で五度目のクイーン位への挑戦です。最強の挑戦者が今年も近江神宮にやってきました』

 

 

そう五度目。このとき既に膝と腰を痛めていて、この試合の後現役を引退し富士崎の顧問になった。つまり現役最後の試合だ。

全部見せては深夜になってしまうので、飛ばして3試合目から見せる。

 

 

『一戦目を終えた時点で猪熊クイーンに黒星をつけられた桜沢六段。しかしそこから一勝。勝負は最終戦まで持ち越されました』

 

 

三戦目まで持ち越せたのはこの回だけだった。体のこともあり今年で引退を覚悟していた私は、なんとしても勝ちたかった。今までにない気合いで臨んだところ、一勝をもぎ取ることができたのには自分でも驚きだった。

 

 

『桜沢六段取りました!』

『思いきった取りです、珍しいですね』

『負けじと取り返す猪熊クイーン!流石の反応の良さです!』

 

 

 

 

 

 

『決まった!決まりました!猪熊遥クイーン位防衛!これで4連覇です!連勝記録はどこまで伸びるのか!?』

 

 

当時の私が泣いている。全てを賭けてそれでも勝てなくて、本当に悔しかった。

誰もが彼女の強さを疑わなかった。そんな彼女に食い下がり五戦目まで戦えたことは、今でも私の誇りだ。

あのときの私は間違いなくそれまでで最高のかるたを取っていた。

 

 

さて亮、あなたは何か感じた?私と猪熊さんの試合の試合を見て何かを得てくれた?

 

 

「どうだった?亮」

「ぐすっ、うぅ…うぅうううぅ」

 

 

な、泣いてる?なんで?

 

 

「どうしたの?」

「先生が…若い頃の先生が…美し過ぎて…」

「そ、そう…」

 

 

分からない。なぜそれで泣くのか全然分からない。

 

 

「か、かるたは?試合について何か気になったことはあった?」

「先生上手でした」

「ありがとう。けどそうじゃなくて、感じ入るものとか響くものとか無かった?」

 

 

「………………いえ、それだけです」

 

 

駄目か。顔には出さないけど落胆してしまう。やけに返答までに間があったのは気になるが。どうすれば彼を変えられるのかしら。

 

 

「あ、そうだ。あの対戦相手の猪熊さんって人、まだ現役なんですか?」

「いえ、彼女はこの試合の後産休に入ったわ。産んだ二年後に二人目を妊娠して、その子は一昨年産まれたそうよ。どうして?」

「そうですか。いえ、何でもないです」

 

 

なんだろう。私の次は猪熊さんに告白するつもりかしら。いや今はそんなことはどうでも良い。この方法でも駄目だとすればどうやって…

 

 

教員室を出ていく彼はやけに落ち込んでいた。

 

 

 

 

翌日の練習。まずは裏山で可能な限り走らせながら登山をさせた。これから午前に1試合、午後に3試合を行って合宿は終了となる。

 

 

「昨日は実力関係なく当てていきましたが今日は私が対戦表を作ってきました。3試合目までを貼り出します」

 

 

 生徒たちが対戦表の前に集まる。

 

 

「4試合目はそれまでの結果を見て決めます。見たら番号の席に着いて…」

 

 

指示を出しながら昨日のことを思い出す。あの後亮を帰らせ一人で考えていたが、結局彼にやる気を出させる方法は思い付かなかった。

今日の彼の対戦相手は全員B級で統一している。団体戦ではA級相手に勝利した彼だけど、あの時の気持ちの強さがなければB級相手でちょうど良いだろう。

 

 

 

 

 

…何が起こったの?

 

 

「『う』かりける」

 

 

また取った。さっきから亮が圧倒している。実力的には大差ないはずの奏太相手に。

よく見るとところどころ私の動きにそっくりだ。攻守の切り替えが滑らかになっている。そこにクイーンの取り方が合わさることで明らかに強くなっている。昨日見せた映像から模倣したのだろう。

けど何よりかるたが戻っている。ものすごい熱量を持っていた団体戦の時のかるたに。

何があったの?昨日私があんなにやる気を出させようとしても駄目だったのに。

何がなんだか分からないけど今の彼は強い。4試合目はA級と対戦させてみましょうか。

 

 

 

□滝野亮

 

3試合目まで全勝し、4試合目の対戦表を見る。俺の相手はエロム先輩だ。先輩の方を見ると目が合った。あ、睨んできた。相変わらず嫌われてるな。

先生に新部長に指名されるだけあって先輩は強い。今の富士崎で一番強いだろう。けど負けるつもりはない。意地でも勝ってやる。

 

 

 

 

 

 

先生の現役時代の映像を見た俺は教員室を出て、一度寄宿舎に荷物を置いてから銭湯に向かった。もう他の奴らは入り終わって帰っていったらしい。ガラガラに空いている浴場で練習の汗を洗い流す。

先生に見せてもらった映像は、俺にとって衝撃だった。

全力でクイーンに挑む先生の姿は俺の知っている富士崎かるた部顧問としての先生じゃなかった。一人の選手として戦い、悔し涙を流していた。

今とはまた違った美しさ。現役時代の先生は燦然と輝いていた。あまりの美しさに感動して泣いてしまった。

 

 

だからこそ不安になった。あんなにかるたに一生懸命になれる先生に今の俺は相応しいのか。

問題は、俺が先生よりも弱いこと。

まず自分が、好きな女性より弱いというのが嫌だ。

それに先生は世界一魅力的な女性だ。俺よりかるたが強い男が先生のことを好きになっても不思議ではない。

そして今の俺ではそいつに太刀打ちできない。

愛を伝えるだけじゃ駄目だ。行動で示さなければ誰かに横取りされてしまう。

 

 

俺は先生に相応しい男になる。あの映像を見て、それはかるたが強い男であると確信した。だから俺は先生よりかるたで強くなる。他の男に先生を奪われないためにも。

最初は先生が倒せなかった猪熊さんを倒すことを目標にしようと考えたが、産休で何年も休んでいるなら当時の強さではないだろう。そんな人に勝てたって先生を越えた証明にはならない。

当然現役を引退した今の先生に勝つだけでもだめだ。最盛期の、準クイーンだったころの先生を越える。つまりクイーンになる。いや男だから名人か。

 

 

「俺は名人になる」

 

 

それが先生よりも強いことを証明する方法。

そうして桜沢翠先生に相応しい男になり、彼女に告白する。

 

誰も居ない浴場に俺の決意が響いた。

 

 

【寄宿舎・1年女子部屋】

 

『私、戸田先輩かな〜』

『私は断然真琴先輩!』

『あ〜分かる』

 

 

女子たちは合宿の定番・恋バナに勤しんでいた。すると一人の女子が会話に参加していない者を見つける。

 

 

『山城さんは?好きな人いないの?』

 

 

数人が理音に注目する。といっても無表情でおとなしい理音に浮いた話は期待していなかった。声を掛けた女子もただ話の輪に加えようと思っただけだ。

 

 

「えっ…!」

 

 

しかし予想に反して顔を真っ赤にする理音。その反応に他の女子はテンションを上げる。

 

 

『いるの!?』『だれだれ!?』

「い、いない…」

『うっそだあ〜!』

『山城さんの近くの男子ってヨロシコか…滝野?』

 

 

二人目の名前を出したところでさらに顔を紅潮させる理音。その反応にまたしても女子たちのテンションが上がる。

 

 

『けど滝野は厳しくない?あいつ桜沢先生ラブじゃん』

 

 

一人の女子の言葉にあ~、と同意の空気が生まれる。しかし理音は小さな声で呟く。それでも好きなの、と。

理音としては誰にも聞こえない音量で呟いたつもりだったが、試合以上の『感じ』の良さを発揮した女子たちによって聞き取られていた。

 

 

『一途!!』『たまらん!!』

『『『なんだこのかわいい生き物は!!!』』』

 

 

こうして1年生女子の間で「山城さんの恋を応援する会」が誕生した。

 

 

 

 

 

 

 

 




多分桜沢先生の若い頃ってまだビデオが主流だったと思うんですよ。DVDが普及したのが2000年頃(Wikipedia)。千早たちの1年生は年度を開始した2巻が刊行された2008年に過ごしたものとして逆算すると、桜沢先生が準クイーンだったのは90年代となる訳です。なので桜沢先生が自宅から持ってきたのもビデオと描写しました。

富士崎に寄宿舎があるのはオリ設定です。原作の描写からして学校内に宿泊施設があるのは確かなので、ありきたりに寄宿舎としました。

※クイーン戦は3試合ではと教えて頂いたので修正しました。本当にミスばかりでごめんなさい。
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