・『TS転生少女の冬のお話』
物腰は柔らかく、どこか静かなものを秘めた
現代の小学生らしからぬ、どこか穏やかな、見方によっては世界をどこか俯瞰的に見るような退廃的とも言える雰囲気を纏う少女。
彼女は数多の葛藤の末に相棒としたみずいろのランドセルを背負い、歩みを進めている。
TS転生少女、現在小学生。
季節は二月半ば。
未だ吹き付ける朝の冷たい風が少女を打ち、その身を震わせている。
「……なんだこの生き物」
どこか呆れたような、溜息とともに吐き出される言葉。
言葉の主こと、彼女の相方である少年は共に登校するために自宅の前で忠犬のごとく少年を待っていた少女をどこか冷たい目で眺めている。
「わたしのあらたな、登校ふぉぅむ」
だが、やや眠たげな目をした少女は少年の嘲るような視線に負けることはなかった。
両の腕を水平に伸ばし、どやぁ、と自信満々の笑みを浮かべる。
伸ばされた腕、といっても掌どころか指の先から垂れ下がるのはコートの袖であった。
ドヤ顔の少女が身に纏うのは成人男性用のメンズコートであろう、と少年はあたりを付けたし、事実それは間違っていない。
それなりにモノが良いものなのか、恐らくは彼女の父親のものであろう紺色のどこか品の良さを感じさせるはずの男性用のビジネスコートの袖はぶかぶかどころか指先からも零れ落ちているし、丈に至っては彼女の身に着けたスカートを完全に隠して、少女の膝下まで届いている。
もはやコートを羽織っているというよりもコートを巻き付けているような有様であった。
「なんでそんな珍妙な恰好してるんです?」
「さむいっ!」
「ド直球」
「女性は体温保つきのうが高いって、うそ。ほんとでも、その分の薄着でちょうまいなす。すくなくとも、わたしはしんじない」
「お分かり頂けましたか」
少年は
あと十年彼女だか彼だかっぽいのがそれに早く気付くことが出来ていたらと思わないこともないが、だからといってそれで
「この身をさくようなさむさ。わたしはかんがえた」
「ほう」
尚も自信ありげに語る少女へと適当に相槌を打つ少年。
その目は相も変わらず胡乱げだ。
「袖あまりのおんなのこはかわいい」
「せやろか」
「つまり、わたしの袖があまるとかわいい」
「清々しいまでの自画自賛」
「わたし、両親ゆずりの造形にだけはぜったいの自信がある」
基本的に謙遜というものを好まない少女は少年の前では滅多に冗談すら言わない、小ざっぱりとした生き物であった。
「中身も好きだよ」
「…………そ、……そう。……ありがと」
少女は一瞬だけ体を強張らせ、逃れるようにわずかに視線を逸らした。少しだけ頬が緩んでいるあたり照れているのだろう。朝からよいものを見た、と少年もまた小さく笑みを浮かべた。
意図せず弛緩してしまった空気を振り払うように少女は小さく咳払いをする。
「つまり、今のわたしはかわいいと、あたたかいを両立した存在。あなたもついでにわたしに萌えていい」
「本人に許可されると素直に萌えられないんですが」
「わたし、本人だけど萌えられる」
「上級者かな?」
「わたし、これでもようやくまだのぼりはじめたばかりだから」
「でも、男坂からは確実に転げ落ちましたよね」
「……わたし、人生の落伍者」
「落伍して隣のレーンに落っこちた感じですよね」
「ぐう悲しい」
遠い目でどこか彼方へと視線を向ける少女。
哀愁を漂わせる女子小学生の背中という大変貴重な姿を目撃した少年は放っておけばそこいらの電柱に引っ掛けて勝手に転びそうな、その駄々余りの袖を引っ張って少女を自宅に引きずり込むと少女のコートを引ん剥き、変わりに自分の予備のコートを着せた。
マーキングとか匂い付けとかそういう意思は一切ない。多分。
◇
・『TS転生少女はバレンタインでもくそびっちじゃないです』
少女がコートを引ん剥かれる出来事から数日後の2月14日。
つまりはバレンタインデー。
世間的にTSした女の子とか女装した男の子とか、あとは女の子とかその他諸々が想い人へと自身の感情をチョコに秘めて贈られる日であった。
学校帰り。時刻は夕暮れ、隣りあって歩みを進める少女と少年。
どちらも顔立ちの整った二人であるだけに、意図せずとも絵になる組み合わせである。
並んで歩くちびっこ二人のうちの少年。
彼は先ほどから少女から向けられる、どこかジトっとした視線へと気づいていた。
彼が手に下げた紙袋からは無数のラッピングされた色とりどりのなにかが顔を覗かせている。ありていに言えばチョコレートである。恐らくはいくつかは後々の対応に困るような本命のものであろうものも混じっているのだろう。そして、その中には未だ少女のものは収まっていない。
結論から言えば少年はモテるのである。
頭も良ければ運動が出来て、空気も読めれば外面もいいのである。
それも他の男子にはない、明確に歳を喰……、落ち着き払った態度とクールな相貌が小学生女児たちに大人な男性の面影を見せていた。
そして、先ほどからずっと向けられている少女から少年に向けられる嫉妬の視線。
少年は思わずニヤついてしまいそうな頬を意識して引き締める。
彼から嫉妬することは数えることも馬鹿らしいほどあっても、逆となると中々に珍しいことであった。別に愛してないとかではなく発露の仕方が違うだけではあるが。少年が囲っているなら少女は沈めているだけである。
そして、ややムスッとした表情のままの少女はようやく口を開いた。
「わたし、生まれてから一度もそんなにチョコもらったこと、ない!」
「そっち視点での嫉妬かい!女の子的な視点で嫉妬しろや!」
出来ればこう、独占欲的なものを発揮してくれれば少年も大手を振って喜べたものを。とはいえ、少女の片割れが漫画みたいなチョコの貰い方をしている事実に衝撃を受けないハズもなかった。現に少女は現在も“ぐぬぬ”顔で唸っている。
「……では、女の子っぽいはなしをする」
「ほう。ではどうぞ」
仕切りなおすかのような少女の言葉に少年は頷いて見せた。
言外にはよ今年のチョコ寄越せや、という態度を見せながら。
その態度に当然のように思い当たることのある少女は苦い顔をした。
「現代少女には友チョコという文化がある」
「前世少女にも友チョコという文化があったんですがそれは」
「わたしもその例外ではない」
「まぁ、でしょうね」
「わたしがおんなのこに贈り物をわたすという状況が限りなく自然とできているということ」
「話題の雲行きが怪しい!」
「つまり……わたしにとってのバレンタインはたくさんのおんなのことの疑似うわきシチュエーションを愉しむイベントなのでは……?」
「発想が邪悪すぎるわ!くそびっち!」
思わず、といった様子で少年が叫ぶ。
瞬間、頬になにかが触れる感触。やわらかくて、あたたかいもの。
少年の首元に滑り込むように少女がその頬に口付けていた。
そして、やや慌てたように首元から離れた少女は照れ臭そうに笑ってみせながら少年の手へと丁寧に包装され、真っ赤なリボンで結ばれた化粧箱を押し付けるようにして渡す。
「――くそびっちではない。わたしは今年も本命一筋……です」
普段はおっとりぼんやりとした少女の耳まで真っ赤に染めたままの精一杯の笑み。
それだけを少年の脳に強く、深く焼き付けて、やがて羞恥に耐え切れずに逃げるようにして少女は走り去っていく。
暫しの思考の空白。
焼き切れた理性の再起動が図られて数秒後。
「…………会話を誘導された」
――もう一度。
もう一度あの照れた顔を拝まなければ、勿体ない。
少女を追うべく走り出した少年が彼女を捕獲するまであとすこし。
捕獲された少女が赤ら顔をいやいや、と両の掌で隠しながら悶えるまでもうちょっと。
そして、更に先へ、ずっと先へと続いていく。