織斑一夏が試験会場でISを起動させなかったら 作:拙作製造機
それと、次回で終わり。起承転結な感じで考えているもので。
アンチISが完成して既に三日。未だに一夏は移動式ラボの中にいた。あれから何度か家に帰してくれるよう頼んではいるのだが、束自身の事もあり中々それは実現に至っていない。それと、もう一つ一夏が帰れない理由がある。それは、束の生活の事だ。あまり睡眠を取ろうとしない事に始まり、食事も作るのは面倒だからとサプリで済ませようとするなど、世話焼きの一夏としては見過ごせない生活をしているのだ。
「束さんって、本当に不思議ですよね」
「ほえ?」
一夏の声に振り向きつつも、手は止まらない束に彼はもう驚きもしない。見慣れたのだ。
「下着ですよ。千冬姉だって一番最初だけは少し恥ずかしがってましたよ?」
「あー、そういう事。だって束さんはいっくんになら見られても平気だし?」
「……納得です」
男として意識されていない。そう一夏は判断した。だが、束はその勘違いに気付いて是正するように告げる。
「違うよいっくん。束さんはね、いっくんだから見せられるの。他の男なら良くて失明、悪ければこの世とさよならさせるから」
「えっと……」
「束さんが男として許すのはいっくんだけって事。分かった?」
「……はい」
「ん」
にっこり笑顔で言われ、一夏もようやく分かった。むしろ男として意識してくれているからこそ、自分だけにしか見せないのだと。初めて明確に姉以外の女性から向けられる好意に、彼は胸の高鳴りを感じていた。
(た、束さんが俺を意識してくれてる? しかも、下着を見せてもいいって……つまり……)
彼も高校一年の健全な男子である。そういう欲求が皆無な訳ではない。であるなら、束のような愛らしい美女から世の男性が向けられない好意を示されればどうなるか。答えは簡単。悶々とするのだ。口には出せないあんな事やこんな事。それをしてもいいのかと、そう妄想しても仕方ない事である。何せ、束は見かけだけなら文句なしの美少女然としているのだから。
そんな風に動かなくなった一夏を見て、束は不思議そうに小首を傾げる。彼女は致命的なまでに他者の心情を理解する事が下手である。だからこその天才性なのかもしれないが、そういう意味では一夏に似ているとも言えた。
(いっくん、どうしたんだろ? 急に動かなくなっちゃったや。何か気になる事でもあったかな?)
自分の言った事がどういう効果を一夏へ与えるか。それを彼女は分かっていないのだ。良くも悪くも本音で生きる束にとって、自分の発言で誰がどう思うかなどどうでもいいのだろう。あるいは、数人の大切な人達さえ傍にいてくれたり、自分を相手してくれればそれで。
「あ、あの束さん?」
「ん?」
「さっきのって、俺を……その、異性として好きって事ですか?」
「もちのろんだよ。じゃなきゃここまで束さんが関わる訳ないじゃん」
「じゃ、じゃあ……」
思い切って束の本音を聞こう。そう思った矢先、彼女が急に胸元へ手を入れた。豊かな乳房が揺れ、思わず一夏が唾を飲む。束が取り出したのは携帯であった。ただし、どう見ても既製品ではない。おそらく自作だろうと一夏は読んだ。
「はいはーい」
『束か。一夏は、愚弟はいるな』
「おー、ちーちゃん。うんうん、いるよ~。代わる?」
『頼む』
「ん。はい、いっくん」
差し出された携帯を見つめ、一夏は少しだけ怖がりながらそれを受け取る。
「もしもし」
『この馬鹿者……と、言いたいが事情はあの書置きで理解した。それで、どうなのだ?』
「あ、えっと……束さんのおかげでもうISの事は大丈夫」
『そうか。ん? ISの事は?』
「実は、ちょっと別の問題が出てきてさ。そっちを解決出来たら絶対帰るから」
「あれ? 他に何か問題あった?」
一夏の言葉に心底不思議そうな顔を見せる束だったが、その瞬間彼は慌てるように通話を終わらせる方向へ舵を切った。
「そ、そういう訳だからさ。ごめんな千冬姉! また連絡するっ!」
『おい、一夏っ!』
強引に通話を終了し、携帯を束へと返す一夏だったが、その視線は彼女の豊かな胸元へ注がれている。
「ありがとうございました」
「何の何の。でもいいの? ちーちゃん、怒ってなかった?」
「怒る前に切ったんで」
「おおっ、いっくんやるねぇ。それ、絶対ちーちゃんが後で激怒するやつだよ」
「構わないです。その、まずは束さんの方を片付けないといけないんで」
「ほえ?」
今の一夏にとっては、千冬への言い訳や説明よりも束の本心を確かめる方が大事だった。もし自分の予想通りであれば、彼もそれ相応の覚悟を決めねばならないのだ。それだけ篠ノ之束という女性はその存在が重いのだから。
「その、さっきの」
「ごめーん、また電話だ。もしもし?」
だが、そんな少年を嘲笑うかのように邪魔が入る。と、今度は彼も久しぶりに聞く名前だった。
『どういう事ですか! 何故一夏が貴女のところに!』
「ほーきちゃん、落ち着いて。それ、ちーちゃんから聞いたの?」
『それ以外に誰から聞けますか! 私ならば貴女と連絡出来るだろうと言われたんです!』
聞こえてきた声は遠い記憶の中にあった少女に近いもの。少年の中で思い出される幼い頃の思い出。黒髪で男勝りで、だけど可愛く、リボンを上げたら喜んでくれた存在。
「箒、なんですか?」
『っ!? 一夏? 一夏なのか? 本当にそこにいるのか!?』
「ほーきちゃんったら喜び過ぎ」
『一夏っ! 一夏ぁ!』
「あらら、聞こえてないみたい。仕方ないなぁ。はい、いっくん」
差し出される携帯を受け取り、少年は姉の時とは違う緊張感を覚えていた。それは何も彼女を意識してではない。いや、ある意味では意識しているのだろう。ただ、残念ながらそれは電話の相手である少女が望んでいるものとは違うものであったが。
「箒?」
『一夏……何故お前があの人と一緒にいる?』
「その、実は俺、ISが起動出来たんだ」
間違いなく少女が息を呑んだ。その意味する事に気付いたのだろう。そして、それをどうにか出来る存在にも。そういう意味で少女は聡明であった。あの姉ありてこの妹ありである。
『……そうか。納得せざるを得ないな。それで、どうにか出来そうなのか?』
「あ、ああ。ISに関しては束さんのおかげで何とかなったんだ」
そこで一夏は視線を束へ向ける。彼女は笑顔でVサインを向けていた。その愛らしさに一夏が小さく笑みを浮かべる。
『さすがは開発者と言うところか。で、ならば何故まだその人といる?』
「それなんだけどさ。箒、一つだけ教えて欲しい事があるんだ」
『何だ?』
「その、束さんの事嫌いなのか?」
沈黙。それが何よりの答えであった。一夏はそれだけで箒と束の姉妹に何か大きな問題がある事を理解した。そして、おそらくISに端を発する事だろうとも。
「すまない箒。今のは忘れてくれ」
『いや、いいんだ。お前はそういう意味で変わっていないとよく分かった。ある意味安心した』
「そうか。えっと……」
『あの人には代わらなくていい。一夏、早めに自宅へ戻れ。あまり千冬さんを心配させるな』
「……ああ、分かってる。ありがとな、箒」
『っ……気にするな。ではな』
最後に柔らかな声を返してくれた箒に嬉しく思いつつ、一夏は携帯を束へと渡す。それを受け取り、束は一夏を見つめた。どこか拗ねた表情で。
「えっと……?」
「ほーきちゃん、やっぱりいっくんの方が好きなんだ。ズルいなぁ、いっくんは。ちーちゃんもほーきちゃんもいっくんばっかり」
「あ、その」
拗ねている。それはもう完全なまでに拗ねている。大切な妹と親友。両方から思われている一夏へ束は嫉妬していた。いかな天才と言えど、人の気持ちまでは好きに出来ない。いや、仮に出来たとしてもそんな風に得た気持ちなど束はいらないのだ。
拗ねた束を可愛く思って狼狽える一夏。そんな彼を見て束は少しだけ溜飲を下げるように表情を緩めた。その笑顔がとても可愛く見え、一夏の胸を高鳴らせる。束は関心のない相手には本当に冷たい。一夏が知る限りでも、彼女は本当に数える程の相手としか接していなかった。その一人が一夏の姉であり、もう一人が彼の幼馴染の少女。つまり、束が笑顔を見せる男は彼しかいない。その事実が、一夏の心を騒がせる。これ程男冥利に尽きる話もないだろう。何があっても、束は自分にしか好意を向けないし抱かないのだ。
「どうしたのいっくん。束さんの美貌にメロメロになっちゃったかなぁ?」
「……だとしたらどうします?」
気が付けば彼はそんな事を言っていた。他愛のない冗談ではない。声は本気そのものの真剣なもので、表情さえもそれに相応しいものだった。束は突然の一夏の変化に目を何度か瞬きさせると、嬉しそうに笑顔を浮かべて答える。
―――嬉しいに決まってるじゃん。いっくんが束さんに夢中になってくれたら、もう世界に敵なしだよ。ま、元々いないんだけどね。
心からそう告げる彼女を、彼は綺麗だと思った。その笑顔を向けられる男性が世界に自分しかいない事を思い、嬉しく思った。気付けば彼は彼女を抱き締めていた。
「……どうしたの、いっくん。心音早いよ?」
「束さんもです」
「…………だね」
生まれて初めて篠ノ之束は理解出来ない事に直面していた。異性に抱き締められる事も初めてだが、何よりも自身が何故鼓動を早くしているのかが分からないのだ。恋。その名で呼ばれる感情の動きを、これまで彼女は経験してこなかったからと言える。当然だ。何せ実の父にさえある時期を境に興味を示さず、一夏以外の男性とは関わってこなかったと言っても過言ではないのだから。
(これはいっくんに抱き締められてるから、だね。でも、どうしてそれで脈拍が早くなるかな? うーん……ま、いいか。今はこのあったかさに埋もれていたい……)
人並み外れた才能は、時に孤独と孤立へ繋がる。特にそれを隠す事もしてこなかった束は顕著にそうなった。しかし、それも無理もないと言えなくもないのだ。両親は束の才能を理解しようともせず、それどころかどこか厄介事のように扱い、周囲も裏表なく生きる彼女を遠巻きにしたり、あるいは露骨に排除しようとした。そんな彼女が物心ついてはっきりと感じる異性の温もりなのだ。
「束さん、俺、決めました」
「……何を?」
「束さんを普通の人にして見せます。国際手配なんて解除させて、俺や千冬姉と一緒に暮らせるように」
一夏の胸に顔を埋めながら、束は彼の発言に呆気に取られていた。彼女は手配されている事を何とも思っていない。会おうと思えば千冬にも箒にも会えるからだ。だけど、それは束本人の感覚だ。一夏にとってはそうではないし、そもそもそんな事を知らないのだ。呆気に取られてる束を余所に、一夏は熱っぽく語る。
「束さんが追われてるのって、ISのコア絡みなんですよね? なら、この前の話みたいに交渉したら何とか出来るんじゃないですか? もしそれが嫌なら、俺の事を材料に取引します。俺がISを動かせるってなったら、世界はきっと俺の事を調べたがると思いますし」
「いっくんはダメ。それだけは絶対させない」
少年の覚悟と決意は、天才の思考を動かした。彼女には分かったのだ。どうして自分が興奮してるかではなく、何故少年がそんな事を言い出したかではあったが。
「束さん……」
「いっくんが束さんをほーきちゃんやちーちゃんにいつでも会えるように、ううん一緒に暮らせるようにしたいって気持ちは分かったよ。なら、束さんはそれだけでじゅーぶん。それに、束さんとしてはいっくんが傍にずっといてくれる方が嬉しいなぁ」
本音。建前のない本心そのものである。一夏は束が女性として言っていると思っていたが、どちらかと言えば彼女は人として言っていた。だが、このすれ違いこそが良かったのだろう。この日、一夏は束の携帯から千冬の携帯へ一通のメールを送っている。
―――束さんに逆プロポーズされたので、もうしばらく帰れない。
織斑千冬が大いに荒れたのは言うまでもない。
おそらく原作で一番愛情に飢えているのは束で間違いないでしょう。愛情をちゃんと知らないからこそ、その向け方が極端なんだと思っています。
原作での一夏や箒、千冬に対する彼女の接し方は、自分がされたい接し方なのではないかなと推察していますので。