Justice without force is powerless.
Force without justice is tyrannical.
武力なき正義は無力であり、正義なき武力は暴力である。
-Blaise Pascal
戦士達の邂逅
静かだった。
人の声も、人どころか生物の気配も、一つを除けばひとつも無い。
ただ聞こえるのは静かに唸る風の音と、それを吸い込み爆ぜる炎。
営みの一切が消え失せた荒涼たる風景。
星どころか月の光すらない新月の夜を、あちこちで吐き散らされる火の粉が照らしている。
鉄の塊に腰掛けている彼は目を閉じて、それらの奏でる戦の挽歌を聞いていた。
その中に、さく、と軽い足音。
「ここらで話に上る男というのはお前さんかの?」
!と彼は弾かれるように背後を振り返る。
そこにいたのは、杖をついた老人だった。
ただしか弱い印象は欠片もない。
矍鑠とした佇まいの中に、歳を経てなお衰えない熱がある。
彼は決して油断していた訳ではない、そもそも彼は集中状態を切らすような事はしない。
その『訪問者』はこうして声をかけてくるまで自分に一切の気配を感じさせなかった───その事実が、彼に一瞬にして戦闘態勢を取らせた。
「ひょひょひょ、そう事を急くでないわ。ワシはただお前さんと話をしに来ただけじゃて」
おどけたような仕草では到底誤魔化せないその気迫。
しかし目を見ればわかる、敵意がないというのもまた事実だ。
彼は臨戦態勢は解かないまま、話があると言ってきたその『老人』の言葉に応じた。
「何の用だ」
「しかしお前さん、随分と派手に暴れたのう。断片的に聞けた話から、大体の戦力は把握しておったが───」
老人はぐるりと周囲を見渡す。
老人が見ているのは、あちこちで燃え盛る炎───その出どころ。
ひしゃげた戦車。砕けた装甲車。
至るところに転がった兵器から噴き出る炎が、倒れ伏す死体の群れを薪に燃え上がっていた。
鉄とタンパク質の焼ける、噎せ返るような臭い。
未だ居座る硝煙の残り香。
老人は最早防御の体を為さなくなったトーチカ、戦禍の中央に立つ彼に向き直る。
「この地獄絵図を作り上げ、息一つ切らしておらんとは………流石に思ってもおらなんだ光景じゃて」
「話は」
苛立ったように促す彼。
そもそもここまでの使い手が戦場というシチュエーションで自分の前に姿を現す、それだけでもう次の展開は決まったようなものだ。
冗長な映画の序盤を早送りするような態度に、最近の若いもんはせっかちじゃのぅ、と老人は口を尖らせる。
「会話を楽しむのも嗜みじゃぞ?……では本題に入ろうかの」
「……………」
「お主。一週間、ワシと共に来てもらうぞ」
奇妙な申し出に眉をひそめる彼。
「行き先は日本の教育機関じゃ。様々な事情があっての、ワシがこうして引っ張ってくることになった。詳しい説明は……まあ、向こうに到着すればされるじゃろうて」
「断るっつったら?」
「お主の予想する通りになるだけじゃ」
キン、と音を立てて老人の仕込み杖から刃が覗くのと彼が構えるのは同時だった。
「………何者だ、テメェ」
「南郷寅次郎。ただのしがないジジイじゃよ」
二人の間で空気が揺らぐ。
彼の闘気を一身に浴びる老人………南郷寅次郎は楽しそうに、しかし剣呑に目を細めた。
(……見たところ三十年も生きておらぬ少年に、よくもあのような目が出来るものよ。これまでの生で幾度地獄を味わったのか)
これは尚更放置する訳にはいかんて──
そう呟いた南郷は、とうとう杖から刃を抜き放つ。
それがスイッチだった。
彼が刃を抜くと同時、いや刃が姿を見せるよりも速く、彼の姿がトーチカの縁を砕いて消える。
「お主の名を聞くのは後にしよう。───ようこそ、《破軍学園》へ」
そして。
争いの火は潰えたはずの戦場で───二つの巨大な闘気がぶつかり、炸裂した。
これは。
第62回七星剣舞祭の後、六十二代目《七星剣王》が《紅蓮の皇女》の祖国ヴァーミリオン皇国を訪問するまでの一週間。
黒鉄一輝とその『彼』の、その間わずか数日の交錯である。