ベストコンディションへの調整に同意した珠雫のまさかの裏切りに瞠目するステラ。
自分を俯瞰してみればこのブラックホールの如き食事シーンを他者がどんな目で見るか察しはつくだろうが、戦いに必要なことなのでその辺はどうだっていいのだろう。
つくづくバトル脳のカップルだった。
とここで自分の皿を空にした一輝が、水を飲み下してから、ふう、と息を吐いた。
「……うん、どうにも埒があかないな」
「私もそう思っていました、お兄様。どうしたんですか?」
「いや、考えても考えても、その根本に辿り着けないんだ。近いところまでは行けている気はするんだけど、重要なピースがまるで想像もつかない。こうなったらもう───」
まともに説明する気がない。
愛しい兄がどこか遠くに行っている現状に、珠雫が本格的に頭を抱えそうになっていた時。
しん、と食堂の空気が止まった。
俄に張り詰め始めた空間を、驚愕と畏怖の篭った幾つもの視線がただ一つに向けて注がれる。
それは存在を知らしめるかのようにゴツゴツと靴音を鳴らし、一輝は呼応するように後ろを振り向いた。
ここに一冊の本があったとしよう。
恋愛、伝記、ミステリー……まあジャンルは何だっていい。
その物語の中で主人公はある人物と出会う。
最初は然したる因縁もない出逢いかもしれない。
しかし主人公は巻き起こる事件の中でその人物の人となりや背景を知り、その人物は主人公にとって現状を紐解く『鍵』となるのだ。
その段階を一つずつ踏む展開の約束事を守らないと、唐突すぎるだの訳がわからないだのといったマイナスな感想を頂戴することになる。
だが。
そんなものはそれを
前置きなんて必要ない。
例えその周囲が着いてこれずに、周回遅れで置いていかれてしまっても。
互いがわかっていれば、それでいい。
「Hey,クロガネ。ちっとツラ貸せ」
「喜んで。僕も丁度会いに行こうかと思っていたところです」
突如として現れたヨルに、笑みすら浮かべて一輝は応じる。
さも当然のように立ち上がりヨルに付いていく一輝に、さしものステラも取るべき行動がわからない。
事態の進展に頭が追い付いていない周囲の人間はただ、そこから去っていく二人の背中を棒立ちになって見送っていた。
そうしてヨルに連れられるまま一輝が入ったのは、雑居ビル最上階にあるショットバーだった。
落ち着いた色調の内装に流れている、まどろむようなジャズ。醸し出されるアンティークな雰囲気は、悪い言い方になるがヨルのイメージにはそぐわないものだった。
「前からこの店を知っていたんですか?」
「新天地に来たら酒場の場所はいの一番に調べるのさ。高めの酒でも奢ってやれば、どいつもこいつも色んな
「ではご馳走さまです」
「賢いこった」
そう言ってヨルはどっかとイスに腰を下ろし、一輝もその対面に座る。
しかしこんな外見の男が入ってきたら普通動揺しそうなものだが、寡黙にシェイカーを振るマスターの表情に乱れはない。
酒のある場所は人間の坩堝だ。
彼もまた海千山千の熟練者なのだろう。
「好きなの頼みな。もっともお前がやれるクチにも見えねえが」
「まああまり好んでは呑みませんね。付き合いができる程度にはいけますが」
そう言いながらバレンシアを頼んだ一輝に、それジュースと同じじゃねえか、ヨルは思わず噴き出しそうになった。
別に一輝は酒に詳しい訳ではないので珠雫から「美味しかった」と聞いたものを頼んだだけなのだが、ヨルからは『外見通り』というイメージを頂戴することとなった。
一方、ヨルの方に出されたグラスには白濁した色の液体が入っていた。
「それは?」
「地酒だよ。アラクっつってな、向こうじゃ大抵これだ。基本安酒が多かったりするが……どうやらここのは上物だ」
好き嫌いは別れるがね、と。
そう言ってヨルは一気にその中身をあおり、頬がない方の歯の隙間を通って溢れた液体を袖で拭う。
一輝は後で知ったが、ヨルが頼んだアラク酒はアルコール度数が50%を超えていたそうだ。
そして一輝もまた濁ったオレンジ色を口に含み、珠雫が評した通りの味に口角を緩めた。
「それで、僕をここまで連れてくる話というのは?」
「それだ。トードートーカにゃもう聞いたがな。……お前は強いんだろう?」
「ある程度はそうだと自負していますが」
「じゃあ聞こう。……お前はなぜ強い?」
しん、とヨルの双眸が一輝を見据える。
彼と刀華が戦った切欠もこれだったのか、と一輝はここで察しがついた。
だがヨルの質問の意図はまだわからない。
一泊空けて、一輝はヨルにこう返した。
「……同じことを僕も聞きたいです」
質問に質問で返されたヨルの眉に皺が入る。
「何故かはわかりませんが、僕もまた同じようにあなたの事が気になり続けている。だけど、どう強いのかは解っても、その根本が全くわからない。
だから僕もここまで来たんです」
「……で、俺にどうしろって?」
「交換しましょうよ」