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高空ですれ違うたび、両者の繰り出す刃が鋭い音を立ててぶつかり合う。
蒼穹に描く白いストレーキは、まるでアートの如く折り重なり、流麗な文様を空のキャンパスに描いていく。
ここには誰もいない。自分たち以外には。
ただ、王道ではない道を歩き続ける2体の鉄騎は、互いに掲げた剣を振り翳して、戦の舞を続ける。
エアリアル、そしてストーム。
互いに設計思想を同じくする2機は、その操る者の意志を受け、己が翼を広げて蒼穹を翔ける。
接近。
同時に繰り出される斬撃。
一閃は、しかし相手の盾に阻まれて目標を捉える事は無い。
互いの舌打ちが聞こえないのが、不思議なくらいの激しい戦いである。
エアリアルを駆る少年は、キラ・ヒビキ。
かつては「最凶最悪のテロリスト」として恐れられ、大戦中は地球軍、オーブ軍、そしてL4同盟軍と所属を変え、最後まで戦い抜いた異端の戦士。
ストームを駆るのはラキヤ・シュナイゼル。
かつてプラントで育ち、ナチュラルであると言うだけで迫害を受けた少年。やがてザフト軍に入り、そして捕虜になって、今は地球軍の兵士として戦っている。
共に、歩んできた道は光差さない影の道。
故に、王道より外れた者。
ただ、前へ進みゆく事をのみを宿命付けられた2人の少年は、互いの翼に全てを賭けてぶつかり合う。
スラスターを全開。ビームサーベルを振り翳して斬り掛かるストーム。
対してキラは、その動きを真っ向から見据えると、翼を広げて上昇しながら回避する。
それと同時にエアリアルは、ビームライフルを構えて撃ち放つ。
閃光は3度、上空からストームに襲いかかる。
しかし、
「遅い!!」
ラキヤは素早くスラスターの噴射角度を変えると、ストームに急激な機動を強要してエアリアルからの攻撃を強引に回避する。
同時に、反撃に転じるラキヤ。
ストームはビームライフルショーティを抜き放ち、急降下して向かってくるエアリアルに銃口を向ける。
対空砲のように、上空目がけて撃ちだされる閃光。
真っ直ぐに伸びる光の軌跡をキラは、
「狙いが甘いね!!」
シールドを掲げて防御。同時に、腰から斬機刀を抜き放つ。
三日月形の刃が、陽光に照らされて光を放つ。
鋭く振るわれる刃。
その一撃を、ラキヤは機体を後退させる事で回避する。
ストームはPS装甲を採用している為、物理衝撃には絶対的な防御力を持っている。本来であるなら、実体剣の攻撃はわざわざ回避しなくてもいいのだが、直撃時の衝撃自体はゼロにはできないし、そのせいで内部機構やラキヤ自身にダメージが入る可能性も否定できない。何より、今は空中戦の最中である。直撃を喰らって高度を下げたりしたら、その分不利になってしまう。空中戦の場合、より高い高度に位置した方が有利になるのは道理である。
その為、ラキヤはわざわざ回避する道を選んだのである。
すかさず、キラは追撃を掛ける。
回避行動を取るストームに対してビームライフルを発射。
対抗するように、ラキヤもビームライフルショーティを放つ。
しかし、互いに旋回しながら攻撃している為、なかなか直撃弾は得られない。
「なら、これでどうだ!!」
キラはエアリアルの双翼をいっぱいまで広げる。
同時に、合成風を受けた双翼はエアリアルに急激にブレーキをかけ、より急角度な旋回力を与えてくれる。
より小さい旋回半径でストームの背後に回り込んだエアリアル。
「今度こそ!!」
ライフルの照準を合わせ、トリガーを引き絞るキラ。
対してラキヤも、背後に回り込んだエアリアルを、サングラス越しに鋭く見据える。
「そう来るか・・・・・・なら!!」
叫びながら、スラスターに目一杯の出力を叩きこむ。
大きく広げられる炎の翼。
翼は絶大な推進力となって、エアリアルを一気に引き離しにかかる。
同じ空中戦型のモビルスーツ。一方はシルフィード級機動兵器の後継機であり、もう一方はそのシルフィードに対抗する為に建造された機体。
同じような境遇と思想の下で開発されたエアリアルとストームだが、差異は僅かながらに存在した。
ストームは推進力と揚力を、ほぼ背部に備えたスラスターに頼っているのに対して、エアリアルは大きな翼を備えており、揚力に関しては翼を利用して得る事ができる。
これは両者の機動力にも大きくかかわってくる問題である。エアリアルなら翼の角度調整で容易に方向転換できるため、先程のように急激な機動も楽に行う事ができる。
これに対してストームはスラスター微調整によって方向転換を行うのだが、やはり安定翼が無い為、旋回能力と言う点ではエアリアルに一歩譲ってしまう。
機動性と言う点では、エアリアルはストームを凌駕している。
ただし、ストームは大出力のエンジンとスラスターを搭載している関係から、直線速度においてはエアリアルを上回っている。それ故、先程のように背後を取られた状態からでも辛うじて離脱する事ができたのだ。
旋回力に勝るエアリアルと、直線速度が優れるストーム。同じ空中戦型のモビルスーツでも、戦い方に関してはおのずと変わってくる。
勝負を決めるのは、パイロットの技量次第と言う事だ。
キラは前大戦中、シルフィード、イリュージョンと言った機体を乗機にしていた関係から、どちらかと言えば地上戦よりも空中戦を得意としている。
対してラキヤも、様々なザフト系モビルスーツを乗りこなしてきたが、中で気に入っていたのは空戦型モビルスーツのディンだった。
互いに空中戦の名手が、自分達のフィールドで対決する戦いは、いよいよ白熱の様相を見せ、天をも焦がす勢いで続けられていた。
旋回しながらビームライフルを放つエアリアル。
キラはコックピットの中で操縦桿を握り直しながら、迎え撃つようにビームライフルショーティを構えるストームを見据える。
ストームの銃口から放たれる閃光。
それをキラは、いったん沈み込むようにして回避。同時に、腰から斬機刀を抜き放った。
「これで!!」
斬り上げられる刀。
対抗するように、ラキヤもストームのビームサーベルを抜いて装備する。
「やらせるか!!」
切り下ろされる光刃。
交錯する両者の刃。
次の瞬間、
斬機刀の刃は、すり抜けるようにしてビームサーベルを透過した。
「なッ!?」
驚くラキヤ。
斬機刀はシールド等と同じ、アンチビームコーディング処理されている為、ビームを弾く性質を持っている。その為、たとえビームサーベルでもぶつかり合えば、今のように「斬る」事もできるのだ。
衝撃が、ストームを襲う。
斬り上げられた斬機刀の一撃が、ストームの胴体を直撃した。
勿論、PS装甲がある為、他の機体のように切り裂かれる事は無いが、それでもかなりの衝撃が内部を襲う事となった。
「グッ!?」
浮き上がるような感覚と共に、ラキヤは一瞬、意識が飛びかけたのを自覚する。
バランスを崩すストーム。
そのまま、錐揉みするようにして地上へと落下していく。
キラのエアリアルは、翼を広げてそれを追う。
トドメを刺すように、手にした斬機刀を振り翳すエアリアル。
「クソッ!!」
接近する機影に気付いたラキヤも、ビームライフルショーティを構えて迎え撃とうとする。
銃口から放たれる閃光。
しかし、機体が安定しない状態での攻撃である為、照準が定まらない。
エアリアルを狙ったストームの攻撃は、悉く空を切る。
その隙に、距離を詰めるキラ。
「貰った!!」
振り下ろされる斬撃。
その一瞬、
辛うじて、ラキヤはストームの体勢を立て直す事に成功した。
「まだまだ!!」
横なぎに振るわれるビームサーベル。
その刃が、斬機刀の刀身を真っ二つにして斬り飛ばしてしまった。
「そんな!?」
これにはキラも驚く。アンチビームコーティングを施された刀身を、ビームサーベルで斬り飛ばされるとは思わなかったのだ。
実は先程の剣戟の際に、ビームサーベルを透過した時に、斬機刀の表面に施されたビームコーティング剤が僅かにはがれ、若干ながら刀身の強度が落ちてしまっていたのだ。そこへ偶然、再度同じ場所に光刃を受けてしまった為、斬機刀は切り飛ばされてしまったのである。
ストームが追撃の為に繰り出した斬撃をシールドで防ぎながら、どうにか後退するキラ。同時に、折れた斬機刀の柄を投げ捨てると、自身もビームサーベルを抜き放った。
地上へと落下していく斬機刀。
完全に処分を確認したわけではないが、これでザフト軍への義理は果たした。と、キラは勝手に納得しておいた。
ラキヤはストームの右手にサーベル、左手にライフルを構えてエアリアルとの距離を詰めていく。
高速で接近するストーム。
対してキラは、ビーム攻撃をシールドで弾きながら、エアリアルの右手に装備したサーベルを振り翳して迎え撃つ。
互いに振り下ろす刃。
それを、同時にシールドで受ける両者。
「「チッ!?」」
舌打ちするキラとラキヤ。
弾かれるように後退。
ほぼ同時に、互いにライフルを構える。
迸る閃光。
しかし、今度は僅かにラキヤの方が早かった。
放たれた閃光が、エアリアルの手からビームライフルを吹き飛ばす。
「クソッ!?」
とっさにライフルをパージするキラ。負荷に耐えかねて爆発するのに任せると、その爆炎を尻目に、再びビームサーベルを構える。
接近するエアリアル。
対抗するように、ラキヤは斬撃に備えてシールドを掲げる。
しかし次の瞬間、
凄まじい衝撃が、ストームに襲い掛かった。
「何ッ!?」
驚くラキヤ。
キラはサーベルを構えて斬撃を繰り出すと見せかけて、鋭い蹴りをストームに叩き付けたのだ。
再びバランスを崩すストーム。
とっさにスラスターを全開まで吹かし、高度が落ちるのを最小限度にとどめる。
しかしそこへ、好機と捉えて斬り込んでくるエアリアル。
繰り出される斬撃。
「このッ やら、せるか!!」
ラキヤはとっさに、機体を傾かせて回避行動を取る。
一閃される光刃は、ストームの肩の装甲を斬り裂く。
お返しとばかりに、ストームが放ったビームライフルショーティがエアリアルの脇腹に命中するが、キラがとっさに横滑りして回避した為、僅かに脇腹部分の装甲が砕けるにとどまる。
更に追撃を掛けるように、ライフルを放つラキヤ。
対してキラは、頭部の機関砲でストームに牽制の射撃を加える。
PS装甲相手では機関砲の弾丸など、豆鉄砲ほどの威力も無いが、それでも視覚を攪乱するくらいの効果は期待できた。
案の定、飛んでくる弾丸のせいで微妙に狂った照準は、エアリアルを捉える事はできない。
その間にキラは、距離を詰める。
繰り出した蹴りがストームの左手を直撃し、そこに握られていたビームライフルショーティを弾き飛ばした。
「・・・・・・・・・・・・強い」
コックピットの中で、ラキヤは低い声で呟きを漏らす。
初めから予想していた事だが、相手はかなりの実力者である。
正直、モビルスーツでの戦いなら、ラキヤもかなりの自信があるのだが、そのラキヤですら、目の前のパイロットには敵わないと思えた。
否、技量自体にはキラもラキヤも、そう変わりはない。
しかし、技量とは何か別の要素において、キラはラキヤには無い物を持っている。それが、両者の間で家体的な戦力差となって表れているのだ。
戦いが始まってから、ラキヤは何度もキラに対して優位に立った。勝負を決められると思った事もあった。
しかしその度に、キラは信じられないような技量を発揮して、状況をあっという間にひっくり返してしまうのだ。
それは正に、両者の持つモチベーションの差に他ならなかった。
今のラキヤには何も無い。守りたいと思う物も、貫きたいと思う信念も、共に歩みたいと思う仲間も、愛する者すら傍にいない。
対してキラは僅かな期間とは言え、過ごした南米の大地を守りたいと思って戦っている。エドやジェス、そう言った触れ合った人々の想いを受けて戦っている。
何も無いラキヤと、多くの物を背負っているキラ。
その両者の差が、戦いの場にあって顕著に表れていた。
「これで!!」
「クッ!!」
キラとラキヤは、互いに剣を掲げ、翼を広げて斬り掛かっていく。
交錯する一瞬。
刃を繰り出すタイミングは、ほぼ同時。
次の瞬間、
エアリアルの剣が、
ストームの右肩を真っ向から斬り裂いた。
「・・・・・・・・・・・・」
ラキヤは、自機の右腕を呆然と見つめる。
真っ向からの勝負に、ラキヤは敗れてしまった。
「クソッ!!」
残った左手で、もう1本のビームサーベルを抜こうとするラキヤ。
まだ、勝負を諦めるつもりはない。まだ自分は戦える。
そう思った次の瞬間、
エアリアルの強烈な蹴りが、ストームに襲い掛かった。
吹き飛ばされ、バランスを失って落下していくストーム。
そのコックピットの中で、自身に背を向けて飛び去って行くエアリアルの背中を呆然と眺める。
「・・・・・負けた・・・・・・完全に・・・・・・」
背負っているものが、あまりにも違い過ぎた。
この勝負、最初から勝敗は決まっていた。
所詮、心の中に何も持たないラキヤが、多くの物を背負って戦うキラに敵う筈が無かったのだ。
「・・・・・・・・・・・・僕にも何か、思う物があれば・・・・・・僕は、彼に勝てたのだろうか?」
答えの無い自問を、虚空に向かって行うラキヤ。
「・・・・・・・・・・・・ねえ、アリス」
最後に、恋した少女の名を呟きながら、
ラキヤを乗せて、ストームは真っ逆さまに堕ちて行った。
一方、ラキヤを下したキラは、そのままゆっくりと、エアリアルを地上へと降下させていった。
激しい空中戦の後とあって、キラも息を荒くした状態でシートに座している。
強敵だった。
最後の一瞬、ラキヤの剣が僅かに鈍らなければ、負けていたのはキラの方だったかもしれない。
モニターに目をやれば、既に推進剤もバッテリーも危険域に差し掛かっている。非公式に武器や物資を提供してくれたザフト軍の好意でここまで戦ってこれたが、ここらで限界らしかった。
それほどまでに、ラキヤとの戦いは熾烈を極めた物だった。
とは言え、まだ戦いは終わっていない。戦場では尚も、南米軍が必死の抵抗を続けているのだ。彼等を支援する役目がキラには残っていた。
地上へ、足を付けるエアリアル。実際の話、これ以上補給無しで戦い続けるのは難しい。どこか、近くの南米軍拠点で補給を受けたいところだった。
その時だった。
《キラ君!!》
呼び声と共に、1機のストライクダガーが密林をかき分けるようにして近付いて来るのが見えた。遠目にも判るくらい損傷を負ったその機体は、今まで最前線で戦っていたであろう事を容易に想像させる。
聞き覚えのある声に、キラも顔を綻ばせた。
「アルベルトさん、状況はどうですか?」
駆け寄ってきたストライクダガーは、アルベルト・コスナーの機体だった。どうやら今まで前線で戦っていたのだが、エアリアルが下りて来るのを確認して近付いてきたらしかった。
アルベルトはエアリアルのすぐそばまで駆け寄ると、機体を停止させる。
《この辺の敵の掃討はだいたい終わったよ。皆、撤退した敵を追撃している所だ》
そう言ってから、アルベルトは笑顔を浮かべる。
《君のおかげだよ。君が敵のエースを押さえてくれたおかげで、どうにか敵を押し返す事ができた。本当にありがとう》
「いえ、そんな・・・・・・」
アルベルトの言葉に、キラは少し照れたように言葉を濁す。
実際の話、皆が頑張ってくれたから、どうにか戦況を巻き返す事ができたのだ。キラ1人で出した結果と言う訳ではない。
多くの人が集まれば、どれだけ大きな事ができるのか、と言う事の証明でもあった。
「ところでアルベルトさん。どこか、近くに南米軍の拠点はありませんか? できれば補給をして、僕も戦線に復帰したいんですけど」
消耗したエアリアルで、これ以上戦うのは危険である。再度出撃するにしても、どこかで補給が必要だった。
《ああ、それなら、ここから東に40キロくらい、かな。それくらい行った所に補給基地がある。そこなら、補給も受けられるよ》
アルベルトの説明を聞いて、キラは考え込む。
40キロ。それくらいなら、今残っているバッテリーと推進剤でも充分に飛べるはず。そして戻ってきて戦線に復帰するのも容易だった。
「判りました。行ってみます。その間、戦線の方をお願いします」
《ああ、判った。待ってるよ。ああ、そうだ、キラ君》
立ち去ろうとするキラを、アルベルトは何かを思い出したように呼び止める。
「はい、何ですか?」
機体を振り返らせるキラ。
そして、
《死んでくれない?》
ストライクダガーが構えたビームライフルが、エアリアルに向けて真っ向から放たれた。
2
海中では、ジェーンが尚も孤独な戦いを続けていた。
敵は南米への海上封鎖を行う為に、多数のディープフォビドゥンを繰り出してきていた。
ジェーンの任務は、これらのディープフォビドゥンと、その後方に控えている地球軍艦隊を撃破して海上封鎖を解除する事。
南米軍で唯一と言っても良い海上戦力であるジェーンにしかこなせない任務である。
しかし、如何に《白鯨》ジェーン・ヒューストンとは言え、やはり多勢に無勢の感は否めなかった。
彼女の駆るフォビドゥンブルーは、尚も多数の敵機に囲まれている。
既に超音速魚雷は撃ち尽くし、バッテリーの関係でフォノンメーザー砲を撃つ力も残されていない。おまけに先程、敵の攻撃を受けて左足の膝から下を吹き飛ばされていた。
地球軍はジェーンの機体が、あまり深い深度までは潜れない事が分かっている為、アウトレンジで攻撃を仕掛けながら包囲網を狭めてきている。
性能で劣る機体で、更に多数の敵に囲まれると言う圧倒的に不利な状況。
だが、それでもジェーンは、諦めずに戦い続ける。
「《白鯨》を舐めるなよ!!」
言い放つと同時に、トライデントの刃を近付いてきたディープフォビドゥンに突き刺す。
更に装甲内部に内蔵されているニーズヘグ重刎首鎌を展開、不用意に近付こうとした敵機を容赦なく斬り捨てた。
《白鯨》の面目躍如と言うべきか、絶望的な状況で尚も、他の追随を許さない戦闘技術には感嘆させられる物がある。
しかし、それも限界であった。
ディープフォビドゥン1機を撃墜したところで、動きを止めるフォビドゥンブルー。
そこへ、地球軍は魚雷による集中砲火を浴びせてきた。
海水を撹拌しながら、急速に迫ってくる複数の魚雷。
対して、最早、殆ど余力の遺されていないフォビドゥンブルーには、それを回避するだけの力はない。
「これまでか!?」
ジェーンが覚悟を決めた。
次の瞬間、
まさに命中直前であった魚雷が、横合いから攻撃を受けて一斉に撃破された。
水中爆発が衝撃波を生み、フォビドゥンブルーの装甲を叩き据える。
しかし、直撃ではない為、ダメージ自体は軽微である。
「何が起こった!?」
驚くジェーン。
その時、センサーが接近してくる新たな反応を捉えた。
海中を急速に接近してくる複数の機影。しかし、その反応は地球軍の物ではない。
カメラをそちらに向けたジェーンは、思わず驚いた。
「あれは・・・・・・ザフト軍!?」
現れたのは、ザフト軍の主力水中用モビルスーツ、グーンの部隊だったのだ。
なぜ、ザフト軍がここにいるのか? そしてなぜ、ジェーンを助けてくれたのか?
判らない事が一度に起きて、ジェーンはただ呆気に取られる事しかできない。
しかも、更に驚くべき事が起こった。
突如、何の前触れも無く戦線加入したグーンが、一斉に地球軍のディープフォビドゥンに攻撃を開始したのだ。
呆然と、その成り行きを見守るジェーン。
対する地球連合軍も、突然のザフトの介入に浮足立ち、性能的には圧倒的に劣るグーン相手に、次々と討ち取られていった。
一方その頃、海上封鎖を続ける地球軍艦隊の方でも、変化が起こっていた。
南米大陸近海に展開していた地球軍艦隊上空に、突如、ザフトの大軍が出現して艦隊を包囲してきたのだ。
突然の出来事に、大半の部隊を南米の拠点攻撃の為に出撃させ、手薄の状態になっていた地球軍は全く対応できないまま、ザフト軍の包囲網完成を許してしまった。
《南米大陸を海上封鎖している地球軍艦隊に告げる。これ以上の戦闘は無意味だ。ただちに転進せよ!! 我々は国際法に照らし合わせ、攻撃を受けている南米軍を支援する!! 繰り返す。ただ地に転進せよ!! 当方は警告に従わない場合、貴艦隊に対して攻撃を行う許可を有している!!》
隊長機と思われるグゥルに乗ったシグーから、海上の地球軍艦隊に対して警告が送られる。
既にナイロビにおける和平会談が合意に達し、戦争は終わったと言うのに、尚も戦闘行動をやめようとしない地球軍に対して、ザフト軍はカーペンタリアから部隊を出撃させて、戦線介入を行ったのである。
本来なら、先の大戦が終結したばかりであり、ザフト軍が戦線に介入すれば、再びその事実を奇禍として戦端が開かれる事にもなりかねない。
しかし、この時のザフト軍の行動は国際法に照らし合わせても何ら落ち度は無く、地球軍側としては、抗議すれば却って自分達の方が非難の対象になるであろう事は間違いなかった。
何より、既にザフト軍は攻撃態勢を完全に整えている。ここでこれ以上抵抗する事に、何の意味も無かった。
やがて、艦隊は成す術も無く転進を開始する。
それに伴い、南米奥地へと侵攻していた地球軍部隊も、次々と撤退を開始するのだった。
3
シールドを持つ左腕が、閃光をまともに受けて吹き飛ばされた。
爆発を起こすエアリアル。
左腕に当たったのは偶然ではない。命中の直前、辛うじてキラが機体を横に倒して回避したからだ。
もし回避行動を取らなかったら、ストライクダガーが放った攻撃は確実にエアリアルのコックピットに命中していた。
倒れ伏すエアリアル。
《あれー おかしいな。コックピットを狙ったはずなんだけど?》
その姿を見て、アルベルトは軽い調子で頭をひねった。
その言葉に、キラはアルベルトの殺意を完全に自覚する。
《あ、そーか。直前でかわしたのか。やるね、流石は「最高のコーディネイター」キラ・ヒビキ君だよ》
「なぜ、その事を!?」
最高のコーディネイター。
かつてキラの実父、ユーレン・ヒビキが提唱した、コーディネイターをも超える存在。その唯一の成功例こそがキラである。
しかし、その事を知る人間は少ない。せいぜいL4同盟軍の関係者と、後はキラ自身が倒したラウ・ル・クルーゼ、あとは、あの場に居合わせたクライブ・ラオスくらいだったはず。クルーゼとクライブは既に戦死した為、事実上、キラの仲間以外には、キラの出自の事を知る人間はいないはずだった。
しかし今、アルベルトは間違いなくキラを「最高のコーディネイター」と言った。つまり、キラ自身も把握していないところで、キラの出自が漏れていたと言う事になる。
再び火を噴く、ストライクダガーのライフル。
今度は、コックピットのすぐ脇を直撃した。
内部の機構も、一部フィードバックしてキラの体を破片が切り裂く。
《君が知る必要のない事だよ。これから死ぬ君にはね》
そんなキラに、アルベルトは冷酷に告げる。
そう言うと、再びビームライフルを発射。エアリアルの頭部を半分吹き飛ばした。
モニターの半分にノイズが走る中、キラは必死に、この状況を打破する策が無いか考える。
そもそもなぜ、アルベルトが自分を殺そうとしているのか。それすらわからなかった。
「あなたはいったい誰だ!? 地球軍のスパイか何かか!?」
声を荒げて尋ねるキラ。
自分の命を狙う者として、最も可能性が高いのは地球軍、特に大西洋連邦の関係者である。
過去にはヴァイオレットフォックスとしてテロ活動に従事し、大戦後半には地球軍とも交戦、更に今は南米軍に協力しているキラ。大西洋連邦からすれば、そんなキラを殺す理由などいくらでもあった。
しかし、
《冗談でしょ。下等なナチュラルなんかと一緒にしないでよ。虫唾が走るから》
言いながら、ライフルを放つ。
今度は再びコックピットの近くを直撃し、キラの意識が飛びかける。
《まあ、少しだけ教えてあげれば、君を殺したいと思っている人間は、この世界中にいくらでもいるっていう事さ。君は自分がいかに危険な存在であるのか、全く理解していないみたいだけど、「人類最高のコーディネイター」が齎す物は、もはや災厄でしかない。その災厄の芽は早めに詰んでしまおうって言うのは、至極当然の事だろう?》
得意げに語るアルベルト。
その声をキラは、朦朧とした意識の中で聞いていた。
自分を殺したいと思う人間はいくらでもいる。確かに、そう言われてしまえばその通りだ。
テロリスト時代は言うに及ばず、パイロットとして戦場に立つようになってからも、多くの人の命を奪い続けたキラ。
不殺、などと気取ったところで、それで人々の恨みが消えるわけではない。生き残った人たちもまた、恨みを胸に戦場に立つ事は充分に有り得る。
そんな彼等が、キラに恨みの目を向けるのは至極当然の流れであると言えた。
ストライクダガーの銃口が、真っ直ぐにエアリアルのコックピットへ向けられる。
《古来より、戦場で名を馳せた英雄の殆どが非業の死を遂げている。しかし、全ての英雄が名誉ある死を選べた訳じゃない。中には、名も無い雑兵に名誉も何も無く討ち取られる者も大勢いた》
語りながら、トリガーに指を掛けるアルベルト。
《君も、そうした英雄の仲間入り、と言う訳だ。キラ君》
朦朧とした意識の中で、アルベルトの言葉を聞き入るキラ。
これで、終わり?
多くの人々を殺し、多くの悲しみを世に生み出し的な自分の人生も、ここで終わる事になるのか?
そんな思いが、キラの中で駆け巡る。
ここは戦場。ここで死ねば、誰に顧みられる事も無く、やがて死体も朽ちて風化し消えて行く事になる。
大量殺戮者の死に場所としては、むしろ相応しいのかもしれない。
最後の力を振り絞るようにして、キラは空を見上げる。
《これで、「あのお方」の目指す未来に大きく近付く事ができる。君さえ排除してしまえば、ね》
「死」がストライクダガーの形を取って迫ってくる中、
キラは、その後方に一点だけ、小さく輝く光がある事に気付いた。
それは、宵の口に現れた一番星。
南の空を照らす、小さな輝きだった。
その光の中で、
キラは自分の脳裏の中に、1人の少女の姿が浮かんでくるのを感じた。
物静かで儚げな、それでいて、いつもキラのそばに寄り添ってくれた少女。
愛おしく、そしてひどく懐かしい少女。
きっと今も、彼女はどこかで、キラが帰ってくるのを待っているはず。
「・・・・・・・・・・・・エスト」
そっと、少女の名を呼ぶ。
いつ以来だろう、その名前を口にしたのは。
キラにとっては相棒であり、そして掛け替えの無い、大切な少女。
『・・・・・・信じています。必ず帰って来るって』
少女の言葉が、キラの脳裏にフラッシュバックするように響き渡った。
次の瞬間、
「・・・・・・まだ、死ねない!!」
キラの中で、SEEDが弾けた。
帰るんだ!!
エストの待つ場所に!!
その想いが、消えかけていたキラの心を強く突き動かす。
「う、ウワァァァァァァァァァァァァ!!」
雄叫びと共に、キラはエアリアルのウェポンラックからアーマーシュナイダーを引き抜く。
繰り出される刃。
それに対して、
「うッ!?」
アルベルトは、思わず動きを止めて呻き声を上げた。
既にエアリアルが戦闘力を失っていると判断したアルベルトは、あまりにも不用意に近付きすぎたのだ。
そこへ、刃が繰り出される。
回避する時間は、無かった。
エアリアルの一撃はストライクダガーのボディーに突き刺さると、装甲を紙のように突き破り、そのまま内部へ深刻な破壊をもたらす。
ストライクダガーの動力は一瞬にして断たれ、カメラアイからも光が失われる。同時に、ライフルを持った腕がガックリと地面へ垂れた。
エアリアルの腕は、手首までストライクダガーにめり込む形で止まっている。構造が脆い、ストライクダガーの特性が、アルベルトにとっては完全に仇となった。
「馬鹿、な・・・・・・・・・・・・こんな、事が・・・・・・」
口から血を吐きながら、アルベルトはうわ言のように呟く。彼の体は圧壊した計器によって押しつぶされ、完全にグシャグシャになっていた。致命傷である事は火を見るよりも明らかである。
目を見開くアルベルト。自分の身に起きた事が全く信じられない。そんな様子である。
やがて、口の中から血の塊を吐き出すと、そのままガックリと首を落とし、そのまま動かなくなった。
一方のキラもまた、荒い息を吐くと、最後の力を振り絞るようにしてコックピットハッチを強制解放し、外へ転がり落ちる。
そのまま、大の字になって寝転がる。
戦争がどうなったのか、とか、これから自分がどうなるのか、とか、色々と考えなくてはならない事は多い。
しかし、そんな中でも、キラの中では一つの大きな思いが動き出そうとしていた。
「・・・・・・・・・・・・エスト」
もう一度、少女の名を呼ぶ。
エストの元へ帰る。
その為に、何があっても生き続ける。
キラはそんな思いに突き動かされるように、立ち上がると、ボロボロになった体を引きずって、ゆっくりと歩きだした。
這いずるような、重くゆっくりとした足取り。
一歩歩くだけで、キラの体にはバラバラになりそうなくらいの激痛が走る。
それでもキラは、足を止めようとはしない。
この一歩が、必ずエストの元へと繋がっていると信じているから。
そんなキラの頭上には、南天に輝く星々が、見守るように優しい光を放っていた。
Episode-10「想い貫く刃」 終わり