はぐりんを吸収してしまった事により全く別のスライム形態になってしまったデッドリーポイズンスライムのハンス。
「おのれぇ! どうしてこうなったかわからんが! 俺をこんな目に遭わせてただで済むと思うなよ!」
王冠を被ったメタボ気味のスライムという中々可愛い見た目になってしまったが
初めて仲間に出来た愛しきスライムを失ったアクアは怒りの頂点に達していて、相手が可愛かろうが絶対に倒すという本気の目をしていた。
「上等よ! そっちこそ私のはぐりんをよくも殺ってくれたわね! その腐り切った外道の心ごと浄化してくれるわ!!」
「おお……いつになくアクアがマジになっている……! これは何かありますぞ……! 何かやりますぞあの娘……!」
「ダクネス、私達もアクア様の名の下にあの憎きスライムを攻撃するぞ!!」
「アクアの名の下にという訳ではないが……やるぞヨシヒコ! はぐりんの仇討ちだ!!」
珍しく本気で戦う姿勢を見せるアクアに触発されて、ヨシヒコとダクネスも剣を構えてハンスに攻撃を仕掛ける。
だが
『ヨシヒコのこうげき、ハンスに0のダメージ』
『ダクネスのこうげき、ミス、ハンスに当たらない』
「く! か、堅い! まさか剣が弾かれてしまう程堅いとは!!」
「柔らかさを失った分はぐりんの力を吸い取って体を硬化させるとは……卑劣な!」
「ううん、ダクネスは攻撃当たってないだけだから硬さ関係ないよ」
猛毒の分泌、物理完全無効能力を失った代わりにとてつもない硬さを手に入れたハンスにヨシヒコとダクネスの攻撃は全く通らなかった(ダクネスは元々攻撃が当たっていない)
「フハハハハハッ! この俺こそ強靭!無敵!最強!のスライム!! 例え姿が変わってもそう簡単に倒せると思うなぁ!!」
「んーあのスライムやっぱ高笑いすげぇしっくり来るんだよなぁ……と、そんな事よりも」
ヨシヒコ達の攻撃にビクともしない様子で嬉しそうに表情変えずに高笑いを上げているハンスに
メレブはちょっと気を取られつつもすぐにやる気満々の様子のアクアの方へ振り返り
「アクアよ、こうなったら今こそお前の怒りの一撃を奴に浴びせるしかない様だ」
「言われなくてもわかってるわよ! 私のゴッドブローで倒してやるわ!!」
「しかし今のお前にはまだ奴を倒す力が足りない筈、という事で俺がお前の攻撃力を上げる支援魔法を掛けてしんぜよう」
そう言ってメレブは拳を強く握ってハンスを睨み付けているアクアに向かって杖をスッと構え
「過去に覚えた呪文シリーズどん! ほい!」
「!?」
軽く呪文を掛けてやった、しかしアクアの見た目には何も変化が無い。
なにか掛けられた感触はあったのだが、特に攻撃力が上がった感じも無く、アクアはしかめっ面でメレブの方へ振り返り口を開くと
「おい! どげん事じゃメレブどん! ないも変わっちょらんじゃなか! は! 今んあて……言葉遣いが変になっちょっ……!」
「フフフ、そう、今俺がお前に掛けた呪文は……掛かった者の口調を訛り方言にする呪文なのだ! 私はこれをかつて!」
「ナマルト(薩摩方言ver)と名付けたんだと思う!」
「はぁぁぁぁぁぁ!? ないよそれ! ないん意味があっとじゃ!!」
対象の口調を訛り方言にするというこれまた不可思議な呪文・ナマルト
アクアの口調が全く変わってしまい、当人も困惑しているというのに、メレブはしてやったりの表情を浮かべている。
「落ち着けアクア、いや、アクアどん、その喋り方になって何か変わった事は無いか?」
「アホか! ないも変わっちょらんとじゃ! こげん時にあまっな! ぶんうったくっんじゃ!」
「フフフ、訛り強すぎて何言ってるのか全然わかんない……!」
恐らく、「何も変わってないわよ! こんな時にふざけないで! ぶん殴るわよ!」と言ってると思われるのだが、全く分からないのでメレブは思わず噴き出してしまう。
「笑うちょらんで元に戻しやんせ!」
「どうしたんですかアクア様! さっきからメレブさんになんて言ってるんですか!?」
「おいアクア! お前が失ったはぐりんの為に戦ってるんだぞ! ふざけるのも大概にしろ!」
「あてはあまっちょらんわよ! こうなったんもケツ(コイツ)のせいじゃ!」
「ケツ……仲間の仇を討とうとするこの状況で下ネタだと……? 見損なったぞアクア」
「ち、ちごっん! そげん意味でゆたんじゃなかと!」
メレブを指差しながらこちらに振り向いて来たヨシヒコとダクネスに向かって叫ぶアクアだが
全く伝わらない上にダクネスに誤解されて軽蔑の眼差しを向けられる始末
するとアクアはこんな変な呪文を掛けられた事と仲間にいらぬ誤解までされた事で
はぐりんを失った怒りと、変な言葉遣いになってしまったイライラが合わさってワナワナと震え出す。
「あーもうびんてに来たわ!! ないごてあてがこげん目に遭わんないけんのじゃぁぁぁ!!!」
「フフフ、やはり読み通り……怒り状態にイライラ追加で今のアクアは通常より更に攻撃力がアップ! しかもこの薩摩方言! なんかもう叫んでるだけですっごく強そうに見える!!」
「そげん下らん理由やったと!? あーもうこうなったや仕方なかど!! あてん怒りをぶつけてやっどぉぉぉぉ!!!!」
メレブが計算した通りだとドヤ顔を浮かべるのでますます頭に来ながらも
この怒りを全て敵にぶつけてやろうと、アクアは咆哮を上げながらハンスに向かって殴りかかる。
「全部おまんのせいじゃ!! 絶対に許さんのじゃで!!」
「う、うん!? なんて言ったお前! まるで意味が分からんぞ!?」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
アクアの方言に思わず気を取られて困惑している様子のハンスの隙を突いて
右手を痛いぐらいに強く握りしめて、渾身の拳を固めてアクアはなおも喉が潰れかねない程大きく叫んで
「ゴッドブロオォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」
「なに!? うぐおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
鉄壁の防御力を誇るハンスに向かって放たれた拳は
なんと会心の一撃となり彼の顔面に思いきりめり込んだ、思わず悲鳴を上げるハンスだが、アクアは手を緩めることなく怒りで我を失ったまま
「ゴッドレクイエムゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!」
「うげぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
今度は左からの拳をモロに浴びせる、ハンスの顔にまた面白い具合にめり込み、そして彼自身も彼女に殴られる度に不思議な気持ちになっていく。
(な、なんだ……! コイツに殴られるとまるで心がみるみる洗われていくような……! 魔王軍の幹部である俺がどうしてこんな状況で爽やかな気持ちになっているんだ!?)
このまま彼女に殴られ続けると、自分が自分でいられなくなる、そう感じたハンスは絶対にヤバいと感じてここは撤退しようかとするが……
そんな事アクアが絶対に許さない、彼女は両手を強く握って勢い良く上に振り上げると
その迫力に圧倒されて思わず身動き取れなくなってしまったハンスに向かって……
「ゴッド!!! チェストォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」
「ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
トドメの一撃が彼の頭に真っ逆さまに振り下ろされ、断末魔の叫びを上げながらハンスは思った。
(まさか俺は、こんなバカバカしい攻撃を食らった事で、汚れ切っていた心を浄化されているのか……死ぬ前だというのにこんなに周りがキラキラして見えるなんて……)
泣き叫ぶアクアにミシミシと体をへこませていきながらハンスは最後の最期で心が綺麗に浄化されていくのをはっきりと感じるのであった。
(願わくば……次に生まれ変わった時は……敵としてではなく味方としてコイツ等と一緒に……)
魔王軍の幹部・ハンスを撃破する事が出来たヨシヒコ一行は
源泉が流れる傍にふとポツンと小さな蔵があった。
ヨシヒコが一人で蔵へと入って、しばらくアクアが源泉に手を突っ込んで毒を浄化していると(熱くてまた泣いた)
「皆さん! 蔵の中に大事そうにこんな宝箱が置いてありました!」
「おお、その正に、何か凄いモノ入ってますよ的な宝箱は、きっと仏のお告げの言っていたアイテムが入ってるに違いない」
「あっつぅ……やっと浄化出来たわ……あ、方言も直って普通に喋れるやったー!」
かなり豪華そうな大きな宝箱を両手で持って来たヨシヒコにメレブが目を光らせこれが当たりだと感じている中で
毒を浄化し切ったアクアはナマルトの効果も消えた事に喜びのガッツポーズを取るとフッと小さく笑いながらその場にしゃがみ込む。
「魔王軍の幹部を倒して、毒を無事に浄化できて、宝箱も手に入れて……これもきっと全て私達の為に犠牲になってくれたはぐりんのおかげよね、ここにお墓を立ててあげましょう……」
「お前それ、ここ来る前に店で買ったアイスの棒じゃん」
源泉の傍に『英雄はぐりん、ここに眠る』と書かれたアイスの棒を突き指して祈りを捧げるアクア。
もっとマシな墓標は無かったのかとメレブがツッコむ中で、ヨシヒコは重たい宝箱を地面にズシンと置いていた。
「早速開けてみましょう」
「い、いや待てヨシヒコ、開けるのはちょっと待った方が良いんじゃないか?」
「何故だダクネス」
すぐに宝箱の中身を確認しようと試みるヨシヒコだが、そこへダクネスが歩み寄って難しそうな表情で制止した。
「これはあそこの蔵の中に大切に保管されていたモノなんだよな……?」
「ああ、厳重に鎖で縛られ保管されていた、だがその鎖は私の剣で斬ってやった」
「そこまで奪われない様にしているモノを私達が持っていくというのは……まるで盗人みたいじゃないか?」
「ハハハ、ダクネス、どうして私が盗人扱いされるんだ、私は勇者だ、勇者はどんな宝箱でも開けて良い権利がある」
「えぇーッ!?」
アルカンレティアのこんな山奥に置かれた蔵でキチンと保管されていた宝箱。
しかしそれを持ち帰る事に躊躇も罪悪感も覚えずにキョトンとするヨシヒコにダクネスは驚きの声を上げた。
「いくら勇者でもそれはダメだろ! ダンジョンの宝箱なら問題ないだろうが! 王様の住むお城に置かれている宝箱も平然と開ける事が出来るのかお前は!」
「開ける、私は魔王を倒す為ならば城であろうと墓の下であろうと、開けれる宝箱は全て開ける! それが勇者だ!」
「そ、そこまで言い切られるとむしろなんて男だと感心してしまうが……いやでも流石に勇者だからってそんな横暴な真似はダメだと思うぞ? この宝箱はキチンと村の人から許可を取って正式に譲り受けた方が……」
「ダクネス! お座り!」
「わん!」
「……終わったと思ったらまだ続いてたのかあのプレイ」
勇者なら何をしても許されるのかと聖騎士らしい至って真面目に物言おうとしたダクネスだが、それをヨシヒコが強引な手段で黙らせてしまう。
未だ首輪を付けたままのダクネスが彼の一喝で反射的にその場にしゃがみ込んでしまっているのを見て、メレブが軽く引いてる中ヨシヒコは再び宝箱の取っ手を遠慮なく掴む。
「開けます」
「わんわんわん!」
「ダクネス! 待て!」
「さてさて一体中には何があるのやら……」
座ったまま吠え続けるダクネスにまた怒鳴りつけた後、ヨシヒコはメレブが見守る中ガチャリと重たい蓋を開けて中身を確かめた
するとそこには……
「笛?」
「笛……だね、しかも……学校の音楽の授業で使うタイプの……リコーダー?」
中に入ってたモノを両手で掴んで取り出してみたヨシヒコ。
それはあまりにも厳重に保管されている割にはあまりにも素朴かつどこかで見た事のある笛だった。
「え、マジで?」と言った感じでメレブが首を傾げてそれをしげしげと眺めていると
お祈りを済ませたアクアもすぐに興味持った様子でこっちに寄って来た。
「は? なにその懐かしい笛? もしかしてそれが仏の奴が言ってたアイテムなの?」
「だと、思います……蔵の中にはこの宝箱しかなかったんで」
「ええ~……どうして私の可愛い信者ちゃん達はこんな笛を大切に保管してたのよ……」
ヨシヒコの持つ笛を目を細めながらアクアが困惑していると
突如空の天気が悪くなり、ゴロゴロと雷鳴が鳴り響く
ヨシヒコー! ヨシヒコー!
雷の音と共に聞こえてきた例の声に、ヨシヒコ達がすぐに天を見上げた。
「仏か、丁度いい、アイツにこの笛について話を聞こうぜ」
「はい」
「ほら、ダクネス、アンタも座ってないでちゃんと立ちなさい」
「わんわん!」
「もぉ、おやつならさっきあげたばかりでしょ」
メレブからライダ〇マンヘルメットを受け取り被るヨシヒコに、アクアに腕を引っ張られて無理矢理立たされるダクネス。
そうしているとすぐに空からパァーッといつもの様に彼が現れた。
「うぃっす、んじゃまあ……今から仕事します」
「え、どうしたどうした? なんかすげぇテンション低いんだけどアイツ?」
「はぁ~……いやそういうツッコミいいから、大変なんだよこっちも……」
「本当に元気無いな、どうしたんだよ急に……」
「えー詳しくは、私のスピンオフを読み続けたら、わかると思います、はい」
「さり気なく宣伝を入れるな宣伝を」
珍しく意気消沈した様子でお告げを始めようとするのは仏。
こちらに向かって疲れ切った顔を浮かべながらため息をつくと、不思議に思っているメレブをよそに
「ヨシヒコよ、よく聞くがいい」
「はい」
急に仕事モードになったかのようにキリッとした表情に戻って話を始めた。
「とりあえずまずは褒めておこう、魔王軍の幹部にまで邪魔されたにも関わらず、よくぞその笛を手に入れた。その笛こそダンジョーやムラサキを救う事の出来る伝説のアイテムなのだ」
「ええ~本当にコレなの~? なんか思ったよりショボいんですけど~?」
「その笛の名はえ~「導きの笛」」
どうやら本当にコレが目当てのアイテムだったらしく、その事にアクアが怪訝な様子を見せていると
仏は一瞬度忘れしそうになるがすぐに思い出して笛の名前を教えてくれた。
「その笛から奏でられるメロディーを聞けば、たちまち洗脳された者、心を悪に染めてしまった者、つまり悪しき者から改竄されてしまった精神を元に戻すと古から伝わっている伝説の笛なのだ」
「洗脳された者を元に戻す……あれ? 俺ここのアクシズ教徒の連中がここに厳重にこの笛を管理していた理由が分かったかもしんない……」
アルカンレティアでこの笛が外に持っていかれない様にキチンと管理していた理由が、今のアクシズ教徒の連中を見てメレブは薄々と気付き始めていると、仏は更に話を続ける。
「つまりその伝説の笛を使えばきっと、ダンジョーやムラサキ、更には魔王に乗っ取られてしまったカズマという少年さえも元に戻す事が出来る、と思う、うん、多分イケる、イケる筈、んーかもしれない?」
「おい、最後どうして自信無くなってるんだよ! そこはちゃんと言い切れよ!」
「まあ~試しに使ってみてくださいな、ダメ元でね、うん」
「ダメ元じゃダメだろ! ちゃんとダンジョー達を治してくれないと困るんだよ!」
徐々に自信が無くなっていく上に適当に投げやりにになる仏にメレブがキレ気味に叫んでいると
「仏、笛の使い方はわかりました、次にダンジョーとムラサキにあったら使ってみようと思います」
「うむ、あ、間違っても敵に奪われたりはしないでね、ヨシヒコ君はほら、おっちょこちょいだからね?」
「それより仏、私は仏にどうしてもお願したい事があります」
「ん? どしたどした急に? なんか私に願い事でもあんの?」
遠回しにフラグ的なモノを建築しながら不吉な事を言う仏をスルーして、ヨシヒコは急に改まった様子で自ら彼に向かって話しかけた。
とびきりの良い笑顔で
「仏にも是非! 私と同じくアクシズ教徒になってもらいたいと思います!」
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「…………………ごめん、ちょっと思考停止しちゃった……え? ん? おや? うーん何をぉ~……言うているのかなヨシ君は?」
「仏も一緒にアクシズ教に入るんです! そして一緒にアクア様を崇め祀って称えましょう!!」
「フフフフフ、ちょちょちょちょヨシヒコ君!? ヨシヒコ! ヨッ君はなに!? もしかして私を! 仏の私をよりにもよって! 怪しいクソったれ宗教に勧誘している訳!?仏だよ私!?」
「怪しくないわよ失礼ね! アンタ私の大切な信者のみんなになんて偏見持ってんのよ!!」
完全に目がイッてる様子でアクシズ教を薦めて来るヨシヒコに仏が思わず笑ってしまうも
そこへアクアが前に出てすぐに叫び出した。
「聞きなさい! ヨシヒコはね! ここにいるアクシズ教徒のみんなから洗礼を受けて私の信者になってくれたの! これからはもうヨシヒコはアンタの命令じゃなくて私の命令しか聞かないから覚えておきなさい!」
「アクア様、私は貴女様の命令であればどんな事であろうと従う事を誓います」
「わんわんわん!!」
「うるさいエリス教徒! ちんちん!」
「わんわ……い、いや待て! 私にはそんなモノ付いてないぞ!」
「ハハハハ、まあチラチラとお前等が何やってるのかは見てたけど……随分と酷い事になってるね~……」
アクアの足下にしゃがみ込んで永遠の忠誠を誓い始めつつも、隣で騒ぐダクネスをまた怒鳴りつけているヨシヒコを見て、流石に仏もコレはマズいと、仏も引きつった笑みを見せながらドン引きしている。
「ねぇメレブ、これ~……”アレ”やっておいたほうが良いよね?」
「あ、頼むわホント、だって俺今回さ、台詞の量凄い事になってるんだぜ? ツッコミばっかで……このままだと疲れちゃうよホントに……」
「うんわかった、じゃあそれでは皆さん、シリーズの中で初めてのアレいっちゃいま~す、ご唱和くださ~い、せーの……」
コレはとっておきのあの技を出さざるを得ない、そう悟った仏はすぐにメレブに最終確認を取ると
すっかりアクシズ教徒の一員になって身も心もアクアに捧げようとしているヨシヒコを見下ろしながら
「仏ビーーーーム!!!!」
「あわわわわわわわわわ!!!!」
「あぁぁぁぁぁぁ!! 私のヨシヒコになんて真似してくれてんのよ仏!」
仏の額から放たれたユルユルなビームがヨシヒコに向かって降り注がれる。
ヨシヒコはしばらく白目を剥いて痙攣した後、アクアが怒っている中すぐにカッと目を強く見開いて
「は! 私は一体なにを……」
「はい。ヨシヒコがアクシズ教徒になってしまった部分の記憶を綺麗に消しておきました」
「ナイスだ仏、お前にしちゃキチンと仕事してくれたみたいで本当に感謝する」
「メレブさん、もしかして私の身に何かあったんですか?」
「ううん何も無かった、全部悪い夢だったんだよヨシヒコ……」
仏の放つ仏ビームには当たった者の記憶を改竄する力がある。
ヨシヒコは突然勇者としての使命を忘れてしまう事が度々あるので、今まで仏はこうして何度も彼の都合の悪い記憶を消してあげていたのだ。
キョトンとした様子で何が起こったのかよくわかってないヨシヒコに、メレブが優しく彼の乱れた襟を直してあげながら静かに諭す。
しかし
「アンタなんて事してくれんのよ! よくも私の信者を一人減らしてくれたわね! ヨシヒコだったらきっとアクシズ教をもっと広めてくれる救世主になれる筈だったのにも~!」
「どうしたんですか女神? 私がアクシズ教を広めるというのはどういう事ですか?」
「わんわんわん!」
「ダクネス!? どうして犬のように鳴いているんだ! それになんだその首輪は! すぐに取りなさい!」
「そ、そんな……! おい仏これはどういうことだ! あのドSで鬼畜なヨシヒコを返せ!!」
「立派なアクシズ教徒だったヨシヒコを返しなさいよこのスカポンタン!!」
いきなりアクアから救世主呼ばわりされるだの、ダクネスが寄って来て犬みたいに吠えて来るだの
訳の分からない事ばかりでヨシヒコが混乱している中、二人は仏にギャーギャーとヨシヒコとを元に戻せとブーイング。
「余計な事してんじゃないわよ! アンタもうホントに使えない奴なんだから!」
「今回ばかりは許さないぞ! 降りて来い仏! たた斬ってやる!」
「えぇ~……私……今回こそ何も悪い事してないと思うんだけれど……ヨシヒコを元に戻してあげたのになんでこの二人に怒られてんの……?」
「大丈夫仏、俺はちゃんとわかってるから……」
珍しく優しく声を掛けてくれたメレブに、なんで自分は怒られているんだろうと本気で不思議に思っている仏。そして最後に
「あ、そうそう、最後に言い忘れた事あった、まあ大したことじゃないけど聞いといて」
「え~大したこと無いなら、あんま聞きたくないけど……一応聞くけど、なに?」
手をポンと叩いて思い出したかのような仕草をする仏に対し、アクアとダクネスがまだ騒いでる中、メレブだけが耳を傾ける、すると仏は「あ~~」とけだるそうに髪を掻き毟りながら
「魔王の復活がそろそろみたいなんで、手早く魔王の城に向かって下さい、以上」
「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」」
最後の最後にとんでもない事をぶっちゃけながら仏はフッと消えていく。
彼のお告げに、ずっと騒いでいたアクアとダクネスも思わずヨシヒコとメレブの様に声を上げて驚くのであった。
そしてそんなヨシヒコ達を岩の影から眺めてる者が一人
その正体は……
「フハハハハハハッ! 華麗で愉快な悪魔のバニルさんこと我輩である!!」
それはヨシヒコの妹・ヒサ……かと思いきや
前回、ダクネスに倒された魔王軍の幹部の一人、心を読み取る悪魔・バニルであった。
岩陰からヌッと出てきた瞬間すぐに高らかに笑い声を上げる彼が付けている仮面の額には「Ⅱ」と書かれている。
「前回はまさかのあのスズキとかいう男にしてやられたが……残機が減っただけで我輩はまだまだ健在! さて! あそこにいる者達を今度はどうからかってやろうか!!」
「兄様……」
「ぬ! いつの間に我輩の近くにいたんだこの小娘!?」
ヨシヒコ達を突け狙ってなにか悪さでも企んでいたその時、バニルの傍へまた一人フッとある人物が現れる。
髪を逆立たせ、パンフファッションに身を包んだヨシヒコの妹・ヒサである。
「兄様が歌っていたのを拝見して、ヒサもまた新たな事に挑戦しようと決めました……!」
「相変わらず心は読めるが行動は全く読めん娘よ……で? 何に挑戦しようというのだ?」
「ヒサは……」
一旦言葉を区切ると、ヒサは背中に担いでいたギターをサッと取り出す。
「バンドを作りとうございます!!」
「なんでそうなった!!」
「担当はカスタネットです!」
「じゃあそのギターはなんなのだ!」
まさかのバンドデビューを宣言してみせるヒサにバニルが思わずツッコんでいると
そこへ突然、ゴロゴロと大きな丸いモノが転がって来た
「ピキー! アクアさん達のお助けをするなら僕も仲間にして欲しいピキー!」
「ってうわ! なんだ貴様! 黄金色に輝くスライムだと!?」
「ピキー! 僕、悪いスライムじゃないよ!」
いきなり現れたのは金色に輝く物凄く派手なスライム、丸々と太っている上に普通のスライムよりもずっと大きいので、どう見てもかなり強そうだと察したバニルに対し、スライムは微笑んだまま話だした。
「僕はさっき! アクアさんの拳で正義に目覚めた魔王軍の幹部のハンスなんだピキー!!」
「な、なんだとぉ!? た、確かにその物凄く良い声はまさしくハンス……しかし口調が変わってるおかげで違和感バリバリだぞ……」
「さっきはアクアさんに倒されちゃったけど! 天界で不自然な胸をした女神様に! 影ながらアクアさんの助けになりたいって強く訴えたら! 先輩の手助けをするならって感じで上手く転生させてもらったんだピキー!!」
「無茶苦茶だな……その不自然な胸をした女神もいい加減すぎるだろ……」
これだから神という存在は嫌なのだ……とバニルが後頭部を掻きながら生まれ変わったハンスを見ながらため息をついていると
「僕も魔王を倒す手助けがしたいピキー! そこの娘さんのパーティーに加えて欲しいピキー!」
「さっきからそのピキーとかいう語尾はなんなのだ一体……声が前と同じだから余計不気味だ……」
「きっと何かのお役に立てるピキー! お願いしますピキー!」
巨大な図体を左右に動かしながら頼み込んで来るハンス、するとバニルが困惑している中ヒサはキリッとした表情を浮かべて
「それではベースギターをお願いします」
「って加えるってバンドにか!?」
「やったー! 僕精一杯弾けるよう頑張るピキー!」
「おいハンス! 貴様もそれでいいのか!? 大体お前! 両腕が無いのにどうやって弾くのだ!?」
まさかのベースギターに指名されてしまうも、ハンスは嬉しそうに周りを転がり始めた。
すると今度は、そこへまた一人新たな人物がフラリとやって来た。
バニルやハンスと同じく魔王軍の幹部の一人、デュラハンのベルディアだ。
「ヒサさん俺……ドラムいけます!」
「採用!」
「よっしゃあ!!!」
「お、おい待て貴様等! 貴様等はあそこにいる連中を影ながら助力する為に集まっているのであろう!? なんでバンド組もうぜってノリになっているのだ!?」
まさかのドラムが出来ると自己PRするベルディアにヒサはすぐに彼をドラムに指名
全てを見透かす悪魔である筈のバニルもこの急展開の連続を全く読めずにショックを受けていると
「ではバニルさんはボーカルお願いします」
「ボボボ、ボーカル!?」
ヒサ、三人の魔王軍の幹部と共にバンドを結成
果たして彼女達の音楽がどこまで通用するのか……
次回へ続く。