何度かバーテックスの襲撃を潜り抜けること、半月が経過した。
最低限の食料と水、着替えを持って歩き出した諏訪の人たちはその数を減らしながらも進んでいた。
「ハァ、ハァ……」
「うたのん、大丈夫?」
「え、えぇ。虚くんが居なかったら、今頃全滅してたでしょうね……ふぅ」
守護に戦闘にとずっと緊張しっぱなしの歌野。
幾ら勇者であり、精霊の力を借りていても体力と精神力には限界がある。
勿論、それを補ったり回復させるのは虚の役目なのだが……。
『う、うにゃぁー』
「あ、アハハ。虚くん限界近いー?」
『ら、らいじょぶですぅ』
体力を補い、精神力を補い、戦闘をカバーし、バリアを出来るだけ広範囲に張り続けていた虚も限界が近かった。
意識朦朧……というより、存在が浮ついているような感じだろうか。カミサマが造った身体があるとはいえ、精霊は霊体である。
そして彼は元々人間。疲れれば寝る人間の様に、元は人間だった彼は限界が来れば睡眠……もとい、休息をとるために一時的に消えるのだ。
肉体が神造であるが故に、優先されるのは精神力の回復となる。
「限界来た時の為に隠れる場所探さないとね」
『うぅ、すいません。でも気合い入れればきっとまだ』
「ノンノン、無理はいけないわ。寧ろ無理されていない時間が増えたりする方が困るわ」
行き成り消えた時は本人共々驚いたものだ。
余裕がある夜に寝ていた時は、すやすやと空中で寝ていたのだ。
本人の感覚では、気を失っていたらしいため、睡眠と意識喪失は同じ休息でも扱いが違うらしい。
「多分あと少しだと思うよ……あと一日か、二日か」
「どのみち休んだ方がいいわ」
出来るだけバーテックスに出くわさない様に移動しているが、それでもやはり迎撃しなければいけない場面は多々あった。
それでもなんとかできたのは、歌野の実力と精霊の力で発生させるバリアのお蔭だろう。
原作では一人を覆っている場面が多かったが、少し頑張ればその範囲を広げることが出来た。流石神造の力と言うべきか。
おかげで歌野が戦いでカバーできない人達を護ることが出来た……無論、それでも零れてしまう命はあったが。
「なんとか、ここまで来たね……」
「うん。後はあそこに辿りつけば……」
遠目からでも見える樹木の根で出来た壁。
流石にあれを登ることは出来ないが、あそこを超えることが出来るルートが一つだけあった。
「たしか瀬戸大橋だっけ。ビッグな橋だわ」
壁を貫通……というより、壁が橋を壊さない様に避けて造られている。
あそこからなら歩いて四国に入ることが出来るはずだ。
「……生存者、居なかったね」
「……そうね」
此処まで歩いてくる中、食料や水の確保のために都市部に入ったりもしたのだが、誰一人として生存者は見つからなかった。
自分達がどれだけ奇跡的な状況下の中に居るのか、改めて思い知った瞬間でもある。
『うぅ、……とうとい…スヤァ』
「ふふ、こうしてると可愛いんだけどね」
「こんなキュートな精霊が、実はあんなに頼りになるビッグな存在だなんて、驚きよね」
自分たちの上でスヤスヤ眠る虚ろを眺めて笑いあう二人。
諏訪の人たちも涙と嗚咽を溢すことはあっても、弱音を吐いたりせず付いて来てくれた。
絶対辿りつくんだ、そう意気込み休息は過ぎていく。
そして、もうすぐ辿りつく……そんな時に奴らはやってきた。
「なに、この数……」
大橋まであと少しと言う所で、ものすごい数のバーテックスが現れたのだ。
正しく大侵攻、無数の敵は何処からかやって来て四国へ集ってきていた。
「まずい、こっちに来る前に渡らないと…急いで!!」
諏訪の人たちを叱咤激励し、走らせる。勇者として殿を務め、後方で虚と共に行動する。
「ハァ、ハァ!うたのん、はやく!」
「私はすぐ追いつけるから!先に行って!」
「ッすぐ来てね!」
走って大橋を渡る水都を最後に見送り……彼女は転身した。
「さーて、虚くん。かなり厳しいけど、頑張ろっか」
「無理しないで、とは言えませんね……」
「えぇ、此処は無茶して無理を通さないと!あと、いい加減丁寧口調止めてね?」
「うっ、努力しま……する」
「よろしい。さ、レディゴー!」
一人と一体の防衛線が大橋にて始まった。
そして、瀬戸大橋で彼女達が戦いを初めて暫く経った頃。
漸く、彼ら諏訪の生き残りは四国へと辿りついた。
「ハァ、はぁ……うたのん」
振り返っても勇者の姿は見えない。
見えるのは、大橋付近で瞬く光のみ。
巫女である彼女に出来ることは、祈る事だけだった。
「さーて、どうしましょう」
『逃げも隠れも出来ないね……』
敵に囲まれてしまい、適当に鞭を振るうだけでも当たる始末。
バリアで防ぎつつ、鞭を振るって敵をなぎ倒していく。どこの無双ゲーだと言いたいが、リアルでやるとこんなに苦しいとは思ってもいなかった。
「でも退くわけにはいかないわ」
『……こうなったら、もう一つの切り札いってみよっか』
「もう一つ?」
今やっているのは憑依系統の切り札。「乃木若葉は勇者である」の作品でも出された、精霊の力を勇者に卸し与えている状態。
これを超える切り札など、この時代には存在しない……だが、彼はこの時代どころかこの世界の存在でもない。
ならばこそ、使える手がまだある。
『満開……って言ってね。神樹様の守護領域であるここなら、パスを通して無理やり再現できるはず』
「はずって」
『まだ完成してないというか、そもそも今使えるのかちょっと分かんないけど、情報が足りないなら自分が与えれば、100%とはいかないまでも、少しは…』
「オーケー、この際何でもいいわ!どうやったら使えるの?!」
『ちょっと待って、今神樹様にアクセスするから……』
本来精霊と神樹は繋がっている。
だが、彼は別のカミサマによって創造された精霊。パスなど繋がっているはずもなく、ゼロから神樹にアクセスしなければならない。
時間が多少かかるが、今以上の力を手に入れるにはこのくらいしか方法が思いつかなかった。
(代償は自分が払うから、お願いだから――彼女に、勇者に力をっ)
必死で大いなる存在に懇願し、拙い力と意思を伝えていく。
「ぐ、ぁあ!?」
アクセスしている間もバーテックスの攻撃は止まらない。
必死で抵抗するが、彼女自身今までの行軍で限界を迎えていた。
少しずつ、その身を削られていく。
だが、それでも彼女は耐えた。三年、その身一つで諏訪を守り通してきた彼女の戦闘経験は、ここ一番のこの瞬間に大いに発揮された。
『よし、再現率は最大20%!でも進化体含む雑魚を蹴散らすには十分!唱えて!!』
「オーケー! ――満開!!」
そして、瀬戸大橋のど真ん中で金糸梅の花が咲いた。
とはいえ彼の記憶と知識だけでは実際に再現できるのには限界があり、しかも急ごしらえのそれは不出来なものだった。
本来なら専用の衣服に変化するはずが、鞭を持っている右腕を中心に、上半身が中途半端に変化していた。
(でも今はこれで十分、武器だけでも使えればこんな奴らッ)
彼女の武器、鞭は少しだけ変化していた。
一回り大きくなり、金糸梅をモチーフにした装飾が施されている。
「やぁあああ!!!」
それを振るった瞬間、鞭が今までにない速度と威力を持ってして
そしてその一本一本が敵を斬り裂き、薙ぎ払っていく。
きっと本来ならもっとちゃんとした大型の武装になったのだろうが、20%以下の再現率ではこの辺りが限界だった。
それでも今はこれで十分。
更にどんどん振り回していくと竜巻を作りだし、敵を粉々にしていく。
「ハァ……ハァ………ハァ」
最後の最後に巨大な竜巻を相手にぶつけ、大橋周辺のバーテックスを殲滅したところで変身が解けた。
「ぁ……」
歌野が気を失う直前、その身を抱きかかえた人物がいた。
「お疲れ様、凄かったぞ」
「あな、た……」
その声を忘れるはずがない。
声だけでも凛々しいだろうというのは想像できていたが、青い勇者装束を着ている彼女は、想像以上に立派に見えた。
「の…ぎ、さ――」
「後は任せておけ」
未だ残るバーテックスを睨み付ける彼女は、乃木若葉。
四国の勇者たちのリーダーだ。
その日、四国には危機が迫っていた。
無数のバーテックスの襲来が神託によって告げられていたのだ。
だが、四国には5人もの勇者が居る。力を合わせれば、必ず成し遂げると信じていた。
「あれは……?」
そして迎えた当日。想定外の事態が発生した。
諏訪の避難民たちがよりによってこの日に到着したのだ。
気付いたのは大橋を人々が走って四国へと入っていく光景が見えたからだった。
樹海化する前であり、まだバーテックスが侵入していないからこそ見えたその人々達。
慌てて勇者たちが集まり、彼らの元へと向かう途中で樹海化が発生した。
「ッ」
樹海化すると尚のことハッキリ見える戦闘の光景。
「すまない、先に行く!」
「あ、若葉ちゃん!?」
脚に力を込め、他の勇者たちより速度を上げ駆けつける。
辿りつく前に見えたのは、バーテックスに囲まれピンチに陥った黄色の勇者の後ろ姿。
「間に合うか…!?」
このままでは嬲り殺されてしまう。切り札である精霊の力を使おうとしたその時、その勇者から光が溢れた。
片腕が変化した彼女は、変化した武器を持ってして敵を……進化体までをも粉々にしてしまった。
正に圧倒的な力を見せつけた彼女は、最後に大きな旋風を巻き起こし、倒れようとしていた。
「お疲れ様、凄かったぞ」
倒れる前に抱き留めた若葉は、結局間に合わなかったと思いつつ、それでも彼女が生きていることを嬉しく思った。そんな彼女が掛けた言葉は、当たり前の労いの言葉だった。
気を失った勇者を背負い、改めて丸亀城へと戻る。
彼女を安全な場所に寝かせたら、今度は自分たちの番だ。
彼女のお蔭で敵の数は大きく減った。後は自分たちで守らなければ、同じ勇者として面目が立たない。
そんな光景を、とある精霊が勇者の中で見ていた。
(尊い尊い尊いとうといとうといとうといとうとい……)
満開の代償の代わりにエネルギーを限界以上に消費し、意識も朦朧としていた彼だった。
だが、あの白鳥歌野が、あの乃木若葉に背負われているのだ。
しかも!労いの言葉を掛けられて!!あぁ、もう――。
(しんでしまうぅ……でも、いい!)
見るだけでも十分なのに、こんな特等席で見守れるとか気を失っている場合じゃない。
全力で無理を通し、脳内保存を続けた彼。それは金糸梅の勇者が安全地帯で寝かされるまで続いた。
無論、その分
(だが、くいは、ない!)
最早全身疲労と代償の激痛が走っていたのに、苦痛どころか多喜感に包まれた彼は最後、とても
正直に言おう、コイツは重症である……。