「ところで珠雫、アリスはどうしたの?少し前から姿が見えないけど」
「少し野暮用があると言ってどこかに行きました。……恐らくは……」
珠雫はそれ以上の言葉をつぐんだが、一輝とステラの二人にはそこから先に察しがついていた。
ヨルに会いに行ったのだろう。
アリスの話によると、彼の名は《
彼が皆殺してきた人間の中には《解放軍》の資金源 の一つを担っていた者もしばしば含まれていて、彼をどう処分するかの話題が時折持ち上がっていたそうだ。
アリスはヨルを測ろうとしているのだ。
世界三大勢力の一つに睨まれながらも、今まで生き抜いて戦い抜いてきた怪物を相手に───
「……アリスならきっと大丈夫よ。晩御飯の前くらいには、いつもみたいに飄々とした顔で帰ってくるわ」
「そうですね。……きっとそうです」
アリスが赴いた戦いは腕っぷしとは全く別の戦いだ。
自分達が力になれる事などない。
ただアリスを信じて待つのみだ。
そんな彼らの友が今奪われそうになっているのはその命ではなく、おしりの穴であるということを彼らは知らない。
「そうか……。アリスも今、戦っているんだ」
一輝は目を下に落とし、隕鉄の柄を握る自分の手を見つめる。
一輝は生粋のバトル脳だが争い事を好むという訳ではないため、彼が自分から誰かに戦いを挑むということは実は意外なほどに少ない。
誰かの尊厳を取り戻すため、誰かの意志を守るため……そのほとんどが受動的な理由であり、自分から戦いたいと思った相手なんて血気盛んだった道場破り時代を除けばステラ位のものだった。
そんな彼が見せる戦わぬ時間に焦れる様は、ステラと珠雫に言い様のない不安と圧力を感じさせた。
「(ねえシズク。イッキとヨルって知り合いって訳じゃないのよね?)」
「(そのはずです。黒鉄の家にいて不本意にも側で見ていられなかった時期はありましたが……海外暮らしの傭兵との接点なんて無いでしょう)」
「(となるとやっぱり……)」
─────直感、というものだろう。
戦いに生きる者ならばいつか、理屈など抜きに『戦いたい』と思う相手に出逢うことになる。
それは過去のどこかで因縁があったなんて勘繰りよりも、ステラにとってはよっぽどストンと胃に落ちてくる理由だったし、また実際そうなのだろうと思っていた。
しかし。
「身体能力から逆算……突きのからくりは……いやそれよりも基本的な………となると………?」
────危うい。
構え斬りかかる直前の刃のような彼の空気に、ステラはそんな感想すら抱いてしまう。
集中しているのではない……意識してそれ以外を意識から外しているのではない。
本気でそれしか見えていないのだ。
ある種の畏れすら抱く程に張り詰めた空気を、一輝はここ数日ずっと纏い続けている。
部屋にいる時も常に頭の中でシミュレーションを繰り返しているようで、いつも口の中で何かを呟いている………彼をしてそこまでやらしめるヨルに警戒を高める一方で、一輝と触れ合う時間が激減してしまったのもステラとしては内心不満だった。
しかしステラとしても、静かに膨張していき破裂寸前となってしまった事態に対して手をこまねいている訳にもいかず……
「アタシも今から食い溜めしておこうかしら……」
「……そうですね。万全のコンディションに整えておいて間違いはないと思います」
言われてみればもうそろそろ夕食時だ。
二人をそっちのけで刀まで降り始めた一輝に声をかけてこちらに呼び戻し、三人は連れ立って寮への帰路につく。
いつものように珠雫が小馬鹿にするようは言葉は、無かった。
………そして場所は食堂。
いつもならばステラはエプロン姿でキッチンに立ち、一輝はその手料理に舌鼓を打つ頃合いだが、ステラの食い溜め宣言により、今夜は食事は外注である。
彼女の両脇にはちび○ろサンボのラストシーンみたいな量の皿が積み重なっており、厨房内の阿鼻叫喚が推して知れるというものだ。
その隣では一輝が無言で機械的に箸を動かしている。思考に没入するあまり、その目がどこを見ているかわからない。
その中でただ一人、黒鉄珠雫は素面の責め苦を味わっていた。
「あれ、ステラさんどうしたの?なんであんな地獄みたいな量食べてるの……?」
「黒鉄の奴もずっと喋んねえぞ……」
(ああアリス……どうしてこんな時に限ってここにいないの……?私一人じゃこの空気は辛すぎる……!)
異常に食べる女とその隣で無言の男。
店内は奇妙に静かで、周囲の視線はまるで説明を求めるかのように珠雫に突き刺さる。
頼みのアリスは籠城中。
人間嫌いの珠雫をして、このシチュエーションはしんどいものがあった。
「むぐ、どうしたのよシズク。何か辛いことでもあったの?」
「ええ今まさに辛いんですよ元凶の一つが何を言っているんでしょうか自重なさいこのバキュームカーめ」
「なっ、誰がバキュームカーよ!!」