『親愛なるジェス・リブル様
黙って出ていく事への不義理を、お許しください。
しかし、どうやらこれ以上一緒にいる事は、僕の為にもあなたの為にもならないと考え、このまま立ち去る事を決意しました。
どうやら、僕には刺客が差し向けられているようです。
相手が何者かは、僕にも分かりません。
しかし、どうやらもう、これまでの通りに過ごす事は出来ないみたいです。
安心してください。死ぬつもりはありませんので。
僕はこの南米で、多くの事を学ばせてもらいました。
決した諦めない心。多くの人々を奮い立たせる英雄の働き、そして真実を武器に戦い続ける姿勢。
ここに住む人々は、僕の目から見れば、皆、眩しいばかりに輝いていました。
そう、あの南の空に力強く輝き、闇を照らし出す星々のように。
いつか、僕も彼等の、そしてジェス、あなたのような生き方ができる人間になりたいと思っています。
それはいつになるかは分かりませんが、いつかきっと、必ず。
それまで、どうかお元気で。
キラ・ヒビキ』
1
秘書が部屋の中に足を踏み入れると、中にいた人物はその気配を察して振り返って来た。
「どうかしたかね?」
男は、落ち着きのある深い声で、秘書にそう尋ねる。
プラント最高評議会議員を務めるこの男性は、端正な顔立ちと、全てを見透かすような鋭く細い瞳をしているのが特徴である。
一見すると、穏やかな性格をした好青年のようにも見えるその男性は、しかしその裏では、他者には決して窺い知る事のできない深謀遠慮を張り巡らせている事を、秘書は知っていた。
「先生、南米の連絡員から報告です」
「南米? あそこは間もなく、例の独立戦争が終わる頃合いだろう。何か動きでもあったのかな?」
既に、南米への攻撃をやめようとしない地球軍に対して、警告の兼ね合いも込めてザフト軍が出撃している。
名目上は「条約が可決されたにも拘らず、不当な侵略行為を受ける南米への支援」となっているが、実際のプラント側の思惑としては、戦後、被害を受けすぎた南米が地球軍に従属する事を恐れたがゆえに、兵力を派遣して地球軍の牽制を行ったのである。
講和条約の締結によって、地上軍の大半の引き上げが既に決定しているプラントにとって、これ以上僅かでも、地上における影響力が削られるのは避けたいところであった。
だが、秘書が齎した情報は、その事ではなかった。
「はい。今入った報告によりますと、工作員がヴァイオレットフォックスの抹殺に失敗したとの事です」
「・・・・・・・・・・・・ああ」
秘書に言われて、ようやく男は、そんな案件もあった事を思い出した。
確か、前大戦で戦死したと思われていたヴァイオレットフォックスが南米に潜伏していた事がスパイの報告で発覚した為、抹殺を指示していたはずである。
しかし、
「やはり駄目だったか。まあ、当然だろうね」
まるでこの事は初めから分かっていたと言わんばかりに、男は余裕の笑みを浮かべて頷く。
抹殺に失敗したにもかかわらず、男には慌てた様子が一切見られない。まるで、ゲームの差し手に少し失敗したような軽いリアクションである。
そんな男の様子に、秘書もまた怪訝な顔を浮かべて尋ねた。
「先生は、こうなる事を予想しておられたのですか?」
「当然だろう」
秘書の質問に対し、男は事も無げに答えて見せた。
「相手は《最高のコーディネイター》キラ・ヒビキだ。最高の遺伝子を持ち、最高の能力を備えた彼を相手にして、並みの人間が敵うはずもない。もっとも、「あわ良くば」程度には考えていたのは本当だがね」
結果は、当初の予想通り失敗。
やはり、こと武力において、キラ・ヒビキに敵う存在などそうはいなかった。
彼等との、否、「彼女」達との戦いは、これから長い物となるだろう。その為にも、相応の準備を進める必要があった。
そう判断した男は、さっさと思考を切り替えて秘書に向き直った。
「そんな事より、君に頼んでおいた件はどうなった?」
「はい、こちらに」
尋ねる男に対して、秘書は自分が抱えていた端末を起動して手渡す。
その様子を見て、男は顔を綻ばせた。
さすが、仕事が早い。持つべき物は頼れる秘書だった。
「講和条約の内容は予想通り、プラントにとって不利な要素が多数含まれています。恐らくこの事を発表すれば、国民が黙っていないでしょう」
「そして、現政権は退陣を余儀なくされる、か」
そう呟き、男は笑みを浮かべる。
全ては、男の描いた筋書き通りに事が進んでいる。
現在、プラントを束ねているアイリーン・カナーバ政権は、近い将来、必ず退陣を余儀なくされる。そうなった時、次期最高議長選における最有力候補に名前が挙がっているのは、この男だった。
「さあ、始めようか。我々が、新たな世界を作り出すのだよ」
そう言うと、
ギルバート・デュランダル次期プラント最高評議会議長は、口元に酷薄な笑みを刻んだ。
2
南米における戦いは、南アメリカ合衆国軍の勝利という形で幕を閉じた。
南米大陸に侵攻してきた地球連合軍は、ザフト軍の介入もあり、更に南米軍の頑強な抵抗を前にして、ついに全土占領はならず、占領地を全て放棄して引き上げて行った。
南米は、ヤキン・ドゥーエ戦役の開戦以来、悲願であった独立をついに果たしたのである。
その数日後、地球連合、及びプラント間における停戦、講和条約が悲劇の始まりの地であるユニウスセブンにて執り行われ、ここに、およそ2年間に渡って続いたヤキン・ドゥーエ戦役は、名実ともに終結を迎えたのだった。
こののち2年後、ユニウスセブン落下テロ事件「ブレイク・ザ・ワールド」を機に、世界は「ユニウス戦役」の戦火に再び飲み込まれていく事になるのだが、それはまだ先の話。世界は、勝ち取った平和を、ようやく享受する事が出来たのである。
最後の戦いで重傷を負い、一時は生命の危機も危惧されたエドワード・ハレルソンとレナ・イメリアだが、両名ともザフト軍の医療スタッフの献身的な治療により一命を取り留めた。
レナは治療が完了するとすぐに原隊に復帰した。憎むべきコーディネイターの手を借り、ザフトの技術によって生かされた彼女だったが、その心境に変化があったかどうかは分からない。ただレナの中で、コーディネイターに対する憎悪がわずかでも薄れてくれる事を願うばかりである。
エドは、独立戦争における南米軍の最重要人物という事もあり、治療も兼ねて一時期プラントに身を寄せていたが、その後、プラントの政治的陰謀に巻き込まれて拘束される事になる。
しかし、多くの人々の活躍により基地を脱する事ができた。
その後エドは、故郷である南米に戻って恋人であるジェーンとも再会。その後も南米軍の支柱的存在として活躍して行く事になるのだった。
ラキヤ・シュナイゼルは、サングラス越しにパネルのモニターを眺めている。
今映し出されているのは、ストームの強化案である。
南米戦争でラキヤが使ったストームは、あくまで先行試作型である。いずれ、次期主力機動兵器開発の叩き台として、より完成度の高い機体の開発は急ピッチで行われていた。
「要するに、防御力を落とすのではなく、搭載武装を減らす事によって重量軽減を図ります。以前の戦いで、フレイ・アルスター少佐が使用した『トルネード』は重量を極限した結果、確かに爆発的な機動力は得られましたが、装甲その物は紙同然と言っても良かったですから」
「でも、それで攻撃力の方が低下してしまったら、本末転倒じゃないですか?」
ラキヤは説明する技術官に、自分の存念を話してみる。
ユニウス条約の締結により、核動力機の保有が出来なくなった関係上、大出力機関の開発は急務である。しかし現状、核動力機を上回る機関は未だに開発されていない。
その為、代替機の開発、実戦配備は現状急務であった。
既に地球軍はダガーLに替わる新型機動兵器「GAT-04 ウィンダム」を開発、量産体制を進めている。ストライクダガーの流れを組むこの機体は、前大戦で活躍した「ストライク」に匹敵する性能を誇っている高性能機であり、今や地球軍の伝統になりつつあるストライカーパックを装備する事で、あらゆる戦況に対応する事ができる。
しかし、それはそれとして、量産型主力機の他にも、旗機クラスのワンオフ機開発もまた、並行して行われている事だった。
今回のストームの開発も、その為の一環である。
機動力を上げるのは良い。先の南米戦争で使用したプロト・ストームも機動力の点ではなかなかのものだったが、ラキヤ自身はもっと高速を発揮できる機体でも、乗りこなせる自信があった。しかし実際に操縦して戦う側からすれば、機動力ばかりに目が行き、装備している武器の威力が低下するのはいただけなかった。
「それについては、こちらをご覧ください」
そう言うと技術官はパネルを操作して、別の画像を呼び出した。
今度は、何かの武器の画像である。
恐らくビームライフルの類と思われるが、銃身部分がかなり長いのが特徴である。ビームライフルの銃身というのは、そのまま粒子加速器の役割を持っている為、長ければ長い程、射程が長く減衰率も抑えられる。勿論、重量や取り回しの関係もある為、ただ長ければ良いと言う物でもないが。
見るからに長い銃身を持つ画像の中のライフルは、粒子が減衰しやすい大気圏内でもかなりの威力を発揮できるのではないかと思われた。
だが、驚くべきはまだ早かった。
技術官が更にパネルを操作すると、画像の中のライフルにも変化が生じた。
グリップ部分が後方に倒れて長さが倍近くに伸び、更に銃身も内筒部分が伸長される。
銃身下面部分から銃口に掛けてビームの刃が出現すると、それまでビームライフルに見えていた武器が、一瞬にして大型対艦刀に早変わりしていた。
「これはッ!?」
「驚かれましたか?」
ラキヤの反応を見て、技術官は面白そうに説明を続ける。
「ヴァリアブル複合兵装銃撃剣『レーヴァテイン』。今回開発されるストームの、メインウェポンになります。御覧の通り収縮状態ではライフルとして機能しますが、伸長すると接近戦用の対艦刀に変化します。つまり、これ一つで2種類の戦闘に使用できるわけです」
確かにこれなら、武器を多く持つ場合よりも重量軽減できるかもしれない。更に用兵の側から言わせてもらえば、砲撃戦と接近戦で武器を持ち変えなくても良い分、攻撃の切り替えにタイムロスも減らせるという利点もある。
「この他にも、小型改良されたドラグーンを6基搭載し、火力面を強化する案もあります」
「でも、僕はドラグーンを使う能力はありませんから、却って邪魔になると思います」
「その点を考慮し、現在インターフェイスの改良を急ピッチで行っていますが、これがなかなか・・・・・・・・・・・・」
技術官の説明を聞きながら、ラキヤはもう一度レーヴァテインの画像を見上げた。
この剣がもう少し早く完成していたら、自分は勝てたかもしれない。
そう浮かんだ考えを、ラキヤは即座に首を振って否定した。
問題は武器や機体の差ではない。
ラキヤ自身が、自分の中に守るべき物を全く持たない空虚な存在である事が、先の戦いにおける敗因だったのだ。
何かを背負う。何かを守る。あるいは何かを目指そうとする者は、それだけで常とは考えられないくらい強大な力を発揮するものである。
自分もいつか見付けられるだろうか? 心の底から渇望するくらい、熱い思いと言う物を。
そんな事を考えていた時だった。
ふと、自分を下から覗き込むように、誰かがジッと見詰めてきているのに気付いた。
視線を向けてみて、驚いた。不思議そうな眼差しをしてラキヤを見上げるようにしているのは、どこか儚げな印象を持った少女だったのだ。
肩までで切りそろえた金色の髪が特徴的な少女は、揺らぎの少ない瞳で、真っ直ぐにラキヤを見詰めていた。
何となく、綿毛のように、風に吹かれてフワフワとどこかに飛んで行ってしまいそうな雰囲気を持った少女だと感じる。
「・・・・・・えっと、君は?」
なぜ、こんな所に、こんな小さな少女がいるのか疑問だったラキヤは、少女にそう尋ねてみる。
それに対して少女は無言のまま、暫くジッとラキヤの顔を見詰めた後、首をかしげながら口を開いた。
「・・・・・・・・・・・・目」
「目?」
「怪我、したの?」
先程のラキヤの問いには答えず、少女はそんな事を尋ね返してくる。どうやら、ラキヤがサングラスで目元を覆っているのが気になっている様子だった。確かに、見る者が見れば、常時サングラスを外さないラキヤの事は奇異に見えるかもしれなかった。
それに対してラキヤが、何かを応えようとして口を開いた時だった。
「ステラ」
後ろから名前を呼ばれると、少女はラキヤから視線を外して振り返った。
釣られるようにして振り返るラキヤ。
そこで、思わずギョッとした。
目の前には地球軍の士官服を着た男性が立っている。それだけなら何の変哲もない事なのだが、なんとその人物は、頭の上半分を奇妙な形の仮面で覆っているのだ。
目元から鼻にかけての部分はほとんど見えない。僅かに口元だけを伺う事ができる程度である。
ラキヤ自身は会った事は無いが、ザフト軍の名将ラウ・ル・クルーゼも「仮面の男」と言う異名で呼ばれ、常時仮面を離さなかったと言う。その連合版だろうか? 何にしても異様である事だけは間違いなかった。
などとくだらない事を考えていると、
「ネオ!!」
ステラと呼ばれた少女が、嬉しそうに男に飛びついて行くのが見えた。
どこか、子供が大好きな父親を見付けて抱き着いていくような、そんな光景である。
駆け寄ってきた少女を抱きとめると、ネオと呼ばれた男は仮面越しにラキヤに向き直った。
「すまんな。お前さんが、ラキヤ・シュナイゼル大尉か?」
「そう、ですけど・・・・・・」
言ってからラキヤは、目の前に立った下面の男が付けている階級章が大佐の物である事に気付き、慌てて踵を揃えて敬礼した。
「失礼しました、閣下」
「ああ、良いって良いって、気にするな」
急に緊張した様子のラキヤに、ネオは苦笑を浮かべながらフランクな感じに制する。どうやら、この手の堅苦しい雰囲気はお断りな人物であるらしい。
何かと堅苦しさを重んじる傾向がある地球軍の中では、珍しい性格の人物である。
「第81独立機動群ファントムペイン大佐、ネオ・ロアノークだ。よろしくな」
第81独立機動群ファントムペイン。それは、地球軍の中でも特に恐れられている特殊部隊の名称である。少数精鋭主義で機動力に富み、更に他の部隊への命令権まで有している部隊で、主に潜入工作や要人暗殺等の特殊な任務をこなす事でも有名である。
実のところ、ラキヤも南米戦争での功績が認められ、後日、ストームの完成を待って、ファントムペインへの配属が決まっていた。と言う事は、このネオと言う仮面の男は、ラキヤの上官と言う事になる。
挨拶してから、ネオは何か訝るような顔つきでラキヤを見た。
「あの、何か?」
訝るラキヤ。どうにも、あの仮面越しに顔を覗かれるのは落ち着かなかった。
そんなラキヤに対して、ネオは探るような口調で尋ねた。
「お前さん、ひょっとしてどっかで会った事あるか?」
「いえ、初対面です」
そこだけは、淀み無く即答した。
と言うか、こんな怪しいマスクマンが知り合いにいたら堪った物ではなかった。もっとも、顔を隠していると言う時点で、ラキヤもネオの事をとやかく言えないのだが。
「ま、良いか。何にしても、これから宜しくな」
そう言って差し出されたネオの手を、ラキヤは恐る恐ると言った感じに握り返す。
そんな2人の様子を、ステラは嬉しそうに眺めていた。
Episode-11「そして運命は動き出す」 終わり