二度目の《蜃気狼》。
ただ素直にそれを行うだけではヨルはフェイントを見抜いたかもしれない。
逃げる自分を追う癖を付けさせ、加えて刀による牽制でヨルの意識を僅かに狭めたからこそ二度目が通ったのだ。
背後に回られたことにヨルはもう気付いているし、一輝もそれがわかっている。
(反撃が来る前に───最速で!)
全身を連動させ、一輝が放った視認すら危うい《最速の剣技》は───
何の抵抗もなく、ヨルの身体を『透り抜けた』。
「!?」
姿はそこにあるのに、刀は明らかに空を切った。
そして真横から気配がする。即座にそちらに向き直れば、今度は真逆の方向に姿が見える。
両足を地面に付けたまま摺り足で移動しているのはわかる。
しかし、その姿を目で追えないのだ。
ヨルの姿が常に視界の焦点からズレてしまい、時には視界から消えてしまう。
『へえ……これはまた面白い歩法さね』
『と言いますと!?』
『ありゃただの摺り足じゃない。足の指で動きに緩急を付けてんだ。
他にも内在筋による重心位置のフェイク、膝や身体の落とし方による進行方向のフェイク、視線の誘導エトセトラ。
ムーンウォークの究極版って言やわかりやすいかね?脚の動きと移動距離や方向をズラして相手の認識を騙くらかすんだ。
戦士なら無意識で処理する情報に干渉してっからね……黒坊レベルの観察眼にゃ、相当に刺さる』
「《
「驚きっぱなしですよ」
前兆のない急加速と減速。
幾重にも重ねられたフェイクは最早、一輝の目に無数のヨルの分身を映し出させるまでに至っていた。
───目に頼っても無駄だ。
そう結論した一輝は────目を、閉じた。
『!?黒鉄選手、目を閉じてしまった!?』
『なるほどねぇ……どうやら、やる気らしい』
教えを請える師もいなかった一輝は、あらゆる武術を文字通りに見て盗むことで研鑽を重ねてきた。
終には相手の思考そのものを掌握するに至った彼にとって、防戦とは詰め将棋のようなもの。
目を閉じた瞬間を好機とみたヨルが、《
緩急からの急速な『剛』。
意表を突く効果も高く、ヨルが好んで使うコンビネーションでもあった。
それでなくともその速度を前に退くしか出来なかったはずの一輝は、背後より迫るヨルの突撃を───
───完璧に受け流した。
がたん、と。
何かの路線に放り込まれたような感覚に、ヨルの背筋が凍る。
足指で地面を掴み、身体を反転して回し蹴り。
胴体を薙ぐ一撃は最低限のステップで躱された。
明らかに動きが変わった。
向こうは今や自分の攻撃に対処し、一撃を入れる余裕がある。
この時のヨルは知らない。
照魔鏡と評される一輝の観察眼による、人間性の完全理解。
《
「っおおおおおお!!」
戦いが始まってから初めてヨルが吼えた。
暴風雨の如き全力のラッシュ。
『筋収縮の術理』を使わずともなお桁外れの瞬発力による『拳を引く速さ』は恐ろしい速度と回転力を産み出し、あらゆる環境・地形に適応するべく異常発達した内在筋は一撃一撃に必殺の重量を内包させていた。
並の《
もはや残像の欠片を目で拾うのがやっとの拳の弾幕を、しかし一輝はまるでそよ風の中を散歩するかのように潜り抜け、ヨルにとってもっとも嫌な角度とタイミングで反撃を行ってくる。
「What's the fuck.....!?」
突こうとした拳を慌てて引っ込める。
カウンターすら織り込んできた。
今そのまま突きこんでいたら間違いなく腕を落とされた!
(何が起きてる?まるで手順の決まったダンスでも踊らされてる気分だ。……読まれてやがる!行動どころか、呼吸のタイミングすらも!)
「今度は僕が驚かせる番です。……やっと、あなたを捕まえた」
『形勢逆転んんんんっ!!防戦から翻り黒鉄選手、一方的に攻め立てていくぅぅうう!!』
「やった!完全に読み切った……!」
「うおおおおお!行けええええ!!」
逃げるヨルと追う一輝。
苦境をひっくり返す《七星剣王》の武勇に観衆は熱狂に包まれた。
相手は戦争慣れしている。もし短期決戦に持ち込まれたら。
ステラ達の一輝に対する危惧の多くは、一輝が《掌握》するまでに押し切られることにあったのだ。
ただし、ヨルとて歴戦の男だ。
このままだと遠くない内にデッド・エンドだ。
そう察したヨルは手は緩めないまま頭を回す。
360度敵しかいない戦場で生きてきたヨルの分析能力も当然ながら高いのだ。
恐らくこいつは自分の今までの動きを分析して動きを読んでいる、とヨルは当たりを付けた。
仮説の次は検証だ。