無酸素運動とは、その名の通り呼吸を止めて行う『超最大強度運動』である。
エネルギーを合成する速度が有酸素運動よりも速いために強度と速度の高い運動が可能で、わかりやすい例を挙げれば短距離走がこれにあたる。
ただし当然、長続きはしない。
無酸素エネルギーはあくまでも有酸素エネルギーの代わり。
乳酸の蓄積やエネルギー供給の限界で、身体はそのツケを絶大な疲労と激しい呼吸運動という形で支払うことになる。
ここで一輝も息を止めた。
ヨル程の相手が全力の攻勢で来るのなら、こちらも同等の攻勢でしか太刀打ちはできない。
どれだけ鍛えた人間だとしても、リソースの少ない無酸素エネルギーが尽きるまで────きっかり41秒!
「「───────ッッッ!!」」
肉体という密室に封じられたエネルギーが極限の密度で爆発する。
お互いの最大攻撃力の激突は拮抗するかに思われた。
しかし、開始数秒で片方が間合いから弾き飛ばされる。
全力の激突で押し負けたのは────攻撃力で大きく勝る、ヨルの方だった。
「んなっ……」
『ああ。ヨルの奴、見立てを間違ったねえ』
それを目の当たりにした西京寧音はやれやれと口角を曲げた。
『今まで優勢に勝負を運べてたから前のめっちまったんだ。
もちろん、完全に読まれる前に決めようってのは《完全掌握》対策としては正解なんだ。けど決めに行くにはまだ情報不足だったかね。
黒坊はまだ、全てを見せちゃあいないんだよ』
黒鉄一輝の七つの剣技の中で、最大の速度を持つ術技のつるべ撃ち。
───第七秘剣《雷光》。
かつて最強の剣士と僅かながら互角に撃ち合ったそれに行動の先読みを加えた剣戟の嵐は、奇しくも兄が用いる黒鉄家の剣技、《烈の極》に似ることとなる。
『押し切ったぁぁぁあああ!黒鉄選手、正面衝突でヨル選手を圧倒!逆境をはね除ける《七星剣王》の本領発揮だああああ!!』
「いよっしゃぁああ!行けえええええ!!」
「頑張ってー!黒鉄くーん!」
「……さっきまでは撃ち合いでもヨルが優勢だったわよね?どうして一気に不利になったのかしら」
「当然の相性ってやつよ」
思わずステラはガッツポーズを決める。
「長さのある武器を使う弱点は、両手が塞がることで一定時間内に行動できる回数が減ることなの。だから回避と同時に攻撃する、これを繰り返されるだけで武器を持つ側は延々と防戦を続けなきゃならなくなる」
だけど。
「それは武器より速度と回転数で勝ることが絶対条件。リーチの差という不利を埋め合わせるヨルの立ち回りは流石だったけど、ああなればイッキの勝ちよ!!」
髪が飛ぶ。服が削れる。皮膚が切れる。
一輝の太刀筋は重なる度に少しずつヨルの命に肉薄していく。
懐に潜る隙など無かった。
最高速度で最も嫌な角度とタイミングで迫る黒刃に、ヨルは変わらない表情の下で苦虫をダース単位で噛み潰す。
(手で《
地に着いた両手の指で残像のフェイクを産み出すも、逃げた先に正確に隕鉄が回り込んでいる。
どうやら完全に枝葉まで掌握されたらしい。
比翼の剣による全身の一斉駆動は不可視の速度を誇る一輝の《雷光》をさらに高い次元に押し上げ、まさしく稲光となってヨルを襲う。
この斬撃の嵐に対抗できる応手は、速度において同等である《
しかし。
(溜める隙がねえな)
主動作筋と拮抗筋を同時に使う《
その二つの筋肉の反作用による力を産み出すのに一瞬の時を要するのだ。
さらに力を溜める瞬間に攻撃に使う部位が硬直するため、一輝レベルが相手だとそこでも攻撃を見抜かれる。
刀を鞘に納めて力を溜める居合い抜きよりも格段に出が早い《
不可能に近い───それだけだ。
後ろに下がった足で強く踏み込む。
特別なことはない。いつも通りのことをやる。
腕を大きく後ろに振りかぶり、五体を弾丸と化してヨルは死地へと飛び込んだ。
それよりも速く、隕鉄の刃がその首に根本まで突き刺さった。
皮を貫き肉を切り、血管を絶ちながら赤色に濡れた切っ先と刀身がヨルの首の後ろから飛び出していく。
血飛沫も上がらないその光景は、端的に一輝の技の冴えを表した。
手首から伝わる確かな手応え。
ヨルの手が、逃がしてなるかと一輝の手首を掴んでいた。
刃を首に受け入れながらも、ヨルの身体は軋みを上げる。
振りかぶった腕や肩だけではない。背中や腰にまで筋収縮の術理を適用。
倍増した体幹の力も上乗せした《
先の戦いで東堂刀華の腹を抉り取った拳が、一輝の腹に正面から着弾した。
火薬が爆ぜるような音がした。
腹から花火のように鮮血を撒き散らしながら一輝は壁に激突しヒビを入れる。
隕鉄から放したその手が、だらり、と垂れた。