天使な悪魔をオトしたい。   作:蘭花

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登場人物はマスターとオリキャラ一人のみです。
オリキャラは現時点ではメインキャラ達との関わりはほとんどありません。


六話:「Give Me A Break?」

 僕の名前は田中(たなか)太郎(だろう)。何処にでもいるごくごく普通で平凡凡庸没個性、これといって特徴のない高校一年生だ。シンプル過ぎて逆に珍しいとまで言われる田中太郎とよく勘違いされるが、決して「たなかたろう」ではなく「たなか()ろう」である。平凡を主張し過ぎるあまり普通に拘ること自体が特異性としてみなされる人間もたまに存在するが、僕の場合は違う――「たなかたろう」の一文字に濁点が付いただけの、本当にどこにでもいる普通の高校生なのだ。

 

 場違い感も非常に強いと思うし正直僕になんて興味の無い人の方が多いだろう。僕としても誰に向かって語りかけてるわけでもないのに延々と心情を羅列するというのは些か気味が悪いし、即刻退場してしまった方が互いの身のためなのかもしれないね。

 しかし今回ばかりはどうしても、そうはいかない。一度僕の身の回りで起きている出来事を整理する必要がある。退屈な時間になるかもしれないが、少々付き合ってくれたまえ。

 

「なんだよ……結構美味しいじゃねえか……」

「それは良かった。またのお越しをお待ちしております」

 

 僕が今回やってきたのは喫茶店「エンジェル」。街中にあるあまり繁盛していない店だ。おかっぱ頭とちょび髭が特徴的なマスターが単身で経営していて、彼はコーヒーに対して少々うるさいらしい。こだわりのある自家製ブレンドコーヒーには前々から興味を惹かれていたため、休日の昼間という僕にとって暇の代名詞でもある時間帯を利用して此処を訪れた、というわけだ。

 繁盛していないとはいえ、全く客足がないというわけでもないらしい。どうやら先客がいたようで、ワインレッドのスーツを着込んだ褐色肌で銀髪な長身の男性が、僕とすれ違うように店を出ていった。彼の表情はどこか満足げで、これから死ぬんじゃないかと思ってしまうほど清々しい顔だ。

 

「いらっしゃいませ」

 

 案内を受けるがままに早速席に着く。マスターは物腰柔らかな雰囲気で、店内も客こそいないものの心を落ち着かせることができる。コーヒーの味さえ良ければまた来るとしよう――そう思う程度には居心地が良かった。

 しかしこのマスター、なんというか苦労人っぽい雰囲気も持ち併せている。変な人に振り回されて常に苦労している感じで、ついでに少し残念な人っぽい。見た目からしてひ弱そうではあるが。

 

「じゃあこのブレンドコーヒーを一つ、お願いします」

「ブレンドコーヒーですね。畏まりました」

 

 丁寧に腰を折った後にマスターは踵を返し、カウンターへと歩いていく。

 頼んでみたはいいものの、僕はコーヒーについては缶のまずいやつと美味いやつを見極める程度のことしかできない。元々苦い飲み物はあまり得意ではないので、この機会にご自慢の一品とやらを飲んでコーヒーの魅力に気付ければ、と思って訪れたのだ。だから余分な味を口内に残さないよう、朝食も昼食も摂っていない。起きてから何かを口にするのはこれが初めてということになる。

 若干の期待に心躍らせていると、手際良くコーヒーを作り終えたマスターが此方にやってきた。

 

「お待たせしました、こちらブレンドコーヒーになります」

 

 一筆書きで事足りるような細目でにこやかな笑みを浮かべ、彼は軽く会釈する。しかしながらコーヒーを置いてもいっこうに帰る気配がしない――客が僕しかいないから、感想でも聞こうとしているのだろうか。

 こういった雰囲気はどうも値踏みされているようで苦手だ。だが折角淹れていただいたのだ、ここは一杯啜って速やかに感想を述べるべきなのだろう。

 

「では、いただきます」

 

 飲み物に対していただきますと言うのは少し違和感があるが、こちとら本日初めて喉に通すモノの前。両手を合わせて合掌し、カップをゆっくりと持ち上げ――湯気の上がるコーヒーに口を付けた。

 

 生来コーヒーは苦く味が残りやすい飲み物だとばかり認識していた僕は、それは大きな間違いであったことを自覚した。芳醇な香りが鼻孔を刺激し、苦みと同時に濃厚な味わいが口いっぱい広がる。暖かな感覚が流れるように喉に向かっていき、瞬く間に僕はコーヒーを飲み干していた。さっぱりとした後味は短すぎず長すぎず、絶妙な加減で僕の中を回り続けている。

 愚の骨頂――自動販売機にお金を入れてガタンゴトンと買っていた今までが馬鹿馬鹿しくなるくらいだ。少しの無駄のない絶品、なぜこれが世に送り出されないのが不思議でならない。

 

「お口に合いましたか?」

「コーヒーはあまり得意ではなかったんですが、好きになれそうです。とても美味しかったですよ」

 

 「それは良かった」と安堵したような喜びに満ち溢れたような顔をするマスター。こんなに素晴らしい味だというのに、もしかすると自信がないのかもしれない。魅力が分からない、或いはコーヒーそのものに興味がない人に味を否定されたのだろうか。

 ともあれ、たったの一杯で僕は理解した。彼のコーヒーに対する愛情と情熱、そしてこの道を歩き続けてきた『貫禄』を。

 

 ――折角の機会だ、相談してみるとしよう。

 

「マスター、貴方を最高の腕前だと見込んで……少々僕の高校生活に関する相談を受けていただきたい」

「おや、君は何か悩みごとを抱えているのかな? 何でも聞いてあげるから、遠慮せずに言ってみなさい」

 

 快く引き受けてくれた。作ったものの味だけでなく人も良いとは。此処の常連になる日も近いかもしれないな。

 僕は湯気で曇った眼鏡を外すと、一つ深呼吸をする。緩んでいたネクタイを整えてマスターの見上げ、口を開いた。

 

「僕はこの近辺にある舞天高校に通う一年生なんですが、僕の配属されたクラスが最近――いえ、入学当初からおかしな空気をもっているんです。クラス内には変わりものも多く、ついこの間は他クラスの『文武両道、才色兼備』とまで謳われた美人な女子生徒が他の生徒に対して跪いて犬の真似をすることを強要していました。何かの間違いだと思いたかったのですがそれは間違いでも幻視でも幻聴でも勘違いでも白昼夢でも夢でもなんでもなく、紛れもない真実です。完璧な美少女は僕のいるクラスの生徒に対して四六時中悪戯と称したギリギリアウトに近い関わり方をして楽しんでいました。うちのクラスに来るとどんな人でも気が狂ってしまうのでしょうか? いえそんなことはありません、もし仮にそうであれば僕が今こうして客観的事実を冷静に述べることなどできる筈がないそうに決まっている。だから僕は考えに考え、僕の平穏を乱そうとするのは一体誰なんだと探ることにした。

 まず不可解なことといえば真っ先に挙げられるのが、入学当初は絵に描いたような優等生だった人物が今では誰に対しても適当で無気力な返答しか返さないほど豹変してしまったことだ。ビフォーアフターという言葉があるがまるで彼女のために存在するかのようだと僕は感じたよ、提出物は出さない宿題はほとんどやらない、世話を焼いてくれる同級生に常に頼りっきり。あぁ世話焼きといえばその子のお守役のような立ち位置になっている子も問題あり――というより彼女の近くにいるもう一人の男子生徒との関係に問題があるのかな。敢えて伏せる為に一度話を変えるが、ある男子生徒がある女子生徒に恋をしたんだ。しかし男子生徒にとってそれは叶わぬ恋であり成就することのできない大きな弊害があったんだろう、いつからその事実に気付いたのかは不明だが男子生徒はそれ以降、女子生徒の前で照れたり緊張したりすることがめっきり無くなった。心構えが変化したのか諦観しているかは知る由もないけれど、明らかに女子生徒への接し方が変化したんだ。好きや可愛いなど場合によってはセクシュアルハラスメント的行為として捉えられても仕方のない発言を平気で、日常会話に織り交ぜて使うようになった。勿論女子生徒も初めの方は突然告白まがいなことを言われて明らかに混乱していたし、満更でも無いような態度をとっていたさ。しかしながら慣れというものは人の心を強くするものであり、率直すぎるアプローチに女子生徒は慣れてしまう。或いはそれが男子生徒の狙いだったのかもしれないね。冗談ととってもらうことで簡単に想いを伝えることができる、叶わずともせめて好意を言葉にできるような関係になりたいとでも思ったんじゃないかな。もしそうだとすれば狙い通りだよ、恋が成就しない点を除けば完璧な作戦といえるだろう。だから僕も遠目で見ながら一つの恋愛の形だろうと特に気にしてはいなかったのだが、数日前にある事件が起きた。何の弾みか自己防衛に近い男子生徒の行動が更なる進化を遂げたんだ。今の関係に満足できなくなったのか、絶対に叶えられない恋だと分かっていても諦めきれないという想いが火を吹いたのかは分からないけれど、とにかく男子生徒は本気で恋心と向き合う覚悟ができてしまったんだ。勿論僕にとってここまで話した人物はほとんど関わりのない赤の他人のようなものだが、それでもその恋に問題があるのは明白。仮に恋愛として成立してしまえばその時は――まぁこれは話すことでもないか。それと一方的だった恋が徐々に想いあう形に変わろうとしている。意外にもやる時はやる男のようだから、女子生徒の気持ちを変えるのも時間の問題といえるだろう。でも青春って案外難しいもので、好き合っていたら付き合えるというものでもないんだ。恋に関係の無い身分の差や時間が二人を隔てる大きな弊害と成り得ることだって珍しい話じゃない。だからこそ僕は実っても幸せは得られない恋は速やかに排除すべきだと思うんだ。どうせ後々苦しく辛く悲しい思いをするってことが目に見えているなら、せめて少しでも被害を軽減しようと考えるのは自然と言えるだろう。話は戻るが他クラスの女子生徒のことなんだけどね、どうにもおかしな勘違いをしているようだ。思い違いが何か面倒なことにならなければいいんだが。全く第三者が絡む人間関係というのはどうにも醜くて仕方がないね。複雑で面倒なだけの関係なんて何が面白いんだか理解に苦しむよ。というわけで相談したいのはどうすれば面倒事を回避しながら穏便に事を片付けられるかということなんだけども、何かいいアドバイスをいただけないかな?」

 

 一息に喋り尽くして少し疲れてしまった。僕としたことが、ほんの僅かに話が長くなってしまったらしい。悪い癖だ。

 だが話すとはいいものだ――現状を整理して言葉にできただけで、解決策が見えてきた。マスターはひどく混乱しているようだが、僕としては相談相手として短い話に付き合ってもらっただけで十分だ。

 

「いや、今回はありがとう。やはり悩みは人に打ち明けるべきだね。また来させてもらうよ」

 

 心なしか青褪めた表情をするマスターを尻目に、僕は懐から財布を取り出して帰る準備を始める。もう少し長居していたいところではあるが、それはまたの機会としよう。

 

 もう一度言うが、僕の名前は田中(たなか)太郎(だろう)。至って普通の高校生、どこにでもいる一般人だ。

 

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