TS転生少女はくそびっちじゃないです+こぼれ話   作:薄いの

7 / 8
???話

「うあ゛ぁぁぁぁ」

 

とてもでは行儀がよいとは言えないだらしのない声。

カーペットに腰掛けていた男は太腿にずっしりとした重みを感じる。

スマートフォンを指先で操作していた男の両の腕の間に潜り込む小さな頭。

 

「ふぅ」と、腕の間に潜り込み、我が物顔で自身の膝に腰掛けてきたそれを一瞥して、男は小さく溜息を吐いた。

 

「……前が見えないんだが」

 

――なんとなく、どこかでこんな出来事があったような。

そんな微かなデジャヴュを感じながら男は手元のスマートフォンをスリープ状態にして、自身の膝に居座る少女を半眼で見やる。

 

歳の頃は中学生ほど。

肩まで伸ばした真っ直ぐな黒髪をポニーテールにした客観的に見て、整った容姿の少女。

 

「んー」

 

聞いているのか、いないのか。

少女は気のない返事を返し、抱えていた“訳あり割れせん450g!”と派手なラベルの張られた袋の開け口をまたうんうんと唸りながら右へ、左へ、と引っ張っている。

 

どうやら開封に苦戦しているらしい。

男は再びの溜息。

 

「……ほれ、貸してみ」

 

膝の上の少女から摘まみ上げるように袋を取り上げると開封し、それを再び少女の手に戻してやる。

 

「きゃあきゃあ、とーさんカッコイイー」

 

「そうだろう。お前の父さんはモテモテだからな」

 

「なに言ってんの。そろそろ自分の歳考えなよ」

 

「急に素で返すのやめろ。それと、父さんは普通に年齢的にも若いから」

 

「でも同い歳なのにかーさんの方が若いじゃん」

 

「あれは絶対どっかで人魚喰っただけだから。あれを普通だと思ってたらお前大人になってから絶望するからな」

 

「でもさ、私ってほら、遺伝子に自信あるし」

 

目の前の娘は薄い胸を誇らしげに張りながら、小さく鼻で息を吐き出す。

良くも悪くも、仕草や言葉の端々が自分や妻に似ている、あるいは似てきている事実になんとも言い難い感情が渦巻く。

 

少女はふと、バックライトの消えたまま父親の手に握られていたスマートフォンに鏡のように映る自分の姿に目をやり、じっとそれを見つめている。

 

「むむむ」

 

スマートフォンの保護フィルム越しに見る自分の顔。

小さな唸り声を漏らしながら、頬をこねくり回すように両の掌で弄ぶ。

暫しそれを繰り返した後、再びの唸り声。

 

「んー。でもさ、あれだよ。顔とか似るならとーさんよりもかーさんに似たほうが得だったよね」

 

「………………いやいやいや、そんなことないだろ」

 

「なんで今無駄に長考したの?私、女の子だしかーさんに似たほうが得じゃん」

 

「長考してないし。悔しくないし。いいじゃん、おまえ割りと美少女っぽいじゃん」

 

「でも、目つき悪いじゃん」

 

「目つき悪いんじゃなくてクール系なだけだから、これ」

 

「……な、なんでそんなに必死なの?……それでもまぁ、ふふん。ぽいじゃなくて紛うことなき美少女なんだよなぁ。顔はとーさん似だけど」

 

「だから、父さん似はネックじゃないから。美点だから。誇れよ」

 

キリリ、と表情を改めたキメ顔を向けてくる父へ少女が送る視線は冷たい。

 

「あとその茶目っ気あるところかーさんに似てるじゃん。同い年の時のかーさんと違って致命的に胸とか足りな――」

 

「それ以上言ったらとーさんの膝でおせんべ喰い荒らして欠片撒き散らすから」

 

「やめろ」

 

「ふん」と一つ鼻を鳴らしてそっぽを向く娘。

そして、ゴリゴリ、と元気に海苔の巻かれた煎餅を噛み砕いている。

それを眉を顰めて眺める父。

 

「……海苔がおれの膝に散ってるんだけど」

 

「欠片じゃないからセーフ」

 

「反抗期かな」

 

「このくらいなら可愛いもんじゃん。それに、とーさんにしかやんないし」

 

「むしろかーさんにやれや」

 

「かーさん喜ぶじゃん。可愛いもんどころか本当にめっちゃ可愛がってくるしめっちゃ構ってくるじゃん」

 

「あれは、そうやって懐の中で人を腐らせていく生き物だから」

 

「それじゃ、やっぱり私ダメになっちゃうじゃん!」

 

「どうせならどっぷり母さんに浸からせてから全寮制の学校にでも叩き込んでやろうかと思ってるんだが。はよ巣立てや」

 

「愛娘になんの恨みがあるというのか」

 

「娘ではあるけど、愛してるかどうかは諸説あるよな」

 

「ないよっ!愛してっ!娘の私を愛してよっ!」

 

「そのセリフはドラマみたいで恰好いいね」

 

「うにゃぁー!」

 

カリカリ、とズボンの繊維に爪を立てて猫のような唸り声をあげる娘。

『……なんか機嫌悪そうな、ふてくされたみたいな顔があなたみたいで可愛い』

そう妻が評した娘の顔付きは、前世(まえ)の女を指したのか今世(いま)の男を指したのか。しかし、まぁ、どちらにも似ているような、どちらかというと彼の妹に近い印象を受けるものであった。

 

「ファザコンかよ」

 

「……だったとしたらなにが悪いというのさ」

 

娘はぶすっとした顔をして、半眼で父を見上げる。

この直球しか投げられないというか、好意を隠さないあたりは母親に似たのか。それでも一応羞恥の心はあるのか、頬がやや赤みを帯びているようだった。

 

「うっわ」

 

「うっわって!なんかすっごい嫌そうにうっわって言った!いいじゃん!娘じゃんっ!可愛がってよっ!」

 

「母さんに娘のと一緒におれの洗濯物洗わないでくれって連絡しとくわ」

 

「なんでっ!?というか、そういうのって私のセリフじゃん!ちょっ、なんで本当に電話しようとしてるのさ!」

 

「ファザコンが別の洗濯物に移るじゃん。それで干してるそれが風に乗ってパンデミック起こしたらどうすんの。責任取れんの?」

 

「取んないよ!そもそもなんないし、ゾンビウイルスでもないしっ!……あと、ファザコン舐めんなァッ!」

 

娘の腕が流れるようにして動くと、次の瞬間、父の手にあったスマートフォンが娘の掌に納まっていた。

どうやらひったくられれる瞬間に発信されたのか液晶に映るのはダイヤル画面。

そこに映る「117」という数字と、流れ出す無機質なカウント音、そして読み上げられる現在時刻。これすなわち時報。

 

「う。う……うがぁぁぁっ!」

 

叩きつけるように父の膝に投げ込まれ、返還されるスマートフォン。

娘は猫のようなしなやかな動きで父の膝の上から抜け出し、駆け出すようにリビングの外へと繋がる扉の方へと数歩足を踏み出してから、ふと思い出したように振り返る。

 

 

 

「と、とーさんのあほぉー!お、おばかっ!」

 

 

 

そして、散々父親に玩具にされた哀れな少女こと、娘はぴーちくぱーちくと貧困気味な語彙の捨て台詞を叫びながらリビングから飛び出していった。

残されたのは若干意地の悪い笑みを浮かべていた父、そして置き去りにされた“訳あり割れせん450g!”だけであった。

 

リビングの開かれた窓際で、父は膝の煎餅カスを払い、袋から半分に割れた醤油煎餅を一つ取り出し、齧りながら掌でスマートフォンを弄ぶ。なんともなしに、メッセンジャーを起動して『幸せとはなんぞや』とだけ打ち込み、相方に送信した。半ば答えを求めない、手慰みのようなものではある。

 

そろそろ三枚目の煎餅に手を掛けよう、といった時に返信が返ってくる。

本文はなく。ただ写真だけが添付されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには、目元に指先をやり舌を出して液晶のこちら側に「べぇ」と挑発の姿勢をとる娘とその娘を膝に乗せて少し苦笑いを浮かべながらも、娘と同じく小さく舌出す妻の姿があった。






◇娘
自称ファザコン。
ぞんざいに扱われても内心喜んじゃう系の面倒くさい女の子。
さくしゃのしゅみ。

◇少女(母)
大人になったこの娘が見たいような見たくないようなの葛藤の末セリフと出番の消えた不憫な子。

◇少年(父)
散々使った覚えのある少女の学生時代の制服を娘が遊びで着て見せに来た時がここ数年で一番気まずかった。

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