織斑一夏が試験会場でISを起動させなかったら 作:拙作製造機
「束さん、ご飯出来ましたよ?」
「おー、今行くからちょっと待っててねぇ」
一夏の声に笑みを浮かべながら凄まじい速度でタイピングをする束。彼女はあれ以来文字通り寝る間も惜しんで一夏とISの関係を調べている。だが、何故かその目の下にあるはずの隈は薄れ始めていた。それは、彼の言葉に答えがあった。
「ダメです。すぐに来てください。それと、今日も九時には寝る支度してくださいね」
そう、一夏が束の生活リズムを管理するようになったからである。この束の移動ラボへ来た初日、一夏は絶句したのだ。何故なら束がまったくと言っていい程寝なかったからだ。そこで彼も気付いたのだ。彼女の隈の原因がそこにある事に。結果、彼は千冬に躾けられたように、束へも規則正しい生活を送るよう矯正を始めたという訳である。
「え~? ご飯はいいけど寝るのは」
「ダメですよ。せっかく束さんも美人なんですから。その隈、無くしたいんです。もっと綺麗になりますし」
さらりと告げられるのはどう聞いても口説き。きっとこれが束の目に入れても痛くない妹であれば、赤面した後に文句を言うなり黙り込むなり走り去るなりと様々な反応を見せた事だろう。だが、束はそういう意味で一夏との相性が良かった。彼女はごく自然に笑みを浮かべるだけだったのだ。
「仕方ないなぁ。いっくんにそう言われたら束さんも弱いよ」
「じゃ、座ってください」
「は~い」
まるで母親と子供である。まぁ、性別や年齢で考えれば逆なので、家事の出来ない姉と家事が得意になってしまった弟が一番しっくりくる表現だろう。こうして二人は揃って食事を始め、他愛ない会話をしながら食べ進む。それは、実は束にとっては新鮮な時間だった。無論誰かと食べる事ではなく、会話をしながら食事する事がだ。
「いやぁ、束さんも今まで色んな事をしてきたと思ってたけど、こんな時間は初めてだよ」
「何がです?」
「ん? 会話しながら食べる事。ほーきちゃんもちーちゃんも何故かあまり会話してくんないからさ」
そう、妹である箒も友人である千冬も礼儀作法には煩い性格である。よって、それよりは砕けている一夏との時間は、束としても中々得難い時間であった。
「ああ、箒も千冬姉も物を口に入れて喋るなって言いますし、そもそも食事中に喋る事自体好きじゃなさそう」
「そーそー。その点、いっくんは話が分かるよねー。束さんは感激してるよ」
「大げさですから。とりあえず、お代わりいります?」
「いるいるぅ! 大盛りでよろしくね」
笑顔で茶碗を差し出す束を見て、これが世界でもっとも欲しがられている人物とは……と思う一夏。むしろ、束の偉業をあまりその目で見ていないためか、どちらかと言うとダメな人のイメージが強いぐらいだった。だからこそ、彼を束は特別視するのかもしれない。常人とは違う自分を他の存在と同じように扱える心。それが束が一夏を気に入っている理由の一つであろう。
こうして食事を終え、束は再び分析作業へと戻る。一夏はその間移動式ラボの掃除や束の出した衣服の洗濯などの家事をする。束の仕事に対する彼なりの報酬であり、また滞在費用の対価であった。
「で、どうですか? 原因、分かりそうです?」
「ん~……どうやらいっくんの遺伝子情報が原因みたい」
「遺伝子?」
「そ。ほら、いっくんの遺伝子に近くてISと切っても切り離せない存在がいるじゃん?」
「ああ、千冬姉」
そこで一夏も束が言っている意味を少しであるが理解出来た。自分の遺伝子と千冬の遺伝子は姉弟なのだから似ていて当然。それをISが千冬と誤認した。そう考えたのだ。だが、それだけではどうして起動出来るかの説明には不十分。
「あの、束さん」
「わかってるって。何でちーちゃんと間違える事でISが起動出来るのかでしょ? それはぁ……」
まるで何か悪戯を仕掛ける時の子供のような表情で束は手元のパネルを操作し、彼の眼前にある映像を表示させる。それは白いISがミサイルを迎撃している様子だった。俗に言う白騎士事件というものだ。それを見て一夏は表情を変えた。何も映像から何かを気付いた訳ではない。この会話の流れでその映像が出てきた事で何かを察したのだ。
「まさかっ!?」
「そう。これはちーちゃん。で、世界最初のISはちーちゃんが起動させたの。その基本データを全てのコアは流用してる。だから男が起動させようとしても、コアが勝手に判断してるんだろうね。これは絶対ちーちゃんじゃないって。分かる? つまり、真実はISを起動させられるのは女じゃない。ちーちゃんと同じ情報を持つ遺伝子しか起動出来ないんだ。他の女ならその女である事で、いっくんならちーちゃんに似てる事で。現状を考えるとこういうのが妥当かな?」
衝撃だった。色々な事が一夏の頭を過ぎり、処理能力を超えようとしていた。姉が最初のIS起動者である事。その姉が白騎士であった事。全てのISコアは千冬のデータを流用しているため、遺伝子が似ている自分にも起動出来た事。全てが理解出来て納得出来てしまったためだ。
「じゃ、じゃあ俺がISを使えなくするには……」
「全コアの起動関係データの修正が必要かなぁ。今専用機って言われてるのでさえ、情報としてはちーちゃんにより近いいっくんを優先する可能性あるからね。さすがにいっくんの遺伝子情報を操作するのは気が引けるし」
最後の不穏な言葉に一夏は思わず唾を飲む。束は気が引けると表現した。それは裏を返せば出来るという事である。それよりも一夏には最初の言葉も気になっていた。勿論、そんな事が可能かという疑問ではなく可能なのかという驚きで。
「全コアのって……」
「いっくん? 目の前にいるお方をどなたと心得るかなぁ。恐れ多くもISの開発者にして今もその分野のトップを走る束さんだよ? 全コアの把握や修正なんてかるーいかるーい」
「すげぇ……」
心の底から一夏は感心していた。世界中にある全てのISコアを把握するだけでも大変そうなのに、更にそれらへ手を出す事も出来るのだ。これを驚かずして何を驚こう。目を見開いて驚く一夏を見て満足そうに束は笑うと、何度か手をわきわきと動かした。全コアの修正をやろうというのである。
「んじゃ、さくっとやっちゃいますかぁ」
「っ?! ちょ、ちょっと待ったっ!」
「ほえ?」
まさかの待ったコールに束が後ろを振り返る。そこには顔面蒼白で右手を突き出している一夏の姿があった。
「どしたの?」
「そ、それって、下手したらISが誰にも起動出来ないとかなりません?」
「誰にもは言い過ぎだけど、まぁ、全部のISが初期設定になるだろうから混乱は起きるね」
「それじゃダメですよ。この世界はISで動いてる部分もあるんです。それがいきなり変わったら大変な事になりますって」
「男でもISが起動出来るようになって楽しくなるんじゃない? それに、いっくんのためなら世界なんかどうでもいいよ」
「いやいやっ! 俺のためにこそ世界を大事にしてくださいよっ! それが原因で戦争とか起きたらどうするんですかっ!」
価値観が違い過ぎる二人だからこそのすれ違いである。自分よりも世界の一夏と、世界よりも一夏の束。だが、こうなればどちらが折れるかは火を見るより明らかだった。一度決めたら動かない一夏とそんな彼を世界より大事にする束。なら、譲るのは彼女の方だ。
「……分かったよ。いっくんのその顔、意固地になったちーちゃんそっくりだもん。今回は束さんが折れてあげるね」
「ありがとうございます、束さん」
「いいよいいよ。でも、そうなるといっくんのお願いは叶えてあげられないかも」
「うっ……そうですね」
唯一にして絶対の方法は実行出来ない。すれば確実に白騎士事件以上の混乱が起きるからだ。と、そこで一夏がある事を思い付いた。ISを起動出来なくするのが無理なら、起動してもばれないようにすればいいと。
「あの、束さん」
「ん?」
「こういう事って出来ます?」
一夏から告げられた内容は、束にとってはまったくなかった発想であった。それはそうだろう。彼女はISを自分の発明品として考えているが、今の一夏にとっては面倒事の塊。だから排除する方向での思考が出来るからだ。
「……うん、いっくんのそれは中々面白いアイディアだよ。束さんも目から鱗」
「そ、そうですか?」
「ホントホント。じゃ、その腕輪貸して。それをいっくんの望む形にしてあげるよ」
「っ! よろしくお願いしますっ!」
こうして束の手により、一夏は専用機とも言えるISを持つ事となった。それは、展開しても装甲も武装も何も出現させないIS。ただし、起動条件は彼が他のISを起動させてしまいそうになった時。アンチIS用ISというものだった。待機状態も束によって腕輪から目立たぬようミサンガ状へ変わり、これで一夏の不安は解消された。
「これで帰れる……」
「え? どうして?」
ミサンガ状になったISを見つめ、安堵の息を吐く一夏へ束は心からの疑問符を浮かべて問いかけた。その声に一夏は込み上げてくる不安を抑えつつ振り返った。
「どうしてって……それは俺の台詞ですけど」
「いっくん、このラボがどういうものか教えたよね? これ、移動してるの。だからそう簡単にちーちゃんのとこへは帰れないよ?」
「そ、そんなぁぁぁぁぁぁっ!」
ラボの中に一夏の絶叫がコダマする。一夏の受難の日々は、まだ始まったばかり……。
これが自分なりの一夏だけが男性でもISを使える理由です。後は、無理矢理設定するなら誘拐された時に怪しげな薬かナノマシンでも使われたとか?