その翌日、ヨルを目撃したという情報が破軍学園内を飛び交った。
彼は刀華との一戦からこの学園に興味を抱いたようで、あちこちをうろうろと散策しているようだ。
その興味は施設ではなく人に対して向いているらしく、しかも彼は顔写真と共に『決して刺激するな』と厳重注意されている人物だ───左半分が焼け爛れた顔に注視されて不安を訴える生徒が早くも続出している。
さらに悪いことに、『東堂刀華があの男との決闘に敗北した』という噂がその流れを加速させてしまっている。
あの決闘に一般生徒はいなかった。
しかし素性不明の危険人物と医務室に刀華がいたという目撃情報を、誰かが繋ぎ合わせてしまったのだろう。
今はまだ本当かどうかはわからないという認識ではあるが、ヨルの異様な外見を説得力として不安は学園内に巡っていく………しかもそれは実質正解しているのだから質が悪い。
さてこの一連の事態の中心で、2日にして警戒の的となったヨルではあるが……しかし彼は彼で、なかなかどうして気疲れのする時間を過ごしているようだった。
「………平和だなぁ」
木陰の下に寝っ転がりつつ、ヨルは自分を認識しつつも極力目を合わすまいと不安げに行き交う生徒たちを眺めていた。
あれから施設内を回って色々と見てみたが、どうやらトーカという女レベルの奴は本当に一握りしかいないようだ。
やや期待外れだが、まぁ『やれる奴』なんてのはそんぐらいしかいないもんか、とヨルは一人納得した。
しかし、もう少しやる奴はいないのか?
別に闘争心なんてものはないのだが、こう………紛れないのだ。自分の気が。
「………あー」
息苦しい。
それがヨルの率直な感情だった。
まず日本に降り立った初めての感想が『建物に穴が開いてない』である。
ここは余りにも何も起こらない。
悲鳴も怒号も金属の音も、耳鳴りがするほどに聞こえない。
『まるで動物園に入れられたばかりの猛獣じゃの』───ヨルは南郷からそんな言葉を受けている。
突然の新しい環境に戸惑い、苛立ち、うろつき回る───そんな様を言ったらしいが、それに苛立たない程度にヨルはその言葉が腑に落ちてしまった。
やることがない。身の置き場がない。
本当なら『勉強』とかいう無意味なもの全てをぶっちぎってさっさと帰りたい所なのだが………どうもあのナンゴウが目を光らせているようでそれは叶いそうにない。
それにもう一つ、気になる事もあったのだ。
(クロガネ、か)
肩を組まれて困り顔で笑うあの日本人をヨルは考える。
酒、金、女、名声………今までヨルが見てきた争い事で口を糊する人間達の動機なんて、せいぜいがそんなものだった。
二束三文で自分の命を売り飛ばす世界。
そんな中で生きるヨルの価値観に波紋を立てたのが───誰あろう黒鉄王馬、奴の兄だった。
一方的に押し付けられた喧嘩を言い値以上で買ってやり、そしてヨルは王馬に問うた。
───俺を潰したところで金も女も手に入らない。どうして俺と戦おうとする。
王馬は答えた。
───この世の誰よりも強くなりたいからだ。
………理解できなかった。
弱者を虐げたいからか?いや、奴からそんな空気は微塵も出ていない。
力を得るのは手段であっても目的足り得ないはずなのに。
何の結果にも繋がらないその生き方がまったくわからない。
それからヨルは何らかの実益を無視して動いている人間に時折出会った。
彼らの心の根幹が何で構成されているのかずっとわからないまま、そしてあの老人と出会った。
ここでならわかるかもしれない。
平和ボケしたこの国で、あそこまで己を叩き上げた者がいるこの学園なら。
王馬いわく『才覚の欠片も持ち合わせていない』らしいあの男ならば、あるいはこの疑問に対する答えを───
「─────」
むく、とヨルは身体を起こす。
雑踏の中から聞こえてきたある音だけに意識を傾け、その他を切り捨てる。
その声が聞こえる先───男子生徒数人が会話している校舎の陰に、ヨルは歩き出した。
校舎の陰で素行の悪そうな数人の男子生徒がたむろしている。
「聞いたかよ。会長がヨルとかいう奴に負けたって話」
「聞いた聞いた。医務室にいたってな」
「負けるかね、普通あんなのに」
彼らはかつての
その自分より劣っているはずの男がどんどん高みに登り、そして《七星剣王》の座に輝いて、ストレスの捌け口を失っていたのだ。
だからこの噂話に食い付いた。
事実かどうかは関係なく、ただ自分達が気持ちよくなれる話題だったから。
「てかよ、パッと見派手な奴ほど大抵見た目だけだろ。そんなのに負ける会長って実は大したこと無いんじゃね?」
「俺らでも勝てたりしてな?」
「あ、だったらヨルとかいうのボコろうぜ。そしたら俺らほぼ最強だろ」