「正確には武術と呼べる技術が、だね。僕もそれなりに無手の格闘術を学んでいるけれど、あれは明らかに我流だ」
「我流……」
何事にもおける流派とは、誰かが発想して考察・研鑽を重ね、それを次に託してまた考察され───時に時代に合わせて形を変えつつ、長い時を経てより合理的な形に構築されていくものだ。
一方の『我流』。
大抵がただの思い付きに終わり、流派にもなれぬ代物。
しかしそれを努力で、あるいは才覚によって───研鑽と考察を一代足らずで完成させてしまう者がいる。
誰かに託すことを度外視した、ただ自分の環境で最も活きるようにチューニングされた『技術』。
その性能の尖り方は、時として何人にも阻めぬ矛となる場合がある。
例えば─────人の技術を見るだけで盗んだり、本能のリミッターを自在に取り払ったり、だ。
「明日からしばらくはヨルさんを意識して訓練しよう。今見た情報でどこまでやれるかはわからないけど、やらないのとでは大きな差が出るはずだ」
「それには賛成だけど、どうしたのイッキ?まるでイッキとアイツが戦うことが決まってると確信してるみたい。アイツと戦う可能性があるのはアタシだってそうよ」
「そうだね。戦うかもわからない人との戦闘をここまで意識したのは初めてかもしれない」
一輝の脳裏に映るのは、彼が去り際に送った自分への目線。
あの何かを見透かそうとするような、何かを試そうとするような───人間の感情以外の、何かの意思を内包した眼。
空に描いた幻影に睨み返すような強い眼差しで、一輝は強く言い切った。
「『かもしれない』じゃなくて、どうにも僕は彼と戦わなきゃならない気がするんだ。他の誰でもなく、ステラでもなく………僕が、僕の意思で」
ステラは思う。
強い者と戦いたい、そうやって惹かれ合う感覚は自分にもわかる。自分と彼もそうやって出会い、そして今共に歩いている。
しかし、自分とイッキが赤い糸で引き合ったと例えるのなら────彼とヨルはまるで因果の鎖のようだ、と。
「ぃよう、お疲れ。おもしれーもん見れたぜぇ」
「何だ、お前も見ていたのか」
「じじいが手ずから連れてきたっつーガキんちょさ、そりゃこの目で見てみたくなるさね」
審判の任を終えて理事長室に帰ってきた黒乃を、勝手に入り込んでいた《夜叉姫》───西京寧音が出迎えた。
しかし黒乃はそれを問い詰めない。
用件はわかっているし、元々彼女と話す気でいたからだ。
「で、率直に聞こう。……アレは《覚醒》だと思うか?」
「ちげーよ。《覚醒》ってのは不可逆的なもんさ。よっぽどグダグダ怠けてたんなら『戻る』のかもしんねーけど、あの戦闘中にそうなる事はまず有り得んさね」
「……やはり説明できないという事だな」
「そりゃねぇ」
寧音は目を細めて天井を見上げる。
軽い口調とは裏腹に、その声は一つも笑っていなかった。
「聞いたこともねーよ。魔力の上限がBランク相当まで上昇したかと思ったら、またFランクまで戻るなんざ」
魔力の上限、それは運命から与えられた己の天分。絶対に覆らない、世界の理。
しかしその理を乗り越える者もいる。
その条件は己を極め尽くし、塗炭の苦しみの中それでもなお限界を踏破せんと死力の意思を振り絞ること。
そうやって己の力で理の外に踏み出した者を───畏怖を込めて《魔人》と呼ぶのだ。
それは世界が引いた人と化物の境界線。
それをひょいひょいと行ったり来たりを繰り返すなど、理の外にも存在してはならない現象なのに。
「ヨル、ねぇ。あの坊主のこと、じじいは何て言ってたよ?」
「能力については説明不能らしい。人格については、『戦いに充実を感じるタイプでは無い』そうだ。あと……」
「あと?」
「自分との戦いにおいて、最後まで
沈黙が流れた。
「……やれやれ。坊主が手を抜いてたって線はねえな、こりゃ。じじい相手に舐めプする余裕なんざある訳ねえ」
「ここに仮入学する時にチェックしたが、身に纏うタイプの
本人に聞いても実際に確かめても、どこにも何も現れないんだからな………」
調べれば調べる程に謎が深まる。
もはや
ただ一つ判明しているのが───世界に憚る勢力が座視していられない程の『実力』と『将来性』が、彼にあるということだ。
「腹ぁ括れよ、くーちゃん」
静かな声で寧音が言う。
黒乃もそれに続く言葉が何なのかは理解できた。
「場合によっちゃあの坊主、うちらで摘まなきゃなんねーかもしんねえ。まだうちらの手に収まる、今のうちに」
黒乃は思う。
そうなった時の覚悟は出来ている。
しかし戦争の中で真っ当な生も歩めず、自分達の生徒とそう歳の変わらない彼をこの手にかけた時───教師としての自分は、これでいいと胸を張れるだろうか、と。