主人公の性格がだいぶふっきれた感じになりますが、その説明は追々。
一話:ダメダメな二人
恋愛において、三角関係という法則が存在する。
それは一方的な男又は女の取り合いにより、二者が対立して恋敵となるものや、「AはBが好きだけどBはCが好きでCはBが好き」といった一種のスパイラルを生み出すもの、恋路を応援していた第三者が、応援相手に恋に堕ちる場合など、一概には語れない複雑な形が多い。
そしてこれらの場合、ほぼ必ずといっていいほど誰か一人は損な役回りとなる。無論恋人として成立したカップルを巻き込んだ三角関係もあるため、寝取り寝取られるようなドロドロとした結末もあるのだ。恋愛とは純粋で清潔なものばかりではなく、時には残酷である――人類の本能をこれほど分かりやすく現しているものがあるだろうか。
人という生き物が誕生して以来関わり続け、未だに定義できないもの、それが愛。時代の流れと共に曖昧で複雑な形に変化を遂げ続け、ドロドロした恋愛そのものに需要があると言われるまでに人類は成長した。
事の良し悪しはさておき、恋にも愛にも様々な形がある。恋のキューピッドと豪語していた自称『成就上手』が友人の好きな相手を好きになったり、女が男の恋愛を応援しているうちにその二人でくっついてしまう――なんてことも、現実や想像上の恋愛に於いて不思議な話ではない。
つまるところ里九は、応援してくれていた立場のガヴリールと。
「お前ってなんで防御盾なの? 回避盾の方が効率良くない?」
「回避盾じゃ必中攻撃きたとき死ぬだろ。俺はあらゆる攻撃に対応できる盾役の方が好きなんだよ」
「とかいってさっき魔法にやられて死んだ癖に……」
「まだ発展途上なんだよ! ヒーラーもいるし良いだろ別に!」
ガヴリールと。
「おい、MP横取りすんな! え、何そのアイテム初めてみたぞ?」
「お前はまだ課金という世界に手を出していない
…………。
「はいお先。今週のイベントの覇権を握るのはこの俺だ」
「あっ、ずるい! 何だよそれ! 今ボス無視しただろ、ねぇちょっと!」
「すり抜けバグというものがあってだな……まあ俺はお前の知らない領域に足を踏み入れてるわけだし?」
「メイン盾いないと長期戦は厳しいんだって! 戻ってこい里九ー!」
里九とガヴリールは、恋に堕ちることこそなかったものの――堕ちるところまでとことん堕ちた。
原因はガヴリールがゲームという娯楽の文化に触れ、里九が便乗して『ネトゲ』にハマってしまったことにある。ガヴリールは天使のような神々しいオーラを放っていた頃の面影はどこにもない、怠惰でグータラ、救いようのない駄目人間へと変貌。里九もある程度真面目であったものの、日に日に堕落していくガヴリールと一緒に『勉強しない・学校だるい・ゲーム楽しい』の最低最悪三拍子が揃った男になってしまった。
里九はその間、実はガヴリールは天界より舞い降りた天使で、人間の暮らす下界で天使としての修業を積むために舞天高校に入学したとか、ヴィネットやサターニャは悪魔だとか、にわかには信じ難い話も聞いている。常識的に考えれば戯言と受け流すのだが、入学当初聖人並みの人格者であったガヴリールが、娯楽に触れた途端にどんどん堕落していく姿を見ていたせいか、いつの間にか天使や悪魔の話をすっかり信じるようになってしまった。
今や天使ガヴリールはどうしようもない駄目な天使、略して駄天使。ヴィネットは悪魔の割に人が良すぎる性格で、サターニャは小物臭が半端ないという認識になっている。
「ガヴリール」
「ん? なに?」
「俺は今のお前の方が好きだぞ」
「そうか、私も今の私が好きだから両想いだな」
週に何度もパソコンを持ち寄ってゲームをする仲となった二人には、男女の壁を越えた一種の友情が芽生えていた。短期間で寝る間も惜しんでネトゲ三昧を繰り返すうちに、二人はゲーム業界で『課金の
祝日である現在も、朝の六時からぶっ続けで八時間近くマイパソコンと睨めっこ。アパートの一室で男女二人っきりという割にはなんとも華のない風景である。
「というかお前、ヴィーネとはどうなったのさ。折角名前で呼び合えるようになったってのに」
「特に進展なーし。強いて言うなら俺は恥とプライドを捨てた」
「んなことは見りゃ分かるよ。しっかし変わったなぁこいつ……」
「天使様にだけは言われたくないね! このブラックリングめ!」
ちなみにブラックリングというのは、天使の頭上にある輪っかのことだ。本来ならば金に輝く天使の輪だが、堕落しきった彼女のものはどす黒く不吉なオーラを放っている。いつか純白の翼も真っ黒に染まってしまうのではないだろうか。
「私は今の自分に満足してる……というかこれが私の本来の姿なんだよ」
寝転がりながらドヤ顔をするガヴリール。整えられた金髪は一切手入れされていないボサボサな髪質へと変化し、はきはきとしていた口調は常に倦怠感と眠気を伴った覇気のないものに。ぱっちりと開かれていた碧玉の瞳は、今でこそ色鮮やかな蒼色を保っているものの、半眼程度にしか開かれていない。目の下には濃い隈がある。
教室の掃除を一人で行うほど綺麗好きだった彼女だが、自室は堕落すると共に荒れていった。ジャージの上だけ着ればいいやと言わんばかりに必要最低限の服装で、脱いだ服がそこかしこに散乱している。机やベッドの上もゴミで溢れ返っており、とても天使の部屋とは思えないほど汚い。
「確かに開放的ではあるんだがなぁ。流石に部屋が汚すぎるんじゃなかろうか」
「いやいや、こう見えて実は生活に必要なものが常に手の届く範囲に置かれていて――あれ、ティッシュどこだっけ」
「早速必要なものに手が届いてないんですがそれは」
ネトゲ三昧とはいえ、里九の自室はある程度小奇麗にしてあるし、あまりにも生活のリズムが崩れるようであれば睡眠はとるようにしている。一人暮らしのガヴリールと、家族のいる里九の決定的な違いはその点だろう。
学業を疎かにしてゲームに明け暮れている時点で二人とも似たようなものだが。
「腹減ったな、なんか昼飯ないのか?」
「勿論あるぞ、私の分は」
得意げに掲げたコンビニの袋の中には、カップラーメンが三つ入っている。買い置きにしては少ない量だが、おそらく課金のしすぎで金がないからだ。
天使と悪魔は天界や魔界からの仕送りで生活しており、下界での行動に応じて支給額が変動するらしい。下界の文化に溶け込みすぎた彼女は全くといっていいほど天使らしい行動をしていないため、所持金がピンチなのだろう。
「三つか。俺はどれを食えばいい?」
「は? 全部私のだって。自分で買ってきなよ」
「お前、先週はうちで飯食ってた癖して俺にはくれないのか」
「里九のお母さんがご馳走してくれたから、里九が用意したわけじゃないし。あんたに恩があるわけじゃないからね!」
「なんだと……その九州ポン酢味貸せ! 薬味だけ抜き取ってやる!」
「あっこら! 地味な嫌がらせするな!」
低レベルな喧嘩も日常茶飯事。マルチプレイをするためには意志の疎通を片手間すらかからないほど楽にできた方が好都合で、遠隔的に行う場合ではチャットやボイスチャットが主となる。しかしチャットはどう考えても片手間以上の手間がかかり、ボイスチャットを行うための機材はガヴリールが用意できない。従って暇さえあれば互いの部屋に集まるのだが――堕落してなお可憐な容姿をもつガヴリールは、里九の母親にいたく気に入られた。
電波の状況や散らかり具合からも来栖家の方が快適であるため、頻度的には里九の家に集まることの方が多いのだ。
「これでヴィーネもネトゲやってくれたらもっと面白いんだけどなー」
「無理だろ、そういうことするタイプじゃないし。そもそも俺らを見てたらやる気なんて失せるって」
「確かに日常生活に支障をきたすレベルのものは娯楽とは呼べないわね。ガヴ、里九君?」
ローテンションでゲームを続けていると、物凄い勢いで部屋の扉が開かれる。バァン! と半壊どころでは済まなさそうな音を立てて壁に打ち付けられた扉の方へ目を向けると――額に青筋を浮かべたヴィネットが佇んでいた。
髪がボサボサになり性格も変化した二人とは異なり、下界に来て以降も一切の変化がなかった悪魔である。両の側頭部にやや曲がった羊角を生やし、右手には漆黒の長い槍が握られていた。
「二人ともいつまでゲームやってるのよ、もうお昼過ぎたわよ?」
「ヴィーネじゃん、びっくりしたなー。……ってなんで普通に入ってこれるのさ!?」
ジト目で二人を睨みつけるヴィネットの左手には、この部屋の鍵と同じ形状のものが握られている。
「合鍵作ったから」
「行動力の化身……!」
「それ普通に犯罪! ってか里九も感心すんな!」
ツッコミを入れると、ヴィネットは頭に角を生やしたまま踏み場のない部屋をずんずん進んでいく。まずパソコンのケーブルが繋がれているコンセントまで近寄り、手にした槍でケーブルをぶった切った。ガヴリールが「あー!」と悲鳴をあげることすら意に介さず、続けざまに部屋のカーテンを全開にする。
差しこむ日光、注ぎ込む天の恵み。昼夜逆転した夜に生きる里九とガヴリールにはその光が細胞一つ一つを焼き尽くす死の光線のように感じられた。
「ぐああぁぁあ! 何をするヴィネットおおぉおぉ」
「何をする、じゃない! 二人とも今日は買い物に行く約束だったでしょ! 十二時に!」
「知ってるよ、だから昼ご飯食べたら行こうと思って――あ」
時計の針は既に二時をさし示している。約束の時間には二時間オーバー、盛大な大遅刻だ。
ヴィネットは「それで?」と無言の圧力をかけながら首を傾げている。
「こ、ここの時計は壊れてるんだよヴィーネ!」
「そんなわけないでしょう! 私二時間もあなたたちの事待ってたのに!」
「いやそこは普通に帰ろうよ……」
「だって、すれ違いになったら悪いと思って……」
「「律義か!」」
若干涙目になっているのを見て、呑気にゲームをしていたことに対しての罪悪感が生まれ始めた。
最初は特にこれといった特徴もなく三人で会話する程度の仲だったが、ヴィネット以外が没落してからはボケとツッコミが二対一というポジションに落ち着いている。三人の中で最も苦労人なのは間違いなくヴィネットだ。
里九も一目惚れをしておきながら、ゲームのハマり過ぎで性格が大幅に変化した。緊張や照れ隠しなどの初々しい反応をしていた頃の彼はもう何処にもおらず、ド直球に「好きだ!」と言えるほど大胆になっている。
但し、普段のふざけた言動のせいでまともに相手をされていない。
「さて。ガヴ、里九君? 一体何をしてたから来れなかったのか……なんて、もう聞く必要もないわよね?」
「ちょ、ちょっと待って下さい。待って、助けて」
「わ、悪かったってヴィーネ! 私も里九も反省し……あ、そうだ! 明日、明日はちゃんと行くから!」
「明日…………?」
ピクリ、と鬼の形相の悪魔が動きを止める。よくある「目元に影がかかって見えない」ような状態だった彼女は、数秒停止した後に構えていた槍を下ろした。角と槍が音を立てずに霧散すると、怒りの表情はどこへやら――いつもの優しげな雰囲気が舞い戻ってくる。
「日を改めるってことね! 前までこういうことがあったら『もういーじゃん行かなくてさー』とか行ってたのに、成長したじゃない!」
「恐ろしく声マネ似てないな」
「何か言った?」
「いえ、呼吸楽しいなって」
尻に敷かれる、というやつだろうか。三人の構図を言葉にするとだいたいそんな感じである。
「じゃあ明日、十二時だとお昼と被っちゃうから十時に集合ね! ちゃんと来なさいよ、二人とも?」
花が咲き乱れるように笑う彼女の姿は、どう見ても二時間待たされた後とは思えないほど上機嫌だ。重度のお人好し、人に優しすぎる性格。以前のガヴリール――即ち天使のような性格のヴィネットは、堕落していくガヴリール(と里九)を止められなかった罪悪感から二人の面倒を見てくれているらしい。
悪魔のやることとは思えない。そんな彼女はガヴリールと里九から、
「「おかん……」」
面倒見の良い母親、という風に捉えられていた。