天使な悪魔をオトしたい。   作:蘭花

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久々にアニメを見返して、ヴィーネ可愛いなと思ったから書いてみました。
勿論ガヴリールもサターニャもラフィエルも好きです。でもやっぱり一番好きなのはマスターです(大嘘)。

小説を投稿することがかなり久しぶりですが、暇つぶし程度にでもご覧いただければ嬉しいです。



一章『Variant Visibility』
一話:あの子を目にしたあの日


 

 

「うわぁぁ! どうか行かないで……!」

 

 すっかり日も暮れた時間帯。たった今出発したバスの車内で、一人の少年が声を上げる。小学生高学年、若しくは中学一年生くらいの少年だ。バスの閉ざされた扉の下方へ手を伸ばし、何かを求めているようだ。

 

「落としちゃったぁ……マアアァァァァ――!」

 

 悲痛な叫びが車内に木霊する。周りに乗客がいることすら忘れて慟哭するその姿には憐憫の情すら覚えてしまう。若干情けない悲鳴に乗客はクスクス笑ったり、携帯電話を構えて撮影しようとしたり、暗くて何も見えないはずの外へ視線を向けたりと、様々な反応をしていた。

 

「あぁ、落としたあ……ゲームのカード落としちゃった!」

 

 どうやらゲームのカードを落としてしまったらしい。狼狽する様子からして、扉が閉まる直前にカードを落とし、そのままバスが出発してしまったのだろう。余程のことがない限り乗客一人の都合でバスが止まるはずもなく、他人の迷惑になる可能性も孕んでいるため、通過した地点をすぐに引き返すこともない。

 

 少年からすれば、大事にしていたカードを落とし、すぐに拾うことができないこの状況は絶望的である。だが失くして困る物ならば手元から離れないようにするべきであり、持ち主の管理が甘かったがゆえの事故でもあるのだ。殆ど自業自得、他者にはどうすることもできない。

 このような場面に出くわした場合の対処、又は取るべき行動としては、『我関せずを貫き通す』ことだ。バスの運転手が気前の良い人物であったならそれなりの対応は望めるが、同じ時間に乗っていただけの人々が助ける義理はない。そんなことをするのは余程のお人好しくらいだろう。

 

「どうか、しましたか?」

 

 しかし、そんなことをしてしまう余程のお人好しはいる。

 

 戸惑う少年に対して声を掛け、手を差し伸べたのは高校生程度の背丈の少女だった。ショートポニーの黒髪は短く切り揃えられ、前髪の片側を二つのヘアピンで留めている。優しげな紫紺の瞳が柔和な印象を与え、宥めるような甘い声音は聞くだけでリラックスできるほどの効力を放っている――気がした。

 声を掛けられ、少年は困惑顔のまま説明する。

 

「ゲームのカードを、落として、しまったのですが……」

「そう、なんですか。多分車外にですよね。もう暗いですし、早く探さないといけないですね」

 

 少女は桜色の艶やかな唇にそっと指を当て、考える素振りをしながらきょろきょろと周囲を見渡す。

 本気で少年を助けようと考えているのだろうか。少女は何かを閃いたように手の平を合わせると、にこやかに微笑んだ。

 

「じゃあ、次降りれる場所で降りましょう。確かそこまで遠くはなかったと思うので、降りてからさっきの所まで戻って、探すの手伝いますよ」

「ほ、本当ですか、あの……ありがとう……」

「いえ、困った時はお互い様ですから。でも――」

 

 しー、と人差し指を立て、微笑みを崩さないままに続ける。

 

「他の人の迷惑になりますから、少し我慢、ですよ?」

 

 一言で表せば善人。更に上の表現をするのであれば天使。

 慈善の心に満ち溢れた彼女はまさしく天使と言えよう。その場に居合わせた誰もが、その優しさに感心し、感動した。困っている人に手を差し伸べることは決して簡単なことではなく、それができることは一種の強みにも成り得る。

 少年は地獄の最中で仏に救われたかと思うほどの滂沱の涙(実際は先程まで絶望していたせいだと思われるが)を流し、感涙していた。

 人の温かみに触れた時ほど心が解れる時はない。まさしく今がその時であった。

 

 天使は実在したのだ。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 春。スプリング。

 春夏秋冬に分けられる四季の中でも特に始まりの印象が強い季節。入園、入学、入社といった物事の起点となる行事の多い季節でもあり、冷たい冬が去って暖かく穏やかな空気が世界を包み込んでくれる。

 春を象徴する桜も満開に咲き誇り、少し前まで一面を覆っていた雪の絨毯はもうどこにも見えない。年明けとはまた違った『新しいことが始まる』という感覚が、多くの人間の心を満たしていることだろう。

 

 今日付けで県立舞天高校の新一年生となる生徒たちも、きっと同じ気持ちを抱いているはずだ。

 

「……ちょっと来栖(くるす)里九(りく)君。聞いてる?」

「あぁ、聞いてない聞いてない。もう一回言ってくれると嬉しいですお願いします」

 

 一年間所有物となる椅子と机、その間に挟まれることで生じる領域(テリトリー)内に座ってボーっとしていた俺に、長い黒髪の女の子が困った顔をしながら訊ねてくる。身に着けている制服が明らかに新品であるため、おそらく同じ新一年生、同じクラスなのだろう。

 

「もう。だから、落し物があったんだけど持ち主がいないから、どうしようって」

「入学早々落し物って随分管理が悪いなぁ……というか委員長が困ってることが俺に解決できるとでも」

 

 とはいえ、知らない人というわけではない。彼女は中学校が同じで、昔から率先して委員長を務めてきたことから委員長と呼ばれている人だ。そこまで仲が良かったこともないが、今日初めて顔を合わせた新しいクラスメイトよりは見知った相手の方が話し易いのだろう。

 早速善良的な行為に勤しむ彼女に感心しながらも、お人好しな面には少し同意し兼ねる。委員長としてクラスをまとめ続けてきた委員長からすれば、当たり前のことだと思うけれど。

 

「私、高校でも委員長になるって決まったわけじゃ」

「どうせなるって。委員長である委員長から委員長を取り上げたら委員長は一体委員長以外の何になるって言うんだ? 委員長は委員長らしく自信持って委員長をすればいいじゃないか」

「ん? ん? え? そ、そうよね」

 

 ゲシュタルト崩壊を起こしかねないレベルで委員長を連呼すると、流石に混乱してきたのかよく分かっていないまま納得した。正直自分でも何を言ってるのかあまり分かっていないが。

 

「それで落し物の持ち主の名前は?」

「あ、うん。月乃瀬って書いてある、けど今は教室にはいないみたいで」

 

 月乃瀬。聞いたことのない名字だ。少なくとも記憶にはない。

 しかし同じクラスであることと座る席くらいは判明しているようで、委員長が空いている席を指差した。教室内で廊下側の端から三番目の列、その最後尾。

 

 ――隣じゃねえか。

 

「なるほど、それで俺に聞いたと……ごめん全然分からん。桜が見えにくい席だなーと思って外ばっか見てたから」

「窓を眺めるなら視界に入ってると思うけど」

「いやほらー、興味無くてな」

 

 教室からは既に人の姿がまばらに消え始めている。入学当日の予定も終え、時間も空腹が訴えてきそうな頃合いだ。親と家に帰ったり、知り合いとそのまま外出したりする生徒だっている――寧ろ用もなく呆けて座り続けている生徒なんてほとんどいない。

 今現在の教室はというと、教卓の前で高笑いしている赤髪の子が、何人かに注目されているくらいで、他の生徒は帰る準備をしている。

 

「うーん、席が分かってるなら置いておけば? 皆、明日も来るんだから」

「でもずっと置きっ放しっていうのも可哀想だと思うわ」

「じゃあ先生に預けるとか」

「……もしかしたら失くしたことに気付いて探しているかもしれないじゃない」

 

 何とも筋金入りのお人好しだ。どう考えても落とした本人の管理が不足していただけだろう。

 

「……管理、ね」

 

 ふと、少し前の記憶が脳裏を過った。随分と暗くなった頃に、バス内で中学生くらいの男の子が騒ぎだした時のことだ。迷惑極まりないほどに騒ぎ立てていたけれど、綺麗な黒い髪の女の子が親切に話しかけていた。確かカードを落としたとかなんとか言っていたが、その後は無事に見つけることはできたのだろうか。

 委員長も人が良いと言える。しかし、あれほど他人に優しくできる精神の持ち主を俺は今まで見たことがなかった。

 

 その過度な優しさが衝撃的だったからこそ、こんなにも鮮明に思い出せるのだろう。

 

「わかった、じゃあその落し物は俺が預かるよ」

「急に積極的ね……どうするの?」

「そのへんをちょっと探してみて、見つからないようだったら先生……あのサングラスの強面に渡しておく」

 

 取り敢えず手当たり次第に、舞天高校の制服を着た人物に声を掛けてみようと思った。何故急に柄にもないことをしようと思ったのかは分からない。突然に、気まぐれに、誰かのためになることをしたい、という気分になっただけかもしれない。

 

「優しさに触れると人の心は軟化する、ってグランド父さんによく言われてたしな」

「普通にお爺さんって言いなさい」

 

 こうして俺は、名前も知らなかった隣の席の人物を探すべく、教室を後にするのだった。

 

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