勇者ヨシヒコと魔王カズマ   作:カイバーマン。

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其ノ漆 welcome to tokyoD……
漆ノ一


昼下がり、ヨシヒコ達はいつもの様に竜王の足掛かりを探す為に野原を歩いていた。

 

「あーヨシヒコとダクネスが元に戻ってホントに良かったー」

「すみません、ここ最近の記憶が無いんですけど何かあったんですか?」

「私もここ数日の間の記憶が全く無い……もしかして私達は何かの事件に巻き込まれたのか?」

「いやもう気にしなくていいわよホントに、私達から言えるのはホントこれだけ」

 

ヨシヒコとダクネスがエリスのうっかりによって変身してしまってから一週間

 

すっかり元に戻ってくれた二人にメレブとアクアはほっこりした表情で優しく彼等を見つめていた。

 

「ご近所から苦情来るから夜中でギター弾かない事と、整合騎士の名の下にとか言って街中で暴れなければ、それでいいのアンタ達は」

「ギター? 私がいつそんなモノを弾いたんですか?」

「整合騎士? 私は聖騎士だぞ、それに街中で暴れた覚えも無いんだが?」

「あの時はホントヤバかったー……滅茶苦茶ご近所さんに怒られたり色んな人に謝ったり……」

 

全く身に覚えのない事にキョトンとするヨシヒコとダクネスをよそに、疲れ切った表情でメレブがため息を突いていると

 

「待ちな、命が欲しければ、懐のモン全部渡せ」

「そしてこの流れで盗賊登場ー、お約束だねーホント」

 

そこへ颯爽と横から現れてヨシヒコ達の前に立ち塞がる一人の男

 

 

ヨシヒコが静かに剣を構えメレブが苦笑してる中、男は余裕たっぷりの表情でニヤリと笑って見せた。

 

「俺はちょいと名の知れた盗賊でね、悪いがちょいと俺の仕事に付き合ってくれねぇかな?」

「なによアンタ盗賊? なんだか今までの盗賊と違って随分男前ね」

「確かに、この男にはどことなく気品が溢れている……」

 

現れた盗賊に対してアクアとダクネスは怪訝な様子を見せる。

 

盗賊という割にはどことなく爽やかな風が似合いそうなイケメンだからだ。

 

するとメレブは「ん?」と首を傾げるとジッと彼の顔を見つめてすぐにハッと驚きの顔を浮かべ

 

「おうおうおう! 嘘だろ嘘だろー!? え、もしや!? もしやもしやもしや!? その爽やかフェイスは! その誰もが認める二枚目のあなた様は!?」

「この男を知っているんですかメレブさん?」

「いやだってこの人! ムラサキの……いや木南さんの……!」

「フ、どうやら名前だけでなく顔まで知られちまってるのか、こりゃあ商売上がったりだな」

 

急に慌てた様子で男を指差しながら何かを言おうとするメレブ

 

その反応を見て男は軽く肩をすくめて見せるとアクアもまた「あ!」と彼を指差し

 

「あなた私も知ってるわよ! アレでしょアレ! あの……!」

「お前は黙ってなさいアクア! 前もお前この人の事ふざけた名前で言っただろ! 今回は本人がいるんだから絶対に何も言うな! 頼むから!」

 

アクアがまた何か失礼な事を口走るのではといち早く察したメレブが彼女の前に手を出して制止する。

 

すると男は気さくそうな笑みを浮かべながら腕を組むと

 

「俺の名は……」

 

 

 

 

 

 

「タマキンだ」

「おぉぉぉぉぉう!?」

「いずれはこの世界で盗賊王と呼ばれる男だ」

「まさかの本人が!? 本人が言っちゃうの!? 本人が認めちゃうの!?」

「ほーらやっぱり私は間違ってなかったじゃない! やっぱりこの人はタマキンよ! どっからどう見てもタマキンじゃない!」

「そうれ俺こそタマキンだ!」

「止めてー! なに堂々と自分の事タマキンとか言ってんのこの人~!」

 

 

恥ずかしいと全く思っておらず堂々と名乗り上げる盗賊・タマキン

 

名前を当てた事にアクアが嬉しそうに彼を指差してピョンピョンと跳ねる中、メレブは一人申し訳なさそうに頭を抱える。

 

「ごめんなさい千秋様ファンの皆様~……」

「でもアンタ惜しかったわね、もうちょっと早く出てれば良かったのに、そしたら彼女との共演があったのよ」

「フ、スケジュールが合わなかったんだ!」

「あの! そんな事まで話さなくて結構ですから! ホントこっちは出てくれただけでありがたいんで! おいアクア! いい加減お黙りなさい!!」

 

文句を垂れるアクアに後頭部に手を回しながらペコリと頭を下げるタマキン

 

いい加減にしろとメレブがアクアを叱りつけていると、不意にヨシヒコがスッと剣を構える。

 

「誰だか知らんが私達と戦う気があるのであれば容赦はしない、金が欲しければ力づくで奪って来るがいい、タマキンよ」

「ヨシヒコもホラ、空気を読んであんまタマキンって呼ばないであげて~」

「アンタが最近噂に聞く勇者ヨシヒコという男か、魔物を操る力を持っているとは聞いたが、お前自身の力はどうだろうな」

 

戦う構えを取るヨシヒコに、不敵な笑みを浮かべながら腰から鋭く尖った刀を抜くタマキン

 

「本当の事を言うと俺は金を奪う事には全く興味が無い、こうしてアンタ等の前に現れたのは、噂のヨシヒコとやらの実力を拝みに来たって訳さ」

「金ではなく強き者と武で競い合う事を望む、か……やはりこの男、今までの盗賊とは何から何まで違うな」

「ならばお前が見たいという勇者の力、この場ではっきりと見せてやろう」

 

 

ならどうして盗賊になったんだろうと内心うっすら思いながらも、ダクネスは冷静にタマキンの性格を観察していると、ヨシヒコは彼の挑戦に受けて立つ覚悟だ

 

「皆さん、この男とは私一人で戦います、助太刀は無用です」

「うむ、存分にお前の戦いを見せてやるがいい」

「なるほど、これが本当の男と男の真剣勝負というものか……別に止めはせんが気を付けろヨシヒコ、相手は相当に腕に自信があるみたいだからな」

「ねぇねぇ、まどろっこしい真似するのめんどくさいからみんなで袋叩きにしましょうよ、相手一人だし」

「お前、今日はいつにも増してホント空気読まないよね、どしたん? どしたんアクアちゃん? 機嫌悪いん?」

 

単独でタマキンと戦う事を決めたヨシヒコにダクネスが素直に見守る姿勢を取っている状況で

 

一人だけ面白い事考えたかの様に人差し指を立てて提案するアクアを

 

メレブは真顔で彼女の肩に手を置いて語りかける様に黙らせた。

 

「来いタマキン、私と一対一の勝負だ」

「フ、俺は別に全員でかかってきても構わなかったんだが……さてはお前も俺に負けず劣らずバカだな」

 

こちらの挑戦に受けて立つばかりかタイマンで決着を着けようとするヨシヒコに、面白そうにニヤッと笑いながら対峙するタマキン

 

そして

 

「行くぞヨシヒコォ!」

「来い! タマキンよ!」

 

ヨシヒコとタマキンによる一騎打ちが始まった。

 

二人の用いる得物が激しく交差し、そこから何度も相手の動きを読み合いながらぶつかり合う二人。

 

刃物同士の衝突音を周りに響かせながら、両者は一歩も譲らずひたすらせめぎ合う。

 

「ハハハ! いいぞ勇者よその調子だ! この俺を本気にさせてみろ!」

「やはりこの男強い……! だがここで私が倒れる訳にはいかん!」

 

鍔迫り合いになりながらもなおまだ笑っていられるタマキンに、ヨシヒコは剣を突っ返しながら負けてたまるかと怒涛の攻撃を繰り出していく

 

しかしタマキンもそれを難なく回避して、華麗に刀を振り回して踊る様な動きで魅せながら戦う。

 

「く! 流石に見た目と口だけではなかったか! 負けるなヨシヒコ! お前にはこの世界で為すべき事が残っているんだ!」

「はぁ~戦ってる姿もまたお美しいわ~、ホントカッコいいわ~、タマキンって名前だけでもどうにかならんすかね~」

「ちょっとメレブ! アンタどっちの味方なのよ! もっと頑張りなさいヨシヒコ! タマキンなんかぶっ倒しちゃいなさい!!」

 

男同士の真剣勝負という熱い戦いを見てテンションの上がるダクネスと惚れ惚れした視線をタマキンに送るメレブ

 

アクアも応援している中でヨシヒコは勇者という誇りをもって全力で戦う

 

だが

 

「見切ったぞ勇者! そこだ!」

「しまった!」

「あ~ヨシヒコの剣が!」

 

 

何合目かわからない程の打ち合いの中で、隙を突いたタマキンの一振りが、ヨシヒコの持ついざないの剣を空中に弾き飛ばす。それを見て悲鳴のような声を上げるアクア

 

「勇者ヨシヒコ、いい腕をしているのは認めるが、残念ながら俺の勝ちみたいだな」

「何てことだ……私が一対一で敗れてしまうとは、悔しいがこの男、私より強い……!」

 

 

得物を失ってはもう相手の攻撃を防ぐことも、そして相手を倒す事さえ出来ない。

 

己の勝ちを確信したタマキンは、ショックで呆然と立ちすくすヨシヒコに向かって静かに刀を振り上げる。

 

「中々面白い戦いだった、感謝するぞ勇者よ」

「く!」

 

無防備な状態を晒して悔しがるヨシヒコに向かって、相手の健闘を称えながらもトドメを刺しに行くタマキン

 

しかし万事休すかと思った次の瞬間

 

 

 

 

 

「ウチのヨシヒコをやらせはしないわ! 隙あり!!」

「おぉう!」

「女神!」

 

なんとまさかのアクアが横入りで奇襲。

 

刀を振り下ろそうとするタマキンの背後から、アクアが現れるとすかさず地面を蹴って

 

思いきり開いている彼の股の間にある最もデリケートな部分を思いきり蹴り上げたのだ。

 

これにはさっきまで余裕な態度であったタマキンも一気に苦悶の表情を浮かべ、両手に持っていた刀をポロッと地面に落としてしまう。

 

「お……おぉ……」

「やったわヨシヒコ! タマキンを倒してやったわよ!」

 

言葉も出ない程に強烈な痛みを耐えようと、股を両手で押さえながらプルプルと震え出すタマキンを見ながら喜びのガッツポーズをとるアクア。

 

 

これにはヨシヒコもどこか困惑の色を浮かべていると

 

「お前ぇ! おいコラ自称女神お前ぇ!」

「おいアクア! お前は何という真似をしているんだ!」

 

そこへすかさずメレブとダクネスが血相変えて駆け寄って来た。

 

「男同士の一対一の決闘だとさっき言ったばかりだろう! どうしてそこでお前が出て来てトドメを刺すんだ!」

「は? 何言ってんのよダクネス、大事な仲間が死ぬのを大人しく見てるとかそれもう仲間じゃないでしょ」

「そういう訳ではないがこの流れで横やりを入れるなんて卑怯だぞ! カズマかお前は!」

「何それひどーい! 私はただ助けただけなのになんでヒキニートでドクズのカズマさんと同類扱いされなきゃいけないのよー!」

 

決闘という中々の熱い展開にちょっと燃えながら二人の戦いを見守っていたダクネスが、アクアの勝手な振る舞いに厳しく叱りつけてる中

 

一人股間を抑えながらピクピク動いている盗賊・タマキンに慌ててメレブと戦っていたヨシヒコが駆け寄る。

 

「大丈夫ですか!? なんかモロに食らってましたけどホント大丈夫ですか!?」

「これは酷い……これではもうまともに戦う事は出来ない」

「……つ! 本当に……思いきり入ったぁ……!」

「おい! 担架誰か持って来て! タマキンさんもう声も出ない! 重症ですこれ!」

「タマキンのタマキンに女神の会心の一撃が……」

「ヨシヒコ……よくその台詞笑わずに言えたな……」

 

股間を抑えて悶絶している様子のタマキンを見て

 

ボソリト真顔で呟くヨシヒコに、メレブは思わずちょっと噴き出してしまう。

 

程無くして全身黒づくめの黒子二人組が担架を持って来て、痛すぎて半笑いを浮かべているタマキンを急いで乗せてあげた。

 

 

「どうしよう、マジでどうしよう、ムラサキに本気で怒られそう……アイツと次会うのが怖い……」

「女神、タマキンのタマキンを回復させてあげたらどうですか?」

「えーいいわよアイツ敵でしょ? それになんか変な黒づくめの二人組が連れて行こうとしてるんだから別にいいじゃない」

「……ていうかあの二人組は誰だ?」

「彼等に触れるなダクネス、見て見ぬ振りに徹しろ」

 

黒子二人を指差して気になっている様子のダクネスをメレブが急いで止めに入っていると

 

黒子に担架で担ぎ上げられたタマキンの所へヨシヒコとアクアが歩み寄る。

 

「タマキンが苦しんでいます、ここは是非女神のお力で助けてあげましょう」

「まあ別に良いけど、ホントに苦しんでるのコイツ? 顔笑ってるわよ」

「いやーこういう事させられるんだなぁ……こえーななココ……」

 

股間を抑えながら半笑いのタマキンに

 

アクアは首を傾げながらも仕方なく回復の魔法を掛けてあげるのであった。

 

 

 

 

 

タマキンを回復させて逃がしてやった後

 

一段落を済ませてヨシヒコ一行はトボトボと平原を歩いていた。

 

「おいアクア、今日のお前なんかおかしいぞ、ずっとイライラしているじゃないか」

「そうだよ水色おバカ頭、お前あの盗賊に散々失礼な事言った挙句股間にキックしたんだぞ、男同士のタイマン勝負にケチ付けやがってー」

「女神、一体どうしたんですか? よろしければ私達に相談して下さい」

「……」

 

さっきからずっとムスッとした表情で先頭を歩いていくアクアに、三人が何かあったのかと尋ねると

 

彼女は不機嫌な顔のままクルリと踵を返して彼等の方へ振り返る。

 

「どうしたもこうしたもないわよ……もういい加減ウンザリなのよ! ここ最近ずっと酷い目に遭わされる事に!」

「酷い目に、ですか?」

「そうよ! カズマやめぐみんも裏切るし! 死体には蹴られるし! カエルにはまた呑み込まれるし! 女神なのに死んじゃうし! ヨシヒコ達に置いてけぼりにされちゃうし! 挙句の果てにはヨシヒコが結婚するから魔王なんてどうでもいいだって言い出すし!! もう何度も振り回されてこっちは限界なのよぉ!!」

「あらら……アクアちゃん、疲れちゃったんだねー……」

 

 

どうやら彼女の機嫌が最悪なのはここ最近の災難続きが原因みたいだ

 

よくもまあそんな覚えてるもんだと、長々と今までの災難を叫び続けるアクアを見て、流石にメレブも哀れみの目

 

「だからこう、癒しが欲しいのよ私は! わかるでしょ! 体と心の両方に安らぎを与えてかつ楽しい事ばっかりのな夢一杯の素敵な場所! そんな所とかに行きたいの! 誰か私をそんな理想郷に連れて行って!! 私のすさんだ心を浄化して!!」

「贅沢な事要求するなぁホントに……ある訳ないじゃんそんな所、俺だって行きたいわ」

「全くだ、そもそも一刻も早く魔王を討伐せねばいかんのに癒しを求めるなんて、お前はホントにカズマを救う気……」

 

 

一度は哀れむメレブであったがワガママに言いたい放題のアクアにダクネスと一緒に厳しく叱りつけようとしていると

 

 

 

ヨシヒコく~~~ん! ヨ~シヒ~コ~く~ん!!

 

「あ~~~もうウザったい! この状況下で一番最悪な奴の登場だわ!」

「恐らく病み上がりだと思われるのに、今日の仏はやけにテンション高くないか……?」

「うわ……戻って来たよアイツ……ヨシヒコ、変身」

「変身します」

 

 

突如空に浮かぶ雲が割れて後光が差し込める。

 

アクアがカリカリとしながら腹を立てている中で、メレブは前回使わなくて済んだ〇イダーマンヘルメットをヨシヒコに被らせた。

 

すると割れた雲の隙間からパァーッと大きなシルエットが現れ

 

「みんな御無沙汰! みんな大好きな仏が! はるばる復活して帰って来たよ!! イエーイ! センキュー!」

「「「「……」」」」

「……え、ちょ、ちょちょちょ待って待って、なにみんな黙ってるの……?」

 

久しぶりに現れたのはやはり仏であった。

 

前回はエリスが代役として現れたが今回は本物が両手を掲げてガッツポーズで登場

 

しかし全員無言で彼の帰還を特に喜ばずに黙って見上げていると、ガッツポーズを止めた仏はしどろもどろになって困惑する。

 

「仏だよ? 前々回、性質の悪い店員にやられて入院中だった仏がようやく全快してみんなの所へ帰って来たんだよ? 祝おうぜ! 仏の復活をみんなで祝おうぜ!!」

「アンタが戻ってこようがどうでもいいのよぉ!! 私はもうボロボロなんだからこれ以上ストレス溜めさせないで!! とっとと私の前から消えなさい!!」

「おーどうした水のなんとかのアクアよ、急にキレたり帰れとか言われてもどうすればいいのかわかんないんですけどー、ボロボロってなに? ボロボロだったのお前じゃなくて私よ?」

 

なんだかいつも以上にアクアがイライラしている事に気付いた仏は何かあったのかと首を傾げていると

 

それを見かねてメレブが彼女の代わりに教えてあげる。

 

「なんかコイツ、最近ずっと嫌な事ばかりでナーバスになってるんだって」

「……は?」

「だから、周りに酷い目に遭わされたりヨシヒコに振り回されたりして精神的に色々と参ってるんだって事!」

「……なにそれ? コイツ、そんな事で機嫌悪くしてんの?」

 

アクアを指差しながら仏が怪訝な表情を浮かべていると、説明を終えたメレブがコクリと縦に頷く。

 

すると仏は「ハァ~」とわかりやすいため息を突いて肩を落とすと、視線をアクアに向けたまま呆れた口調で

 

「お前さぁ、魔王を倒す為にヨシヒコ達と一緒にいるんだべ? 魔王に操られてるカズマ君を助けに行きたいんだべ?」

「そうよ! わかり切った事聞くんじゃないわよ!」

「だろ? じゃあ嫌な事が続いた程度でなに周りの空気を悪くさせてんの? お前魔王を倒しに行く自覚あんの? 魔王まで辿り着く間に様々な苦難と試練が押し寄せる事ぐらい当たり前じゃん」

 

小指で耳をほじりながら「は~つっかえつっかえ」と最近聞いたのであろう言葉を使いながら

 

頬を膨らませていかにも不機嫌だとアピール全開のアクアに再びため息

 

「魔王を倒すってのはお前が考えてるよりもずっと大変なんだよ、わかる?」

「……」

「私の知ってるヨシヒコとは別の勇者なんかね、別の世界へ行った魔王を追いかけて、右も左もわからない別世界でなんとか生活する為に住む場所や仕事を必死に探して、仕事帰りに店で冷えた弁当買って、自分以外誰もいない寂しい家で夜な夜な弁当食べて、そしてファーストフード店で巨乳の後輩とイチャついてそれなりに充実してやがる魔王を倒そうと必死に頑張ってるんだよ」

「いきなり長々となんの話してるのよ! そんな勇者がいる訳ないでしょ! それに巨乳の後輩とイチャつく魔王ってどんな魔王よ! 嘘ついてんじゃないわよ!」

「ホントだもん! ウソじゃないもん! ホントにはたらく勇者様と魔王様がいるんだもん!」

 

また仏の作り話かと、長々とそんなデタラメこくなと怒り始めるアクア

 

そして何故かヘルメットを被った状態のヨシヒコが高々と挙手して

 

「仏! 魔王とイチャつく巨乳の後輩の事について詳しく教えて下さい!」

「こらヨシヒコ、巨乳にすぐ食いつくの止めなさい、アレ全部仏の作り話だから、そんな魔王も巨乳もいないから」

 

別の所に食いついて詳しく話を聞きたがっているヨシヒコをいつものように優しくなだめるメレブ

 

そんな中でも仏は「ウソじゃないもん! トトロいるんだもん!」と訳の分からない事を泣き顔で叫んだ後

 

急にシレッとした真顔になって

 

「じゃあアホのアクアは置いといて久々のお告げいきまーす」

「ちょっとぉ! 私まだ全然納得してないんですけどー!」

「ごめん仕事してるから黙って、お願いだからホント黙って、こっち病み上がりの身体に鞭打って働いてんだから」

「ぐぬぬぬぬ……!」

 

まだ話は終わってないと怒り狂うアクアにめんどくさそうに自分の口に人差し指を立てて黙らせながら

 

仕事モードに変わった仏が改めてヨシヒコ達にお告げを下し始めた。

 

「えーここから少し北東に、とある怪しい地下ダンジョンがあります、そこにですね、なんと竜王が使う人を操る術を、解く事が出来てしまうという強力なアイテムが隠されているとわかった」

「おー久々にまともお告げきたー! しかもかなり有能な情報!」

「竜王の術を解く……つまりダンジョーさんやムラサキを正気に戻せるアイテムがそのダンジョンに眠っているって事ですね」

「これでようやくアイツ等を元に戻せるって訳か~」

 

仏のまともなお告げを聞いて驚きつつもその情報にすぐに食いつくメレブとヨシヒコ

 

上手くいけばそのアイテムでダンジョーとムラサキを救える事ができるかもしれないからだ。

 

しかしまだ仏のお告げは済んでいない。

 

「だがその地下ダンジョンは何者かが手を加えており、複雑な迷宮と化している。進むのは非常に困難な上に罠まで仕掛けられているという、そして更にそのダンジョンよりも恐ろしい存在がいるのだ」

「恐ろしい存在とはなんですか?」

「そのダンジョンを迷宮化し沢山のわなを仕掛けた人物にして……その世界に元々いる魔王に近しい配下の者!」

「こちらの世界の魔王に近しい配下……」

「つまり魔王軍の幹部という訳か、これは予想以上に厄介だぞ……」

 

やはりそう簡単にレアアイテムを手に入れる事は出来ないようだ。

 

仏の口から出て来た魔王の配下と聞いて、ダクネスも眉間にしわを寄せる。

 

「前回のウィズみたいな争いを好まない魔王軍の幹部は極々稀なケースだからな……つまりは今回初めて、私達の世界にいる魔王軍の幹部と対峙する可能性があるやもしれぬという事か……」

「ダクネス、やはり魔王軍の幹部というからには、相当強いのか」

「もちろんだ、なにせ魔王に認められた存在だからな。私達も一度手合わせした事あるが、その時倒せたのもたまたま運が良かっただけだ、これはかなり困難で厳しい戦いになるかもしれないぞ、ヨシヒコ」

 

魔王軍の幹部の恐ろしさをよく知っているらしいダクネスに聞かされて、ヨシヒコも「なるほど……」と難しい表情を浮かべる。

 

「ならば事前にしっかりと準備する必要がありますね」

「うむ、これはかなりマジな戦いになりそうだ、こちらも本気の構えを取らんと、容易く全滅させられる可能性は大いにある」

「本気の構えですか……わかりました、それじゃあ早速その辺にあるやくそうを片っ端から集めましょう」

「ヨシヒコよ……お前にとっての本気の構えってやくそう集める事だけなのかい?」

 

ヨシヒコのダンジョンに赴く前に入念に準備するという事にメレブも強く頷くものの

 

彼が行おうとしているその入念な準備についてはすぐに困り顔でツッコミを入れた。

 

そしてお告げを終えた仏は、今回は完全に仕事しましたよと言ってるかの様にキリッとした顔を浮かべると

 

徐々にその姿は薄れていく。

 

「頼んだぞ勇者ヨシヒコよ、お前の力がこの世界を支配している魔王にも通用すると私は強く信じている。相手が魔王軍の幹部であろうと、お前の剣は決して折れんと」

「わかっています仏、私は勇者、必ずやその魔王軍の幹部を倒し、我々の世界だけでなく、こちらの世界の脅威をも倒して見せます」

「うむ! ではさらばだヨシヒコよー!」

 

最後にヨシヒコと強く頷き合うと、仏は叫んでフッと消えていくのであった。

 

「最初テンション高く出て来た時はまた長々とふざけるんだろうなコイツと思ったけど、なんか今回、スムーズにお告げしてさっさと消えていったな仏」

「はい、どことなくなにか急いでるような気がしました」

「さてはアイツ……尺でも気にしだしたのかな……」

 

ふざけたらふざけたらで非難されて、珍しく真面目にやったと思えば何か裏があるのではと疑われる仏。

 

メレブも早速消えて言った仏を疑いながら、ヨシヒコからヘルメットを受け取り袖へと戻す。

 

「とりあえず行く先だけでもわかったし行くとするか、確かここから北東だよな」

「はい、今回もまた一筋縄ではいかない冒険になりそうです」

「今回もと言われても私はあまり冒険した記憶が無いんだが……」

 

考えてみれば彼等とそんなに冒険っぽい事してない様な気がすると……ダクネスが言ってはいけない事をつい口走りつつ、地べたに体育座りしてすっかりいじけているアクアの方へ振り返る。

 

「おいアクア行くぞ」

「いや! なによ魔王軍の幹部がいるダンジョンに潜りこめって! 私はそんな所に行きたくないの! 癒しのスポットに行きたいの!」

「そんな場所に行く暇などあるか! ほらとっとと行くぞ!」

「い~や~!! もうひどい目に遭いたくないのよ~!! 誰か私を楽しい所へ連れてって~!!」

 

未だ己の理想郷を求めようとするワガママなアクアの後ろ襟をむんずと掴むと、ダクネスはそのまま彼女を引きずってヨシヒコ達と共に魔王軍の幹部のいるダンジョンへと赴く事にした。

 

果たしてそこで待ち構えている強敵とは……

 

そしてアクアの求む理想郷は何処にあるのか……

 

 

 

 

 

 


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