機動戦士ガンダムSEED 南天に輝く星   作:ファルクラム

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Episode-08「真実の戦い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 密林をかき分けて鉄騎が走る。

 

 兵器としての地位を確立し、戦争の道具として使用される事が日常的となったモビルスーツ。

 

 しかし今、アウトフレームはそうした用途とは真逆の、人命救助の為にひたすら走っていた。

 

 背中のバックホームには、2人の人物が収容されている。

 

 《切り裂きエド》ことエドワード・ハレルソンと、《乱れ桜》レナ・イメリア。

 

 先の戦いにおいて、エドが僅差でレナを降したものの、レナは最後の力を振り絞ってエドを銃撃した。

 

 結果、両者は事実上相打ちと言う形で戦いの幕引きとなった。

 

 そして現在、アウトフレームは重傷を負ったエドとレナをバックホームに乗せて、南米軍の拠点へと急いでいた。

 

 操縦はジェスが担当し、医療知識のあるカイトが2人の治療に当たっている。

 

 状況は芳しくない。

 

 一応、万が一の時に備えてアウトフレームには一通りの医療器具や、ある程度の重症者を治療できるだけの設備は搭載している。

 

 しかし、流石に瀕死の重傷を負った人間を助けるだけの設備は無い。

 

 いきおい、治療に当たっているカイトに負担が掛かってくる。

 

「気道確保!! レスピレーターにつなぐぞッ くそ、何だって俺がこんな事をしなきゃならん!?」

 

 愚痴を吐きながらも、適切に処置していくカイト。

 

 レナとエドは、二人並んでカイトの治療を受けている。

 

 レナはコックピットを破壊された時のショックで全身に裂傷を負っており、骨折も複数カ所ある。

 

 エドは銃弾で撃たれた。幸い急所は外れており、銃弾も貫通していたが出血はかなりに上る。

 

 2人とも予断の許されない状況である。

 

 しかも、アウトフレームが地を蹴るたびに、バックホームがひどく揺れる為、カイトは手元が狂って仕方が無かった。

 

「もっと静かに走れッ これじゃ止血もできんぞ!!」

 

 コックピットに向かって叫ぶカイト。急ぎたい気持ちは判るが、これでは応急処置すらままならない。

 

 だが、ジェスもまた2人を助けたい気持ちは強い。その急く思いが、自然とアウトフレームの足を速めてしまっている。

 

「何とか頼むぜ、カイトさんよ!! こんなところでエドを死なすんじゃないぞ!!」

 

 南米軍の拠点まで戻れば、後方の病院に2人を搬送する事もできる。それまで、何としても2人を死なせるわけにはいかなかった。

 

 だが、事態はジェス達が思っていた以上に深刻な方向に動いている。

 

 その事を、程なく思い知る事となった。

 

《警告 前方にMS反応》

 

 突如、ハチがけたたましい警報を鳴らした。

 

 ジェスの操縦に従い、急停止するアウトフレーム。

 

 その目の前には、複数のダガーLから成る地球軍の部隊が展開していた。

 

《止まれ!! 直ちにモビルスーツを停止し、パイロットは降りろ!!》

 

 隊長機と思われる、ソードストライカーを装備した105ダガーからの警告がスピーカーを通じて送られてきた。

 

 歯噛みするジェス。

 

 恐らく彼等は、レナが率いていたのとは別ルートから侵攻してきた部隊だろう。既に地球軍は南米大陸の奥深くまで侵攻してきている。中には前線で孤立している南米軍部隊もある程だ。

 

 アウトフレームの進路を塞いでいるのも、そうした地球軍の一部隊である。

 

 ジェスの中で、焦慮が増してくる。

 

 敵の数が多い。アウトフレームは作業用モビルスーツである為、純戦闘用モビルスーツであるダガーLや105ダガーが相手では、不利は否めなかった。加えて、バックホームのエドとレナの事もある。激しい動きは控えねばならない。

 

 だが、警告に素直に従って取り調べを受けている時間的余裕も無かった。

 

《どうする? 嘘をついて通るか?》

「いや、どんな事であろうと嘘はつきたくない」

 

 ハチの提案に対して、ジェスは首を横に振る。

 

 ジェスは真実を追求するジャーナリスト。真実のままに物事を捉え、真実のままに生きる事はジェスの信念であり行動原理である。故に、たとえどんな状況であっても、嘘を吐く事はジェスの矜持が許さなかった。

 

 故にジェスは、事実のみを武器に、この場を切り抜ける選択をした。

 

「こちらは報道関係の者だ。現在、けが人を運んでいる。通させてくれ!!」

 

 嘘は言っていない。ジェスが報道関係者である事は事実だし、けが人を運んでいるのも本当の事だ。ただこの場を切り抜ける為に、断片的な真実をつなぎ合わせただけである。

 

 地球軍にも人道を重んじる性格の者はいるはず。けが人を搬送している事を告げれば、道をあけてくれるかもしれないという希望もあった。

 

 だが、それは儚い幻想でしかなかった。

 

《けが人だと? 怪しい奴だ。じっくり調べてやる。降りろ!!》

 

 隊長が冷酷に告げる。

 

 彼等にとっては人道的な措置よりも、自分たちの任務の方が優先すべき問題であるという事だ。

 

 こうした考えを持つ者は、どこの軍でも珍しくは無い。「軍隊とは民間人を守るために存在する」という原則を忘れ、自分たちこそが至高の存在であると錯覚している軍人は、どこにでもいるものである。

 

「時間が無いんだ!!」

 

 こうしている間にも、2人の命は刻々とすり減っている。こんな所で押し問答している暇はジェスには無い。

 

《うるさい、言う通りにしろ!!》

 

 しかし隊長は聞く耳を持たず、威圧するようにアウトフレームに近付いて来る。

 

「ジェス、俺が相手になる。コックピット(そっち)に移るぞ!!」

 

 見かねたカイトが、叫ぶ。

 

 事こうなった以上、強行突破する以外に手段はない。そうなった場合、民間人のジェスよりも、戦闘職のカイトの方が操縦は適任である。

 

 しかし、

 

「ダメだカイト!! お前はエドたちの治療に専念してくれ!!」

 

 ジェスは頑なに告げる。

 

 操縦だけならジェスにもできるが、治療はカイトにしかできない。ここは多少効率が悪くても、ポジションを変えるべきではなかった。

 

 しかし、2人が問答を続けている内に、事態は更に悪い方向へと動いた。

 

《思い出したぞ、その機体ッ 貴様、南米軍のプロパガンダをしているカメラマンだな!!》

 

 アウトフレームを見た地球軍の隊員の1人に、ジェスの正体に気付かれてしまった。

 

 最悪である。これで、穏便に突破できる目は完全に無くなってしまった。

 

「違う!! 俺は見たままの事実を伝えただけだ!!」

《認めたな。こいつは敵だ!!》

 

 隊長はジェスの言い分には聞く耳持たず、そのままシュベルトゲベールを抜き放って斬り掛かろうとしてくる。

 

 次の瞬間、

 

 高空から、鋭い風切り音を上げて双翼が舞い降りてきた。

 

 アウトフレームを上空から護衛していたキラのエアリアルが、穏便な解決は不可能になったと判断して介入してきたのだ。

 

 ビームサーベルを一閃し、シュベルトゲベールを持った隊長機の右腕を斬り捨てるキラ。

 

 更に、とっさの事で対応が追いつかない隊長機を蹴り飛ばして、地球軍の隊列へと斬り込んで行く。

 

 突然の乱入者に驚いた地球軍は、とっさに対応できないでいる。

 

 その間に距離を詰めたキラは、ビームサーベルでダガーLの頭部を斬り飛ばし、更にアーマーシュナイダーを抜いて投擲、接近しようとしていたダガーLのカメラアイを潰す。

 

 圧倒的な戦闘力の差を見せ付けるキラ。

 

 しかし、その奮闘も長くは続かない。

 

 振り下ろされたシュベルトゲベールの一撃を、キラはシールドを翳して防御する。

 

《死ねェ!!》

 

 大剣の長大な刃を、辛うじて受け止めるエアリアル。しかし、その間に身動きを封じられてしまう。

 

 しかも、さらに深刻な事態が迫りつつあった。

 

「このままじゃ・・・・・・・・・・・・」

 

 呻くキラ。その視線は、手元のバッテリーゲージに向けられる。

 

 エアリアルの残存バッテリーは、残り3割弱。これまで節約して戦ってきたため、どうにか持ち堪えていたが、それもそろそろ限界だった。

 

「ジェス、逃げてッ このままじゃ!!」

 

 バッテリーが切れればエアリアルは動けなくなる。そうなれば、いかにキラであってもどうする事もできず、ただ嬲り殺されるのを待つしかない。

 

 しかも、地球軍は一隊でエアリアルを押さえ、その他の機体は再びアウトフレームへと近付いて行くのが見えた。

 

《くだらん報道をした報いだ。死ね!!》

「うわッ!?」

 

 振り下ろされたシュベルトゲベールに肩の装甲を削られながらも、辛うじて回避するジェス。

 

 しかし、もはや是非も無かった。

 

「ジェス、お前を死なすわけにはいかん!! 今、俺が・・・・・・」

「ダメだッ そこを動くな!!」

 

 コックピットの方に移ろうとするカイトを、ジェスはいつに無く強い口調で制する。

 

 ジェスにも判っている。自分よりもカイトが戦った方が、勝率は高いと言う事を。しかし自分達は戦う事が目的ではなく、エドとレナの命を救う事が目的だ。その為には、カイトには治療を続けて貰わなくてはならない。

 

「ここは俺が戦う。ハチ!!」

《OK!!》

 

 ジェスの意志に答えるように、ハチが動く。

 

 アウトフレームを通常モードからバトルモードへと移行、バッテリー供給を駆動系と腰のウェポンラックへと回す。

 

《サイドラックOPEN ビームサイン起動》

《各駆動系システム リミッター解除 ビームサインへのパワー充填243パーセント 使用限界まで947秒》

 

 ウェポンラックが開き、中から円筒状のグリップが姿を現す。

 

 ビームサーベルに似たそのグリップは、ビームサインと言う、通常ではビームにサインを施し、視覚信号用として用いる道具であるが、形状から見て分かる通り、出力を上げればビームサーベルと同じ使い方ができるのである。もっとも使用限界があり、フル出力で長く使い続ければ基部が破損する恐れもあるが、現状、アウトフレームにとっては数少ない「武器」である事は間違いない。

 

 両手にビームサインを構えるアウトフレーム。

 

 その姿は、キラの目にも見えた。

 

「ジェス、危ない!!」

 

 叫ぶキラ。

 

 しかし、地球軍はエアリアルの行く手を遮るようにして向かってくる為、救援に行く事も出来ない。

 

 その間にも、ジェスは慎重な動作でダガーLとの間合いを詰めていく。

 

「無茶だジェスッ お前に戦闘なんてできる筈が無い!!」

「俺が戦わなきゃ全員やられる。カイト、お前はエドを頼む」

 

 言われるまでも無く、ジェスだってできれば戦いたくは無い。しかし、この場はどうあっても戦わなくては切り抜けられない。

 

「相手は連合の正規軍なんだぞ!!」

「だからこそエドは渡せない!! 頼むカイト、治療を続けてくれ!!」

 

 その言葉に、とうとう根負けしたカイトは仕方なく、横たわるエドとレナへ向き直る。これ以上、言葉で説得する事は不可能と判断したのだ。

 

 ビームサインを構えたアウトフレームに対して、地球軍にも緊張が走る。

 

「投降しないつもりか!! 構わん、破壊しろ!!」

 

 言いながら、ダガーLがシュベルトゲベールを振り翳して斬り掛かってくる。

 

 対して、

 

「ハチ、サポート頼む!!」

《ガッテン!!》

 

 ハチの補助を受け、ジェスも動く。

 

 振り下ろされたシュベルトゲベールを、辛うじて回避するアウトフレーム。同時に、体勢を崩したダガーLに対してビームサインを振り下ろす。

 

 ぎこちない動きながら、真っ向から振り下ろされた信号用のビーム刃は、ダガーLの頭部を破壊する。

 

 だが、喝采を上げている暇はない。

 

 アウトフレームの背後からまわり込んだ別のダガーLが、シュベルトゲベールを振り下ろしてきたのだ。

 

「うわッ!?」

 

 とっさにビームサインを扇状に変化させるジェス。このような状態になると、ビームシールドのような役割をする事もできるのだ。

 

 振り下ろされた大剣の一撃を、辛うじてビームサインで受け止めるアウトフレーム。

 

 しかし衝撃までは殺す事ができない。

 

 大きく吹き飛ばされ、アウトフレームは地面に尻餅をついてしまう。

 

 そこへ、ダガーL2機が好機とばかりに斬り込んでくる。

 

《アンカー射出だ!!》

 

 ハチはとっさに判断すると、両ひざに装備した固定用の射出型アンカーを発射、不用意に近付いてきていたダガーL2機の、右肩と頭部を破壊して戦闘力を奪う。

 

 その間に体勢を立て直したアウトフレームはシールドモードのビームサインを構えて、地球軍の動きを牽制する。

 

その様子をキラは、ダガーLを斬り捨てながら見守っている。

 

 随分、危なっかしい戦い方である。予想していた事だがジェスの戦闘技術はお世辞にも高くない。何しろ、機体に武器を搭載する事にすら難色を示していたジェスである。ハチのサポートがあって、辛うじて戦えている状態である。

 

 幸い、地球軍はマニュアル想定外な戦い方をするアウトフレームに警戒心を抱き、攻めあぐねている様子である。今の内にどうにか、体勢を立て直す必要があった。

 

 その時だった。

 

 破壊された機体から脱出した地球軍のパイロットが、拳銃を撃っている光景が、アウトフレームの足元に見えた。

 

 勿論、その程度の攻撃では、アウトフレームに掠り傷一つ付ける事はできない。

 

 しかしどうやら、その兵士の表情を見るに、乗機を撃墜されて恐慌を来しているようだ。対人用の拳銃でアウトフレームを攻撃している点から見ても間違いない。

 

 あの兵士の事は、放っておいても何の脅威にもならないだろう。

 

 しかし、その様子を見たジェスは、何を思ったのかその場で踵を返すと、元来た道を戻り始めた。

 

 それを追いかけようとする地球軍。

 

 しかしジェスは追ってくる地球軍部隊に対して、バックホーム上部に装備したランチャーが起動すると、煙幕弾を発射して目くらましを掛けた。

 

 追撃を鈍らせる地球軍。

 

 その様子を見て、キラも動く。

 

 執拗に斬り掛かってくるダガーLを逆に蹴り飛ばすと、スラスターを噴射して上昇、地球軍の追撃を振り切ってアウトフレームを追った。

 

 一方、アウトフレームのコックピットでは、反対方向へと走り出したジェスの様子に、ハチが戸惑いを隠せない様子でいた。

 

《南米基地とは逆方向へ進行中!! 戻ってどうするんだ?》

 

 尋ねるハチに対して、ジェスは苦悩に満ちた表情で操縦桿を握り締める。

 

「・・・・・・・・・・・・俺は今まで何を見て来たんだ。モビルスーツと同じ視点で戦場を撮影する。そんな事に夢中になって、大事な事を忘れてしまっていたんじゃないのか・・・・・・」

 

 モビルスーツが世の中に普及した頃から、それに乗って戦場を取材する事はジェスの夢であった。新たな視点が齎す、新たな真実をカメラに収めれば、より多くの人々に真実を知ってもらう事ができるのではないか? そう考えており、今もその考えは揺らいではいない。

 

 しかし、アウトフレームに対して拳銃を向けてきた地球軍兵士の顔を見た瞬間、ジェスの中で「何かが違う」と言う叫び声が聞こえた。

 

 モビルスーツは兵器である。その力は、簡単に人の命を奪う事ができる。そしてそれは、非武装の作業用の機体であっても同じ事である。

 

 ジェスは自分が、モビルスーツと言う存在に夢中になり、「人間の立場に立ち、人間の視点で物事を見る」と言う、最も基本的な事を忘れてしまっていた事に気付いたのだ。

 

「俺がアウトフレーム(こいつ)ですべき事は、戦う事じゃない」

 

 真実を追いかけ、そして自分が得た真実を世界中の人々に伝える。それこそが、ジェスがアウトフレームを使ってする事である。

 

 だが、その為にも、「人としての視線」を忘れる事は許されなかった。

 

「おい、容態が良くない!! もう長くはもたないぞ!!」

 

 バックホームから、カイトの叫びが聞こえてくる。

 

 エドとレナは元々重症だった事に加えて、先程の戦闘のせいで容態の悪化が進行した可能性がある。もうこれ以上、余計な回り道をしている余裕はなかった。

 

《どうする? 元のルートに戻って、もう一度戦うか?》

「いや、もう戦いはごめんだ。何か方法は・・・・・・・・・・・・」

 

 ハチの問いに答えながら、ジェスは頭をフル回転させる。

 

 もう時間が無い。ここから最短で行けて、更に最新の治療が行える場所と言ったら・・・・・・

 

 程無くジェスは「そこ」の存在を思い出した。

 

「そうだハチ、目的地変更だ!!」

《どこへ?》

 

 言いながらジェスは、方向アウトフレームを転換させる。

 

 事は一刻を争う。

 

エドとレナ。2人の命を救うため、アウトフレームは密林をかき分けて急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザフト軍 南アメリカ非武装中立監視所D-3

 

 ザフトが自然保護条約と、中立地帯監視の為に南米大陸に設けた監視所である。ジェスは以前、ベルに呼び出される形でここを訪れていた。

 

 そこに今、アウトフレームとエアリアルは並んで駐機されていた。

 

 ジェスは南米軍の拠点まで戻る事は困難と考え、とっさに緊急避難的な措置として、中立のザフト軍に保護を求めたのである。

 

 幸いだったのは、ベルがまだ基地に滞在してくれていた事だった。

 

 顔見知りの彼女がいてくれたおかげで交渉はスムーズに行われ、ザフト軍は人道的な特別措置としてジェスの要請にこたえてくれた。

 

 ただちにバックホームからエドとレナが下ろされ、ジェス、キラ、カイト、ベルが見ている前でストレッチャーに乗せられ医務室へと搬送されていく。これから集中治療室に入り、手厚い治療を受ける事になる。

 

 南アメリカ以上に高い技術力を持つザフト軍なら、2人を任せても安心だった。

 

 だが、息を吐く暇はなかった。そこでジェス達は、ベルの口からとんでもない事を聞く事になったのだ。

 

「何だって!?」

 

 話を聞いて、大声を上げるジェス。

 

 ベルの説明によれば、アフリカ東部の都市ナイロビで行われていたプラントと地球連合間における和平交渉がいよいよ可決される見通しだとの事だった。

 

 後に「ユニウス条約」の名前で呼ばれる事になるこの和平案は、スカンジナビア王国外相リンデマンによって提出された講和案を元に交渉が行われた。その結果、両軍における軍縮、ザフト軍の地上からの撤退、中立地帯からの両軍の撤退等が盛り込まれている。

 

 だが、今最も重要な条文は「国境線を開戦前(CE70 4月1日)に戻す」と言う物である。

 

 これはつまりザフト軍も地球軍も、戦争中に獲得した地域から撤退する事を意味している。ただし例外的に、ザフト軍はカーペンタリア基地とジブラルタル基地だけは所有する事を認められていた。

 

 これにより南米もまた、地球軍の支配から脱して、元の独立国家に戻る事になるのだが・・・・・・

 

「それじゃあ、この独立戦争はどうなる!? エドのやって来た事は無意味だったのか!?」

 

 今回の和平成立は、南米人にとっては言わば「後出しジャンケン」に近い。今まで必死に戦ってきたのに、自分達が全く与り知らないところで可決された条約により、国が戻ってくるのだから。これでは、今までの奮闘も、仲間達の犠牲も全て無意味になってしまう。勿論、エドが成した事も含めてだ。

 

「そうね、でも独立は独立よ」

 

 ベルは淡々とした声で告げる。

 

 彼女個人としては、ジェスと心境は同じであるし、多少なりとも関わりを持った南米人に対して同情的な心境もある。

 

 しかしそれでも、ジャーナリストとしての使命を投げ出す事は無かった。

 

「これから私は、この事をニュースとして放送するわ。そして、ここでの戦いも終わる」

 

 冷たい和平。と言う言葉が、一瞬一同の脳裏によぎる。

 

 この戦いで犠牲になった全ての命と、残された者達の悲しみをも無視され、大国が自分達の都合だけで事を進めてしまった結果が、この南米の惨状である。

 

 しかし、

 

「・・・・・・それで、本当に戦争は終わるんでしょうか?」

 

 キラは、感じていた懸念を口にした。

 

 確かに和平交渉は成立した。双方ともに、銃を収める理由もできた。

 

 だが、どちらか一方が、銃を収める事を拒否したら? その時は、また戦いが続く事になる。

 

「キラの言うとおりだ。戦いは恐らく終わらない」

 

 後を引き継ぐように、カイトが口を開いた。

 

「連合政府が和平を決めたって、地球軍は素直に従うとは限らん。むしろ軍は条約締結までは南米軍に対して総攻撃を加え、武力を誇示する事になるだろう。勝ち取る戦果の得られない南米軍は士気を失い、次々と殲滅される事になるだろう」

 

 カイトの指摘は正鵠を射ていた。

 

 むしろ地球軍の攻撃は、これまで以上に激しさを増す可能性すらある。恐らく、南米人が二度と自分達に逆らう気が起きない程、徹底的な殲滅戦が展開される事になるだろう。

 

 そして折を見て再度、南米を地球連合の傘下に組み入れる事まで計算に入れている可能性すらあった。

 

 戦う気力を失った南米大陸は、地球軍の草刈り場と化す事になる。

 

「それでも私は、このニュースを伝える。ただ真実を伝える事が『報道の使命』だから」

 

 ベルは揺るがない決意と共に言い放つ。

 

 彼女もまた、真実を武器に戦うジャーナリストの1人。それ故に、真実を捻じ曲げる事は許されなかった。例えそれが、一方に対して不利になる真実であったとしてもだ。

 

 対して、ジェスはしばし黙考した後、目を開いた。

 

「判った、ベル。ただ、一つ頼みがある」

 

 そう告げるジェス。

 

 その瞳にもまた、強い意志の炎が宿っている。

 

 この状況下にあって、自分にしかできない戦いをする事を決断した男の目だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タイトルのロゴが画面に踊り、次いでメインキャスターがニュースの説明をする。

 

 世界的に放送されているプラント国営ニュース放送である。

 

 トップニュースは、今現在も砲火の応酬が行われている南米における紛争に関してである。

 

 そこで、現地に特派員として派遣されているキャスターに切り替わった。

 

《南米のベルナデット・ルルーです。我々の得た情報によりますと、ナイロビにて開催されていた停戦条約の骨子がまとまりました。この停戦決議案の条文には「コズミック・イラ70 4月1日以前の国境線に戻す」と言う物があります。これに伴いまして、ザフト軍は地球から撤退、地球軍も占領地を放棄する事になります。ですから、ここ南米でおこなわれている独立戦争は、何の意味も無くなってしまう事になります》

 

 それを聞いた瞬間、南米中に衝撃が走った事は言うまでも無かった。

 

 大半は、怨嗟の叫びである。

 

 なぜ、今頃になって?

 

 なぜ、もっと早くに・・・・・・

 

 そんな嗚咽に塗れた声が、南米の各地からもたらされる。

 

 この放送は、最前線で戦う兵士達も受信し、視聴している者が多数いる。

 

 そんな彼等に対して、更なる衝撃が齎される事になった。

 

《更に南米の英雄、「切り裂きエド」こと、エドワード・ハレルソン氏についてもお伝えする事があります。この件につきましては、現場に居合わせましたフリージャーナリストのジェス・リブルさんからお伝えします。リブルさん、お願いします》

 

 そう言うとベルは、カメラ映像の外で待機していたジェスへとマイクを渡す。

 

 次いでカメラのレンズが向けられると、ジェスは己の中にある全ての想いをこめて、カメラを真っ直ぐに見据えて語り出した。

 

《ジェス・リブルです。本日、地球軍のレナ・イメリアと交戦したエドは、これを打ち破ったものの、瀕死の重傷を負いました!! 現在、懸命の治療が行われていますが、未だに昏睡状態が続いています!!》

 

 英雄、堕つ

 

 その事実が齎した物は計り知れなかった。

 

 それは即ち、南米の支柱が折れた瞬間でもあり、逆に地球軍の士気は天をも焦がす勢いで燃え上がったことを意味する。

 

 地球軍にしてみれば、最大にして唯一とも言える障害がついに取り除かれたのだ。エドのいない南米軍など、恐れるに足りなかった。

 

 ジェスの言葉は、更に続く。

 

《南米軍の皆さん。各地ではまだ、激しい戦いが続けられています。地球軍は彼等の政治的な手段により、この戦いの意味を奪い去りました。なのになぜ、戦いをやめないのでしょう? それは彼等が支配者であろうとしているからです!!》

 

 ジェスが放送を続けている間にも、地球軍の攻撃は激しさを増していく。

 

 それに対して、士気が低下した南米軍は防戦すらままならない有様である。

 

 陸上ではバリーが、水中ではジェーンがそれぞれ奮戦してはいるが、それとて地球軍の大軍を前にしては無力に過ぎない。

 

 そんな彼等を救うため、ジェスもまた、真実と言う名の剣を手に戦い続ける。

 

《この放送を聞いている皆さん。エドは以前、こう言いました。「俺はただ、1人でも強大な敵と戦えることを示そうとしているだけだ」と。「その事に南米人が気付いてくれれば、それでいい」と》

 

 エドは語った。

 

 自分は南米の人々に奮起を促す事ができれば、それが良い。それこそが英雄の条件であり、それができれば自分はいなくなっても構わない、と。

 

《エドは傷つき倒れました。しかし、皆さんの中にも「エド」はいます!!》

 

 その意志を無駄にしない為、ジェスは叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《あなた方は1人じゃない。「南米の英雄」は、今もあなた方と共に戦っているんだ!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、

 

 今にも消えそうなくらいだった、弱々しく小さな炎は、

 

 強烈な追い風を受けて激しく燃え上がった。

 

 南米の英雄は1人じゃない。この国に住む全ての人々が「英雄」なのだ。

 

 その思いを胸に、強大な敵へと立ち向かっていく。

 

 南米人が、南米人の為に戦う戦争が、今この瞬間に始まったのだ。

 

 その様子を、キラはエアリアルのコックピットに座して眺めていた。

 

 既にエアリアルは、ザフト軍の整備兵の手によって入念に整備され、更にバッテリーや推進剤、武器の補給まで行ってくれた。

 

 本来なら中立のザフト軍が、南米軍の機体に補給を行うことなど許されない事なのだが、そこはそれ、「どうせ撤退するなら物資も持ち帰らなくてはならない。それなら荷物は軽い方が良い」と言う理屈の元、エアリアルに物資を回してくれたのだ。どのみち、ミサイルや推進剤と言った消耗品は、使い切ってしまえば証拠なんて残らないだろう。接近戦用の重斬刀は問題だが、これは使い終わった後、適当に処分しておこう。

 

 口利きをしてくれたベルには感謝しなくてはなるまい。彼女が居なくては、ザフト軍もここまで好意的にはしてくれなかったかもしれないのだ。

 

「それにしても・・・・・・・・・・・・」

 

 キラは操縦桿を握り締めながら、感慨にふけるように呟く。

 

 かつてはザフト軍の物だった機体が、今は元L4同盟軍のキラが操縦し、そして南米の独立を勝ち取る為に戦っている。

 

 運命とは、随分と数奇な物である。

 

 M1の設計者であるエリカ・シモンズは、地球軍の技術を流用して開発されたM1に対して「王道に背く者」と言う意味合いを込めて「アストレイ」と名付けたとか。

 

 そう考えれば、本来の用途から大きく外れた戦場に立つ、このエアリアルもまた「アストレイ」なのかもしれなかった。

 

 ジェスは己の役目を、見事に果たした。

 

 真実を武器に世界中の人間に呼びかけ、多くの者達を奮起させた。

 

 ならば、自分も行かねばならない。

 

 王道でない道を歩ききる為に。

 

 眦を上げるキラ。

 

 その視線の先には、ある意味、彼の故郷とも言うべき戦場が待っている。

 

 故に、もはやキラには、恐れるべき何物も存在しなかった。

 

「キラ・ヒビキ、エアリアル行きます!!」

 

 言い放つと同時に、スラスターを全開まで解き放つ。

 

 滑走する機体。

 

 翼を広げると同時に、鉄騎は天高く舞い上がった。

 

 

 

 

 

Episode-08「真実の戦い」      終わり

 

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