『………~~~~~っな、何という事だあ!?
審判の開始の合図どころか紹介の口上も終わらない内に!《傭兵》ヨル、掟破りの先制攻撃ぃぃ!』
『流石にちっと驚きだぁね……ルールに則るならもう反則負けではあるけども……』
「問題ありません」
淀みない声が聞こえた。
砲弾の如き膝を顔面に届くすんでで受け止めていた一輝の両手が蛇のようにうねり、一瞬にして蹴り足に絡んでヨルの踵の靭帯を極める。
そしてそのまま身体を半回転。
最小限の動きで最大の効率を引き出し、お返しのように繰り出された一輝の柔術が、ヨルの身体を前面から全力で地面に投げ落とした。
「─────始めましょう」
『!続行、続行の宣言です!!卑劣な不意打ちを真っ向から撃墜し!黒鉄一輝、貫禄の太っ腹だぁぁぁ!!』
ようやく事態の進行に脳が追い付いた観衆が、堰を切ったように声を張り上げた。
ヨルへの非難、一輝への快哉や称賛。
この後、全観衆の記憶に深く刻み込まれることになる一戦は───まずは一輝の先制で幕を開けた。
白兵戦を得意とする相手の四肢の一つを捕らえたまたとない好機。
一輝は即座に手の組み方を変え、ヨルの脚の靭帯を速やかに断裂させようとした。
が。
ヨルの手の指が、リングにめり込んだ。
「《隕鉄》っっっ!!」
激甚な衝撃が一輝を叩いた。
咄嗟に呼び出した黒刀が猛烈な音を立て、一輝の身体が勢いよく後ろに飛ぶ。
着地してもなお働き続ける運動エネルギーは、ヨルの一撃の重さを強く語っていた。
『くっ……黒鉄選手、凄まじい音と共に目算で十メートルは弾き飛ばされました!西京先生、今のは一体?私にはただ、ヨル選手が空いてる脚で蹴っただけのように見えましたが!』
『や、合ってるよ。本当に極められてない脚で蹴っただけさ。けどあのメチャクチャな姿勢からあの威力、並大抵の練り上げ方じゃないねぇ』
(……全くだ)
《隕鉄》を正眼に構えつつ、一輝は寧音の解説に心の中で同意した。
そう。脚力、ではなく練り上げ方だ。
無論足の指だけで全体重を操るヨルの脚力は尋常ならざるものだ。
しかし、ただの脚力ではこの力は出ない。
ヨルはその握力を以て身体をリングに固定し、そこから全身を使って蹴りを放ったのだ。
身体を固定する四肢の握力。
身体を支える
そして産み出された力を最大効率で伝導する体幹。
さらに力を受け流されつつも、実況と解説が喋る間滞空し続けた全身のバネ。
こと身体能力において、一輝は大きく水を開けられていた。
(素手で防いだら砕けてたな。……一発でも貰えば、そこで一気に持っていかれる)
「やるじゃねえか」
リングを掴んだ爪先を支点に、ヨルが不自然な動きで起き上がる。
しかしその動作に一切の無駄な力みはなく、そこから彼は淀みなく己の構えに入った。
重心を低く落とし身体を前傾させたその型に、やはり思い当たる名前はない。
『この試合、いかに間合いを制するかさね。黒坊の技量に剣と拳のリーチの差。潜り込むのは至難の技だろうけど、ヨルだってそう甘くはないだろうさ』
ヨルの身体が深く沈んでいく。
ギチギチと軋む筋肉が作る形は、ヨルの次の行動を包み隠さず一輝に伝えてしまっている。
しかしヨルとしても、知られて困ることではない。
どうせやることは一緒なのだから。
『なんせあらゆる武器が飛び交う戦場で、その全てを沈め続けてきた男だ』
「さあ。受け止めろ」
爆発するような音がした。
刀を構える一輝に向けて、ヨルが全力で前に出たのだ。
足運びなんて技術もない、ただの疾走。
自分と相手を最速で結ぶ動きだ。
(想定よりかなり速いっ!)
予想を上回る速度に面食らった一輝だが、動きとタイミングは適切だった。
迫るヨルに向けて身体を低く落としつつ大きく踏み込み、その勢いを乗せてヨルが前に出す脚に突き刺すように《隕鉄》を振るう。
前方斜め下に急激に身体を落とすことでヨルの視界から外れつつ、カウンターで片脚を潰す動きだ。
「上手い!たとえ
ステラが思わず快哉を叫ぶ。
間合いを制するとは敵を寄せ付けないだけではない。敢えて危険地帯に踏み込み、そこから価千金の好機を掴むのも肝要なのだ。
しかし。
ヨルが走る脚を前に出すタイミングと同期して一輝が《隕鉄》を振るった瞬間。
まるでDVDの一時停止ボタンを押したかのように、走る途中の姿勢でヨルが急停止した。
「なっ」
当然一輝の太刀は空振る。
前に倒れそうな勢いでつんのめる姿勢になったヨルだが、彼は既に攻撃準備を終えていた。
それを察知した一輝が、転がるように全力で身体を横にぶち込んだ。
瞬間。ヨルの右腕が掻き消える。
バゴンッッッ!!!と。
ヨルの《不可視の打撃》がリングを穿った。