逆十字の天使 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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狂人

 

「誰が何だって?」

 

突然英語で話しかけられ、ぎょっとする男子生徒達。

日本語はよく理解していないヨルではあるが、かつての日本人との交流で途切れ途切れに理解はできるようだ。

突如現れた異形の顔面に狼狽える彼らだが、

 

「……んだよ。お前にゃ関係ねーだろ」

 

「どっかいけよ」

 

「答えろ。誰が何だって?」

 

まさか自分達の会話が聞こえていたのか?

得体の知れない存在を前に背筋に冷や汗を流す彼らだが、その中の一人が刺々しく警戒した声でヨルに答えた。

 

「……あー、そうそう。お前の話してたんだよ。よくわかんねえのが来たなってよ」

 

「いや、俺の事じゃねえ。その前の話だ」

 

ヨルが理解できた断片的な日本語。

それらの意味を繋ぎ合わせ、ヨルは男子生徒たちの会話の概要を掴んでいた。

だから彼は聞いた。

目の前の彼らに、明確な死を感じさせる程の怒気と殺意を身に纏いながら。

 

 

「─────テメェら、誰を馬鹿にした?」

 

 

 

彼らにとってそれは、運が良かったとしか言いようがなかった。

たまたま木の下に寝そべっていたヨルを見付けた『彼』が、急に何か指向性を持って動き出した彼を警戒して追跡し、そしてこの場面に出会して─────

飛び込んできたその彼が、ヨルの打撃の軌道を寸でのところで横に逸らしたのだ。

 

剣と素手がぶつかったとは思えない戟音。

コンクリートを砕く衝撃。

黒鉄一輝の《隕鉄(いんてつ)》とヨルの不可視の打撃が、猛烈な勢いで激突した。

 

「「「───────────ッッッ!!」」」

 

すぐそばに着弾した砲撃に、男子生徒たちの心根が凄まじい勢いで凍り付く。

巨大な亀裂を残した地面から視線を外し、ギョロ、とヨルの目が一輝を見る。

 

「……それは筋が通りませんよ」

 

ヨルの両腕が消える。

と同時に、金属が擦れるような激烈な擦過音。

今度は一輝に向けて放たれた三発の不可視の打撃を、一輝は全て堅牢な鍔の部分でいなしてのけたのだ。

 

「あなたが何を理由にこんな凶行に走ったのかはわかりません。だけどこの行いは、刀華さんが最も忌避していた事だ。

………あなたにどんな事情があろうと、あなたはあの時、刀華さんの主張を前に立ち去った。

真っ向から受け止めず背中を向けたあなたに、彼女の意思を蔑ろにする権利は、無い」

 

ヨルはしばらくそのまま自分を強く睨む一輝の目を見ていた。

やがて一輝の言い分を飲んだのだろうか、ヨルはモッズコートの裾を翻しどこかに歩き去っていく。

その背中にこれ以上の害意が無いのを確認して、一輝は隕鉄を消し背後の男子生徒たちの無事を確認する。

 

「大丈夫?怪我はないかな」

 

「あ、ああ、一応……お、おい!お前手首!」

 

「ああ大丈夫。砕けてはいない」

 

真っ赤に腫れ上がった両手首をプラプラと揺らしながら、笑顔で健在を主張する一輝。

しかしその実情は穏やかではない。

その手はもう握力を発揮できる状態ではなかったからだ……隕鉄を消したのだって、ただこれ以上刀を握っていられなかっただけだ。

 

(ここであの技を受けることが出来てよかった。後腐れなく単純に実体験できるなんて、本当に運が良い)

 

今の受け方では駄目なのは理解した。

しかしもう一つわからないことがある。

ヨルの行動についてだ。

理由の程は知る由もないが、彼は今、この場で何の躊躇いもなく人を四人殺そうとした。

しかしそれだけの蛮行を行おうとしながらも、主張を飲んだからそれまでという紳士協定を理解している。

行動に一貫性がない……訳ではない。

何かがあるのだろう。ヨルの行動を決定付けている何かが。

彼の中に存在するだろう思想(ルール)に思考を巡らせながら、一輝は医務室への道を歩いていく。

 

 

その女子生徒は自分の不幸を呪っていた。

ろくな噂を聞かない転入生(?)を目撃してしまったばかりか、おいそこの女、そいつに呼び止められてしまったのだ。

その場から逃げ出してしまいたかったが、直感がもう『詰みだ』と叫んでいる。

一体自分がなんだと言うのだ────

しかし泣きそうになっている女子生徒への言葉は、彼女の予想外のものであった。

 

「聞きてえんだがよ。ここいらに教会はあるか」

 

 

 

学園からほど近い場所にあるその教会に、特別な背景は特にない。

宗教関係者への配慮というだけで街を歩けば時々見かける程度の取り立てて特徴もない小さなその教会、その扉の前にヨルはいた。

扉の前にじっと佇んでおり、中に入る気配はない。

彼はただ、扉の前で祈っているのだ。

首から下げた十字架のネックレスを胸の前に掲げ、静かに目を閉じている。

やがて礼拝は終わり、ヨルの意識は現実の世界へと帰還する。

その第一声で、彼は己の背後に呼び掛けた。

 

「さっきから何の用だ」

 

その声に呼応するように、ヨルの後ろの空間に何の音もなく一人の人間が現れた。

紫の髪を靡かせる、長身痩躯の麗人。

───有栖院凪だった。

 

「礼拝は教会の中でするものじゃないかしら?」

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