逆十字の天使 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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蚊帳の外

 

こつん、と一輝がグラスを置く。

 

「僕らの目的は噛み合ってますから。僕は僕のことをヨルさんに全て話します。だからヨルさんも、自分のルーツを教えてください」

 

「……OK,いいだろう。ハリー・ケリー並みの名調子で謳ってやろうじゃねえか。まず俺はな……」

 

皮膚と頬が残っている側の顔が愉快そうな笑みの形を作り、その指先がまだ酒の入っているグラスを空中でくるくると器用に回す。

質問で返されて不機嫌そうな顔をした割には何の躊躇いもなく自分から話し始めようとしたヨルだが、そこでふと思い出したようにズイッと一輝に顔を寄せた。

急にズームアップした半人半妖の顔面に一輝がぎょっとする。

 

「お、そうだ。お前マジであの皇女(プリンセス)とデキてんだって?こっちじゃ品のねえジョーク扱いなんだがな」

 

「え、はい。確かに僕とステラは恋人同士ですが」

 

「おお。そうかそうか」

 

恥じることなど何もない一輝は当然即答する。

それを受けたヨルは得心したように頷き、そしてニヤリといやらしく口角を曲げる。わきわきと動く指の動きは何かろくでもない意味を内包しているのが明らかであり、そして実際に、そっちの方がよっぽど品が無いじゃないかという話が飛び出してきた。

 

「だったら先にこっちから教えとくか。……よおクロガネ、あれ程の女だ、まだヤッてねえなんて事ぁ無えだろ?」

 

「ゴフッ!?いや、な、何を!?まだ僕たちは……」

 

「バラす奴もここにゃいねえよ。それとも知りたくねえのか?あらゆる女を天国の淵まで吹っ飛ばす俺のテク」

 

「………知りたいです。ぜひとも」

 

そこは知っておくべき所であった。

培ってきた学習能力を遺憾無く発揮し、剣と信念とステラへの愛で構成された一輝の脳味噌にいらん知識がインプットされていった。

 

それから色んな事を話した。

自分の成り立ちの他にも、今まで戦った相手の事。それぞれの国の文化の事。あるいは笑えた話や考えた事。その他、何でも。

時折真剣なトーンになったり、慌てる声や笑い声になったり。二人が何を話しているのかは、入口のドアから外に漏れることはない。

姿形も国も見るからに違えど、二人は幼い頃からの友だと言われればそれを疑う者はいないだろう。

一輝とヨルの会話の種は、空が白み始めるまで尽きることはなかった。

 

 

 

「……イッキ、大丈夫かしら」

 

「お兄様なら心配ありませんよ。貴女がそれを確信していなくてどうするんですか」

 

「それなら……」

 

どうしてシズクもまだ起きてるの、という言葉をステラは飲み込んだ。

当たり前だ、心配に決まっているじゃないか………でなければ、こうして夜を徹して一輝の帰りを待っているはずがない。

今二人がいるのは、一輝とヨルが入った雑居ビルの入口の前だ。

自室に帰ってもいられないが邪魔をする訳にもいかず、ただこうして結末が来るのを待つしかない。

目の前で着実に動いていく状況にここまで動けないのは初めてだろう、二人の顔からは歯痒さがありありと見て取れた。

 

「出てきませんね。一体どんな話で盛り上がっているのでしょうか」

 

「自分達の事でも話してるんじゃないかしら。随分と気が合うみたいだから」

 

「気が合う、ですか。お兄様とあの男に、一体どんな共通点があるのやら……」

 

………共通点。

互いの生まれも育ちも知らぬ初対面の二人が、なぜああも互いを意識しているのか。

互いの事を知らぬというなら、何を持って一輝とヨルはこうも引かれ合っているのだろうか。

 

(シンパシー、かしら)

 

人の何を見ようとしているかわからない、と一輝が評したヨル。

その彼がまた一輝と関わろうとするのは、その目に何かを映したからなのか。

一輝がここまでヨルを意識するのは、その目にヨルの何を見ようとしているのか。

自分が戦わなくてはならない気がする、と彼は言っていた。

今彼は、そしてヨルは曖昧なままのその情動の形を知ろうとしているのだろう。

このビルのどこかで。

 

(……私も交ぜろ、とは言えないものね)

 

思わず苦笑しながら、ステラは珠雫と共に照明の灯るビルの入口を見つめ続ける。

いつ出てくるとも知れない恋人を真っ先に捕まえて………せめてその結末を、少しでも早く知りたいが為に。

 

 

そしてそれは、緊張状態の二人が流石に睡魔に侵され始めていた頃。少しずつ空が薄明かるくなり始めるかといった時だった。

 

「あれ。ステラ、に珠雫?」

 

「!?イッキ!」

 

「お兄様!」

 

やっと姿を見せた一輝に、ステラと珠雫は弾かれるように駆け寄った。

 

「ごめん、待っててくれたんだ。かなり話し込んじゃって……まさか閉店まで粘っちゃうとは思わなかったよ」

 

「そんなの問題じゃありません。お兄様、 大丈夫でしたか?」

 

「おいおい、俺ぁそんなにヤベェ奴に見えるかい」

 

見える。

三人の思いが今一つになった。

そんな事は知らないヨルは、左側の肉の剥げた顔面をステラに向ける。

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