弐ノ一
異世界へと降り立ち、ダンジョーとムラサキと離れ離れになったヨシヒコとメレブだが
新天地にて出来た新たな仲間、アクアとダクネスをパーティに加える。
この世界で力を集めている竜王を倒すべく立ち上がった彼等4人は
まずは仏の指し示した町『アクセル』へと向かうのであった。
そしてヨシヒコを先頭に4人が山の中を下りて行っていると
「おい待てやコラァァ~!!」
4人の前に突如いかにもな荒くれ者な恰好をした二人組が草葉の陰から現れて立ち塞がる。
一人は声がデカくていかにも強そうな見た目をしているにも関わらず
もう一人は見た感じ気弱そうで大人しそうな印象、それに相方よりもずっと背も低い。
「ここでわし等に目ぇ付けられたのが運の尽きやのぉ、よし、お前等の武器と有り金全部、わしによこさんかい!」
「ちょっとコイツ等まさか盗賊!? なんでこんな奴等がいんのよ~!」
「どうやら異世界であろうと我々の前には必ず盗賊が出没するみたいですね」
「うむ、これはもはや避けられない運命と言っても過言ではないな」
いきなり盗賊が出て来た事にすぐに慌てるアクアをよそに、盗賊とは幾度も遭遇しているヨシヒコとメレブは慣れた様子で会話する。
そしてダクネスはというと彼等の前にすぐに身を乗り出して盗賊に指を突き付けて
「おのれ盗賊め! 私の仲間に指一本でも触れてみろ! 例え私がどうなっても仲間だけは護って見せる!」
「おう随分と威勢の良いネーちゃんやのぉ、だが後で後悔しても知らんで」
男は独特な方言を使いながら、立ち塞がるダクネスにニヤリと笑うと、隣でずっと黙り込んでいる小さい方の連れの肩に手を置く。
「よーく聞いとけ! わしの名前はレーイジ!! 泣く子も黙る盗賊兄弟の弟や! そんでこっちがまあ……一応兄貴のツヨシンってやっちゃ」
「……」
「なんか言わんかい!」
自分で名乗るついでに兄のツヨシンの事も紹介するレーイジ。
何も言わずに突っ立っているツヨシンの頭を軽くはたいている彼を見て、メレブは思わず「え?」とちょっと驚いた表情
「そっちの小さい方がお兄さんなの? 弟よりも兄の方が小さいってなんか珍しいっすね」
「そやねん! コイツホンマちっちゃいでしょ~? 昔はコイツの方が大きかったんやけど、成長期になったらわしがグーン!って追い越して……あ? どうした?」
メレブとの会話の途中で急にボソボソと小声で喋りはじめるツヨシン、レーイジはめんどくさそうにそんな兄に耳元を近づけると
「……あの金髪のネーちゃん、おっぱいデカいな」
「いやなにを見とんねんお前は!」
会話の最中ずっとダクネスの鎧に包まれた胸の部分をガン見していたツヨシン
ダクネスがつい咄嗟に胸元を両手で隠すと、そんな彼の頭をバシンとレーイジが叩く。
「なに言うんかと思ったらおっぱいデカいってアホかホンマ! 確かにわしも思うとったで!? いきなりあのネーちゃんがバッと出て来た時「あ、丁度ええ形の乳しとるなー」って頭の中で高評価出してたのは確かやで! けどお前! それをどうしてわざわざ俺に言うねん!」
兄である筈のツヨシンをレーイジが唾を吐きながら叱りつけていると
それを見ていたヨシヒコがボソリと
「共感したいと思ったんじゃないですか? 弟さんとおっぱいについて」
「お前はお前で真顔でなに言うとるねん……兄弟で「そやな、おっぱいデカいな!」って仲良くする光景なんて誰も見たないわ」
真顔で変な事を言い出すヨシヒコにすぐにツッコミを入れるとレーイジは「あーもうええわ」と呟き腰に差す剣の柄を握り締めて4人の前に立ちはだかる。
「お前等ええからさっさと金出せや、さもないと、その命、貰うで」
「やれるモンならやってみなさいよ! アンタ達みたいな盗賊風情なんてこの女神様がちょちょいのちょいでやっつけてやるんだから! 行きなさいヨシヒコ!」
「お前、自分でやるって言っておいてヨシヒコに頼むって、ホントお前……お前だなぁ~」
「ホントお前ってお前だなってどういう意味よ!」
まるで自分の存在自体が悪い表現みたいに扱うメレブにすかさずアクアが食って掛かっていると
「……」
「あ、なんやまたもう……」
再び後ろでブツブツと呟き始めるツヨシンに、またレーイジが近づいて耳を近づける。
「……あの水色頭、絶対アホやで」
「なにわかり切った事言っとんねん!」
「ちょっとー! なにわかり切った事って! ツッコみ方にも問題あると思うんですけどー!」
またどうでもいい事を呟いていた事に腹を立てて兄の頭をはたくレーイジ
彼のツッコミにアクアが指を突き付けながら怒るも無視され、レーイジはしかめっ面を浮かべならツヨシンを見下ろす。
「確かにわしも思うとったで、最初わし等が出て来た時にいきなりキャンキャン吠えて来て「うわ、なんやねんコイツ……うっさいし全身水色やし絶対アホやわ」って感じたのは素直に認めるわ」
「認めるんじゃないわよ!」
「お前な、正直盗賊する気あんのか? さっきからアホみたな事ばかり言いおってからにふざけてるんちゃうか?」
アクアの叫びも無視して、弟である筈のレーイジが兄のツヨシン相手に説教をかますというなんとも微妙な雰囲気が流れ始めた。
「それとお前暗いねん、盗賊ならもっとハキハキしながら堂々と立たなあかんやろが」
「……」
「子供の頃からオトンとオカンによう言われとったよな、「レーイジはあんな活発で元気一杯なのに、どうしてお前はそう大人しいねん」って、注意されとったよな?」
「……」
「友達もわしのほうが多かったしなー、お前はお前でおったけどみんなお前と同じタイプばっかりで気色悪かったわー」
「……」
段々と説教から嫌味になっていく弟の言動に、兄は何も言わずに黙り込んでいるというこの状況
メレブも息が苦しいと爪をいじりながら項垂れる。
「なんか……やな雰囲気になっちゃったね」
「気弱な兄を弟が……見てるだけで心が痛む光景だ」
「止めて来ます」
「待ちなさいヨシヒコ、家族同士の喧嘩に私達が口を挟むもんじゃないわ、今はちょっと見守っておくわよ」
ダクネスも胸を痛めて目を背ける中で、ヨシヒコが一人二人の仲裁に入ろうとするがすぐにアクアがそれを阻止してしばらく見守ろうとする。
ヨシヒコも素直にそれに従って一歩下がっていると、弟は兄いびりを続け
「そうやって言われたらすぐ黙り込むのが昔から嫌いやねんホンマ! なんでお前がわしの兄貴やねん! わしの足ばっか引っ張りおって! 一度はわしに反抗してみせんかいコラ!」
「……うっさいねん」
「……あ?」
ずっと黙り込んでいたツヨシンがボソリと言った言葉にレーイジが目を細めながら顔を近づけると
兄は急にクワッと表情を一変させて
「うっさいんじゃボケェ!」
「お! 小さい兄が遂に反撃に出た!」
突然キレた様子で怒鳴って来るツヨシンに思わず面食らって驚いてしまうレーイジ
メレブが思わず叫んでいると、怒れる小さな兄は更に大きい弟に食って掛かる。
「ずっと言おうか言うまいか思ったんやけどな! お前友達多いと自分で思うとるみたいやけど! アレお前が単に仲の良いグループに勝手に加わってただけやからな! アイツ等今でもまだ仲良うしとるみたいやけど! お前一度でもアイツ等に遊び行こうって呼ばれた事あるんか!?」
「え、ちょ……え」
「あと俺、お前の事で散々オカンとオトンに相談されとんねん!「もうええ年やのに何時まで経っても遊んでばっかでロクに家に金入れへん、兄貴のお前だけが頼りだからなんとかアイツを真面目に働かせてあげて」って! なんべんも言われとってん!」
「そ、そうだったん……へぇ~知らんかった……」
凄まじい形相で吠えて来る兄にみるみる声が小さくなっていく弟
オマケに色々聞かされてすっかりレーイジがショックを受けている中で、更にツヨシンは一歩前に出る。
「だからいい加減盗賊なんて真似止めろや! 図体だけデカくてもお前全然剣振れんやん! 盗賊止めてまともに就職して親孝行しようや!」
「お、お前何言うとんねん! お、お、お前やって就職してへんクセに!」
「したで就職」
「……え?」
「来週から俺、アクセルで機織り職人の弟子として働くんや」
自分を親指で指しながらそう呟くツヨシンに、思わず呆然と固まってしまうレーイジ
そんな弟に兄は急に優しい表情を浮かべて軽く笑みを浮かべた。
「顔は強面やしムキムキで見た目はおっかないおっさんやったけど、思い切って弟子入りしたいって頼んだら気前よくOKしてくれたんや」
「ほ、ほ~ん……」
「そんでお前の事も土下座して頼んだんや、「ウチの弟もどうか一緒に弟子入りさせて下さい」って、そしたら師匠、すぐにわかったって言うてくれたで、ええ人やホンマ」
「えぇぇぇ!?」
自分だけでなくまさかの弟の事も気に掛けて就職先を見つけてくれていた兄。
まさかの展開にメレブは思わず口元を手で押さえながら目を大きく見開く。
「あんだけ酷い事言われてたのに……! そんな弟の為に土下座してまで仕事先を見つけてあげたなんて……!」
「な、なんて素晴らしい兄なんだ……!」
「立派だわ……! 凄く立派なお兄さんだわ……!」
「ええ、あれだけ虐げられてもなお、お兄さんは弟の身を案じていたんですね」
大人しそうな見た目の裏腹に、影に隠れて弟がまともに働けるように手配していた兄。
ヨシヒコ達がそんな兄弟愛に感動すら覚えていると、ツヨシンは驚いて呆然としているレーイジの腰を優しくポンと叩く。
「もうええやろレーイジ、これからはまともに働いて、オトンとオカンを楽させてあげようや」
「……なんやねん」
ずっと自分の事を見守ってくれていた事を知った弟は声を震わせながら口を大きく開けて
「なんやねんもぉぉ~~~~!!!」
「あ、弟泣いちゃった」
「こんな! こんな真似されたら! わしもう自分が情けなくて惨めになるやんけ~~!!」
遂に膝から崩れ落ちて地面に両手を突いたまま号泣してしまう弟
そんな彼にヨシヒコがそっと歩み寄る。
「もう我々と戦う必要は無いだろう、弟よ。これからは兄と二人でまともに働きなさい」
「出来るか~! こんなみっともないわしが今更まともに働けるか~! これ以上兄貴に迷惑掛けるぐらいなら!」
今までの行いに反省しながらレーイジは立ち上がり、泣き顔のままヨシヒコに向かって剣を構える。
「いっそこの場で命散らしたるわ~!」
「ふん!」
「あん!」
泣いたまま剣を掲げて突っ込んで来たレーイジにヨシヒコは抜いた剣で横一閃
それを見事に食らったレーイジは、手に持っていた剣をポトリと落とすと
「兄ちゃんごめん……」
「レーイジー!」
「安心して下さいお兄さん、弟さんは眠っただけです」
前のめりにバタンと倒れた弟に慌てて駆け寄る兄。
しかしヨシヒコの剣は「いざないの剣」相手を殺さず眠りにつかせる剣。
やがて倒れたレーイジの口から寝息が聞こえ始め、それにほっと一安心するツヨシン。
「ほんに、ほんにあんがとうございます……これからは兄弟真面目に働きますんで」
「二人で立派な機織り職人になって下さい、では皆さん、行きましょう」
殺さないでくれたヨシヒコに感謝しながら頭を深々と下げるツヨシンに安堵の表情を浮かべた後、ヨシヒコは他の三人を連れて旅を続行する
「頑張れよお兄ちゃん」
「あんがとうございます、キノコ頭」
「ん?」
「これからは兄弟仲良くな」
「あんがと、おっぱい大きいネーちゃん」
「え!?」
「一人前になったらアンタ達の店に行ってあげるわ」
「おうお前も頑張れや、アホ」
「ああ!?」
最後にそれぞれ彼に応援メッセージを残しつつ、4人は再びアクセルへと向かうのであった。
盗賊との戦いを終えてしばらく経った頃
ヨシヒコ達は無事にようやく始まりの街『アクセル』へと辿り着いた。
「ここがアクセル……随分と大きな街並ですね」
「おお! なんかやっと異世界っぽい所に来れたじゃん! てか街すっげぇデケェ!」
「は? そこまで驚くほど大きくはないでしょ?」
「いや俺達の世界でいつも行ってる村と比べたら断然デカい!」
中に入って早速興奮気味にはしゃぐメレブをアクアが窘めていると、ヨシヒコは早速歩いて周りを眺めてみる。
「仏の言っていた力を授けてくれる所は一体どこに……こうも色々な建物があると一体どれだか……」
「それなんだがヨシヒコ、仏の言っていた力というのは冒険者ギルドで得られる職業なんじゃないか?」
「冒険者ギルド?」
ヨシヒコのすぐ後ろをついて来ていたダクネスが、ふと気になる言葉を口に出した。
「この世界に来たばかりに君達なら知らないのも当然だが、この世界を冒険するのであればまず冒険者ギルドに登録して自分に似合う職業を選ぶのが先なんだ、例えば私はクルセイダー、アクアがアークプリーストみたいにな」
「職業……そうか、仏が言っていた授かる力というのは、そこでこの世界のルールに従い職業を得る事だったのか」
「その筈だ、何故ならこの世界では冒険者に登録して職業を得れば、それに見合うスキルを手に入れたりする事が出来るからな」
ヨシヒコは勇者でメレブは魔法使い。しかしそれはあくまで自分達の世界での話。
この世界で冒険者として登録して職業を得れれば、様々な恩恵を貰える事をダクネスから聞いてヨシヒコはすぐに決めた。
「よし、ならばまずはその冒険者ギルドという所に向かおう、聞いてましたかメレブさん」
「おーちゃんと聞いてたともー、なんか面白そうなイベントが始まりそうじゃーん」
すぐ背後にいたメレブはダクネスの話をちゃんと聞いており、興味津々の様子でにやにやと笑う。
「フ、どうやらこの私が、この世界に新たな旋風を巻き起こす時が来たようだな」
「頭おかしいんじゃないのアンタ」
「お黙り、この俺が手に入れる職業を見てアッと驚け、そして跪け」
「1個も呪文も持ってないのに魔法使いとか名乗ってるアンタに一ミリも期待しちゃいないわよ」
眉毛を動かしながら偉そうな口を叩いて来るメレブをアクアが鼻で軽く笑ってやると
「では行きましょう」
ヨシヒコ一行はすぐに冒険者ギルドへと歩き出した
職業を得て新たな力を授かる為に
「ここが冒険者ギルドか!」
「ヨシヒコ! そこ土木作業員の為の仮設トイレ!」