逆十字の天使 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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悪魔の爪

 

「居合い抜き?そうか……!」

 

示唆された真相に気付いた東堂刀華が思わず目を見開いた。

 

「か、かいちょー。意味わかったの?」

 

「うん。あの《不可視の打撃》はね、原理自体はすごく単純なの。筋肉の収縮だけでほとんど説明できる」

 

恋々の疑問に対する刀華の解説が始まった。

他の生徒会メンバーも彼女の言葉に注目する。

 

「『主動作筋(しゅどうさきん)』と『拮抗筋(きっこうきん)』って言ってね。

肘を曲げる上腕二頭筋と肘を伸ばす上腕三頭筋みたいに、人間は動作を行う際に、必ず『その動きとは反対の動きをする筋肉が補助して動作を細かく制御』してるの。

ヨルはそれを逆手に取っている。

……『攻撃する動き』を『攻撃を引っ込める動き』で強引に押さえ込んでるんだ。

力は溜めてから解放することで、その速度と威力が爆発的に増幅される」

 

『――って感じで、つまりデコピンとおんなじ原理さね。

剣術における刀身と鞘の反作用で力を増幅・解放させる技術も然りだ。それを指して黒坊はヨルの攻撃を《居合い抜き》と評したんさ』

 

『口にするとやや単純に聞こえますが、果たしてそれは可能な技術なのでしょうか?』

 

『ふつー無理だねえ。それぞれ真逆の動きをもたらす筋肉を同時に独立して収縮させるなんざ、右を向きながら左を向くような話だ。

しかもそれを攻撃に転用するなら、それを大小複数の筋でやらなきゃならない。

脳が運動命令を出すことすら不可能さね』

 

一輝がヨルの《不可視の打撃》を見透かしたのを確信した西京寧音も改めて解説していた。

その矛盾に対する回答を、既に一輝は持っていた。

一度で通常の何倍もの命令を下す命令系統。

彼が最強の剣士と同じ剣を扱える理由。

 

ヨルも当然のように持っているのだ。

《比翼》や黒鉄一輝と同じ―――戦闘用の電気信号を。

 

「………、やられたな。見破られたのはこれで二回目だ」

 

「いえ。本当に良い物を見せてもらいました」

 

忌々しそうに顔を歪めるヨル。

対照的に感謝の笑みを浮かべている一輝に、彼はやれやれと内心で息を吐く。

 

「俺は手前(てめえ)の技に名前なんざ付けちゃいねえんだがよ。こっちもいくつか見せてもらった事だし───見せるついでに、教えとくかな」

 

この時にはもう、一輝はヨルの間合いと速度を見抜いていた。

 

だけど。

気付いた時には彼はもう眼前にいて。

視界は彼の掌で埋まっていた。

 

 

「俺の十八番。周りの奴らが呼ぶには……

…………《悪魔の爪(デーモンクロー)》、らしいぜ」

 

轟音を上げてリングが砕ける。

間一髪、全力で回避した一輝の背中から冷や汗が噴き出た。

ぎろりとヨルの目が数メートル先の一輝を睨む。

弾けるような音と同時にヨルは一輝の懐に踏み込み、引き絞った拳を顔面に照準していた。

それこそ一輝が一瞬反応に窮するような速度で!

 

(何、だっ!?急にスピードが……!!)

 

『こっ、これはえーと……申し訳ありません、私が目で追って判断できる域を超えてしまいました!これはどういった状況なのでしょうか!?』

 

追いかけっこ(ドッグファイト)だねえ。黒坊が逃げてヨルが追ってる。調子上げてきてるね、向こうは』

 

「速すぎる……!《比翼》の体捌きを体得したお兄様と同格の速度なんて……!」

 

「まさか向こうもイッキと同じ技術を持ってるのかしら?」

 

「……いいや、違うわ」

 

リングを目にも止まらぬ速度で駆け回る二人を、ステラは眦が裂けるような集中力で見続ける。

一輝の動きとヨルの動きを観て、理解し、そして彼女はアリスの予想を否定した。

 

「ヨルの動きはイッキとは違う。……今わかったわ。《悪魔の爪(デーモンクロー)》の術理を応用してるのよ」

 

「術理の応用、ですか?」

 

「そうよ。その速度と破壊力に目を奪われそうになるけど、あの主動作筋と拮抗筋を使った技術の本質は攻撃じゃない。『最大以上の瞬発力を生み出す』ことなのよ。

だからあんな応用が利くの。

踏み込む力をその逆の力で押さえ込み解き放つことで、ヨルは爆発的な推進力を生み出してる!」

 

「《弾丸機動(バレットライン)》」

 

それが知らない内に周りから名付けられた名前だった。

強力に大地を掴む足指は、生み出された力を余すところなく推進力に変換すると共にブレーキとして機能した。

どれだけ一輝が鋭角な機動で逃げようが、ノータイムで追いかける。

一輝としても逃げてばかりはいられない。

初速から最高速を叩き出す《比翼》の体捌きは急な方向転換に大きな負担がかかるのだ。

その条件で言えばヨルにも同じことが言えるはずだが、

 

(動きが鈍る気配がない。純粋に身体のスペックだ)

 

だからどうした?

自分より大きく強い者など、数え切れないくらい相手にしてきた。

ヨルに追われて後退しながら一輝は《隕鉄》を振るう。

当然ヨルはそれを容易く回避、一輝はまた斜め後ろに退いた。

ヨルは《弾丸機動(バレットライン)》により一輝をピッタリと捕捉、逃げる一輝を追い詰めようとして、

 

────唐突に一輝の姿が消えた。

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