織斑一夏が試験会場でISを起動させなかったら 作:拙作製造機
高校受験の日、織斑一夏は間違ってIS学園の試験会場を訪れる。が、そこで彼は即座に気付いたのだ。
「あ、すみません。場所間違えました」
何しろ彼の目の前にあるのは女性しか使えないISと呼ばれるパワードスーツである。だからこそ自分が受けるべき学校の試験会場とは違うとすぐに理解出来たのだ。受付の女性も男性が入学するはずもないので少し苦笑しつつ「気にしないでいいわよ。試験、受かるといいわね」と彼を見送った。こうして織斑一夏は無事志望校の受験へ間に合い、藍越学園に合格する事が出来たのだった。
ここで本来ならば彼はISを起動させてしまうはずだが、一夏と受付女性の常識的判断によりその未来は回避される。これで一夏はISに関わる事なく一生を終える―――はずだった。だが、運命というものは残酷である。無事高校の入学式を終え、早々と帰宅した一夏が自宅で寛いでいると来客を告げる音が響く。
「はーい」
その声に反応がない。不思議に思って覗き穴を見ても誰もいない。悪戯か。そう思いつつも、一応玄関を開けて一夏は外を見回した。勿論誰もいない。やはり悪戯だったかと、そう結論付けてドアを閉めようとした時、ノブの部分に何か袋がかかっているのに気付いた。
「何だこれ?」
とりあえず回収し、見てみると袋に紙が貼り付いていて”束より愛を込めて”と書かれていた。中身は梱包された小さな箱。それだけで一夏は姉への贈り物だと判断した。袋から箱を出し、リビングへ戻ろうとしたその時、足を滑らせ箱を落としてしまう。
「やばっ!」
その衝撃で箱から中身が出てきたのだ。白い腕輪である。それを見て慌てて拾った瞬間、一夏の視界は一瞬光に包まれ、気付いた時には彼の周囲には何かのモニタが出現していた。
「な、何だ……?」
状況が理解出来ないまま、ただそれらを呆然と眺める一夏だったが、しばらくするとそれらは消える。白い装甲のようなものを纏った状態になった一夏を残して。彼は自分の姿をキョロキョロと見回し、状態を把握した後首を傾げた。
「これって……もしかしてISか?」
何度か見た事のある物に似てる気がする。そう判断した彼だったが、それが意味する事に気付いて思わず息を呑む。現在、ISは女性しか起動出来ないものである。それを男性の自分が起動したとなれば世界中大騒ぎになる。そして、それは一夏本人を調べたいと思わせるには十分過ぎる程の理由だ。無いと思いたいが、非人道的な事さえも行われるかもしれない。そこまで発想を飛躍させ、一夏は冗談ではないとばかりに首を細かに横へ振った。
「不味いっ! 早くこれを腕輪に戻さないと……っ!」
その言葉が届いたのか、展開されたISは見事に消えて元の腕輪へと戻った。安堵する一夏だったが、腕輪を箱へ戻した辺りである事に気付く。
「うげっ! もうこんな時間かよ……」
時刻は正午近く。彼の体も栄養補給を訴え始める頃だった。更に夕食の買い物もしなければならず、一夏は慌てて箱をリビングのテーブルに置いて鍵と財布などを持って家を出る。そしてこの日の夕方、帰宅した姉の千冬へ彼は箱を見せた。
「……束から?」
「うん。袋にはこんな物が貼ってあったから」
差し出したのはあの束直筆の文字が書かれた紙。それを見て千冬はため息を吐いて箱を開ける。と、そこで彼女はある事に気付く。箱が一度開けられた形跡を見つけたのだ。一夏もそれに気付いたのだろう。申し訳なさそうに事実を離す。
「ごめん。一度落としちゃってさ。その時に中身が出て」
「そうか。ならいい」
納得したとばかりに箱の中身を取り出し、千冬は表情をしかめた。彼女にはそれが何か一瞬で理解出来たのだろう。腕輪を手にしたまま千冬は立ち上がり自室へと向かった。その背を一夏は少しだけ不安そうに見送る。
「大丈夫かな?」
自室へと入った千冬は携帯を取り出しどこかへと電話をかける。するとコール音が鳴る瞬間に相手が出た。
『ハロハロ~、愛しの束ちゃんですよ~』
「どういうつもりだ。何故今更」
『だって、ちーちゃんがいけないんだよ? 中々束ちゃんの愛を受け取ってくれないからぁ』
「よく言う。これがお前の愛なら他の物は何だ? 怒りか憎しみか?」
『やだなぁ。そんな怖いものじゃないよぉ。で、どう? 気に入ってくれた?』
「まだ展開していない」
『あれ? 触った瞬間起動するようにしてあったんだけど……』
その束の発言に千冬は一夏の言っていた事を思い出し楽しそうに笑った。
「一夏が一度箱を落としたと言っていたからな。その衝撃で壊れたのかもしれんぞ?」
『む~っ、束ちゃんの創った物がそんな事で壊れる訳ないじゃないっ! プンプンッ!』
「とにかく、もう私にISは必要ない。二度とこういう物を送ってくるな。ではな」
『あっ! ちょ』
通話を強制的に終わらせ、千冬は腕輪を見つめる。起動させようにも何の反応も示さないそれに、彼女はどこか寂しそうで悲しそうな目を見せる。まるでそれを分かっていて尚諦めきれないような眼差しを。
―――やはり、か。束、お前でも無理なものは無理のようだな……。
翌日、一夏は千冬からあの腕輪を渡される。曰く、自分には必要のない物で持っていたくもないとの事。ならばと一夏はそれを譲り受け、ついでにと彼女へある質問をした。
「な、千冬姉」
「何だ?」
「もしさ、男でISを動かせる奴が出てきたらどうなるかな?」
「間違いなくモルモットだろう。表向きは持て囃して、実状はそれになるはずだ」
即答。それに一夏は思わず息を呑む。そんな質問をしてきた事に千冬は内心疑問を持つが、おそらく彼も腕輪がISであると読んでいるのだろうと思って勝手に納得していた。一夏はまだ年頃らしい未熟な部分がある。腕輪を自分が起動出来たらと考えたのだろうと判断したのだ。
「馬鹿な事を考えてないで支度をしろ。私の弟として遅刻は許さん」
「分かってる。じゃ、千冬姉、行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
千冬を見送り、一夏は腕輪をじっと見つめた。
「……俺だけの秘密にしよう」
決して口外したりするものか。そう心に誓い、一夏は腕輪を自室へ置いて登校の準備を整える。こうして彼の人生は平穏無事に過ぎていく―――かに思われた。
それから一月近くが経過したある日、一夏は予期せぬ来客を迎える事となり、それが彼の人生を大きく狂わせる事となる。
「やっほ~、束さんだよ」
「……束さん? どうして」
「うん、ちーちゃんに贈ったISが起動しなかったって聞いてさ。原因を突き止めようとしたんだけど、遠隔じゃ出来る事に限度があってさぁ」
言いながら玄関口へ上がり、そのまま迷いなく二階の一夏の部屋へと向かう束。その傍若無人さに懐かしさを感じつつ、一夏は彼女を追い駆けた。だが、彼が追いついた時にはもう腕輪は彼女の手の中だったのだ。しかも、その周囲には何故か複数の空間モニタが浮かんでいた。
「あ、あの……束さん?」
「ごめんねいっくん。今ちょ~っと忙しいから話はあとあと」
「えっと……」
「おやぁ? 起動した形跡があるね。でも、ちーちゃんがそんなくだらない嘘を言うとは思えないし……」
聞こえてくる束の分析に内心で冷や汗を滝のように流し、心臓は早鐘のようなリズムで動いている。
「あれ? もうファーストシフトまで完了してる……? ん~? これは……」
「ど、どうしたんですか?」
束でも男性の自分が起動出来るとは思っていないはずだ。そう願って一夏は問いかける。すると、束はその手を止めて彼へ振り返った。
―――いっくん、何で君がIS起動出来てるのかなぁ?
間違いなく一夏の心臓を鷲掴みにする言葉だった。彼の願いは無残にも砕かれ、よりにもよってISの生みの親に異常性を知られてしまったのだ。どうするかと迷う彼へ、束はニコニコと微笑みを向けていた。
「そのですね、俺もどうしてかまったく分からないと言いますか」
「うんうん。そうだよね。束さんでさえ正直疑問の嵐だよ。だからいっくん、束さんと一緒に来なさい」
「へ?」
「そうと決まれば善は急げ。いっくん、ぱっぱっと準備して。ちーちゃんには束さんから言っといってあげるから」
勝手に彼の返事を決めつけるような束に一夏は反論しようとするが、その言葉は出せずに終わる。何故なら……。
―――束さん以外だといっくんがいっくんでいられなくなるよ?
これ程までに強烈な一言はないだろう。以前千冬から言われた言葉もあって、彼は何も言えないまま静々と荷造りを始めたのだ。そんな彼へ束はこう付け加えた。
―――もし原因や理由が分かったら、ちゃんと処置していっくんがISを起動出来ないようにしてあげるって。
その一言で彼のテンションは上昇。こうして織斑一夏は一枚の書置きを残して家を出る事となった。彼は知らない。この自分の行動でどれだけの人間が人生を変えられているかを。そして、彼自身の人生さえも多くの出会いが変化してしまっている事にも。
「じゃ、ついて来ていっくん」
「は、はいっ!」
ちゃんと鍵を閉め、束の後を追う一夏。その前途は……お世辞にも明るいとは言えない。