機動戦士ガンダムSEED 南天に輝く星   作:ファルクラム

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Episode-01「南米の狐」

 

 

 

 

 

 

 

 

 大型輸送機から、次々と機体が荷下ろしされている光景が遠望できる。

 

 モビルスーツと呼ばれる人型機動兵器は、前大戦において目覚ましい活躍を示し、今や世界の主力兵器の座に君臨する存在である。

 

 当初はザフト軍が主として使用していたモビルスーツだが、戦争中期には地球連合が独自の技術を用いて開発に成功して以降は、両軍ともにモビルスーツの開発合戦と言っても良い状況になって行った。

 

 現在、荷下ろしされている機体は、ストライクダガーと呼ばれ、地球連合軍がGAT-X105「ストライク」の戦闘データを基に量産する事に成功した機体である。

 

 量産型宜しく内部の機構は簡略化され、ジンやシグー等、ザフト軍の量産機や、同時期に開発されたオーブ軍のM1アストレイに比べると、若干、防御面に不安を抱えている機体である。しかし反面、開発当初から携行型ビーム兵器を搭載する等、攻撃力は高く、最終決戦である第二次ヤキン・ドゥーエ攻防戦まで活躍した。まさにヤキン・ドゥーエ戦役における、地球連合軍の象徴的な機体である。

 

 そのストライクダガーが輸送機から出て、次々と格納庫へと運ばれていくのが見える。これから熟練した整備兵達の手によって、充分な整備が行われ、実戦投入の時を待つ事になる。

 

 奇異に思えるだろう。既に戦争が終わり、兵器はその役目を終え、多くが除籍、解体の運命へと向かっているはずである。

 

 しかしここでは、本来なら解体工場へと送られるはずの機体が続々と運び込まれ、入念な整備が行われようとしている。

 

 まるで、再び戦争が始まろうとしているかのような光景だった。

 

「こいつで、最後じゃったの?」

 

 たった今、輸送機でストライクダガーを運んできた老人は、そう言って担当者にリストのファイルを手渡す。

 

 傭兵斡旋業者として、兵器調達等を手広く行っているこの老人は、業界内でもかなり有名人で、この老人に頼めば手に入らない物は無いとまで言われている程、この業界ではなの知れた「顔役」である。

 

 今回もまた、発注した分の機体を納期までに完璧に揃えてくれた。

 

「ああ、問題ないよ、じーさん。本当にご苦労だったな」

 

 担当者はそう言うと、受取書にサインを記していく。

 

 老人が運んでくれたストライクダガーのおかげで、ようやくこちらは軍備が整ったのだ。

 

「これで、ようやく祖国の為に戦う事ができる」

 

 どこか自分に酔うように声を弾ませて言う担当者を見て、老人は自嘲気味な笑みを浮かべた。

 

「祖国の為に戦う、か・・・・・・」

 

 あれだけ悲惨な戦争をして、まだ戦おうと言うのか。

 

 そんな皮肉が、一瞬脳裏によぎる。

 

 勿論、彼等には戦うだけの理由があり、自分がその事に対してとやかく言う資格がない事も理解している。更に言えば、傭兵斡旋業者が言うセリフでもないだろう。

 

「どうかしたのか、じーさん?」

「いや、何でもないさ」

 

 言ってから老人は、気を取り直したように顔を上げた。

 

「何にしても、アンタらの活躍を祈っとるよ」

「おお、頼むぜ!!」

 

 背中越しに手を振りながら去って行く老人を見送りながら、担当者は自分の仕事の確認をするべくファイルへと目を落とした。

 

 そこへ、別の若い兵士が、訝るような顔つきで近付いてきた。

 

「誰なんですか、あのじーさん?」

「傭兵斡旋業者だよ。今回の軍備増強の件で、色々と世話になったんだ。何でも元はどこだかの研究者をしてたって話だが、詳しい経歴自体は誰も知らないらしい。だがその道では知らない奴はいないってくらいのプロでよ、あのじーさんに頼めば、どんな兵器でも手に入れてくれるって話だ」

「へ~」

 

 若い兵士は感心したように返事をしながら、既に小さくなってしまった老人の姿を見詰める。

 

 傭兵斡旋業者など、「死の商人」と呼ばれている連中は、確かに世間一般では忌避すべき存在である。しかし今、事を起こそうとしている自分達にとって、ありがたい存在である事は間違いないだろう。

 

 彼等のような存在がいなければ、これほど大量のストライクダガーを、地球連合の目を盗んで調達する事などできなかっただろうから。

 

 それに、使えるかどうかはさて置いて、格納庫で眠っている「例の機体」も含めて。

 

「そう言えばあのじーさん、前に会った時、誰かを探しているみたいな事を言っていたが、もう会う事はできたのかな?」

 

 隊長はそう言って、一瞬確かめてみようかと思い立ったが、その時には既に、老人を乗せた輸送機は、エンジン音を上げて空へと舞いあがろうとしている所だった。

 

 

 

 

 

 ジェス・リブルが、その奇妙な少年に出会ったのは。サンパウロにある、とある酒場での話だった。

 

 フリーのフォトジャーナリストとしての職業柄、様々な情報には常にアンテナを張っておかなくてはならない。そう言う意味では、レアな生情報が入る可能性の高い酒場は、特にうってつけであると言える。

 

 大抵の人間は、酔うと口が軽くなる。こちらが頼んでいない事までしゃべってくれるので、酒と言う物は、ジャーナリストにとって殊更ありがたい存在であると言える。

 

 そう言う意味で、つい先ごろ、20歳になった自分自身にも祝杯をあげたい気分である。

 

 これから、ジェスは深い密林に分け入る事になる。

 

 目的は今、南米で起きている独立戦争を通じて、ある人物の取材を行う事にある。 

 

 目指すその人物は、アマゾンのジャングルを越えた先にある南米軍の拠点にいるらしい。そこに行くまでの行程だけでも、かなりの日数が掛かると予想される為、ここから更に、自前のモビルスーツを使って「徒歩」で移動する事になる。

 

 では、その大仕事を前に、なぜにジェスは酒場で情報収集などと言う悠長な事をしているのか?

 

 それはそれ、ジャーナリストの性とでも言うべきだろう。最新情報は常に把握しておきたいものなのだ。

 

 仲間内からは「野次馬ジェス」と呼ばれ、からかわれている事は決して伊達ではない。

 

 とは言え、その日はそれほど良い成果が上げられたかと言えば、そうでもなかったのだ。

 

 いくら情報収集に励んでみても、なかなか望む話は聞けるものではない。

 

 せめて、取材対象の人物の人となりでも聞ければ、と期待してはみたのだが、どの人物からも大した話を聞く事はできなかった。

 

「やっぱ、有名人とは言え、そううまく行くわけないか」

 

 ジェスは落胆気味に肩を落とすとカウンターに戻り、自分のグラスを手に取った。

 

「お兄さん、ジャーナリストか何かかね?」

 

 そこで、カウンター越しにマスターが話しかけてきた。

 

 顔を上げて見て見ると、グラスを拭きながら、マスターが上目づかいでジェスを見ている。どうやら、こっちが何者か探りを入れている風にも見えた。

 

「そうさ。なあ、マスター。何か面白い事とか無いかね?」

 

 早速、野次馬の本領発揮とでも言うべきか、ネタになりそうなことがあれば、すぐにでも飛びついて行ってしまうのは、フリージャーナリストの性であろう。

 

 しかし、

 

「生憎だがね、最近はどこも不景気さ」

 

 肩を竦めるマスターからは、やはり芳しい物ではなかった。

 

 今、南米は国運を掛ける程の大戦争の真っ最中である。そう言う意味では、確かに景気が良いとは言えなかった。

 

 コズミック・イラ70

 

 プラント所属のコロニー ユニウスセブンに対する核攻撃「血のバレンタイン」に端を発する、地球、プラント間の戦争は、当初は物量において勝る地球連合軍が圧倒的な戦力差で持って勝利すると思われていた。

 

 しかし、プラント防衛軍ザフトが実戦投入した新型機動兵器モビルスーツが目覚ましい活躍を示し、戦線は泥沼化したまま、1年半の長きに渡り続けられる事になった。

 

 やがて、両軍はヤキン・ドゥーエ要塞における最終決戦の終結を機に停戦に至る。

 

 地球連合とプラント政府は、互いに代表を募って正式な和平条約締結に向けての協議を開始した。

 

 その3か月後。

 

 地球連合の一国家に組み込まれていた南アメリカ合衆国が、突如として連合離脱を宣言。それを良しとしない大西洋連邦軍は南米大陸に対する海上封鎖を敢行。それと同時に、モビルスーツ部隊を主力とした侵攻軍を南米大陸へ派遣した。

 

 後の世に「南米独立戦争」と呼ばれる戦いの始まりである。

 

 当初、大西洋連邦上層部は、この戦いは早期に決着が着くと楽観視していた。

 

 敵は南アメリカ。かつての敵であるザフト軍と違い物量、技術力、双方において大西洋連邦の方が大きく勝っているし、何より、南米軍が保有している戦力は、殆ど大西洋連邦が供給した物である。それも、主力となるモビルスーツは開発初期のストライクダガーが中心である。既に最新鋭機であるダガーLの量産、配備に成功している大西洋連邦軍の勝利は動かないかと思われた。

 

 しかし、そこに思わぬ陥穽が存在した。

 

 南米には、ある特殊なルールが存在している。

 

 話は変わるが、環境問題というのは、人類がこの地球という星に生まれてから、徐々に悪化の一途をたどっている問題である事は間違いない。文明の進化と自然の現象は、確実に連動した関係にある。要するに、人類が豊かになればなるほど、自然は浸食されているわけである。

 

 何とも皮肉な話ではないか。言わば人類は、この地球上に生まれ、その環境を破壊する最悪の癌細胞なのだ。

 

 そんな人類にとって、唯一の罪滅ぼしと言えるのが、南米の熱帯雨林である。

 

 CE世代になってもなお、旧世紀と変わらず自然豊かであり続けるアマゾンのジャングルは、その自然保護を目的とした条約が取り決められている。

 

 アマゾンは、地球に酸素を供給する貴重な存在。それ故に保護しなければならない。

 

 これは、人類が地球の自然環境を守る為に起こした崇高な活動であると同時に、あくまでも「自然保護」を目指している事をアピールする政治的パフォーマンスでもあるわけだ。

 

 いずれにせよ、この南米の地においてはいかなる軍であっても大々的な軍事行動は行えないわけである。先の大戦で地球に大々的な攻撃を仕掛けたザフト軍も、このアマゾンだけは主戦場にしなかったほどである。

 

 以上のような理由から、南米では大規模な戦闘はおろか、民間航空機の飛行制限まで存在しているのだ。ジェスが南米の奥地まで取材に行くのに、わざわざモビルスーツで密林を踏破しなくてはならないのは、そう言った理由である。

 

 その時、ガラの悪そうな野次が耳に届き、ジェスは顔を上げた。

 

 見れば、カウンターの端に座っている人物に対し、数人の男が取り囲むようにして、何やら言い立てているのが見える。

 

「・・・・・・また、あいつらか」

「知ってるのか?」

 

 ため息交じりに呟くマスターに対し、持ち前の野次馬根性が少しだけ刺激されたジェスが尋ねる。

 

 対してマスターは、苦虫を潰すような表情を作りながら答えた。

 

「独立戦争の影響だよ。大西洋連邦系の企業が軒並み国内から撤退しちまったんで、ああいう輩が増えたのさ」

 

 マスターの話を聞き、ジェスは成程と呟く。ジャーナリストをしているジェスとしても、たびたび、似たような状況に遭遇した事がある為、マスターの話には大いに納得ができる部分があった。

 

 善行と悪行は、どうしても表裏一体の構造をしている。一方にとっては良い事であっても、他方にとっては余計な事である事は往々にしてあるのだ。今回の独立戦争にしてもそうである。多くの南アメリカ人にとっては、大西洋連邦の不当な占拠から脱する大義ある戦いであろうが、他方、大西洋連邦よりの政策を支持していた人々からすれば、迷惑千万と言う訳だ。

 

「どっちでも良いから、こんな戦争なんて、早く終わってくれないもんかね」

 

 愚痴めいたマスターの声を聞きながら、ジェスは男達に因縁を付けられている人物の方に目を向けてみた。

 

 奇妙な出で立ちの人物である。

 

 体格はかなりの小柄で、ふとすれば子供のようにも見える。しかし、その全身は頭頂から足首辺りまで、すっぽりと砂色のマントに覆っている為、うかがい知る事ができなかった。

 

 男達の方はと言えば、かなり酒が入って酔っぱらっているらしい。何やら、マントの人物が自分達を無視するかのような態度を取り続けている事が許せないらしい。尚も、1人カウンターに座っているマントの人物に、意味の分からない言いがかりで喚き続けている。

 

 見かねたジェスはグラスを置くと、マスターが制止するのも聞かずに立ち上がった。

 

「おい、いい加減にしとけよッ」

「何だ貴様は!?」

 

 男が振り返った途端、酒臭い息がジェスの顔面に遠慮なくまき散らされた。

 

 だが、ジェスの方も怯む事無く言い募る。

 

「他の客に迷惑だろ。それに、そいつがお前等に何したって言うんだよ!?」

「こいつは、我々の好意を無にしたッ 一人さびしく飲んでいるから酒に誘ってやったと言うのに、それを無視した!!」

 

 何じゃそりゃ?

 

 ジェスは呆れる思いで、男の言い分を聞いていた。屁理屈にすらなっていない。完全に言いがかりではないか。

 

 酔っ払いと野良犬は相手にしない方が良いと言うが、正にその通りだと思う。しかしこの場合、相手の方から絡んで来たのだから、なおさらたちが悪かった。

 

「だからな、いい加減それくらいにして・・・・・・」

「うるせえんだよッ 邪魔すんな!!」

 

 尚も制止しようとするジェス。

 

 しかし男は、そんなジェスの腕を振り払うと、自身の拳を握って殴り掛かってくるのが見えた。

 

 殴られる。

 

 その衝撃を覚悟して、身を固めるジェス。

 

 しかし、次の瞬間、

 

 バシャッ

 

 水が跳ねるような音と共に、今にもジェスに殴り掛かろうとしていた男は、全身から白い液体を被って、見るも無残な姿になってしまった。

 

「ぐあッ ペッ ペッ 何だこりゃッ!? 牛乳!?」

 

 慌てて自分の体を払う男。

 

 驚くジェスが振り返って見ると、先程から黙ってカウンターに座っていた人物が立ち上がり、手にしたコップを掲げているのが見えた。どうやら男が被ったのは、そのコップの中に入っていた牛乳であったらしい。

 

「この野郎ッ 何しやがる!!」

 

 牛乳に巻かれて混乱している男を尻目に、その仲間達がマントの人物に激昂して掴み掛ろうとしてくる。

 

 しかし次の瞬間、

 

 マントの人物が一瞬体を傾けたかと思うと、次々と殴り掛かってくる男達をかわしていく。

 

 惚れ惚れするほど、華麗な動きである。

 

 余裕すら感じさせるほど淀み無い動きで、全ての攻撃を回避するマントの人物。

 

 逆に、殴り掛かった男達は、酔った勢いもあったのだろう。自分達で仲間を殴ったり、あるいは足をからめさせたりして、勝手に自爆していく。

 

 やがて、男達は互いに折り重なるようにして、床に転がってしまった。

 

 マントの人物は、一切手を出していない。男達が勝手に自滅したのだ。

 

「野郎っ よくもやりやがったな!!」

 

 そのころになってようやく、最初に牛乳をぶっかけられた男が復活して、剣呑な声を上げる。

 

 だが、その姿を見た瞬間、周囲からは一斉に悲鳴とどよめきが上がった。

 

 見れば、男は手にナイフを持ち、マントの人物に狂気の刃を向けようとしている。

 

「も、もう許さねえッ ぶっ殺してやる!!」

 

 振りかざされるナイフ。

 

 それに対して、マントの人物は全くリアクションをしない。ただ立ち尽くしているだけである。

 

 殺される。

 

 誰もがそう思った瞬間、

 

 突如、マグネシウムが焚かれたような強烈な光が、一瞬、薄暗いバーの中を照らし出した。

 

 驚いて一同が振り向く中、

 

 ジェスは、愛用のカメラのレンズを、まるで必殺の銃口宜しくナイフの男へと向けていた。

 

「テメェッ」

「お前達の事は写真に撮らせてもらった!!」

 

 ナイフ男が何か言い募る前に、ジェスは先制するように言葉を浴びせかける。

 

「これは重大な証拠になる。これを当局に渡せば、お前等は逮捕される事になるぞ?」

 

 さあ、どうする?

 

 ジェスは緊張に満ちた眼差しでナイフ男を睨みながら、相手の出方を待つ。

 

 やがて、

 

「クソッ おい、行くぞッ いつまで寝てんだ!!」

 

 尚も床に這いつくばっている仲間に蹴りを入れながら、ナイフ男達はジェスを睨みつつバーを出て行く。

 

 流石に、当局の名を出されてまで気を吐く事はできないらしい。ペンは剣よりも強し、とはこういう事である。力を振るうしか能の無い人間がいきがったところで、ペン先一つで世界中の人間を味方にできるジャーナリズムには敵わない。

 

 とは言え、

 

 ジェスはため息交じりで肩を落とす。今さらながら、冷や汗がにじみ出てくるのを感じる。

 

 口で言うのと実際にやるのとでは、かかるプレッシャーが半端なく変わってくる。正直、何度もやりたいとは思わなかった。

 

 周囲を見回せば、騒ぎが収まったのを見て取った他の客たちは、再び自分達のテーブルに戻っていく。中にはジェスや、マントの人物に勝算を送ってくる者もいた。

 

 と、

 

「・・・・・・・・・・・・僕も大概ですけど」

 

 不意に、聞き慣れない声が聞こえ、振り返るジェス。

 

 すると、マントの人物が顔を覆うフードに手を掛け、ゆっくりした手付きではぎ取ろうとしていた。

 

「あなたもなかなかな、無茶をする人みたいですね」

 

 呆れ気味の声と共に、完全に取りされるフード。

 

 その下から現れたマントの人物の素顔を見て、思わずジェスは唖然とした。

 

 なぜなら、そのマントの下から現れた人物の顔は、まだ成長途上にあると思われる少年の物だったからだ。

 

 恐らく10代後半くらいだろう。いかにも線の細そうな顔と体付きをしており、とてもではないが、先程のような荒事に向いているようには見えなかった。

 

 何より印象的なのは、穏やかな光を放つ紫色の双眸だ。

 

 特徴の薄い顔立ちの中で、その紫瞳だけは、なぜか強烈な印象によってジェスの脳裏に刻まれた。

 

「助かったよ。サンキューな」

「いえ・・・・・・てか、助けられたのは、どちらかと言えば僕の方ですし」

 

 ジェスの謝辞に対し、少年は少し躊躇うようにして返事をする。何か、まずい事をやってしまった。そんな感じの態度である。

 

 そんな少年に少し興味が引かれたジェスは、歩み寄って笑みを浮かべる。

 

「俺は、ジェス・リブル。フリーのジャーナリストをしている。お前は?」

 

 名乗るジェス。

 

 それに対して、

 

「・・・・・・・・・・・・キラ・ヒビキです」

 

 迷った末に、少年は本名を名乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 取りあえず飲み直しと言う事で、キラとジェスはカウンターに並んで座り、それぞれのグラスを手に取っている。

 

 キラは再びミルクを、そしてジェスはノンアルコールのジンジャーエールで飲み直しである。

 

 とは言え、話が弾んでいるかと言えば、生憎そうとも言えない。

 

 先程から、ジェスが話題を振っては、キラが返すと言う事の繰り返しである。

 

「成程な、前の戦いのときはオーブ軍にいたのか」

「ええ・・・・・・」

 

 ジェスの質問に対して、キラは静かな声で頷きを返す。

 

 その様子を見ながら、ジェスは少年の身の上について推察してみる。

 

 軍にいた、と言うのは先ほどの身のこなしから言っても、嘘ではないのかもしれない。だが、キラはどう見ても、まだ子供である。そんな少年が軍に所属し、ましてあれほどの技術を身に着ける事など、有り得るのだろうか?

 

 無論、コーディネイターであるなら、それは充分に可能である。現に、15歳で成人となるプラントであるなら、キラくらいの年齢の兵士などいくらでもいるだろう。

 

 だが、どうも何かが違うような気がしてならない。ジェスのジャーナリストとしての勘がそう告げている。

 

 キラには軍隊経験の他にも、何か他ではありえないような物があるような気がしてならなかった。

 

「キラは、何か南米に目的があって来たのか? 傭兵になる、とか?」

 

 少し、探りを入れるような質問をしてみる。

 

 「野次馬ジェス」としての勘が、目の前にいる少年が、何か面白いネタを持っていると告げていたのだ。

 

「いえ、別に・・・・・・・・・・・・」

 

 それに対してキラは、短い口調で返す。どうやら、何か目的があっての旅、と言う訳でもないらしい。

 

 正直、これから取材に行く対象の方も大事だが、この目の前の少年の事にも、強く印象が引かれている自分がいる事を、ジェスは隠せなかった。

 

「ならッ」

 

 ジェスは、身を乗り出すようにしてキラに向かい合う。

 

「少し、俺に付き合ってみないか?」

「付き合う?」

 

 訝るキラに、ジェスはまくしたてるように説明する。

 

「実は、明日からある取材で、アマゾンの奥地に行くんだけど、その護衛役って事で付いてこないかって言ってんのさ」

 

 言ってから、ジェスは少し苦いような顔をして吐き捨てる。

 

「本当は、別の護衛役がちゃんといるんだが、どうもいけ好かなくてさ。奴に頼むのも癪だし」

 

 訳の分からない事をグジグジと言っているジェス。

 

 しかし、

 

「・・・・・・・・・・・・折角ですけど」

 

 キラは、そんなジェスから視線を外すと、カウンターに金を置いて立ち上がる。

 

「あ、おいッ!!」

「誰かと、関わる気は、無いんで」

 

 そう言うと、キラはジェスに背を向け、再びフードを被ってバーを出て行こうとする。

 

 慌てて追いかけようとするジェスだったが、マスターがすごい勢いで睨んでくるので、思わず自分が、まだ金を払っていない事を思い出しカウンターへ戻る。

 

 その間にも、キラは足早にバーの外へと出て行ってしまう。

 

「おい、待てってば!!」

 

 追いかけるジェス。

 

 あの少年の何が、自分をこうまで追い立てるのか、正直なとことジェスにも良く判っている訳ではない。

 

 たんに興味本位から湧いて出た、持ち前の野次馬根性なのか? それともあるいは、もっと別の何かなのか?

 

 スイングドアを開けて、バーの外に出るジェス。

 

 幸いな事に、キラの背中はまだ雑踏に紛れる事無く見えている。

 

 それを追いかけようとした、

 

 その時だった。

 

「死ねや、こらッ!!」

 

 物陰から飛び出すように、ナイフを掲げた人物が現れるのが、ジェスの目に見えた。

 

「あいつはッ!?」

 

 呻くジェス。

 

 それは先ほど、酔った勢いで酒場で暴れて、キラに牛乳をぶっかけられた男である。先程の件を逆恨みして待ち伏せていたのだ。

 

 ナイフが、闇夜にも鋭く光りを放つ。

 

「危ない、キラ!!」

 

 叫ぶジェスの声に、

 

 キラの体が、マントを翻すように大きく旋回する。

 

 回転と同時に繰り出された足の踵が、性格にナイフ男の顎を捉える。

 

 あまりにも速すぎる動きは、逆にスローモーションに見える事があると言うが、ジェスは今まさに、その光景を目の当たりにしていた。

 

 キラの動きがあまりにも速過ぎて、ジェスには逆に他の全てが止まっているように見えたのだ。

 

 崩れ落ちる男。キラの強烈な蹴りを喰らって、一撃で悶絶してしまったらしい。

 

 キラは地面に足を付くと同時に、冷めた目で男を見据える。

 

 その愁いを秘めた紫の瞳を見て、

 

 ジェスは思わず息のを呑んだ。

 

 特徴的な紫の瞳が、ジェスにある噂を思い起こさせる。

 

 それはかつて、まことしやかに噂された、あるテロリストの話。

 

 関わったテロ事件は二桁に上り、犠牲者は三桁では済まないとさえ言われているそのテロリスト。

 

 そのあまりの残虐性、狡猾さから「最凶最悪のテロリスト」「狡猾なる暗殺者」「姿無き殺人鬼」「大量殺戮の使徒」「連邦に仇成す者」など、数々の異名で呼ばれ恐れられた。

 

 あまりに非道、あまりに残忍。連邦当局が送った討伐部隊を、1人で全滅させた事もあったと言う。

 

 誇張が過ぎる話である為、一部では実体の無い都市伝説なのでは、とさえ言われていた存在。

 

 その名は、

 

「・・・・・・・・・・・・ヴァイオレット・フォックス」

 

 驚きに満ちた、ジェスの呟きに対して、

 

 かつて最凶最悪を名実共に謳われた少年は、ゆっくりと顔を上げて睨みつけた。

 

 

 

 

 

Episode-01「南米の狐」      終わり

 

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