天使な悪魔をオトしたい。   作:蘭花

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二話:天使と大悪魔

 

 教室を飛び出し、実はまだ教室内に探し人がいる可能性を考慮して戻り、再び教室を飛び出し、暇という暇を浪費して学校の敷地内を闊歩すること数十分。まだまだ日は高く、暑過ぎない絶妙な加減で太陽が地上を照らしてくれている。

 

「あ、どーも。月乃瀬さんだったりしない? ……なんだって、袋小路? 変わった名字だなお前」

 

 残念ながら、非常に残念ながら、暇と青春を人探しに浪費しても結果は返ってこなかった。

 月野、一之瀬、月之守とかなり際どい部分で惜しい人々には遭遇し、ついでに多少の会話を交えて顔見知りにはなったものの、目的である月乃瀬という人物には巡り合えていない。新しい高校生活の幕開けと同時に多くの人と会話が出来たこと自体には喜びを感じているものの、月乃瀬に関する情報は一切出てきていなかった。

 

「これは、あれか」

 

 月乃瀬という人物はもしかすると、この高校周辺には知り合いがあまりいないのかもしれない。遠くから引っ越してきたか何かで、同じ中学だった同級生とか友人とか、そういった存在がいない、それ故に長居する理由もないのでさっさと帰ってしまった。

 そう考えれば、誰も知らないのと同時に教室にいなかった理由も説明がし易い。

 

 少なくとも、俺の中では。

 

「どうもどうも、君って月乃瀬さんだったりしな――いっすよねすいません二年生の方でしたねはい失礼します」

 

 流麗かつ速やかに謝罪、続けて撤退。尋ねる相手を間違えた。

 

「いやー……見つからんって。これ」

 

 冷や汗を拭いながらその場に座り込む。時間的に腹の虫が抑制できず、コントロールが効かなくなってくるはずだ。無様に空腹時特有の効果音をさらけ出す前に帰宅した方が賢明だろう。

 幸い、現在地は職員室前の廊下、の隅。今すぐ入室して落し物を届ければ、早いうちに昼食にありつける。

 

「すまん、委員長。俺は所詮この程度の男だったんだ」

「えーっと。だ、大丈夫ですか?」

「む?」

 

 ワックスが若干剥げた床と睨めっこしていると、頭上から声がかかる。反射的に首を上げた先にいたのは、惚れ惚れするくらい綺麗な女の子だった。

 一切の乱れなく整えられた長い金髪に、明るく希望に満ち溢れた碧眼。やや幼い体型から溢れ出るオーラは神々しく、後光が差しているかのような幻視すらできてしまうほど。真新しい制服に袖を通した姿はは可憐で、まさしく天使とでも称するべき美貌の持ち主だった。

 

「どこか具合が悪いのですか?」

 

 どうやら俺の事を心配してくれているらしい。見たところ俺と同じく新入生っぽい雰囲気を醸し出してはいるが、気を抜いたら吹き飛ばされかねない、圧倒的善良的なオーラを放っている。

 変に誤解させ続けるのもよくないと思い、一息に立ち上がった。

 

「心配させてごめんよ、でも体調悪かったとかいうわけではないんだ」

「そうなんですか、こちらこそ早とちりしてしまって申し訳ありません」

 

 金髪の子は本気で申し訳なさそうに謝罪する。謝る必要も要素もないと思うのだが、とても良い人ということだろうか。委員長以上の何かを感じる。

 なんというか、曇り空から差す光と一緒に舞い降りてきそうな子だ。背景で翼の生えた赤ん坊がラッパを吹いている感じの。

 

「あぁ、君も新入生みたいだし聞こうかな。君って月乃瀬さんだったりしない?」

「いえ……あ、すみません。自己紹介がまだでしたよね。私は天真=ガヴリール=ホワイトと申します」

「あっどうも。俺は来栖里九って言うのでよろしく、えーと」

 

 今日で一番変わった名前を聞いた。この場合姓名をどういった風にわけるのが正解なのか。

 

「天真でもガヴリールでも結構ですよ、気軽にお呼び下さい」

 

 天真さんは、そう言うと表情に微笑を刻んだ。その微笑みは見ただけで多くの男が心を奪われ、何かの教祖として崇め奉り兼ねないほどの破壊力と魅力を併せ持っていた。

 

 ――そう感じるはずなのに、彼女の微笑みに心打たれなかったのは何故だろう。

 

 立ち振る舞いから言動の何から何までが礼儀正しく、曇りがない。まるで善い行いをするために人間界に降り立った天使のようである。

 

「それで、月乃瀬さんなんですけど、私知ってますよ」

「お、本当? それは随分と良いタイミングで現れてくれたね天真さん。実はさ」

 

 大して深くもない話を、身振り手振りで全力で説明。俺も入学したてということでテンションがおかしくなっているのかもしれない。ただ落し物の持ち主を探しているだけの話を天真さんは真剣に聞き入り、時折相槌を入れながら最後まで真面目な表情のまま静聴してくれた。

 そして聞き終えると、両手を胸の前で組み、目をキラキラと輝かせながら此方を真っ直ぐ見つめてくる。

 

「素敵な……行いですね! 自分の時間を犠牲にして他人のために東奔西走……」

「ごめんちょっと過剰表現しすぎたかもしんない」

「それでもです。貴方の行いは思いやりと優しさに溢れています――その心を、忘れないでくださいね」

 

 何と言えばいいのか、だんだん聖人か宗教の人と会話している気分になってきた。

 そもそも委員長が持ち主を探していたところを半ば強引に引き受けただけであり、あくまで俺は便乗して手伝っているに過ぎない。落し物は預かったけれど。

 

「宜しければ私がヴィ……月乃瀬さんにお渡ししておきましょうか?」

「まじか! いやーそれなら良かったよ。本人も失くしたことに気付いて困ってるかもしれないからさー」

 

 勿論、そう言ったのは委員長である。

 

「じゃあ頼むわ、このハンカチ。あー……っと」

「どうかされましたか?」

 

 結局月乃瀬はどんな人なんだろうか。せめて性別くらいは把握しておきたい。

 と思った直後、「よく考えれば同じクラスで隣の席なんだから明日になれば分かるか」と自己解決。わざわざ質問するまでもない、野暮というやつだ。

 

「うんや、なんでもなかった。落し物に気を付けてーって、本人によろしく」

「はい、来栖さん。また明日」

「おう。また明日」

 

 春は出会いの季節である。

 新たな場所、新たな出来事、新たな友人や、クラスメイト。良くも悪くも、春には多くの出会いが潜んでいる。この出会いを吉とするか凶とするかは自分次第であり、結果はどんな方向にも転んでいく。但し、どちらかといえば良い始まりの方が良い結果に結びつきやすい。

 そんな中、天真=ガヴリール=ホワイトという少女に出会えた俺は、良好なスタートを切れたのではないか、と思う。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 少し遅くなった昼食を摂るために自宅に向かって歩いていると、変な光景を目にしてしまった。

 

「ちょっと、これアタシのメロンパンなんだから……取らないでよー!」

 

 入学して早々、教室で騒がしくしていた赤髪の女の子が叫んでいる。やや仰け反り気味にメロンパンの入った袋を引っ張り、取られまいと抗議の声を上げているようだ。

 犬に向かって。

 

「もー、なんでっ、人のもの取るなんてっ……もぉー!」

 

 何倍も大きな相手に臆することなく袋を引っ張るのは、ピンと立った耳と白い毛並みが特徴的な犬だ。相手が両の手の力で引っ張るのに対し、獰猛な牙と牙で袋を挟んで対抗している。赤髪の子が力がないのか、それとも犬の顎の力が強すぎるだけなのか、道路のど真ん中で少女と子犬の白熱した壮絶な戦いが繰り広げられていた。

 

 試合を見守ること数分。互いに微動だにせず一つのメロンパンを取り合う姿はなんとも微笑ましく、生き物の種という枠を越えた奇跡とも言える。たかがメロンパン一つでとか、ずっとその姿勢で疲れないのとか、実は飼い主とペットで漫才やってるんじゃないかとか、そういった疑問は不毛。人も犬も関係無く平等にモノを取り合えるのだという、種に拘らない平等性を体現しているのだ。むしろ拍手喝采で褒め称えるべきである。

 

「ああぁーっ!!」

 

 抵抗も虚しく、悲痛な叫びと共に試合は決着。長く苦しく壮絶で運命の巡り合わせな戦いの末、己の矜持をもち、栄誉ある勝利をもぎ取ったのは犬だった。

 良い見世物だった――と満足した俺は、敗北を背負ってへたり込む赤髪の子へと歩み寄る。

 

「ナイスファイト。また次がある」

「はっ、な、何よアンタ! まさかずっと見てたんじゃ……」

「勿論一部始終を見届けさせてもらったよ。そうだよな、人間だとか犬だとか、そんなことは関係ないもんな」

「何の話してんのよ!」

 

 何事もなく歩いていたら、突然眼前で繰り広げられたピープル&ドッグファイト。最初は馬鹿なことをと思って呆れていたが、まさか今の社会の形態を風刺しているとは。非常に為になった。

 しかし敗者は「まことに遺憾である」と言わんばかりに表情を苦痛に歪めている。思惑はどうであれ、やはりまだ高校生。勝ち負けの結果を割り切れるほど大人ではないということか。

 

「だいたい、見てたんなら助け……が、害悪な猛獣がいたんだから駆除しなさいよ!」

「そんな言い方したら犬っころが可哀想だろ。あいつだって一生懸命、今って時を生きてるんだから」

 

 もしかして助けろと言いたかったのか――プライドの高そうな子だから、敗北を認めたくないのかもしれない。教室でも高笑いしていたし、多分そんな感じの人なんだろう。

 艶のある赤い髪をツインテール、若しくはおさげに近い形で結び、トレードマークともとれる蝙蝠の髪留めが印象深い。橙色と赤色の中間くらいの瞳ははっきりと見開かれ、半泣き状態の今ですら活気と気力に満ち溢れている。やや童顔だが体型は起伏に富んだ、ナイスかつ年頃の女の子らしいものだ。同じ舞天高校の制服姿でも、天真さんとはかなり印象が変わってくる。

 綺麗ではあるのだが、言動の奇抜な印象が強いせいか、美人的な言葉より可愛らしいといった言葉の方が適切な感じがした。

 

「もー、意味分かんない……なんでこの胡桃沢=サタニキア=マクドウェル様がこんな目に……」

「え? 何だって?」

 

 いろんな場面でよく目にする言い方で訊き返すと、赤髪の子は勢いよく立ちあがり、胸に手を当てて踏ん反り返った。

 

「よくぞきいてくれたわね! いずれ世界を手中に収める大悪魔、胡桃沢=サタニキア=マクドウェルとは私のことよ!」

「まじか! そいつはすげえや、今の内に仲良くなっておきたいもんだ……俺は来栖里九って言うんだ、よろしく胡桃沢さん」

「あ、よろしく――って違う!」

 

 天真さんに続いて三節にわかれたフルネーム。もしかして舞天高校には外国出身の生徒が多いのだろうか。

 胡桃沢さんは俺が差しだした手に対して普通に握手してくれたが、直後に払いのけるようにマイ右手が投げられる。予備動作なしで振り払われたはずなのに地味に痛い。犬と互角に戦っていた癖してどんな腕力をしているんだ。

 

「私はこの下界を恐怖のどん底に陥れる、最強の美貌とカリスマ性を持つ大悪魔よ! たかだか人間如きが馴れ馴れしくしないでもらえるかしら?」

「あ、そう? 君とは仲良くなれそうな気がしてたんだが……それなら仕方ない」

 

 高圧的な物言いで邪険にされてしまったので、再び家を目指して歩き始める。どうやら彼女はただプライドが高いだけでなく、思春期と青春真っ只中な中学生辺りのから、多くの人々に見られる症状――所謂『中二病』というやつを患っているようだ。

 発症時期も症状も人それぞれで、熱が冷めて平常に戻るかどうかも本人次第。墓場まで病を抱えたままの人がいれば、中学を卒業した段階でその病気を『黒歴史』として葬り去る人もいる。胡桃沢さんは十中八九前者の、中二病を高校入学というこの時期にまでもつれ込ませたタイプだ。

 

 だが、それを悪いことだとは思わない。他者に干渉できない自分だけの世界を描き、己の信念を貫き通す姿勢には寧ろ好感すら持てる。中にはもっと重度な病状の奴もいるが、胡桃沢さんは態度と言葉にするくらいで、周りに影響を及ぼさない。その気持ちを忘れず、いつまでも輝かしい悪魔ライフを送ってほしいものだ。

 悪魔としては些か可愛げがありすぎるが。

 

「じゃ、俺は帰るよ」

 

 中二病の対処法、又は接し方。それは「できる限り自尊心を傷つけない関わり方をする」ことだ。

 胡桃沢さんの脳内設定では彼女自身は、誇り高き偉大なる大悪魔。凡人の俺が握手を求めるなど無礼千万、身の程を弁えよといったところだろう。ここは凡人らしく身分を理解し、足早に退場するのがベストアンサー。

 と、帰ろうとしていると。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 胡桃沢さんに行く手を阻まれてしまった。逃げられない。

 視認することすら許されない速度で俺の目の前に立ち塞がった彼女は、若干息を切らしながらこめかみに青筋を浮かべている。

 

「どうしたんすか胡桃沢さん、帰れないんだけど」

「アンタ、この私を無視して帰ろうっての!?」

「馴れ馴れしくするなと言われたから……」

「確かにそう言ったけど! 言ったけど……」

 

 この反応はおそらく、友達作り下手くそというか不器用な人だ。変に高いプライドが邪魔して、素直で率直な気持ちを人に伝えられないタイプなんだろう。或いは、勢いに任せた発言のせいで引っ込みがつかなくなってしまったか。

 中二病で不器用――最早大悪魔らしい要素なんて見つからないくらい茶目っ気のある人ということが分かった。

 

「冗談冗談。実は俺、仲良い人とかいないから、こうして話せる相手が欲しかったんだよ。是非とも大悪魔の……えーっと、サタニキア様には仲良くしていただきたいと思うんだけど」

 

 今後、中二病に対しては「できる限り設定を崩さない関わり方」という接し方があることも覚えておこう。

 胡桃沢さんは一瞬表情をパァッと、それはもう夏の夜空に一面の花火が咲き乱れたように明るくなったが、すぐに凛々しい顔付きに戻った。続いて両腕を組んで高圧的なポーズをとる。

 

「い、いいわ。そこまで言うなら、しょーーーーがないから、この大悪魔! 胡桃沢! サタニキア! マクドウェル! 様! が! アナタと友達になってあげてもいいわ」

「まじか、やったぜ。ありがとう胡桃沢さん! ところで俺は空腹がそろそろ限界だ。このまま立ち尽していれば俺の体内に眠る腹の虫(ル・ネラルヴ)が俺の理性を食い荒らしてしまうに違いない、つまり人が食物を欲するのは自然の摂理であり必然的に起こり得る生理現象に他ならないのでまた明日!」

「へ?」

 

 相手に反応させる暇もなく捲くし立て、俺は地を蹴って全速力で駆けだした。面白い人だから暫く話していても良かったが、いい加減に昼食を摂取しないと買い食いでもしてしまいそうだ。母親が冷めた料理と共に俺の帰宅を待っているため、これ以上の長居は禁物だった。

 正直な話、胡桃沢さんのノリが若干面倒臭くなってきたということと、つっこみ不在であのまま会話していたら、行き着く先が分かったもんじゃないという理由もあるのだが。

 

「こらー! 待ちなさ――」

 

 体育の授業時並みに全力で走る俺に、背後から伸びる声は最後まで届かない。運動はそこまで得意ではないが、足の速さには人一倍の自信があるからだ。

 

 結局、家に着いた頃にはおやつの時間すら余裕で過ぎていたため、俺は晩飯の時間まで腹を空かせて待ち続けることになってしまった。寄り道は控えましょうというよくある校訓の意味が、ちょっとだけ分かったかもしれない。

 

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