勇者ヨシヒコと魔王カズマ   作:カイバーマン。

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捌ノ三

アクシズ教徒にハメられたヨシヒコはものの見事に身も心も信者と成り果ててしまった。

 

そしてそんなヨシヒコはというと他三人と共にダンジョー達を救うアイテムがあるらしい場所

 

アルカンレティアの温泉の源泉地である山へと向かっていた。

 

アクアの足下には当然の如く、銀色のヌメヌメスライムのはぐりんが付いて来ている。

 

「流石はアクア様です、既に仏の言っていたアイテムの目星を見つけてしまっていたとは……本当に素晴らしい」

「ふふーん、もっとよ、もっと褒め称えるのです勇者ヨシヒコ、水の女神アクア様を心の底から崇拝しながらもっとテンション高く」

「私はアクア様に仕えて幸せだぁぁぁぁぁ!!! 女神様最高ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「よしよし」

 

アイテムの在り処をアクアが見つけたとメレブから聞いて、ヨシヒコはさっきから同じような事を何度も彼女に言ってべた褒めである。

 

そしてそれを満足げに受け答えしながらアクアはますます調子に乗って鼻高々な様子である。

 

「いいわー今のヨシヒコ、前からアホだけど素直な良い子って感じだったけど、アクシズ教徒に入ったおかげでヨシヒコはますます私の事を敬う様になってくれたわ」

「いやいやコレ絶対にマズいって、ヨシヒコがこんな調子だと魔王を倒すなんて絶対出来っこないって」

 

腕を組みながらうんうんと頷くアクアであるが、一緒について来ているメレブは物凄く不安そうな表情。

 

こういう状態になった時のヨシヒコは信じられないほどめんどくさくなるとよくわかっているからだ。

 

「最悪ヨシヒコ、魔王の前でさっきみたいに歌って踊り出すよ? それもうインド映画だよ?」

「いいじゃない、夢の国だって歌いながら戦うシーンとかよくあるでしょ? これからはウチもミュージカルで行きましょ、第二のノートルダムと呼ばれましょう」

「バカタレ、あちら様の様な事をウチで出来る筈無いであろうが、このバカちん女神(哀)」

「聞くのです勇者ヨシヒコ、魔法使い(笑)風情のへっぽこメレブが私を侮辱しました、速やかに彼に罰を与えなさい」

「メレブさん今すぐにアクア様に心の底から謝ってください」

 

メレブのツッコミを自分に対する侮辱だと感じたアクアは祈るポーズを取りながら前を歩くヨシヒコに命令

 

それを聞くと彼は即座にメレブの方へ彼はと振り返って来た。

 

「今すぐにアクセルに戻って揚げたてのコロッケとシュワシュワを我等のアクア様に献上して下さい、そうすればメレブさんの罪は島流しで済みます」

「そこまでしても島流しに遭うの俺!? 嫌だわ! こっからアクセルの街って相当な距離あるからね!? 馬車で一日半かかってんだから!」

「ヨシヒコ、別に島流しまでしなくていいから、私の気が済めば良いだけなの、死刑とかでいいから」

「なんとお優しい女神様だ……感謝して下さいメレブさん、アクア様から減刑が出されました、島流しから死刑です」

「いや死刑の方が重くない?」

 

アクアのお言葉に感銘を受けた様子で微笑みながらメレブに極刑を命ずるヨシヒコ

 

バカバカしいとメレブは普通に断って山道を進んで行く中

 

「あ、そういや俺からも一つ聞きたい事があった、あのねヨシヒコ」

「なんです、メレブさん?」

「ヨシヒコさー、その右手に持ってる奴は……なに?」

「ああ、これですか」

 

ふと気付いたかのようにメレブは前を歩くヨシヒコが手に持ってるモノについて尋ねると

 

彼はジャラッと音を鳴らしながらメレブに見せる。

 

「鎖ですけど」

「うん……じゃあその鎖の先になんで……」

 

ヨシヒコが持つのは長くて丈夫そうな鉄の鎖、そしてその先を辿ってみると

 

「首輪を付けたダクネスがいるのかな?」

「……」

「え……? なにかおかしいですか?」

「いやおかしいから聞いてるの、さっきまでずっと気が付かなかったんだけど、あれ? よく見たらダクネスの奴……なんで首輪してんの?って気になったから聞いてるの」

 

ヨシヒコが持つ鎖の先には、その鎖に繋がれた首輪をはめているダクネスが大人しくヨシヒコに引っ張られながらついて歩く姿が。

 

それを指摘されるとヨシヒコは彼に向かってフッと笑いかけ

 

「変な事言わないで下さいメレブさん、しつけのなってない犬にはしっかりリード繋いでおかないとダメじゃないですか、飼い主の基本ですよ」

「飼い主!? おいダクネス! お前ヨシヒコに犬扱いされてるぞ! いい加減怒れ!」

「……お構いなく」

「……今なんて言ったこの女?」

 

首輪に繋がれたままヨシヒコに引っ張られているダクネスに慌ててメレブが叫ぶも、彼女はこちらに振り返ると酷く冷めた表情でボソリと呟く。

 

すると我が耳を疑うメレブをよそにヨシヒコがすぐに彼女の方へ振り返り

 

「エリス教徒風情が人間様の言葉を使うなぁ!」

「は、はい! 申し訳ありません!」

「だから喋るんじゃない! 今からお前は「わん」とだけ鳴いてればいいんだ! わかったかエリス教徒!」

「はい! あ、じゃなかった、わん!」

 

グイグイとヨシヒコに鎖で引っ張られながらも大人しく彼の言葉に従うダクネス。

 

そして彼に聞こえない様俯いたまま顔だけ何処か興奮した様子で

 

「いいぞ! 今のヨシヒコはいいぞ……! 前は正義感の塊のような男であったが、アクシズ教徒に入ったおかげでヨシヒコはエリス教徒の私の事をまさかこんな……周りの視線も構わずに首輪を付けて歩かせる程のドSになるなんて……! やはりこいつは凄い……!」

「歩くのが遅い! ちゃんと私について来い! この犬め!」

「わん!!」

「なにお前までアクアみたいに喜んでんだよ! しかもアイツとは全く真逆の扱いされた上で喜ぶってホントお前の性癖どうなってんの!?」

 

すっかりエリス教徒の事を敵と見なし始めているヨシヒコに、ダクネスはすっかり従順な犬に成り下がり、何の抵抗も見せずに言われるがままの状態。

 

自分を敬うヨシヒコにアクアは満足し、自分を虐めるヨシヒコにダクネスが満足しているという事に

 

「こんな気持ち悪い結束とか絶対に勇者のパーティーとしてマズいって……」

 

とメレブが内心心配そうに呟いていると

 

「着きましたよメレブさん、そして我が女神・アクア様、我々が探し求めていたアイテムが眠っている山の入り口に」

「ここが山へと昇る入口ね、あれ? でも入り口には見張りの兵士が立ってるわね? 温泉の源泉を盗まれない様に守っているのかしら」

「あらら~、どうみても関係者以外立ち入り禁止って感じだな……」

 

会話とツッコミをしながら歩いている内に、ヨシヒコ達は無事に山に登る為の入り口に来ていた。

 

しかしそこには鎧を着飾った屈強なる兵士が待ち構えている。

 

「どうするヨシヒコ?」

「……案外このまま歩いて行けばバレないかもしれません、普通に通り過ぎましょう」

「いやバレるっておい……」

 

試しに近づてみようとヨシヒコ達は彼等を無視してスッと横を通り抜けようとすると

 

「っておいちょっと待てお前達、なに俺達を無視して勝手に行こうとしてるんだ」

「怪しい奴等だな、特にそこの金髪の女に首輪を掛けてるお前が一番怪しい」

「やっぱりバレた、しかも思いきりぐうの音も出ない正論言われた……」

 

入口に入る寸での所で案の定、二人の兵士に止められてしまった。

 

しかもヨシヒコとダクネスのおかげで一層怪しまれる始末。

 

メレブが頭を抱えて投げていると、ヨシヒコは真顔のまま平然と彼等に口を開く。

 

「すみません、私はヨシヒコと言って魔王を倒そうとしている勇者なんですが、この先に用があるので通してもらえないでしょうか?」

「は? 魔王? 勇者? お前何訳の分からない事言ってんだ、もしかしてなんか悪いモン食っておかしくなってるんじゃないだろうな?」

「いやちょっと待て、ヨシヒコって名前聞いた事があるぞ……」

 

自分の事を勇者と名乗るヨシヒコに兵士の一人はますます疑いの目つきを鋭くさせていると

 

その相棒らしき兵士は、ヨシヒコの名を聞くとすぐに疑っている兵士の耳元に顔を近づけ

 

「ほら、お前もあの御方の事は当然知ってるだろ? 突然現れ颯爽と事件を解決していくあの伝説の御方……」

 

「ああ、もしかしてあの御方か? いずれ王都にその姿を模して彫像が作られる予定の英雄……」

 

「そうだ、まるで魔王軍の幹部の様な恐ろしく強い連中を引き連れながら数多の偉業を成し遂げ、ベルセルグ王国のアイリス王女様からも姉の様に慕われているらしく、各王家にもその名を轟かせるとんでもない人物だ……」

 

ヨシヒコ達には聞こえない様ボソボソと小声で会話を続けると、兵士の一人がチラリとヨシヒコの方を見て

 

「それでこれは噂で聞いた話なんだが……なんでもその方には実の兄がいるらしくてな、紫色のターバンとマントを装備した男で、名はヨシヒコだと言うらしい……」

 

「ヨシヒコだと……!? おいおいじゃあまさかあの男がその英雄様の兄だって言うのか……!?」

 

「わからない……だがその噂によるとそれは英雄様本人が言ったらしくてな、しかも「この世界で兄様の行く道を邪魔する者がいるのであれば、それは何者であろうと敵と見定めまする」と……」

 

「!?」

 

話を聞いた兵士の顔から血の気が引いた。

 

仮にもし今ここにいるあの男がその英雄の兄であるならば

 

その行く手を邪魔する自分達は英雄の敵と見定められるという事になるのではないだろうか……

 

その英雄と称される者は、かつて暴虐の限りを尽くし、数々の国に深刻な損害を与えた凶悪なドラゴンを

 

数人の仲間をその場に置いて単身で挑み、そして何事も無く仲間の元へ戻って来たという……

 

その凶悪なドラゴンを見事に服従させてその上に乗ったまま

 

そんな人物に敵と見定められたら所詮見張り兵でしかない自分達などいとも簡単に……

 

「し、失礼しましたヨシヒコ様!」

「こちらはご自由に通って結構です! ささ! お仲間もご一緒に連れて行って構いませんので!」

「……ありがとうございます」

 

二人の兵士は急に慌てながらヨシヒコ達の為に道を開けて通過を許可してくれた。

 

さっきは止められたのに急にどうして……?とヨシヒコはふと疑問に思うも、彼等に頷いて素直に山の方へと歩いていく。

 

「どうしてあの二人はあっさりと通してくれたんでしょうか?」

「ははーん、もしかしたらヨシヒコの名を聞いたからじゃない? きっとアンタ、気が付かない内にこの世界で結構な有名人になってるのよ」

「そうなんですか!? こうしてはいられない、早くサインの練習をせねば……!」

「流石ね我が信者ヨシヒコ、冗談で言った私の言葉をなんの疑いも無く信じる上にサインの練習をしようとする調子の乗りっぷり、それでこそアクシズ教徒よ」

「お褒めの言葉ありがとうございます、我が女神」

 

アクアに調子のいい事を言われながら嬉しそうに顔をほころばせると

 

ヨシヒコ達は問題なく兵士たちの横を通過し、アイテムの眠る蔵へと進むのであった。

 

「このまま先へ進ませて良かったんだよな俺達……」

「わからねぇ、けど今はこうするしかねぇだろ……お前だって英雄様の機嫌を損なわせたくないだろ……」

「ああ、この世界で唯一魔王と同等、もしくはそれ以上とも呼ばれている正に地上最強の御方だからな……」

 

しばらくの間、かの英雄に敵と見定められて襲われないかという恐怖に縛られる生活を送る事を余儀なくされた兵士二人をその場に置いて……

 

 

 

 

 

 

 

そしてヨシヒコ一行は山を登り、貴重なアイテムが置かれてるらしき蔵は無いのかと探していると

 

「あ! 見てみてあそこが温泉の源泉よ! そういえばこの街の温泉に毒を混ぜた犯人も捜さないと!」

「おーいー、まずはダンジョー達を救うアイテムを見つける事が先だろ、ってアレ?」

 

頂上付近まで登ってみるとそこには温泉の源泉らしきモノがボコボコと激しい泡を立てて流れていた。

 

それを見てアクアはこの街の温泉に毒を混ぜてる不届き物がいる事を思い出し叫び出すと

 

メレブはふと厳選の傍に一人の男がいるのがうっすらと見えた。

 

「なんか湯気でよく見えないけど、いい感じの肉体美をした色黒のガチムチな男があそこにいるぞ?」

「メレブ……その言い方だとアンタ物凄く気持ち悪いわよ……」

「うん、俺も自分で言ってる時に素直に気持ち悪いと思ってた、あーやっぱりCV小山力也の傷跡が癒えてないのかなぁ……」

「怪しいですね、様子を見て来ましょう……」

 

メレブの不快感極まりない表現の仕方にアクアがドン引きした様子でいると

 

ヨシヒコは静かに歩み寄ってその男に話しかけてみた。

 

「失礼ですが、あなたはここの関係者ですか?」

「うん? あ~はいそうで……あぁぁぁぁぁぁ!!」

「は! あなたは!」

 

話し掛けると少々めんどくさそうに振り返って来た男だが、ヨシヒコを見るなりすぐに大きな声を上げ

 

ヨシヒコもまた彼の顔を見てすぐに気付く。

 

「あなたは我々アクシズ教徒に入る事をずっと拒んでいた人じゃないですか!」

「くそ……まさかお前、あの時俺を無理矢理アクシズ教徒に入れようとした悪魔の使いか……!」

 

その男はここに来る前に散々入信させようとヨシヒコが歌って踊って誘っていた人物だった。

 

どうやらあそこから無事に逃げ延びられたらしく、ヨシヒコの顔を見るなりトラウマが蘇ったかのように慌てふためく。

 

「どうしたんですかこんな所に! もしかして気がわかってやっぱりアクシズ教徒に入ろうと考えてくれたんですか! わかりました! 今すぐに入信希望書と入信特典の食べれる石鹸をあなたに差し上げます!」

「違う違うそんなモンいるか! 頼むからその笑顔と懐から入信希望書を取り出すのを止めろ!」

「まだ~我々を~拒もうとするのか~♪」

「歌も止めろ! 踊りもだ! 頼むからもう俺の傍に近づくな! 関わらないでくれホント!」

 

こちらに満面の笑みを見せながら手を胸に当てて歌い出そうとするヨシヒコに、男は慌てて後ろへ下がると

 

「あっつ!」

 

ヨシヒコに気を取られうっかり下がり過ぎたのか、源泉が流れる熱い湯に思いきり足を踏み入れてしまった男

 

すると

 

「あ! ちょっと待って! あの男が足を踏み入れた場所からなんだ怪しい色が浮かんでるんですけど!」

「本当だ! 見た感じ凄い毒っぽい!」

「チッ! 俺とした事が……」

 

男はすぐに自分の足を引き抜くも、そこからドロリと紫色の液体が僅かに見えてアクアは表情をハッとさせて目を見開く。

 

「あの色、間違いないわ……アンタがこの街の温泉に毒を混ぜてた犯人ね!!」

「はぁ~……まさかこんなしょうもない事でバレちまうとはな……」

 

彼女に指を突き付けられて温泉毒入り事件の犯人だと指摘されると

 

男はやれやれと首を横に振って深いため息

 

「仕方ない、ここでお前等全員を殺して口封じさせてもらうとするか……」

「おいおいアイツ! 今俺達の事全員殺すって言ったぞ!」

「わん! わんわんわん!」

「ダクネス! この殺伐とした雰囲気で犬の鳴き声は止めなさい!」

「私達を殺すだと、一体お前は何者だ……正体を現せ!」

「フン、ま、冥途の土産としてそれぐらい教えてやっても良いだろう」

 

未だヨシヒコに首輪に繋がれたままのダクネスが吠えている状況下で、ヨシヒコがすぐに警戒した素振りを見せながら男に向かって叫ぶと、彼は軽く鼻を鳴らしてみせるとゆっくりと口を開く。

 

「聞いて驚くがいい、俺の名はハンス、魔王軍の幹部の一人だ」

「ま、魔王軍の幹部だと!?」

「おいおいおい、思った以上にヤバい奴じゃんコイツ……!」

「わんわんわーん!」

 

魔王軍の幹部の一人・ハンスだと名乗るその男にヨシヒコとメレブは戦慄する。一応ダクネスも驚きを吠えて表現している。

 

恐らくウィズやバニルと同様この世界の魔王の手先なのであろう。

 

魔王軍の幹部という事は実力も遥かに高い筈、すぐに警戒する二人だがアクアはまだプリプリと怒った様子でハンスに向かって指を突き付け

 

「魔王軍の幹部とかそんなのどうでもいいのよ! アンタの名前なんかもっとどうでもいい!」

「は、はぁ!?」

「私はね! どうして私の可愛い信者が集うこの街で毒なんか撒き散らしたのか聞いてるの!」

「こ、この小娘ぇ……! ええいだったら教えてやる! 俺はな!」

 

結構決めて名前と素性をバラしたというのに、アクアはそれを全てどうでもいいという一言で片づけてしまう。

 

それにカチンと来た様子でハンスは殺意を僅かに放ちながらこの街を襲った理由を話し出す。

 

「この街が本当に嫌いで嫌いで仕方ないんだよ! だからぶっ壊そうとした! それだけだ!」

「なんですって!? こんな素晴らしい街を嫌いになるなんてアンタ頭どうかしてるんじゃないの!?」

「アクア様の言う通りだ! 私達アクシズ教徒が集うこの美しい街を嫌いだからぶっ壊すなど……絶対に許さん!」

 

思ったよりもずっとシンプルな理由だったハンスにアクアとヨシヒコは当然の様に猛抗議。

 

しかし彼女達のそういう態度がますます彼に強い憤りを感じさせる。

 

「ここのどこが素晴らしい街だ! 俺だって最初この街に来た時はな! ただ温泉に浸かりながら有給休暇を取ろうと思ってただけだった!」

 

「魔王軍って有給あんのかよ……」

 

「なのにここの街の連中はゾロゾロと寄ってたかって入信書やら石鹸やらを執拗に突き付けて来やがって……頭がおかしいのはお前等の方だアクシズ教徒!! 嫌がる奴に無理矢理自分の意見を押し通そうとするなんて最低の事だぞ!!」

 

「やだあの魔王軍の幹部……俺、凄く彼と仲良くなれそう……」

 

自分の言いたい事を代わりにヨシヒコとアクアに訴えてくれるハンスに、メレブが一人感動した様子で頷くも

 

彼の言葉を聞いてもヨシヒコとアクアは……

 

「自分の意見を押し通してるのではない! アクア様を信じる者は全て救われる! これはこの世界の真理だ! 全てだ! 私達はそれをわかっていない者達に手を取って導いてるだけに過ぎない!!」

 

「アクシズ教徒になればみんながしがらみを忘れて自由に生きられるの! そんな自由な世界こそ本当の理想郷なのよ!! まあ魔王の手先に成り下がってるアンタの空っぽの脳みそじゃ理解出来ないでしょうけどね! プークスクス!!」

 

「なんでだろう……コイツ等の方が断然悪役に見える……」

 

狂信者ヨシヒコとそれを従えるボス・アクアといった構図が見えたメレブは、もういっそハンスにこの街滅ぼしてもらった方が良いのでは?と考えていると

 

「わん!」

 

首輪に繋がれたダクネスがハンスに向かって威嚇するかのように吠え始めた。

 

「わ、わんわんわん!! わんわん!!」

「おい! さっきからずっと気になってたけどなんなんだそいつ!? どうして首輪に繋がれてるんだ! しかもさっきから犬みたいに鳴いてるぞ!」

「我々アクシズ教徒を妬み陥れようとする憎きエリス教徒を! 犬同然に扱って何が悪い!」

「ハァハァ……! わおーん!」

「なんて奴等だ……! 同種族を犬呼ばわりして首輪に繋げるなんてそれでも人間か! 貴様等の血は何色だぁ!!」

「あぁ~……もうダメこれ、もうどっからどう見ても俺達が悪者です、ごめんなさいハンスさん……」

 

ダクネス自身がむしろこの状況を望んでやっているのだが、それに気付いていないハンスは、ヨシヒコが彼女を無理矢理手籠めにしているのだと思って本気で怒っている様子。

 

魔王軍の幹部でありながらかなりの常識人であったハンスに、メレブはもう顔を背けて申し訳なさそうに謝るしか出来ない。

 

そしてハンスは遂に、こちらに向かって一歩前に出ると戦う態勢に入るのであった。

 

「もういい話は終わりだ! 魔王よりヤバい狂信者共め! この俺の手にかかって死ぬがいい!」

「狂信者ではない! 私は素晴らしき女神であらせられるアクア様に永遠の忠誠を誓う事を心に決めた、勇者ヨシヒコだ!!!」

「お前みたいな勇者がいるかァァァァァァァ!!!」

「な、なに!?」

「わん!?」

 

戦いを挑んで来たハンスにヨシヒコはすぐに剣を構えて対峙するも

 

次の瞬間、ヨシヒコに対するツッコミを叫びながらハンスの姿が突然グニャグニャと不気味な動きを見せながら大きく変化し始めたのだ。

 

「驚いたか! 俺の正体はデッドリーポイズンスライムの変異種! 貴様等を殺す事など非常に容易いわ!!」

「聞きましたかメレブさん、奴の正体は実はスライムだったらしいですよ、これなら楽に勝てそうです」

「う~ん、ハンスさんには悪いけど、スライム相手じゃ……ウチ等余裕っす」

「え!? ちょ! ちょっと待てお前今なんて言った!? 俺の正体を知ってなおなんだその余裕の態度は!」

 

変身する途中で自らがスライムだと暴露するハンスだが、ヨシヒコはというと隣にいるメレブに向かってニヤリと笑いながら既に勝利を確信している。

 

それに対してハンスは「ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!!」と叫びながらグニャグニャになった体を見る見る大きくさせていき……

 

 

 

 

自分達よりも遥かにに大きい巨大な紫色のスライムへと変身し、足下から何本もの触手みたいなモノを動かしながら

 

ハンスは遂に自らの真の姿をお披露目したのだ。

 

「フハハハハハッ!! コレが俺の真の姿だ! この姿を見てまだ余裕で勝てると思えるのかお前は!!」

「んん? あの笑い声、ハンスさんがやるとすげーしっくり来るのはなんでだろう……」

「なんと巨大なスライムだ! しかも全身が毒々しい……!」

「触れたら即死は間違いないわね……近づいただけであっという間に溶かされちゃうわ……」

「わんわわん! わわんわわんわん!!」

 

思ったよりもずっと強そうなスライムが現れたので、さっきまで余裕そうに見えたヨシヒコはすぐに血相を変えて仲間達と共に距離を取ろうとする。

 

「ここは一旦逃げましょう! 剣で斬れそうもありませんし!」

「うむ! 今回ばかりはマジでヤバい相手だ! 相手があまりにもガチ過ぎる!!」

「ついてこい! 犬!」

「ああ、女騎士としては是非ともあのスライムに取り込まれて全身をヌメヌメにされたいという強い希望があるのだが……」

 

慌てて逃げるヨシヒコとメレブと共に、ふと犬の鳴き声を上げるのも忘れて恍惚とした表情を浮かべながらハンスをジッと見つめるダクネスが、ヨシヒコに繋がれてる鎖に引っ張られてすぐに彼等と一緒に後ろへと逃げる。

 

「ま、待ってみんな! 私も連れて……げひゅん!!」

 

デッドリーポイズンスライムという恐ろしい魔物に変身したハンスにちょっとビビってしまった事で逃げるのが遅れてしまったアクア

 

おまけに運悪く道端に落ちてた石につまづいて顔から派手にすっ転んでしまう。

 

「しまった女神様が!!」

「フハハハハハ!! まずはこの根っこから腐っている性悪のアクシズ教徒を食い殺してくれるわ!!」

「い、いや! お願いだから待って!! 誰でもいいから私を助けてよー!!!」

 

重たい身体を引きずるかのように徐々に近づいて来るハンスにアクアは腰を抜かした様子で動けない。

 

上体を起こしながらも上手く立つ事が出来ないでいる彼女が、涙目で叫びながら助けを求める

 

すると……

 

ハンスとアクアの間にサッと現れて彼女を助けようとする者が一人

 

それはなんと……

 

 

 

 

 

「はぐりん!?」

「な、なんだぁコイツは!? 俺と同族の気配はするがこんな奴見た事も無いぞ!」

 

それはまさかのアクアが遂に手に入れる事が出来たスライム系のはぐりんであった。

 

主人がピンチだと察した彼は、常に傍に付き添っていたおかげで即彼女を庇う行動に移れたらしい。

 

しかし自分よりも数百倍もデカい巨大スライムが相手では

 

いかに優秀なスペックを持つはぐりんであろうとひとたまりもない筈……

 

「ダメよはぐりん! 小さいアンタが止めれる訳ないわ! 逃げてー!」

「……」

「フン、同族を殺すのは忍びないが、そのイカレた女を庇おうとするなら容赦はせん!!」

 

アクアが必死に逃げろと叫ぶもはぐりんは目の前の敵を見据えたまま動こうとしない。

 

すると巨大な図体を揺らしながらハンスははぐりん目掛けて覆い被さるように身体を動かして

 

「あぁぁぁー!!!」

 

そのままはぐりんを一気に身体の中へと飲み込んでしまったのだ。

 

ハンスの体の中でしばらくプカーと浮いていたはぐりんは、みるみる体を溶化させていき(元々溶けているが)、やがて最期に顔だけ残るとその顔もアクアに向かってにんまりと笑いかけながらフッと消えてしまった……

 

「はぐりぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!!!」

「俺と同じスライムでありながら人間を庇おうとするとはなんて愚かな……だがこの俺を前にしても退かずに立ち向かおうとしたその勇気は素直に認めておいてやる……」

 

はぐりんを吸収された事で半べそを掻きながら泣き出してしまうアクアをよそに、自ら殺した同族に対してそれなりの敬意を払うと、ハンスはすぐに彼女目掛けて

 

「次はお前だ! 死ねアクシズ教徒ぉぉぉぉぉぉ!!!」

「うわぁぁぁぁぁぁん!!!」

「アクア様ぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

周りに強力な毒液を分泌させながら容赦なくアクアに襲い掛かるハンス。

 

泣きじゃくる彼女の前に、今度はヨシヒコが駆け寄って守ろうと立ちはだかるしか出来なかった。

 

このまま為す総べなく全滅してしまうのか……はぐりんの犠牲はなんの意味も無かったのか……

 

 

 

 

だがその瞬間

 

「ぬ!? な、なんだ……! きゅ、急に体が動か……な……!」

「!?」

 

両手を広げて座り込んでいるアクアを庇おうとしたヨシヒコの前で

 

突如ハンスが苦しそうな声を漏らしながらピタリと動きを止めたのだ。

 

「い、一体どうしたんだ俺は! クソ……! どんどん体が硬くなってくる上に小さく……!」

「見て下さい女神様! あのスライム! 突然もがき苦しみながら体を変化させていきます!」

「くすん……え?」

 

ヨシヒコに言われて、目元が赤く腫らしたままアクアが顔を上げると

 

そこにはみるみる体を縮ませていくハンスの姿が

 

ハンス自身もよくわかっていない様子で、己の身に何が起きたのだと混乱している様子

 

「ぐ! ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

悲鳴に近い叫び声を上げると同時に、ハンスの姿は先程の気味の悪い見た目から大きく変化し始めていく。

 

 

まずは全身がメタボ体系の様にボテッとした感じで丸っこくなり

 

かつテカテカとした輝く銀色のボディは、グニャグニャだった時とは打って変わっていかにも剣すらも弾きそうなぐらい硬そうで

 

そして頭にはトレードマークと思われる王様の様な王冠を被って

 

こちらに向かってつぶらな瞳を見せながら微かに微笑んでいたのだ。

 

『ハンスははぐれメタルとがったいしてメタルキングになった』

 

「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!! なんなんだこの体は!? 猛毒も分泌できんしサイズまで小さくなってしまったぞ!? あと俺はなんでいつの間に王冠なんて被ってるんだ!」

「スライムの姿が変わった! まさかはぐりんと合体を!」

「合体ですって!? はぐりん、アンタまさかこうなる為にわざと……!」

 

自分の本来の体が大きく変化してしまった事にヨシヒコ達そっちのけで慌てふためくハンス。

 

しかしヨシヒコは今までの経験を思い出し、ハンスがああなった理由がわかってしまった。

 

きっと先程はぐりんを吸収してしまった事で、ハンスははぐりんと合体し新たな魔物へと生まれ変わったのだ。

 

かつてヨシヒコ達の世界でも、スライムたちが集まって今のハンスの様な王冠を被った太ったスライムになったのを見た事がある。

 

「はぐりん……私の為に自分を犠牲に……」

「大丈夫かお前等!」

「二人とも無事か!?」

 

ショックで呆然としているアクアの所へ、メレブとダクネスがすぐに事態の異変を察知して戻って来た。

 

もはや犬の鳴き真似なんてしてる場合じゃないと、普通に喋りながらダクネスは剣を構える。

 

「落ち込んでるヒマは無いぞアクア! はぐりんの犠牲を無駄にするな!」

「うむ、俺達の為に戦ってくれた仲間の為にも、絶対にコイツを倒さなければならない」

「己を犠牲にしてでも私達を導いてくれた彼の為に、共に戦いましょう女神」

 

はぐりんの犠牲が心に強く響いたのか、戦闘モードに切り替えた三人に奮起されると

 

アクアはゆっくりと立ち上がり、目元を拭ってしっかりと敵であるハンスを見据える。

 

「わかってるわ、ここで逃げる訳にはもういかないものね、それに……」

 

 

 

 

 

 

「はぐりんの仇は!! この私が絶対に取ってみせる!!」

 

次回

 

アクア、怒りの鉄拳

 


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