逆十字の天使 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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邪教か否か

「俺は異端だ。教会の中には入れない」

 

「意外ね。砂漠の死神(ハブーブ)の再来なんて言われているあなたが神なんてものを信じているだなんて」

 

「奴はいつか必ず殺す。俺の天命の一つだ」

 

アリスが出したその名前に、ヨルは一瞬本気の殺意を滲ませた。思わず怯んだアリスにヨルはその激情を引っ込め、皮膚が残っている右半分の口角を曲げて口の形だけで笑ってみせる。

 

「都合よく全てをお救いになられるヤハウェ信仰なんざ処女と一緒に捨てたがな。『神』っつーもんの存在は、これでそこそこ信じてる」

 

「ふうん?良ければ理由が知りたいものね」

 

「OK」

 

アリスの軽いお願いを意外にもヨルは快諾し、そして静かに話し始める。

己のルーツを語るその姿と様子は、アリスに神の教えを説く宣教師を彷彿とさせた。

 

「俺は物心付いた時から少年兵だった。

その日の飯と引き換えに殺し殺され、昨日銃を握ってた奴が今日は血と糞の袋になる。上官供は次はどいつが死ぬか賭けてたな。

 

菓子の包み紙より安い命を的に名前も知らねえ同僚の血を浴び続け、最初の顔触れが全員入れ替わっても、どうしてだか俺は生き続けた。

 

けどとうとう俺の番が来た。

部隊の囮になる為に全員で吶喊して、俺は五発位のライフル弾をプレゼントされた」

 

「………」

 

「けど急所を外れたのかな、俺はすぐには死ななかった。ただ『死にたくない』って思っちまった。ゴミみてぇな一生に何の未練があったかは覚えてないがな。

這いずり回って這いずり回って、ボロボロの教会に入り込んだところで………とうとう俺は死んだと思った」

 

「思った?」

 

「そうだ。こうして俺は生きていた」

 

とん、とヨルは自分の胸を叩いた。

 

「命が繋がったばかりか撃たれたはずの傷も塞がり、教会の中で俺はマヌケ面を晒してた。見上げた先にあったのは、ステンドグラスの聖母だった」

 

その双眸は強く、強く。

胸に当てたその拳は、軋むほどに強く握り締められていた。

 

「神は俺にこう命じたんだ。ゴミと変わらないこの俺に───生きてこの世界で事を成せ、と」

 

ただの言葉のはずなのに、アリスは胸を思いきり殴られたような感覚に陥った。

それはヨルのその言葉に強い信念が根付いていることの証左であり、またそれが真実であるという確信。

しかしアリスの表情は冷たかった。

 

「で、その天啓とやらが敵味方問わない虐殺だってわけ?自分の性根の醜悪さを肯定する口実をくれるなんて、親切な『かみさま』ね」

 

「ハッ、違いねえ。けどお前も結局似たようなもんだろ。都合のいい方だけを信じて、手前の所業は棚上げだ」

 

ヨルは吐き出すように笑い、口の端を皮肉げに曲げる。

 

「隠せてるとでも思ってんのか?さっきからプンプンきてんだよ………落とし切れてねえ糞の臭いだ」

 

それに対してアリスは答えない。

ヨルがアリスの元《解放軍(リベリオン)》という闇の残滓を嗅ぎ付けたのは、自分と同じ気配を感じたからだろう。

絶望の中に光を見出だし、そこで生きていく赦しを得た。

否、赦されたかはともかくとして……それは間違いなく己の転機。思えば自分が言えた義理でもないな、とアリスは内心で思った。

 

「ついでにあなたが妙にイッキを気にしてる理由も聞きたいところだけど」

 

「訳あってな。今んとこ俺の期待通りで嬉しいぜ……でなきゃ見てるとこでカス相手にイキッた甲斐がねえ」

 

つまり彼は一輝の姿があるのを確認した上であの蛮行に及んだというわけだ。

実は理性的だった?……馬鹿な。

もしあそこで一輝が行動を起こさなければ、ヨルは間違いなくあの三人を肉塊に変えていただろう。

理性と狂気がない交ぜになった彼の異常さに、アリスの背筋に嫌な震えが走る。

 

「まぁ胸を撫で下ろせ、別に見張らなくてももう暴れはしねえよ。ちょうど釘も刺されたとこだ」

 

「……お見通しなのね」

 

「プラカードぶら下げてるようなもんじゃねえか、ダダ漏れなんだよ。延々腹まさぐられ続けんのも面倒でな。ベッドまで付いてくる気かよ、お前」

 

「あら、お望みとあらば参上しましょうか?これで結構『上手い』のよ、あたし」

 

くすりと笑うアリス。

その仕草は恐らく見る者が見れば、一瞬で『持っていかれる』ほどの色気が含まれていた。

ただし。

相手は歴戦の傭兵。

その程度歯牙にかける道理など、どこにもない。

 

「へえ?」

 

胸ぐらを捕まれたアリスが、ぐん!と引き寄せられる。

突然の腕力任せに怯んだアリスの整った顔のすぐ横で、ヨルは静かに耳元で囁いた。

 

「だったら応えてもらおうか?

少年兵やってた時にゃ───溜め込みまくった上官だのから金だ贔屓だを貰うために、男娼やってたこともある。少なくとも両手両足じゃ数えきれねえ位にな。

何をどうすりゃいいかなんて手に取るようにわかる」

 

硬直するアリスの口に息がかかるほどの至近距離で、人間と化物が同居する顔が宣告した。

 

「それでいいなら来ればいいさ。本気でやんなら────他の野郎にゃ戻れなくなるがな」

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