今日も実質エイプリルフール
少年くん(現在JK)
少女ちゃん(現在ロリ)
もしも、明日生まれ変わったとして、新しい誰かとして生きていけるだろうか。
と、まぁ。そんな考えてもどうしようもないことを、一瞬だけ考えて、やめる。
世の中は“あたし”の考えるよりずっと理不尽で、謎だらけで、少しだけ、ほんの少しだけ素敵なのである。……たぶん。
もはや殺人的、とまでいっていい熱気が立ち込める今日この頃、いかがお過ごしだろうか。
アスファルトから放射される熱光線に、恨みがましい瞳を向けながら、あたしは
かつ、かつ。と、ローファーの踵がアスファルトを叩く音が響く。
忌々しい湿気を放つ水溜まりに密かな敵意を向けていると、水溜まりの中の"あたし”も見返すようにこちらを睨み返していた。
溜息をひとつ。
「……おっかしいなぁ」
遺伝子配列から違う別人に生まれ変わった。苗字も名前も変わったはずなのになぜなのか。
もうちょっと……こう、……ねぇ? 柔らかい感じのヴィジュアルの女の子になれなかったものか。相も変わらず目つきはどこか世の中斜に見てる感じの冷たい印象を持たれるし、なまじ中身はその印象に伴っていないつもり、伴わせていないつもりではあるので苦労する。世の中絶対間違っている。
一瞬、脳内にやたらぽやっぽやした顔をしやがっている幼い女の子の顔が浮かんで、……先ほどより強く頭を振る。――ダメだ。アレのことを深く考えたって疲れるだけだ。
いや、まぁ、あの子もアレで苦労しているのだろう。……苦労してるよね? 完全順応してないよね?……滅茶苦茶苦労しやがれ。
脳内で呪詛を吐きながら、歩みを進める。
今回で、女子高生生活も二回目。間もなく高校生活累計五年目に突入しそうになっている。どういうことだ。勘弁して欲しい。
ただでさえ、「やったー! 人生ニューゲームだー! 次こそ人生TRUEエンド目指すぞー!」とかそういうあれじゃないのだ。どっちかというと散々……さんっざんっ! 本当にさんっざん苦労して辿り着いたTRUEエンドの途中からNORMALエンドのスチルを回収しているような状態だ。誰が得するんだろうか、この状況。
こちとら、きゃいきゃいとするイマドキ女子高生を横目に、やたらめったら進化しまくった現代のアプリ群相手に四苦八苦しなければいけないのだ。なぜ神様はこの界隈の機能を「iモード」あたりからここまで進化させてしまったのか。メッセンジャーアプリあたりでお腹いっぱいだ。心底恨みたい。だいたい、こういう電気の玩具のはあたしじゃなくて――。
延々と浮かんでくる恨みつらみを水溜まりの中の自分に吐き出す。
―――早く家帰って涼もう。
あたしはまた一つ、溜息を吐き出して、高校からの帰路を辿り始めた。
◇
なぜ。なぜなのか。
やっとのことで帰宅し、自らの部屋の扉を開いたあたしは心の中で自問自答をした。
柔らかそうな黒髪と、やや眠たげな眉尻。見覚えのある、見覚えしかない女の子だった。
彼女はどこにでもあるような、学生用の勉強机に向かい合い、あたし愛用のオフィスチェア(わざわざ抱き合わせにせずに買った、だいぶお高い感じのお尻痛くならないやつ)に腰掛けていた。
しかし、気になることに女の子の小さな額にはなにかが入っているのか妙に膨れたタオルがねじりハチマキのように巻かれている。……なんだあれ。すっごい気になるというか、端的に言ってダサい。なまじ容姿だけは可愛らしい女の子してるだけに違和感がすっごい。
女の子は、部屋に入ってきたあたしへと、一瞥視線をくれるとやや首を傾げて口を開いた。
「おかえり」
「……ただいま」
なんで人の部屋におるねんとか、自分のキャラを見失ったツッコミが出そうになったのを喉元で飲み下して答える。
しかも、よく見れば勉強机に乗っているのはこの子の小学校の宿題かなにかなのか、漢字ドリルが広げられていて、恐ろしく綺麗な漢字の羅列が綴られていた。控え目に見てもお子様レベルの書き取りではない。
「……もう少し手を抜いてやったら?」
「……じぶんよりもあきらかに字の上手い子どもの採点をするかんじの、社会のきびしさを教育実習生にあじわってもらおう、かなって」
「鬼かな?」
教育実習生を玩具にする幼女とか嫌すぎる。
というか、この娘、元・書道経験者である。行書体からMSゴシックまで書けるらしい(後者がなんなのかは知らない)。というかあれこれ手を出すサブカル男だったので、絶対使い道なさそうな資格とかの方が嬉々として勉強するタイプだった。サブカルクソロリとかいう時間と年齢の問題で普通なら絶対生まれ得ない珍生物の姿がここにあった。
「さっきから気になってたんだけど、そのおでこに付けてるのってなに?」
女の子はひとつ頷くと、額に巻いていたタオルの結びを説く。
「……あっ」
聞き逃してしまいそうなほど小さな声。
それと同時、タオルの隙間からごろごろと幾つも保冷剤が転がり落ちてきた。そして、それをせっせと拾い集めていた女の子は、なにを想ったのか、そのままデスクの下に潜り込み、プラスチックの風呂桶らしきものを引っ張り出してくる。よく見れば桶の中は水と氷に満たされている。
そして、それを自分の足元に置き、彼女は再び椅子に腰掛けた。
「……これを……こうして……」
彼女は膝の上にタオルを広げ、その上に保冷剤を乗せてえんどう豆のようにタオルでそれを包み、額にくくりつけ、素足を氷水の張られた桶へと。
傷一つ、日焼けすらない、どこか人形のようで、紛れもなく幼い少女のものである肌色が足先からゆっくりと、氷水へと沈んでいき、その冷たさに女の子はぷるぷる、と背中を震わせた。……なんだろう。なんかそこはかとなくエロ……。
ゴスン。と。あたしは衝動的に額を壁に叩きつける。―――あたしにそっちのケはない。―――あたしにそっちのケはない。―――あたしにそっちのケはない。……よし。
「……だ、大丈夫……?」
「全然へーき。ちょっと躓いて頭ぶつけただけだから」
「……そう?」
珍しく割りと本気の声音で心配されて少しの罪悪感。
しかし、いくら中身が愛した男だとはいえ、現在は紛れもなく幼女であるし、この道を誤れば紛れもなくロリコンで、待ち受けているのはあたしの刑務所生活しかない。しかも手を出した相手が妹の友達である。妹(小学生)の友達に手を出すヤベェロリコンの姉とかいう肩書だけで並みの犯罪者じゃ敵わなさそうな称号を手にしてしまう。
「一人だけ全力で涼みやがってからに。しかも他人様の部屋で」
図太いとしか言いようがない。エアコンを付けずに氷水張る手間とか含めて絶対面白がってやったとしか思えない。
小さく氷水の張られた桶に波紋を描いていく足先、保冷剤の詰め込まれたタオルを額にぐるぐると恰好悪く巻いているどうしようもなくだらしないことこの上ない。生活感に溢れすぎて普通の子どもから大きく逸脱してしまっている。
「……あくまで、わたしひとりのために他人の家の電気代をあげないためのしょせーじゅつ」
絶対嘘だ。あたしが帰ってきたらこれ見よがしに見せつけてやろうと思って準備してたに違いない。元々、こういうどうでもいいようなことへの手間は惜しまないタイプだった。
「すずめて、あと、女子高生の美少女がただでさえおがめる。ありがたや、ありがたや?」
幼女に口説かれるという貴重な経験。
しかも言っている本人に世辞とか口説いているとか、そういう意識がない。ただ単に好きだから好き、可愛いから可愛いと、微塵も表情を変えずに言う生き物だ。
一緒に居てこれほど楽でいられる生き物もそういない。ただし、現在ロリという致命的欠点を抱えてはいるが。
「……幼女相手にそういう気持ちにならないから」
「…………ざんねん、むねん」
ぱしゃ、ぱしゃ。
そんな音がして、女の子の足先に跳ね上げられた氷水が少しだけ桶の中で跳ねた。
「……では、また今度……聞くことにしておく。……あと、キープも、可」
フラれたというのに、女の子はさして気にしていないといいたげに口元を小さく笑みの形へと変えて、ほにゃり、と柔らかく笑ってみせる。
なぜに中身がアレだと分かっていてもなお、なにかこみあげてくる感情があるのか。しかも額に保冷剤を包んだタオルを括り付けているような訳のわからない女の子に、だ。
こんな感情を抱いてしまうあたしが悪いのか。それともやっぱりどうしようもなく重ねて見てしまっているのか。
明日のあたしはロリコンじゃないあたしで居られるのか。
そもそも中身はロリじゃないからその指摘はあたらないのではないか。違法性はあっても情状酌量の余地は大いに残されているのではないか。
ロリがロリじゃなくなるまで待てばロリの時から魅力を感じていてもそれが例え、相手が妹(小学生)の友達でもロリコンではないのではないか。というか、そもそもロリがロリじゃなくなるまであたしはこのロリの攻勢に屈せずにいられているのか。
あたしに待ち受ける未来はどこまでも先行き不明であった。
◇
馬鹿が付くほど素直に好き好きする子すき。