逆十字の天使 ─落第騎士の英雄譚─   作:嵐牛

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変身VS完全掌握

踵を地面にわざと引っかけ、ヨルは後ろに転倒するフリをする。

それを追撃せんと迫る一輝だが、

 

(知ってますよ。そうやって僕を誘い込み、その体勢で体を固定して脚で《悪魔の爪(デーモンクロー)》を撃つ!)

 

一輝は完全に読み切っていた。

動きを読まれている事を想定しての罠だったのだろうが、こすっからい戦い方は《落第騎士》のお家芸。相手の動きの虚実など、我が身のように理解できる。

身体を沈めて突進の体勢。

犀撃(さいげき)》による全力の刺突をヨルの《悪魔の爪(デーモンクロー)》に合わせ、脚を縦に串刺しにする腹だ。

ヨルがそれに気付いたとしても遅い。

悪魔の爪(デーモンクロー)》の弱点は居合い抜きと同じ。

一度放ったら、途中で止められない。

つまり───

 

(この一撃は、無条件で通る───!)

 

しかし、ヨルは攻撃してこなかった。

それどころか重力に身体を任せ、つま先も中に浮かせてそのまま後ろに倒れ込む。

完全に読みの外の現象に一輝は動揺した。

───なぜ?

まさか本当にコケただけ?

意味のない行動?いやそれはないはず。

何か意図が?でも今身体を支えるものは何もない。

あの状態から何ができる?手をついて転び方を変えるくらいは可能だろうか?

というか随分と頭が回る。

論理を直観で弾き出す戦いの最中に具体的な言葉が浮かぶ。

まるで時間が緩やかになったような

 

待て。

この感覚には覚えがある。

そうあれだ。

 

走馬灯────

 

「っあああああああああああ!!!」

 

ボッッッ!!と。

一輝の顔面のすぐ横を烈風が突き抜けた。

削れた皮膚の疼痛が麻痺するような寒気に、一輝の心臓が凍り付く。

もしほんの刹那でも判断が遅れ、スウェーが間に合っていなかったら。

 

「チッ。殺れなかったか」

 

『……今のは驚きだぁね』

 

首を反らして頭頂部から接地。そこを支点に全身の筋肉を総動員、身体を独楽のように高速回転。正面からではなく、側面から回転力を乗せた《悪魔の爪(デーモンクロー)》の回し蹴りで一輝の頭部を粉砕しにかかったのだ。

突撃して殴る武骨なスタイルから一転、ブレイクダンスじみたアクロバットへの、戦い方の急激な転換。

 

───今までと違う動きで攻める。効果はありそうだ。

 

「何ですかあの動きは……!?あれは武術なんですか!?」

 

「……そうか。あれがヨルの強みなのよ」

 

ステラが握り締めた拳が軋む。

 

「戦争暮らしの様々な条件下で戦う上で、決まったスタイルなんてものは邪魔でしかない。相手や地形に合わせて方法を変えるのは当然のこと。

そしてスタイルが変わるということは……戦う相手が別人になる事に等しい!」

 

『エアートラックス!?ジャックハンマー!?まるでブレイクダンスを見ているかのようです!カンフー映画の中でしか見れないような演武を、まさかこの戦いの場で見るとは全くの予想外です!』

 

(やりづらい!これが戦うスタイルだって言うんだから……!)

 

逆立ちしたまま自在に蹴りを放つヨルに相対する一輝の困惑は、読みの外からの攻撃によるものだけではない。

攻めるにしても難しいのだ。

剣術というものは基本、二本足で立つ相手を想定している。逆立ちされると相手の急所の位置がガラリと変わり、太刀筋が機能不全になる。

そして流石の一輝も逆立ちのまま襲ってくる敵を相手取るのは初めての経験。攻め方の最適解がうまく導き出せないのだ。

さらに。

 

ヨルが片手を地面から放し、身体を真横に倒して一輝の太刀を上にやり過ごした。

次の瞬間。

 

「──────っ!!」

 

体を丸ごと使った暴風のような不可視の蹴りが、一瞬前まで一輝の足があった場所を薙ぎ払った。

ヨルの攻撃がより凶悪さを増しているのだ。

それは大きな体勢の変化に合わせて攻撃の一つ一つにメチャクチャな角度が付与されることと、彼のオリジナル『筋収縮の術理』の組み合わせだ。

『筋収縮の術理』はその単純さ故、あらゆる部位に適用できる。

あらゆる攻撃が《悪魔の爪(デーモンクロー)》となる。

ただでさえ複雑怪奇な軌道で飛んでくる攻撃の中に不可視の一撃が紛れ込んだら、まさにそれは必殺となりうるのだ。

そんな大きなアドバンテージを持っていながら、しかしヨルの表情は厳しい。

 

(一つもヒットしねえ)

 

確かにスタイルを変えるのは効果的だっただろう。

しかし一輝の《完全掌握(パーフェクトビジョン)》が写し出すのは、その根元たる絶対的価値観(アイデンティティ)

いくら枝葉が変化しようと、根っこの部分は変化しない。

そこを理解すれば、どのタイミングで相手が動くかを正確に推し測ることができる。

ヨルは《完全掌握》のからくりをそこまで暴いた訳では無かったが、今のままだとまた遠からず動きを見切られるだろうことは理解した。

ならば。

 

 

「......OK. 幕を引こうじゃねえの」

 

 

目の前が爆発したかと思った。

ほとんど物理的な圧力として感じた本能の警鐘に押され、一輝は全力で後ろに下がる。

爆発の正体はヨルのラッシュ。

ただしさっきのそれとは段違いの速度だ。

その現象の正体とその意図を読み取った一輝の心臓が張り詰める。

 

(無酸素運動────決めに来たッッ!)

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