□滝野亮
6月下旬、俺たち富士崎かるた部は第◯回椿杯争奪全国競技かるた大会に参加するため、宮城県に来ていた。この大会はA級からC級まで参加できるため、部員50人の内半数以上がここにいるのだ。
そして俺はC級で参加する。そう、C級。なぜ入部から2ヶ月ちょっとで2つも昇級できているのか。富士崎かるた部では4月下旬から5月下旬にかけ、計2回の遠征が行われる。どちらもA級からE級まで参加でき、部員全員が参加できる大会だ。そこで入賞したのだ。俺のように入賞してC級以上に上がった者、または元からC級以上の者がこの大会に参加するのだ。1年生からは4人が参加。俺もその内の1人だ。
「お互い頑張ろうな、滝野!万が一当たったらヨロシク!!」
「ああ」
それとヨロシク男こと日向もC級に上がってきた。
「お前、意外と強かったんだな」
「ひどいな、俺経験者だぞ?入学したとき既にD級だったんだぞ?」
「というか、俺には滝野がC級に上がれたことのほうが意外だよ!急にやる気出し始めたもんな!5月くらいだっけ?」
よく見てるな、こいつ。確かに俺は最初、桜沢先生と一緒に居れさえすれば良かった。それで満足だったし、上昇志向みたいなものも無かった。しかし、そんな俺を大きく変える出来事が起こったのだ。そう……
「桜沢先生のおかげだよ」
「だと思った。滝野だもんな」
◆
5月上旬
「滝野くん、この後残れる?大事な話があるから部室に来て欲しいのだけど」
その日の練習が終わり、さあ帰ろうかというところで桜沢先生に声をかけられた。あれ、デシャヴ?
「はい!!!」
大事な話か、何だろう。ハッ!まさか婚約…!?急いで向かわねば!!この世の終わりみたいな顔をしてるメガネの先輩のことなどどうでもいい。勢いよく部室の扉を開け、先生の机に向かう。
「先生!!!婚約指輪はティファニーとかどうでしょう!!!」
「何の話をしてるのかまったく分からないわ。後うるさい」
「すいません」
どうやら婚約では無かったようだ。
「改めてD級昇級おめでとう」
「ありがとうございます。先生のご指導のおかげです」
先生は俺の目を真っ直ぐ見て言った。
「単刀直入に言うわ。あなたには7月までにB級に上がってもらいたいの。そうすれば私はあなたを7月の団体戦の登録選手にするつもりよ」
「へ?」
何を言われたのか分からなかった。俺は先生へ愛を伝えるためなら常識など投げ捨てるが、そもそもの自分は常識人だと思っている。日向には思いっきり否定されたが。
そんな常識人の俺からすれば、かるた歴1ヶ月の初心者を名門・富士崎かるた部の登録選手にするということがいかに無茶なことか分かる。
登録選手の枠は8人しかなく、戦力外の人間を入れる余裕はない。ほとんどが3年生で構成され、来年に備えて下級生を入れるとしても2年生だろう。ましてや今の2年生は黄金世代と呼ばれ、既にA級が3人いるのだ。あのメガネの先輩もその1人だった。
これがバスケだったらまた違ったのだろうが、この1ヶ月で俺の思っていた以上にかるたは難しいということが分かった。最強の挑戦者と呼ばれていた桜沢先生の動きを完璧に模倣しても、それだけでは勝てないのだ。毎日定位置や暗記・送り札や札の移動などの練習をしているが、まだまだ初心者の域を出ない。C級にもなれるかどうか。
「先生、俺……」
無理です。そう言おうとしたとき、先生が俺の手をぎゅっと握ってきた。
(!??!!???!!!!?)
先生は…いや女神は、俺の手を握ったままこう言った。
「私は『あなたならできる』と思ってるわ」
鼓動がどんどん速くなる。部活のランニング後だってこんなに速くない。顔が熱い。多分真っ赤になっているだろう。
先生が俺に期待している。3年生でも黄金世代の2年生でもなく、この俺に。
「〜〜〜っ!!俺、やります!!!B級になります!!!」
◆
再び6月下旬
ああ、今でも鮮明に思い出せる、先生の手の感触。柔らかくて、温かくて…
「おーい、滝野?どうした?戻ってこーい」
日向が何か言ってるが、幸せマックスな俺には聞こえない。
「そこ、滝野くんと日向くん!他の部員はもう会場に入ってるわよ!早くしなさい!」
おっと先生に呼ばれた。行かねば。
「何やってるんだ日向。ちんたらするな、早く行くぞ」
「えぇ… 理不尽…」
◆
一回戦の組分けが終わった。俺は対戦相手を確認し試合に向かう。
「滝野くん」
「っ!桜沢先生!」
振り向くとそこに女神がいた。
「先生、俺の試合を見に来てくれたんですか!?」
「いえすぐA級の会場に行くわ。」
残念。一瞬期待させられた分ショックが大きい。
「そんなにがっかりしない。それに決勝は全部の級が同じ会場なんだもの、観戦できるわ」
俺が決勝まで行くことを前提にした励まし。その言葉で緊張が高まる。
「あなたならできるわ。頑張りなさい」
「はい!!!」
「だからそれがうるさいのよ…」
緊張する。けどそれ以上に燃えている。桜沢先生の期待に応えたい。
「おっ、滝野いた!もう一回戦始まるぞ!」
「おう」
◆
□桜沢翠
試合に向かう教え子たちの背中を見ながら、彼にやる気を出させた日のことを思い出す。
手を握って真摯に励ます。それであの単純な1年生は自信をつけてくれると思ったのだ。それは正しかった。あと気がかりなのは、自分がとった指導方法が正しかったのかということのみ。
『感じ頼みでないかるた』の最高峰、若宮詩暢の模倣をさせるという方法が。
実際の椿杯は5月下旬です。ちょっと変えました。
追記:実際の椿杯はA級からE級まで参加できるみたいです。そこも変えちゃってました。