勇者ヨシヒコと魔王カズマ   作:カイバーマン。

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伍ノ三

ヨシヒコが目を開けるとそこは宿屋の一室では無かった。

 

「ここは……」

 

そこは天井も壁も真っ白な異質な部屋。内装は腰掛用の椅子やモノを入れる為のカゴが置いてあるだけで

 

天井に吊るされているぼんやりとした灯りは弱々しく、その為に部屋の中は薄暗い。

 

「もしやこれがサキュバスが見せている夢……!」

 

部屋の中を見渡しながらふとヨシヒコはこれはサキュバスが見せてくれているお楽しみし放題の夢なのではないかと推測していると

 

「!」

 

薄暗い部屋の中をガチャリとドアを開けて何者かが入ってくる気配

 

その音に肩をビクッと震わせてすぐにバッとヨシヒコが振り返る

 

期待と興奮で胸が高鳴るヨシヒコの前に、ドアを開けて中へと入って来たのは……

 

 

 

 

 

これまた彫りが深い顔をした筋肉ムキムキの大柄な男

 

いかにも兄貴と呼びたい男前であった

 

「エプロン♂チャーハン?」

「なぁ! だ、誰だお前はぁ!!」

 

しかも純白のブーメランパンツしか装備しておらず、ほとんど生まれたままの姿だ。

 

ムキムキ兄貴はにこやかに見知らぬ言語を用いると、驚いて後ずさりするヨシヒコにニヤニヤしながら歩み寄っていく。

 

「キャノン砲!」

「どういう事だ! これは私が望んでいた夢ではない! こんなムキムキ男など断じて私は望んでいない!」

「いいですか? 茄子のステーキ」

「さっきから訳の分からない事を言っているこの男は何者なのだ……は!」

 

じわじわと歩み寄って来る兄貴にヨシヒコは激しい恐怖を感じているとふと自分の状態に気付いた。

 

「何故だ! いつの間にか私まであの男と同じ格好になってしまっている!」

 

良く自分の身体を見てみると、先程まで着ていた服が消失し、目の前の兄貴と同じく純白ブーメラン一丁のあられもない姿を晒していた。(頭に巻いてる紫色のターバンだけはある)

 

「一体これから何が始まるというのだ!」

「田舎も~ん!」

「止めろこっちへ来るな! ニヤニヤしながら私の方へ歩み寄って来るな!」

 

この状態だと余計に兄貴が近づいて来る事に激しい恐怖感を覚える。

 

懸命にこっちに来るなと叫ぶヨシヒコではあるが、兄貴は依然変わらず、むしろヨシヒコがパンツ一丁になった事で浮かべる笑みが更に広がっていた。

 

「オビ=ワンいくつぐらい!?」

「なんなんだこの男は……う!」

 

後ずさりし過ぎていつの間にか壁に追いやられていた事に気付いたヨシヒコだが時すでに遅し

 

屈強な体付きから放たれる兄貴の高速タックルを食らって吹っ飛んでしまった。

 

「ぐぅ! このムキムキ男! 強い!」

 

背中から倒れてのけ反りを打ちながら、俊敏な動きを見せた兄貴の戦闘力を垣間見てたじろいでいると

 

倒れたヨシヒコに向かって兄貴は挑発的に人差し指でクイクイッと誘うポーズをとる。

 

「くりぃむしちゅー池田!」

「おかしい……絶対におかしい、私はこんな夢をサキュバスに頼んだ覚えはないというのに……仕方ない!」

「ゆきぽ派!?」

「逃げれないのであれば戦うのみ!」

 

依然こちらに笑みを浮かべながら誘って来る兄貴

 

何を言っているのかわからないが挑発的な事を言っているのを察したヨシヒコは即座に起き上がると

 

「ふん!」

「あぁん、ひどぅい!」

彼の腰に向かって負けじとタックルをお見舞いする

 

だがそのままヨシヒコが懸命に押し出そうとするも

 

「最近だらしねぇな?」

「く、この男! まるでビクともしない……!」

「歪みねぇな」

「は! 何をする! そこから手を離せ!」

 

全力を振り絞ってもテコでも動かない兄貴、力の差は歴然である。

 

すると兄貴は笑うのを止めて躊躇なくヨシヒコの下半身の方へと手を伸ばし……

 

「いい目してんねサボテンね!」

「うおぉ! パンツを! 私のパンツを掴み上げるな!」

「あんかけチャーハン?」

 

ヨシヒコが唯一下半身に着けている純白パンツを兄貴は何度も掴み上げては下げてを繰り返す。

 

 

勇者としてこの上ない屈辱を味わい、兄貴の腰にしがみ付いたままヨシヒコが懸命に叫ぶも彼は無視して続行。

 

「最強!」

「くっ止めろ! それ以上パンツを引き伸ばされてしまったら破れて……!」

 

ビヨーンビヨーンとパンツを引き伸ばされてこのままだと破けるのも時間の問題

 

ヨシヒコは耐えようとするもそこで兄貴は再び笑みを浮かべて彼を腰から引き剥がすと再び彼を床に叩き付ける。

 

「うぐ! 何故だこのムキムキ男、勇者の私でも全く歯が立たない……!」

「夏コミにスティック♂ナンバー見に行こうな?」

「ま、待て! 一体お前は何をしようとしている!」

「ブスリ♂」

「私の傍に近寄るなぁー!!」

 

今まで以上に満面の笑みを見せながら御馳走を目にしてるかのように舌なめずりすると

 

兄貴は弱っているヨシヒコに向かってゆっくりと歩み寄りそして……

 

 

 

 

 

「アァーッ!!」

 

 

 

 

 

 

「ナイスでーす♂ 」

 

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

早朝。

 

ヨシヒコはベッドの上から勢い良く叫びながら起き上がっていた。

 

隣りのベッドで寝ていたメレブもまた同じように叫びながら目覚める。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

顔を合わせるとすぐに互いに向かって叫び合うと、二人はすぐにベッドから出て、部屋を後にし宿屋を後にする

 

 

 

そしてその頃、彼等がどんな目に遭ってるのかも知らずにアクアとダクネスはトボトボと街中を歩いていた。

 

 

「アクア……猛烈に眠いんだが……頼むからもう館に戻って寝よう……」

「ダメよダクネス、寝たらエロス・ヨシヒコに食べられちゃうわよ……あの野獣の毒牙にかかりたいのアンタ……」

「いやきっと私達の勘違いだったんだろう、よくよく考えれば勇者であるヨシヒコが私達を夜這いするなどある訳……」

「油断しないで勇者だって一人の男なのよ」

 

結局ヨシヒコ達が夜を開けても襲いに来なかったので、用心して迎え撃つ為にずっと寝ずに徹夜するハメになってしまったアクアとダクネス。

 

しかし今も油断は出来ないと疑うアクアによって、体から湧き上がる睡魔と戦うダクネスを無理矢理引っ張って気晴らしに早朝の散歩をしているという事だ。

 

「それにあの目は正に己の性欲に身を任せようとしていた目よ、女神の私が言うんだから間違いないわ……」

「いやそもそもお前が女神だとかなんとか言ってる時点でもう信憑性が薄すぎて……ん? あ、あれは!」

 

自分と同じく目蓋をこすりながら眠たそうにしているアクアにダクネスがボソボソ声でツッコミを入れていると

 

彼女はふと目の前からあるモノが接近している事に気付き、睡魔も忘れてバッと指を突き出す。

 

「ヨシヒコとメレブがこっちに向かって全力で走って来る!」

「フ、私達を見つけてとうとう己の性欲に負けたわねヨシヒコ……」

 

ダクネスが指差した前方からヨシヒコとメレブが陸上部みたいな走りで全力疾走してくるのが見えた。

 

それを見て待ってましたと言わんばかりにアクアはバッと構える。

 

「さあかかってきなさいエロス・ヨシヒコとおまけのキノコヘッド!! 私の美貌に魅了されて頭の中ピンクに染まってしまったアンタ達を! 水の女神たるこのアクア様がその汚れた心を浄化し尽くしてやるんだから!!」

 

かかってこいやと言わんばかりにシュッシュッと拳を突き出しながら意気揚々と喧嘩腰で彼等を迎え撃とうとするアクア

 

だが

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「……え?」

 

そんなドヤ顔を浮かべる彼女の真横を綺麗に突っ切って

 

二人は必死な形相を浮かべたまま自分達を無視して何処へと行ってしまった。

 

「アクア……二人共私達を無視してどっか行ったぞ……やはりお前の勘違いだったんじゃ……」

「ゆ、油断しちゃダメよ! きっとフェイントって奴よ! 無視したフリして私達の油断を突こうとしてるのよ!」

「なあいい加減もう寝たいんだが……」

「ダメよダクネス! 食べられたいの!? ヨシヒコさんに美味しく頂かれたいの!?」

 

去っていくヨシヒコとメレブの後ろ姿を眺めながらダクネスがもはや立ったまま眠りそうになっているのを

 

慌てて彼女の両肩を揺さぶりながら必死にアクアが脅すように呼び起こすのであった。

 

 

 

 

 

 

そしてヨシヒコとメレブが雄叫び上げながら真っ先に向かった先は

 

勿論裏路地でサキュバスが経営しているあの店であった。

 

しかし今日はまだ開店時間でもないのに、店の前では多くの男性陣がごった返して叫んでいる

 

「おいどういう事なんだよ!」

「責任者出て来い! とんでもない夢見せられたんだぞこっちは!」

「トラウマになったらどうすんだオイ!」

「おかげでこっちは別の性癖に目覚めちゃったじゃねぇか!」

 

皆店に向かって文句を言いながら叫んでいる

 

その光景を見てヨシヒコとメレブも足を止めて群衆を見渡す。

 

「もしや彼等も私と同じような恐ろしい夢を……」

「てことはみんなあの夢を見せられたのか……俺も、二度と思い出したくない夢を見せられてしまったよ」

「やはり……」

 

どうやらあの変な夢を見せられたのは自分だけじゃないらしい

 

ヨシヒコが彼等眺めながらそう確信していると、隣のメレブも死んだような目つきでゆっくりと頷く。

 

「なんかぁ……CV能登麻美子じゃなくてCV小山力也でぇ、金髪長髪でムキムキのデカくてナイスガイのおっさんとなんかこう色々と……あぁダメ、これ以上言いたくない、言ったら俺自身の精神が崩壊する恐れあり」

「私も同じような夢を見ました、私の場合は短髪でしたけど、あと真っ白なパンツを履いてました」

「いやそういう情報はいらないから……」

「本当に白かったんです、一切汚れの無い純白の」

「だからいらんって、頭の中でイメージしちゃうじゃないの」

 

 

頭を抱えながら激しくショックを受けている様子のメレブにヨシヒコもまた似たような夢を見たと話していると

 

「おお、ヨシヒコにメレブ! お前達もここに来たのか!」

 

二人の方へ慌てて駆けつけてきたのはダンジョーだった

 

いきなり現れた彼にヨシヒコはあっと目を見開く。

 

「ダンジョーさん!?」

「ダンジョー、やはりお前も……」

「ああ……ここに来た者は恐らく皆そうだろう」

 

一応メレブが確認してみると、やはり彼もまた自分達と同じような夢を見てしまったらしい。

 

「テンガロンハットを被ったピチピチパンツの男に……延々と尋問される中で幾度もビンタされるという恐ろしい夢を見た……」

「こ、怖ぇ……ダンジョーの夢超怖ぇ~」

「ホントに最悪だった……今思い出しても身の毛がよだつ体験だ……」

 

ダンジョーの語る夢の中の内容にメレブがブルルッと身体を震わせていると

 

すっかり疲れ果てた様子でダンジョーがどっと深いため息を突く

 

「何はともあれ、原因はこの店のサキュバス達であるのは間違いない様だ。一体何故俺達にあんな夢を見せたのか、利用者として俺達ははっきりと知る権利がある」

「うむ、これをサキュバス達が故意に我々にあんな夢を見せて来たのであれば大問題だ」

「ええ、悪事を働く魔物であれば、こちらも倒さねばなりません」

「……ちょいと惜しい気はするがな、デラックスコース味わいたかった……」

 

もし自分達に悪事を働いた張本人がサキュバス達であれば討伐もやむ無し

 

それも仕方ないと頷くヨシヒコにダンジョーが数々の楽しい夢を思い出しながら名残惜しそうに呟いていると

 

サキュバスの店の扉が突如勢いよく開いた。

 

すると店の中から慌てた様子で一匹のサキュバスが

 

「皆様お待たせして申し訳がございません! 皆様の怒りはごもっとも! 実は昨晩の夢の件でとある問題が発生しまして!」

 

 

怒り狂う男達に向かって果敢にも単身で現れたサキュバスは申し訳なさそうに深々と頭を下げると、慌てた様子ですぐに話を始めた。

 

「我々一同が利用者の皆様にご希望の夢を見せる為に出向こうとしたのですが……実はその前にお客様の所へ忍び込んだ者がいて近づく事が出来なかったのです」

「ほう、何やら興味深い話、それは一体誰ぞ?」

「近頃この近辺で噂されている、あの竜王の部下でございます」

「竜王!?」

 

男達を掻き分けてメレブが眉をひそめて尋ねると、サキュバスの口からとんでもない名前が出て来た。

 

竜王、つまりヨシヒコ達の世界からやって来て、アクア達の仲間であるカズマの身体を乗っ取った恐ろしい魔王である。

 

「早朝、その竜王から私達の店に手紙が届きました……なんでもこれからは私達サキュバスは全員こちらが構えている魔王城で住む事、そして毎日竜王に楽しい夢を見させる事、出来れば夢だけじゃなくて現実でも色々して欲しいという事、もしこれに従わなければ……私達の店を利用するお客様にこれからもずっと悪夢を見せ続けてやると……」

 

一枚のきったない字で書かれた手紙を持ち出してサキュバスが落ち込んだ様子で説明し終えると

 

それを聞いて男達もざわざわと騒ぎながら戦慄する。

 

ヨシヒコ達もまたそれを聞いて真なる黒幕がいた事に驚きを隠せない。

 

「何てことだ……我々が悪夢を見た原因は、まさかあの竜王の仕業だったとは……」

「おのれ竜王! 戦士の安息の地であるこの場所を汚し尚且つ自分のモノにしようとするとは! 断じて許さん!!」

「え、お前その竜王の仲間じゃん、そっち側だよね? 竜王側だよねダンジョーさん?」

 

竜王軍の幹部であるダンジョーが誰よりも憤りを見せているのを、傍で見ていたメレブが小声でボソッと呟いている中

 

皆が慌てる中でヨシヒコだけはスッと前に出てサキュバスに話しかける。

 

「教えて下さい、竜王はどうやって我々に悪夢を見せたというのですか?」

「そちらの事も詳しく手紙で書いてあったのですが……なんでもここから近くにある山を拠点にしているゴブリンを部下にしているらしいのです」

「ゴブリン……」

「ヨシヒコはあまり聞き慣れない魔物の名であったな、我々の世界でも似たような魔物はいるが、ゴブリンというのは別名小鬼とも呼ばれている質の悪い奴らなのだ」

 

ゴブリンという魔物の名にピンとこないでいると、後ろからメレブが簡単に説明してあげる。

 

「基本的には弱い魔物と分類されてはいるが、集団になるとたちまち手練れの者であろうと倒してしまうぐらい極めて厄介な魔物、竜王はきっとそれを見込んで部下にしたのであろう」

「なるほど……今回の魔王は中々狡猾な考えを持っているみたいですね」

 

ナメてかかると相当厄介な魔物を、魔王はあっさりと部下にしてしまったと聞いて

 

今回の相手も一筋縄にはいかないとヨシヒコは眉間にしわを寄せていると、サキュバスは更に話を続けた。

 

「ゴブリン達はまず私達の店に一匹忍び込ませて顧客リストをチェックし、そこから名前と住所が書かれているお客様達を割り当てたみたいなんです、そして彼等は私達が向かう前に先回りして寝ている皆さまに……」

 

サキュバスは一枚の小さな紙きれをヨシヒコ達に見せる。

 

「この『悪夢の札♂』というのを貼り付けていたんです」

「うわぁ名前からしてすっげぇヤバいアイテムなのがわかる……! 特に♂って付いてるのが! もう♂だけで怖い!」

「これを寝ている時に貼られた者は皆、ムキムキな男性と官能的な悪夢を見せられるという代物なのです……」

「誰だよそんな誰得なモン作った奴~」

「なんでもこの街にあるあまり流行らない魔道具屋で、同じ商品が売られていたと……」

「どこだよそんなはた迷惑なモン売りさばいてる店~、仕入れ先そこじゃ~ん」

 

思った以上に知っているサキュバスの情報にメレブが悪夢の札♂を作った者とそれを大量に売り払った魔道具屋に文句たれていると、再びサキュバスは皆に深々と頭を下げて謝罪する。

 

「この度は本当に申し訳ございませんでした、今回での利用料の返金は勿論の事、皆さまに迷惑をかけた責任を取り、これ以上の災難を竜王が振り撒かない為にも私達サキュバスは大人しく言う事を聞こうと思います……」

「いや、その必要はない」

「え?」

 

これ以上街の者に迷惑を掛けない為に自らを犠牲にして竜王の城へ出向こうとするサキュバス達

 

しかしそれはダメだとすかさず彼女の前にヨシヒコがキリっとした表情で前に出る。

 

「あなた達が悪くないのなら、咎を背負うなどという理屈は決して通らない。悪いのは全て竜王だ、ならば我々に迷惑をかけた報いを受けるのは当然奴にある、あなた達が責任を負う必要など決して無い」

「お客様……」

「その通りだヨシヒコ! 流石は天に選ばれし真の勇者!」

「調子いい事言ってるけどさダンジョー、こうなったのも全部お前の所の竜王のせいなんだぜ? カズマ君のせいだからねコレ」

 

珍しく勇者っぽい事を言うヨシヒコにダンジョーが昔の様に声高々に彼を評価しているのを、傍で見ていたメレブが冷たく一つ文句を言っていると

 

他の冒険者達もヨシヒコの声を聞いて皆その目に活気を取り戻す。

 

「そうだ、悪いのは竜王とか名乗ってる頭のおかしい野郎だ!」

「姉ちゃん達がこの街を出て行く必要なんかねぇよ!」

「俺達は今まで何度もこの店でたくさん世話になったんだ!」

「ああ! それを独り占めにしようだなんて企んでるクズ野郎なんざ絶対に許さねぇ!」

「おいみんな! 俺達は苦しい冒険の日々の中で今まで何度もサキュバスさん達に大変お世話になった! 今こそこの恩を返す時なんじゃないか!」

「そうだな、俺達でその悪夢の札♂とかいう奴を買い占めたゴブリン共をとっちめてやろうぜ!」

「俺達でサキュバスさん達を助けよう!!」

 

次から次へと声を上げ、皆の気持ちが一つになっていく。

 

それを見たヨシヒコは彼等を代表する様に拳を掲げ上げ

 

「この町の冒険者、そしてこの店を護りたいと真に思う者達よ! 竜王の脅威に晒されるか弱き彼女達を助ける為に、まず我々がなすべき事はなんだ!」

 

力強くそう叫ぶと彼等は一致団結したかのように同じ様に拳を掲げる。

 

「決まってんだろ俺達に悪さした張本人のゴブリン共をぶっ飛ばしてやる!!」

「そうだそうだ!」

「ていうかアイツ! よく見たらあの要塞デストロイヤーを倒したドラゴンナイト・ヨシヒコじゃないか!!」

「そういや最近噂で聞いていたぞ! 竜ではなく魔物を操って戦うとかいう風変わりなドラゴンナイト! その男が通ればあの冬将軍さえも土下座して従うとも呼ばれている!」

「ま、まさかアンタがあのヨシヒコだったのか!」

 

目の前にいる男があの最近評判の期待の冒険者・ヨシヒコとだと知ってどよめく一同

 

するとダンジョーとメレブはすぐにヨシヒコの両隣に立ち

 

「いかにも! この男は幾度も困難を乗り切り数多の魔物を屠って来た伝説の男! 勇者ヨシヒコよ!」

「ヨシヒコがいれば我等は百人、いや千人力……この男にかかればゴブリンの群れなど敵ではないと、ここでヨシヒコの古くからの仲間であられる真の魔法使い、メレブさんがはっきりと宣言しよう」

 

 

さり気なく仲間に戻ってたり、さり気なく自分の名をアピールするダンジョーとメレブの言葉に皆のテンションは上がり、戦う気満々のムードに

 

「うおぉ!! こんな頼もしい御方がいるんなら俺達はもうなんにも怖くねぇ!」

「俺は付いていくぜアンタに! 一緒にゴブリン討伐に行かせてくれヨシヒコさん!」

「俺も!」

「俺も!」

 

次々と賛同しヨシヒコについて行く事を志願する冒険者達。

 

それを見てヨシヒコはコクリと頷くと、目の前の出来事に驚いているサキュバスの方へ振り返り

 

「それでは我々は近くの山に住むそのゴブリン達を倒しに行きます、サキュバスの皆はここで大人しくしてください」

「そんな……! ゴブリンは上級職の冒険者でも時にはやられてしまうんですよ! 私達なんかの為にみすみす自分の命を失うかもしれないのに!」

「あなた達だからこそ、命を賭ける価値は十分にある」

「お客様、いえヨシヒコ様……」

「ヨシヒコ、そんなにエッチな夢見たいんだな……」

「フ、どこまでも己の欲に忠実な男よ……」

 

真っ直ぐな目でキザな台詞を吐くヨシヒコにサキュバスが感動してる中、長年共に冒険していたメレブとダンジョーはそんな彼の考えはとっくにお見通しであった。

 

「この街に住む冒険者達よ!」

 

ヨシヒコはバッと冒険者達の方へ振り返ると、腰に差していた剣をシャキンっと抜いて掲げる。

 

「我々の理想郷を護る為に! ゴブリン達を駆逐するぞ!!」

「「「「「「おおー!!!!!」」」」」

 

アクセルの街の冒険者達(男性のみ)はヨシヒコによってこれ以上ない一体感を得た。

 

今日この日だけこの町の男達は

 

 

 

「「「「「ゴブリン倒すべし!!! ゴブリン滅ぶべし!!!!」」」」」

 

 

 

ゴブリンを倒す事のみに執着する狂戦士・ゴブリンスレイヤーとなった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

これはヨシヒコ達を常に見守る存在である仏と、この世界で幸運の女神と称され崇められているエリスがいた

 

「はい、それでは仏とその後輩エリスの~、『今後為になる兄貴語講座』~はーいパチパチパチ~」

「あ、あの……いきなり呼ばれたんですけどこれは一体なんなんですか先輩……?」

「はぁ~空気の読めない後輩がいる~、ここに先輩がパチパチ言ってるのにパチパチしないKY後輩がいる~」

「えぇ~……パ、パチパチパチ……」

 

雲の上から姿を現しこちらを見下ろしているのは、仏だけでなくその隣にはどうしてここにいるのか戸惑っているエリスの姿が

 

仏は早速後輩がいる事でちょっと偉ぶった態度を取ると勝手に仕切り始める。

 

「は~いノリの悪い後輩は置いといて、ではこれからみんなに、社会で生き抜く事に役立つ、あの兄貴語をレッツレクチャーしようと思いま~す」

「いやあの先輩、そもそも兄貴語ってなんなんですか?」

「あぁ? ま! まさかお前女神のクセに兄貴語知らねぇの!? 今時の神様はほとんど兄貴語を使えるというのに!?」

「そ、そうなんですか!?」

「そうだよ、ガーネーシャなんかお前、兄貴語使って普通に兄貴と対話出来るよ」

「えぇ私そんなの全く知らないんですけど……教えられてませんし……」

「あ~ゆとり世代がこんな所にいた~、ゆとりはすぐに知らなかったって言う~、教えられてないからわかりませんってすぐ言う~」

「す、すみません……」

 

ウザさMAXで早速後輩いびりを始める仏

 

それにエリスは始まってすぐに疲れた様子を見せながらも一つの疑問を尋ねる。

 

「ていうか兄貴って誰ですか?」

「お前の隣にいる人が兄貴」

「え? わ! わぁぁぁぁぁ!!!」

 

仏が指差して答えると、エリスは反対方向へと振り返る。

 

すると自分の隣にいつの間にか屈強な体付きをした純白なブーメランパンツのみを身に着けた兄貴がにこやかに笑いかけながら軽く手を挙げた。

 

「なななな! なんでさも当然に私達神々の領域に入り込んでるんですかこの人!」

「いやだって、兄貴はもう十分神格化されてるしね、我々と同じく神を名乗ってもなんら不思議はないんだし。もう完全に我々と同じ神様だからね兄貴は」

「そ、そうだったんですか!?」

 

さっきから何も言わずにただ微笑を浮かべる兄貴にエリスは頬を引きつらせて軽く会釈。

 

そして仏の方はニヤニヤしながら早速本題を始めた。

 

「それじゃあ今から兄貴が兄貴語で喋りますので、アシスタントのエリスさんはそれを訳して言ってみてください」

「はい!? だから私兄貴語知らないんですけど!?」

「いやちゃんとカンペ出るから、それ読み上げればいいから」

「カンペ!?」

 

兄貴語に関してはてんで疎いエリスに対し素っ気なく返すと、仏は「よしじゃあお願いします!」と兄貴に向かって頼むと、彼は無言でコクリと頷いてスゥ~と息を吸うと

 

「エプロン♂チャーハン?」

「えと、あ、カンペあった! えと……よう兄貴、調子はどうだい?」

 

「キャノン砲!」

「お、抑えられないよ!」

 

「いいですか? 茄子のステーキ」

「逆らう気か?そうはさせないぞ」

 

「田舎も~ん!」

「よっしゃ、来いよ!」

 

「オビ=ワンいくつぐらい!?」

「そ、そんなにしたいのか俺と!?」

 

「くりぃむしちゅー池田!」

「何やってんだ立て!」

 

「ゆきぽ派!?」

「ギブアップか、あぁん!?」

 

「あぁん、ひどぅい!」

「うわ! 何をするだァー!」

 

「最近だらしねぇな?」

「恥かかせる気か?」

 

「歪みねぇな」

「お前、俺を怒らせたな」

 

「いい目してんねサボテンね!」

「そ、そんなに自信があるならおっ始めようじゃねぇか!」

 

「あんかけチャーハン?」

「へぇ、これがいいんだな……」

 

「最強!」

「それでどんな気分だい?」

 

「夏コミにスティック♂ナンバー見に行こうな?」

「……クソ野郎、お前にこれが受け切れるかどうか見せてもらおうじゃねぇか、あぁん?……」

 

「ブスリ♂」

「トドメだ」

 

「ナイスでーす♂ 」

「い、いい尻だ♂……」

 

一通り言い終えると兄貴は満足したかのようにニコリと笑う。

 

カンペ頼りに彼の言った事を訳していたエリスの方は反対にぐったりした表情を浮かべ

 

「……先輩、何か妙に卑猥な事言わされたような気がするんですけど……」

「バカお前、兄貴語は神聖なる言語だぞ、卑猥だとか失礼な事言うなよオイ」

「じゃあ先輩が訳せば良かったじゃないですか! どうして私なんですか!」

「いやそれ、先輩のアシストするのが後輩の役目でしょ? 俺間違った事言ってる?」

「アシストって! 先輩何もしてなかったじゃないですか!」

 

ちゃっかり自分は何もしていない仏にエリスがムキになって抗議しようとしていると

 

兄貴は一仕事終えたかのようにこちらに手を振りながら機嫌良さそうに何処かへ行ってしまった。

 

「あれ!? ていうかあのムキムキの人何処へ行くんですか!?」

「ちょっとこの世界じゃない別の世界へ行くんだって」

「そんな勝手な……念のため聞いておきますけど何を目的に」

「兄貴♂ファミリアを結成するんだって」

「そ、それ止めなきゃマズいでしょ! ファミリアってもしかして……あの世界ですか!?」

「いや別に良いでしょ、私達関係無いし、兄貴が行きたいなら勝手に行かせればいいじゃん」

「鼻をほじりながら言わないで下さい鼻を!」

 

小指で鼻をほじりながらけだるそうに言う仏に、流石にエリスも苛立ちを隠せないでいると

 

仏はまたこちらの方へと振り返ってにこやかな表情を浮かべながら手を振り

 

「それじゃあ『今後為になる兄貴語講座』を終了しま~す、司会は仏と、アシスタントのパッドウーマンがお送りしました~」

「……パッドウーマン!?」

「それじゃあまた次回~歯を磨いて寝ろよ~」

「次回なんて無いですよ!」

 

 


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