天使な悪魔をオトしたい。   作:蘭花

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三章『Gentle Girl』
一話:魚介類ウォールバトル


 夏がやってきた。

 

 衣替えや梅雨の季節も過ぎ去り、ぎらぎらと照らし続ける太陽に地球も人間も呻き声を上げて暮らしている。年々気温が上昇していく中、もしも冷房や扇風機という文明が存在しなかったら――と考えると恐ろしい想像しかできない。気温を快適な状態に整えられた室内から一歩でも出れば蒸し風呂、灼熱地獄が広がっているのだ。避暑地がない夏など人類にとってもはやあり得ない妄想であった。

 とはいえ暑い季節であることは事実。七月は始まったばかりだというのに、高校生活は猛烈な熱さに支配されていた。

 

「あづー……な、なんとかならんのですかこの気温……」

「諦めろサターニャ、教室のクーラーは三十度を超えない限りは稼働せん……」

 

 猛暑に項垂れる悪魔と人間が机に突っ伏している。珍しくまともに宿題を終えた里九の席へやってきたサターニャだったが、あまりの暑さで事切れたように倒れてしまったのだ。

 

「なんでよぉ、教師共の部屋はあんなに涼しいじゃないぃぃ」

「それは多くの生徒が抱える不満だから言っても無駄だー……」

「あのー、二人ともちょっといい?」

 

 生気の抜けた馬鹿二人に声がかかる。

 委員長だ。彼女はクラス内で集めた宿題のプリントを抱え、倒れ伏す里九とサターニャに哀れみの視線を送っていた。

 

「あぁ……宿題か。やったぞ、俺は」

「ちょ、ちょっと待ちなさい。私はまだ終わってないのよ……」

「お前別にやらなくてもいいだろ悪魔なんだから。この間だってわざとやらなかったんじゃないのかよ」

「ああいうのはたまにだから良いものなの!」

 

 以前数学の宿題に全く手を付けなかったサターニャが教師に説教されたことを思い出す。悪魔的行為と言いながら授業中に堂々と宿題やってない宣言をした彼女は、バケツを二つ持たされて廊下に立たされ続けた。さすがに懲りたのか、それ以降はわざと宿題をしないことはないようだ。

 成績の方が残念なので人に頼ってばかりだが。

 

「というか委員長、ウェイト。今からそのプリントの束をどうするつもりだ?」

「どうするもこうするも、提出しに行くのよ。昨日そう言われてたし」

「――進路関係担当のお前がか?」

 

 それまでテンションだだ下がりだった里九が眼光を強くして委員長を睨む。

 いつになく本気で真面目な表情をする彼に、サターニャも首を傾げている。

 

「何かまずいことでも?」

「いいや、進んで提出物を回収してくれるのは有り難いよ。だが今回ばかりは話が変わってくる……職員室に持っていくんだろう」

「――! ま、まさか委員長……!」

 

 サターニャは委員長の思惑に気付いたのかハッとして顔を上げた。彼女の画策しているのはおそらく、至って自然な流れで職員室に入室することだろう。誰からも怪しまれずに絶好の避暑地へと足を運び、冷却を完了させてから午後の授業を乗り切るという完璧な作戦だ。下手に保健室へ行こうとするとサボろうとしている魂胆が露呈するため、誰からも怪しまれることなく極楽の地に行くためにはベストな手段といえる。

 しかしここで里九に勘付かれたのが運の尽き。汚らしい戦法は実現不可能になったも同然だ。

 

「残念だったな委員長ッ、その下心を暴露されたくなければ俺に代わりに行かせてくださいお願いしますッ!」

「……担当の田中君が休みだから持っていこうと思っただけだから、やってくれるならお願いするけど」

「「――!?」」

 

 二人の表情が驚愕に染まった。

 委員長が想像とは真逆の普通に良い人だったからではない。冷房が適度に効いた室内への切符をさも当然のように投げ与えられたことに対してだ。

 

「そ、そうか。じゃあ俺が」

「待ちなさい」

 

 へらへらと媚びた笑みを浮かべる里九の手をサターニャがはたき落とす。

 彼女の目は闘志に燃えている。夏の暑さの数百倍燃え盛る心を体現しているかのようだ。

 ――戦いは避けられないと、両者が理解した。

 

「ほう、止めるかサタニキア。悪いが今日は加減はしないぞ」

「お前こそ私の本気を目の当たりにして、後で泣きべそかいても知らないわよ」

「サターニャさんかっこいいです! 是非本気を見せてください!」

 

 ラフィエルがいつの間にやら参加しているが、彼女は生粋の娯楽・快楽探求者。面白いことを見つければたとえ火の中水の中、どんなところにだってすっ飛んでくるだろう。特にサターニャ絡みのことに関しては専用の探知機でも付けているんじゃないかと疑いたくなるほど、当たり前のように毎回現れている。

 呆れる委員長がラフィエルにプリントの束を渡してバトンタッチ。里九バーサスサターニャ、実況兼解説はラフィエルという構図がつくられ、避暑をかけた戦いの火蓋は切られた――!

 

「でもなにで勝負するんですか?」

 

 と、冷静なラフィエル審判から疑問が投げられる。

 夏の暑さでおかしくなった二人は決闘方法すら決めずに燃え上がっていた。一番重要な点が未定だったことに二人が衝撃を受けていると、ラフィエルは公平で平等な提案を繰り出す。

 

「このアプリとかどうでしょう、最近流行っているらしいですよ」

 

 差し出された携帯の画面に映るのは、デフォルメされたファンシーな魚が並びポップなロゴタイトルが表記されている水色のものだった。

 ガヴリールとパソコンゲーに熱中しているとはいえ、里九もそのアプリの名前はよく知っている。

 

「……『魚介類ウォールバトル』……なるほど、命運を決する戦いにはもってこいだな」

 

 魚介類ウォールバトルとは、画面下方の台座に向かってランダムに降り注ぐ魚介類を各プレイヤーが交互に設置し、積み上げてウォールの如く大きな壁をつくり上げていくゲーム。勝利条件は特に定まっておらず、敗北条件が『自分の手番で設置した際に壁のバランスを崩してしまう』ことである。つまりバランスゲー。

 

 ランダムで決定される魚介類にはヒトデやウミガメといった小さな生物から、サメやクジラといった比較的大きいサイズの生物までいる。任意で設置する生物を選べないため、運要素が大きく絡んでくることも珍しくない。

 「オクトパスライト」「ワイルドダウン」「鯛乱レイブ」「ヴンギャマエヴィティリゴ」「乙姫親衛隊」「攻めの5マリモ」「シャウタコンボ」「水素の音色」「キューワリファカチンモ」「海月王妃」などの専門用語が数多く生み出され、プレイヤー間の戦いが白熱している話題のアプリだ。シンプルに見えて奥が深い戦略性のあるゲームなことから世界レベルで話題を呼び、知名度の上昇に合わせて世界の掌握さえも狙っているという噂が流れている。

 

「なるほどね、いいわ。魚の扱いには慣れているから余裕よ」

 

 概要を把握したサターニャが得意げに微笑みながらインストールを待つ。

 

「要するに運ゲーってことでしょ? 私ほど運に恵まれている奴なんているはずないもの、勝ったも同然じゃない」

「あんまり下手なこと言うと死ぬが……まぁ好都合か」

 

 互いの準備が完了し、通信モードに切り替えられて勝負が開始。

 ゲーム内で試合開始の笛が鳴り、まず先行の里九が落下してくるタツノオトシゴを操作する。九十度傾けられたタツノオトシゴは画面端ギリギリの地点に落ち、台座を転げ落ちるかのように思われたが――後頭部が台座の端に引っ掛かり制止した。

 

「なっ、何よそれ!」

「“タツノオチナイコ”だ。お前には難しいと思うがな!」

 

 落下寸前でピタリと止めるよう調節、これも立派なテクニックの一つである。形状が生物ごとに異なるため、一部の生物では地形すらも駆使した技を使うことが可能。但し成功させるにはそれなりの練習と技術力が必要となり、見様見真似で出来るほど容易ではない。

 サターニャの番となり、今度は画面上からエイが現れる。

 

「クククッ……よく分からないけど小賢しいことはこのサタニキア様を前にすれば全て無意味。さぁあの端っこの生意気なやつを蹴散らしなさい、我が使い魔よ!」

「あのー、それだとサターニャさんの負けになってしまうのですが」

「えっ、うそ!? ちょ、ちょっと待って!」

 

 説明を受けた上でルールを完全に誤解しているらしく、エイは慌ただしい操作でふらふらと画面を漂いながら落下していく。ラフィエルが何も言わなければ確実に勝っていたというのに、と里九は軽く舌打ちする。

 

「命拾いしたな。だが……」

 

 はっきり言って設置した場所が悪い。右端で希望にも絶望にも転がる引っかけたトラップが嘲笑う横、台座のど真ん中を悠々と泳ぐエイの姿は滑稽の一言に尽きる。設置するだけならば何の問題もないが、無様にも安置をガタガタの危険地帯へと改悪してしまっていた。

 バランスをとるゲームに於いて地盤の安定性は最も重要である。敢えて地盤を安定させない配置をすることで相手にも揺さぶりをかける戦法もあるが、それは上級者の読み合いに匹敵する類の戦い方。初心者が真似しても傷を負うだけだ。

 

「おいおい大丈夫か? こんなんじゃすぐ決着がついてしまうじゃないか」

 

 余裕綽々の表情で里九が繰り出す次なる一手は「攻めの5マリモ」。緑色で小さな丸い形状をしたマリモは一見どう動かしても丸でしかない。しかしある角度に固定して設置すると柔和なフォルムが一転し、敵意剥き出しの殺戮兵器と化す。本来着地する部位を真上に向けると、マリモはその次にやってきた得物をひっ捕らえ、凄まじい勢いで場外へ叩き落とすのだ。

 勿論これはテクニックというより物理演算が引き起こしたバグであり、近いうちに修正されるだろう。

 

(ふ、黙っていれば勝手に引っ掛かって場外だ。勝利の方程式は全て揃った!)

 

 バグも無知からすれば一種の技術に見える。情報弱者は嘘に踊らされて死ぬのがお約束なのだ。

 そんなことはつゆ知らず、サターニャが上空から舞い降りたウツボをくるくると回転させて徐々に落としていく。

 

「これで――どうよっ!」

「ふん……な、にぃっ!?」

 

 投じられた一手に驚きを禁じ得ない里九。勝ちを確信して優位的状況に胡坐をかいていたところを、無理やり引き摺り落とされたかのような絶望感があった。

 設置されたマリモの上に、ウツボの牙が喰らい付いていたのだ。

 

「馬鹿な……それはガーデンオブアヴァロン! 初心者のお前がなぜ!」

 

 永久に閉ざされた理想郷(ガーデンオブアヴァロン)とは、その脅威性と番狂わせすぎる規格外な大技ゆえに多くのプレイヤーが使用することを躊躇う禁じ手である。長さが画面の半分近くというぶっ壊れな性能のウツボの頭を下に向けて立たせることで、画面を真っ二つにぶった切る異常な技だ。

 柱としてそそり立つウツボを少しでも刺激すれば足元の有象無象は巻き込まれて転落する。尻尾が真っ直ぐに伸びているせいで上に何も乗せることができず、しかもこの技が成立するのは『下で5マリモが待ち構えている時』に限定されてしまう。加えて非常に難易度が高く、成功率は極めて低い。

 

「互いに大きなリスクを背負う代わりに優劣をリセット……サターニャさん、すごいです!」

「なーはっはっは! もっと私を褒めなさい、そして崇めるのよ!」

「ビ、ビギナーズラックはここまでだぁ!」

 

 半ばやけくそになって負けフラグ全開な台詞を吐き捨てる。

 ラフィエルの言う通り場の優劣はリセット、それどころか次に置く事ができる場所が左端に絞られている里九が若干不利だ。最初にドヤ顔で設置したトラップが足枷になるなど、誰が想像できただろうか。

 次なる参戦者はホッキョクグマ。魚介類とは名ばかりに食肉類が登場しているが、ツッコミを入れる者は一人もいない。シロクマは崖際で崖掴みモーションに移行する特殊な仕組みをもっているため、里九はなんとか場を乗り切ることが出来た。

 

(まぐれとはいえ場を乱されているのは事実……こうなったら……)

 

 ゴクリ、と固唾を飲んで覚悟を決める。

 顔色を変えた里九に少女二人が不思議そうに見つめてくる中、彼は一か八かの賭けに出た。

 

「サターニャ。実はこの上に見える太陽を押すと、一度だけ降りてくる生き物を変更できるんだ」

 

 ――心理戦(ズル)

 

 無知な相手を騙すのは常套手段。本当は太陽をタップすると生物が勝手にその方向へ落下していくだけだ。

 それを分かった上での嘘、誘い込み、場外戦。あまりに卑怯すぎる手法をとった里九にラフィエルも呆れかえっているが、形振り構っていられなかった。

 クーラーをガンガンに効かせた天国が待っている。そのためになら彼はなんだってできた。

 

「え? そうなの……うわまたでっかいやつ来た! えーと太陽太陽……と」

 

 そしてサターニャは見事に引っ掛かる。

 ルールも数分前に知ったばかりなのだ、騙されても仕方がない。

 しかし彼女の単純さにラフィエルは必死に笑いを堪えていた。騙されたとは知らないサターニャは笑っている。里九もバレないよう必死に笑いを押し殺していた。

 

「あぁーっ! 何にもならないじゃない! 騙したわね!」

「騙される方が悪い! 地獄に落ちな!」

「なんですってぇ……この悪魔!」

 

 悪魔はお前だろ、と思わずラフィエルの手がサターニャの頭部を叩きそうになる。

 ともあれ、長く苦しい戦いにも終止符が打たれた。あらぬ方向へ飛んでいったエイがウツボの柱を破壊し、築き上げてきた生物の壁も虚しく崩れ落ちていく。ゆっくりと、しかし着実に終わりと近づいていく戦場を三人は黙って眺めていた。

 

 ――と、そこへヴィネットがやってくる。

 

「あ、もしかしてこのプリント、田中君が休みだから置いてあるの? 私も同じ係だから持っていくわよー」

「えっあっ」

 

 誰かの呟きが虚しく響き、戦利品は一人の悪魔が整えて持って行ってしまう。

 

((……こ、この悪魔!))

 

 珍しいことにこの時のサターニャと里九の心は一致した。

 しかし係である彼女からプリントを奪うことはできない。ラフィエルもすっかり消沈した二人を「面白かったです、またやってくださいね」と一人だけ勝ち誇った笑顔で見ている。

 汗と涙の激しい戦いはヴィネットの手により終わらされた。自分達の熱中した時間はなんだったのかと悔しがる里九に、教室から出たヴィネットが少しだけ振り返る。

 

「あ、あのさ、里九君」

「なんですかヴィネットさん」

「なんで敬語なのよ……えっと、今度皆で水族館行く予定なんだけど――い、一緒にどうかなー、なんて」

「天使か! 御一緒させていただきます!」

 

 この瞬間、敗北者はサターニャ一人となった。

 

 




章の導入ならいくらふざけても許されるんじゃないかと思った。反省していますが後悔はありません。
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