天使な悪魔をオトしたい。   作:蘭花

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二話:※一応記念すべき初デートです。

「ガヴリールは死んだ」

「え?」

「ガヴリールは、死んだ」

 

 神妙な面持ちで切り出した里九に、ヴィネットが目を白黒させている。

 

「ま、待って。死んだってあの子が? そんなことあるはずないじゃない」

「すまない、俺も慢心していた。ヴァルハラ王国の英雄になるはずだったのに……」

「――ん?」

 

 架空の世界に存在するヴァルハラ王国は、里九とガヴリールが熱中しているゲームの舞台だ。現在開催されているイベントで王国を救わなければならず、その内容は期間限定で登場するモンスターの討伐数を競う、というもの。一定の討伐数に達成したプレイヤーの前にはボスモンスターが出現し、ボスモンスターを撃退すれば次なるステージへ進むことができる。

 ネトゲ内でも屈指の実力を誇る二人は、イベントを難なく進行した。他の追随を許さぬ速度でモンスターを薙ぎ倒し、期間中に一位二位の座を手に入れるのは絶対、約束された勝利を前に踏ん反り返っていた――が、その慢心が二人を殺したのだ。

 

 突如として現れたプレイヤーに、二人の討伐数は一瞬にして抜かれてしまった。それもイベント終了の直前で。

 

「『蓋世(がいせい)のバルバロッサ』……次のイベントで待っていろよ!」

「で、一位を取られたショックでガヴは体調を崩したって、どんだけゲームにハマってるのよ」

 

 ヴィネットが呆れて溜息を吐く。しかし同じイベントに参加していたとはいえ、無課金で進めていた里九とは違ってガヴリールは重課金者。生活費を切り詰めてでもゲームに課金し、日常生活が苦しくなろうとも装備を潤沢させるゲーマーの鑑である。今回のイベントに関しても、『イベントモンスターに対して特攻』の効果を持った武器などを購入するため、天界からの仕送りに手を出していた。

 全力を注ぎこんだ上での敗北。これほど精神がズタズタに引き裂かれ、プライドを圧し折られる仕打ちが他にあるだろうか。

 

「あいつは自分の全てを出し切った。今回ばかりは見逃してやってくれ」

「まぁ今回は里九君が時間通りに来てくれたし、事情は分かったからいいわ」

 

 午前十時ぴったりに里九が待ち合わせ場所に着いたことで、ヴィネットの怒りを買うことは防がれた。

 祝日を前に置いた休日、街の通りは人で溢れ返り、普段以上に活気のある場所となっている。前日に同じ場所で二時間も彼女を立たせていたと考えると、今更ながら罪悪感が増幅して胸を締め付けた。

 

「じゃあ、行こっか」

 

 切り換えて歩きはじめるヴィネットを見て、「これデートじゃね?」と思う里九。勿論相手にそのつもりなど一切ないのだろうが、事実上二人きりでの外出であるため、間違ってはいない。少しでも意識してくれればいいな、と漠然と考えながら追従し、ヴィネットの全容が改めて視界に入る。

 

 艶のある黒髪は今でも手入れを続けている証だ。当たり前のことではあるが、ガヴリールを見ているとそれが珍しいことのように思えてくる。先日に予定が潰れてしまったためか、口元が若干緩んでいるようにも見えた。服装は水色のフリルブラウスにベージュのロングスカートという、全体的にゆったりとした雰囲気を醸し出している。大人っぽい雰囲気はあるものの、顔立ちから幼さが抜けていないのでギャップを感じられた。

 総評――見慣れた制服姿も良いが、私服もこの上なくグッド。できれば永遠に眺めていたいものだと思った。

 

「……どうかした?」

「いやー相変わらずヴィネットは可愛いなと思って」

「なっ……そ、そういうこといったって、冗談だって分かってるわよ」

 

 一瞬顔を赤らめたものの、すぐに冷静になり横目で睨んでくる。ゲームのしすぎで羞恥を捨てた里九にとって「好き」「可愛い」は日常会話に絡めるレベルの単語となっており、言われ始めた頃こそヴィネットも顔を真っ赤にしていたが、今ではすっかり慣れっこだ。瞬時に落ち着きを取り戻す辺り、もう完全に冗談の一種として扱われている。邪険にされたり距離を置かれたりしないため、ある程度は心を許してくれていると捉えることもできるが。

 名前で呼び合う仲にまで進展(実際は駄天以前のガヴリールの助力によるもの)したにも拘わらず、それ以降一切の進歩がないのは、ある意味この関係が原因ともいえた。

 

「で、今日は何買うんだ? 服? 食料? 有線ケーブル?」

「なんで衣食ときてそれが出てくるのよ。私はちょっと見たい家具があるんだけど、里九君は?」

「俺はパソコンの部品を少し見て回ろうかなと思ってるくらい。そんなに時間掛からないし、先にヴィネットの用事済ませてしまおう」

 

 嘘である。本当はパソコンの部品を見る予定はない――それどころか買い物に行く理由も必要も彼にはない。そもそも買い物ならば三日前に一人で行った。

 本来はヴィネットとガヴリールで何か買うものがあったらしいが、相方がいないので別の目的に変更した、といったところだろう。たまたま予定を組む会話をする際に居合わせた里九は、何故か選択する暇もなく買い物に連行される形となっていた。

 この流れが全てガヴリールの企てた作戦であるならば、彼女の事を本物の天使として崇めるべきだろうか。

 

 雑談をしながら歩く事十数分程度、二人は近場のショッピングモールに到着。大規模な建物の入り口である小さな自動ドアに出迎えられて中へ入り、少し立ち止まって現在地と目的地を確認する。

 

「えーと、確か二階だったと思うんだけど……あったあった、あれね。行きましょ」

 

 休むことなく動いているエスカレーターに乗って移動。途中で寝不足の里九が転落しそうになるという些細な出来事もあったが、特に問題なく目的地に到着。

 

 家具店に入るとそれまでに店内に流れていた曲から上書きされるように別の曲が流れ始めた。ややエスニックな曲調は不安を煽りつつ、小気味良いリズムと独特なメロディが安心感を与えてくれる。耳朶を打つ周囲の喧騒も相まってどこか居心地の良い空間をつくりだしていた。

 

「ソファを見たいなって思っててね、ふかふかなやつ」

「駄目にするソファとか? 部屋の大きさ的にそこまでのサイズは求めてないだろうけど」

「ああいうのはガヴが来た時に独占しそうだから却下。ちょっと硬めのがいいかなー……ん?」

 

 ベッドやクッションが陳列されている中を進んでいると、高校生が一人で買うには高すぎる値段のモノが並んだゾーンに踏み込んでしまったので引き返そうとする――が、とても見覚えのある人物が視界に映る。高価で豪華、ややアンティークな雰囲気を醸す木製の椅子に偉そうに、凄まじく誇らしげに座っている少女だ。売り物にまるで自分の所有物と言わんばかりに踏ん反り返って瞑目し、高級感を楽しんでいる。

 

 胡桃沢=サタニキア=マクドウェル。常に自信に満ち溢れたオーラを纏い、絶対的な自尊心と莫大な夢を持った理想家だ。黒を基調とし、裏地が赤いチェック柄なパーカーと黒のショートパンツ、休日でテンションが上がっているためか蝙蝠型の髪留めが一個増量中といった装いをしている。

 

「あらぁ? ヴィネットと里九じゃない。こんなところで会うなんて奇遇ね」

「おぉ、こんなところに俺好みな質感のクッションが」

「あ、私も好きかも」

 

 胡桃沢=サタニキア=マクドウェル。彼女もヴィネットと同じく、魔界の悪魔学校を卒業して下界に修行しにきた悪魔である。以前彼女の事を中二病だと勘違いしていた里九だが、今では「ちょっと痛い悪魔」程度の認識に落ち着いていた。

 

「あんたたちもこの悪魔的玉座(デビルズスローンズ)を見物しに来たってわけ? ハッ、残念だけどこれは既に私のものよ。諦めることね」

「うっわこれデビル高ぇ。やめておこう」

「そんなに高そうには見えな……って何これめちゃくちゃ高いじゃない! 諦めた方が良さそうね」

 

 胡桃沢=サタニキア=マクドウェル。万物を統べる大悪魔(予定)であり、その実力は歴代の天使や悪魔にも引けをとらない(理想)。彼女の手にかかればあらゆる生物は一瞬にして下僕と化し(可能性はゼロじゃない)、その力は無機物にすらも作用する(金額次第)。

 支配者(自称)、大悪魔(自称)、混沌の覇者(とてもかっこいい)、それが彼女の二つ名だ。

 

「まぁでも私もそこまで鬼じゃないわ。我が手中に収まる前に一度くらいなら座らせてあげないことも……」

「俺が稼ぐ立場なら買ってるんだがなぁ。しょうがない、誰かの物になる前にもっと感触を味わっておくか」

「じゃあ私はこっちを……わぁ、すっごいふわふわしてる!」

「――って、聞きなさいよ!!」

 

 完全に無視されていたことに堪え難くなり、サターニャが抗議の声を上げる。

 しかし無視されていたというのは彼女の誤解。人の多い店内、ヴィネットと里九は彼女の声を聞き取れなかっただけなのだ。

 

「うおっ、サターニャじゃねえか。こんなところで会うなんて奇遇だな、お前もこのクッション見に来たのか? 残念だがこれは相当値が張る代物だ。諦めろ」

「私もさっきまで同じようなこと言ってたんだけど!?」

「でも一回くらい抱き締めたって罰は当たらないわよ、ぎゅーってしときなさい」

「あんたたち実は聞こえてたでしょ! ねえ!」

 

 一人だけ灼熱の地獄にいるようなテンションで大声を出し続け、サターニャは荒い呼吸で疲弊しきった表情を見せる。カリスマ性を失うわけにはいかないと思ったのか瞬時に汗を振り払うと、瞬きする暇もなく呼吸を整えていた。自分の身体の構造、そしてコンディションを整理する方法を熟知した完璧なるフィジカルリセット。惚れ惚れする手際の良さだ。

 

「ふん、まぁいいわ。私はさっさとこの悪魔的玉座(デビルズスローンズ)を我が根城――在るべき場所へと戻すから」

「え、サターニャ。あんたこれ買うつもりなの?」

 

 自信満々に指差す方向に鎮座するのは、明らかに周りの商品とは一線を画すモノだった。作り込まれた造形美やちりばめられた豪華な装飾、何処から見ても一級品と言わざるを得ない。「なんでこんなもの普通に売ってるの?」とつっこみたくなるほどゴージャスで、セレブ感満載の椅子。玉座と言われても疑いようのない代物だ。

 ガラス玉の中にダイヤモンドが混じったような異質な空間。他と比べて垢抜け過ぎているそれの値段は、どう考えても高校生の財布から出せる金額を軽く凌駕していた。

 

「これほどまでに私にフィットする椅子を作れるとは、下々の者共もなかなか分かっているわ。文句のつけどころのない完全無欠なビジュアル、まさしく玉座の中の玉座といったところかしら」

「お前、これを買えるほど金があるのか……本当に大悪魔だったりするのか?」

「何言ってるのよ、私は大悪魔に決まって――ちょっと待って、なんでお金の話になるのよ」

「だってこれすげえ高いぞ、俺はこれがどんだけ高級品でも買おうとは思わん」

 

 訝しんで値札を覗き込むサターニャ。幾つも羅列する「0」を前に、初めこそ毅然とした態度で微笑んでいたが、だんだん桁を数えるうちに涙目になっていく。値札を右から左まで見渡し終えた後に涙目のままで二人に振り返ると、先程までの立ち振る舞いも忘れて叫んだ。

 

「おかしい、おかしいじゃない! なんでこんな高いものが置いてあるのよ! ボッタクリよボッタクリ! こんなのはやっすい偽物って決まってるの!」

「さっきと言ってること違うし、ただのクレーマーになってるわよ」

「だって、私そこそこお金は準備してきて……もう知らない! 買った奴が騙されればいいのよ!」

 

 サターニャは殆ど逆切れに近い形で店の外へと出ていき、自慢の体力をフル活用して退場していく。かなりのショックを受けていたところを見ると、隣の商品の値札と見間違えたのだろう。

 相も変わらず嵐のような彼女にヴィネットは呆れている。

 

「もー、サターニャってば全然悪魔らしくない……大丈夫かしら」

「人の事心配してる場合か? お前の方がよっぽど悪魔っぽくないぞ」

「え?」

「え?」

 

 思わず顔を見合わせて停止する二人。ヴィネットは予想外の更に予想外――考えてもみなかったことを言われて絶句しており、里九を信じられないといった表情で凝視していた。

 目が点になる、という表現があるが、実際に瞳孔が小さな丸になるほど眼球は自由な構造をしていない。しかしこの時のヴィネットの目はまさしく点になっていた。

 

「私、悪魔っぽくな、い? え?」

「落ち着け。まぁ欠片も悪魔要素ないからな」

「どの辺が!?」

 

 咄嗟に勢い良く両肩を掴まれ、里九は若干眼前の少女に気圧されてしまう。「ボディタッチ……嬉しい!」とかそんな不埒なことを考えている余裕もなく、ただただ迫真の顔で迫る彼女に圧倒される。

 

 サターニャは悪魔らしくはない。しかし悪事を働こうという志を持っているので、言動自体は悪魔である。その悪事の規模やレベルが小学生並みなことが多いため、ただの痛い子認定されてしまうだけなのだ。

 対してヴィネット――彼女は言動はおろか思考までもが天使のソレである。人に優しく自分に厳しい彼女には悪魔らしい点が一つもなく、怠惰の権化ともいえるガヴリールの面倒を見ている時点で悪魔とは言い難い。

 

「真面目で世話好きで困ってる人を見たら放っておけないところ……あと超優しい。他人に迷惑かけないところとかも」

「ぜ、全然そんなこと………………ある、かも。でも待って、それだけで悪魔っぽくないって決めつけるのは」

「むしろこんだけ良い人すぎる要素あるのにどう見たら悪魔になるんだよ」

「うう……どうやったら悪魔らしくなれると思う!?」

「知らん! 近い! あ、待ってナマ言ってすいませんでしたヴィネットさん! 首がもげる!」

 

 余程衝撃を受けたのか、鷲掴みにした肩を全力で揺すられる。脳が震えるほどの勢いでぐわんぐわんと揺れ、里九はか細い死ぬ直前の弱った虫みたいな声で謝罪するが、自分を見失ったヴィネットに届くはずもなかった。

 

「あ、やばいこれ。今までありがとうお母さ――」

「里九君!? ご、ごめん私ったら――」

 

 買い物と称して何も物を買っていないとはこれ如何に。

 睡眠不足気味な脳にかつてないほどの衝撃が走り、意識が遠のき始める。シェイクされてクエイクするおぼろげな視界の中で、紫の瞳がうるりと濡れているのを見た。やっぱり今日も可愛いな――そんなことを朦朧とする意識の中で考えつつ、里九の視界は暗転。追うようにヴィネットが正気に戻るが、時既に遅し。

 人生初めての気絶を経験した少年はその後、意中の少女の膝の上で目が覚めるのだった。

 




最後の一文を一番描写しろよって感じですが、序盤からラッキーイベントばっかりでマンネリ化するのもアレなので
敢えて割愛します。
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