□滝野亮
「暗記時間は今から45分までです。始めてください」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
どれだけできるだろう、先生に教わったこと。そして先生に見せてもらった、若宮クイーンの映像の模倣。
できたら誉めてくれるだろうか。
◆
「時間です」
「難波津に 咲くやこの花 冬ごもり…
(集中だ。暗記は…できてる。手の位置、膝の位置…大丈夫。後は…)
『クイーンの強さは全方位の札への圧倒的な速さと、札際を払う無音の払い手・とても上手い囲い手。前者は模倣じゃどうにもならない。あなたは後者を目指しなさい。それだけで武器になるわ。』
それが先生の助言。
…るべと咲くやこの花 今を春べと咲くやこの花」
「し『の』ぶれど」
(取った!)
自陣左下段の二字決まり。しかも「しのぶれど」。
クイーンの得意札だ。映像でもこの札を取るクイーンを何十回と見た。もはや俺にとっての得意札でもある。
相手が呆然としている。俺の取りの速さに驚いたのか、 俺の払い手があまりに静かで札際を的確に払ったものだったからか。
取りが速かったのは先生のおかげだ。4、5枚の得意札を『絶対に取れる札』にしなさいと言われた。『感じ』が特別良くない俺はそういう札を作って、いつも位置を確認しなさいと。C、D級レベルではそういう札で相手を圧倒することが大事だと。
そして払い手はクイーンの技術だ。
実はこの技術だけはものにするまで時間がかかった。
普通に上手い払い手になるだけで、クイーンみたいに無音にならなかったのだ。
これは中学時代、バスケでも稀に起こったことだ。恐らくあまりに難易度が高いと能力のキャパシティを超え、手こずってしまうのだろう。
よって払い手がクイーンの模倣と言えるものになったのはつい先日のこと。実戦で使うのは初めてだ。
「あさぼらけ『う』」
自陣の大山札。クイーン印のきれいな囲い手で囲い、取る。
相手の動きが悪いな。さっきの取りで勢いを削げたか?
「『ふ』くからに」
そして敵陣右下段の一字決まりを抜けた。なんだか今までにないほど調子が良い。先生が励ましてくれたからだろうか。力が湧いてくる。
がんがん行こう。
◆
□日向吉彦
「負けた…うぅ…」
「あ、日向も負けたの?」
「青島さん」
会場ロビーの一角で敗戦に落ち込み、ぐいぐいと髪を引っ張っていた俺は、同じく敗退したC級の1年生、青島とばったり会った。
「まあ、しょうがないじゃん。私たち1年生だし。まだ部活始まって2ヶ月くらいでしよ?気にすること無いよ。てか、悔しがり過ぎてパーマほどけてるし。あ、山城さん。あなたも敗退?」
「うん」
「ほら、山城さんも負けたって。そう落ち込んじゃだめだよ。1年生は4人とも…あれ?滝野は?」
「滝野は勝ってるよ。というか俺、滝野に負けたんだ。しかも13枚差。だから悔しくてさ」
「…滝野ってあんたを束負けさせるほど強かったの?山城さん知ってた?」
「ううん」
◆
□滝野亮
よし、決勝戦だ。
流石に6試合目ともなると、体が疲れてくる。暗記もつらい。けど大丈夫。なぜなら女神が見てくれいてるから。
「時間です」
「難波津に 咲くやこの花 冬ごもり 今を春べと 咲くやこの花 今を春べと 咲くやこの花」
好きな人の前で無様な試合をする訳にはいかない。
◆
(滝野くん、すごくない?初心者だよね?)
(さっきから取りまくってるよ)
(ていうか、払い手静か過ぎない?)
□桜沢翠
良い調子ね、滝野くん。ちゃんと若宮クイーンと同じ取りになってる。あの別格の速さは無いにしても、決まり字ピッタリで札を取ってる。
私は自分の指導方法が間違っていなかったことにほっとする。彼のような才能を持つ人間には初めて会ったため、自分のやり方で良いものかと悩んでいたのだ。
(彼が今の1年生を引っ張っていってくれれば、バランスが良くなる。今の2年生は頼りになるけど、一つの代ばかり育てていては戦力に偏りが出る。彼と、山城さんあたりが頑張ってくれれば…)
もう1人の1年生期待の星、と共に問題児でもある山城理音のことを考える。
(『感じ』は良い。山城七段の孫なだけあって、基礎もできてる。けど熱意が無い。筋トレもランニングもサボりがち。これじゃエースにするには不安が残る。)
どうやってやる気にさせるか。そう考えていたとき、目の前に札が飛んできた。思わずキャッチする。どうやら誰かの払った札がこっちまで飛んできたようだ。
「あ、すみません女神…じゃなかった先生。ありがとうございます」
そう言って札を受け取りすぐに試合へ戻る、1年生期待の星その一。分かりやすくやる気になっている。
(彼くらい分かりやすかったら楽なんだけど…)
その分かりやすい1年生には、団体戦に向けてもっとやる気になってもらいたい。なにか良い方法はないものかと考えるのであった。
◆
□滝野亮
「『お』とにきく」
最後の札を取る。これで試合終了だ
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
相手はあまり悔しそうじゃない。なぜなら準優勝でもB級には上がれるから。B級は3位入賞までが昇級できる。
(まあ俺は女神の前で負けるなどあり得ないから優勝しか頭に無かったが)
随分と強気な考え方をするようになったものだ。1ヶ月前は、自分はC級に上がるのも難しいだろうなんて考えてたのに。変われたのは先生のおかげだ。俺は先生から誉められるのを楽しみに、表彰式に向かった。
◆
『次は、C級の表彰に移ります』
『C級優勝 富士崎かるた会 滝野亮くん。おめでとう』
賞状を受け取る。観覧席を見ると、先生が拍手してくれてる。感無量だ。表彰式が終わると、すぐに先生のところに向かう。
「先生!!!やりました!!!B級です!!!」
「うるさいわよ。けどおめでとう…亮」
(っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)
「おっ滝野!凄かったな!けど次は俺も…て鼻血吹いてる!?」
「大丈夫だ日向…これはちょっと愛しさが吹き出てるだけ」
「いや吹き出てんのは鼻血だから!!ちょっ止まんねぇー!!メディーック!!」
◆
大会終了後
「えっ滝野、桜沢先生に名前で呼ばれてんの?」
「ふふん。羨ましいだろう」
しかしこれは先生の期待に応えた俺へのご褒美なのだ。お前らは名字呼びに甘んじているが良い。
「先生、俺のことも名前で読んでください!」
「私も!」
「日向くん、青島さん?…そうね、亮だけというのも変だし、ここにいる1年生は名前呼びにしましょうか」
何…だと…?
仕切りたがりの青島がどんどん話を進めていく。
「私が桜、山城さんは理音、日向は…吉彦?」
「ちょっなんで疑問形?」
「だって吉彦って感じじゃなくない?」
確かに…という空気が漂う。かくいう俺も思った。確かに…
「じゃ、俺だけ名字呼び?やだよーそんなの」
「うーん、じゃあどうしよう…」
「ヨロシコ」
みんなが驚いて声のした方を見ると、普段あまり会話に入らない山城がいた。
「ヨロシクばっかり言う吉彦で、ヨロシコ」
「…」
それ良いーっ!山城さ…理音天才!と2、3年生も巻き込んで大盛り上がりし、日向の呼び名はヨロシコになった。日向は微妙そうな顔をしてたがすぐに受け入れたようだった。
その流れで俺たちの名前呼びも仲間内で定着した。
「なぜ1年生のあいつが名前呼びで、俺は名字呼びなんだ…」
「エロムだからじゃね?」
隅っこでメガネ先輩が落ち込んでたが、どうでもいい。
札の位置とかは適当です。自陣とか敵陣とか適当に書いてます。競技かるた経験者からすると違和感あるかもしれません。
※今までの話を少しだけ改訂しました。