首に刀が突き刺さったままのヨルは警戒を怠らずに構えを戻す。
言葉を失う観衆。
首をやられたら死ねよという言外の叫びが聞こえてくるようだ。
『……黒坊の《
相手を読み切った黒坊は最適なタイミングで、最適な箇所を最適な方法で攻撃する。ヨルはそれを利用して、身体の向きや攻撃の角度を調整して攻撃を「首への刺突」に限定させたんだ。
気兼ねなく全力のカウンターをブチ込めるように。
これが最善だと自分で判断して罠にハマったんだ。ここまで綺麗にやられる道理さね』
『し、しかし首を貫かれたら普通はその、死んでしまうのでは』
『んにゃ。首を貫かれたら死ぬんじゃない……首を貫かれて主要な神経や血管をやられたら死ぬのさ』
ステラや刀華など一握りの実力者はそれで察した。
ヨルは隕鉄の刃を、頸動脈や延髄などの間にすり抜けさせたのだ。
ステラは知らない事だが、かつて一輝自身も兄を相手に岩山のような筋肉の隙間を通して刃を突き刺した事がある。
だから逆説的にこれも可能だなどという簡単な話ではない。
網のように走る血管や神経。
その中からどれを選びどれを捨てれば良いかなど、尋常の沙汰では学べない。
それを学ぶまでに彼はどれだけ死に目に遭い続けたのか。
何度死の淵に飛び込んだ末に得た技術なのか。
「《
いっそこれが彼の伐刀者としての力だったならどれだけ気が楽だろう。
死に己を浸し続けてきた男に、彼女らは畏怖の眼差しを向けていた。
ヨルは手元を狂わせないよう注意を払いながら隕鉄を首から引っこ抜く。
傷口から血が噴き出すが大事という量ではない。
そこで急に刀の感触と重量が消える。
一輝の魂の結晶である黒刃が宙に霧散したのだ。
経験でわかる。
こうなった
それを確認すると同時に、不快感と共にどろりとしたものがせり上がってくる。
「ゲぇっ」
ヨルの身体がぐらりと揺れ、その口から血と吐瀉物の混ぜ物を吐き出した。
食道をやられた訳ではない。
殴り飛ばされる寸前に放たれた一輝の抵抗だった。
刀身から拡散するように発生した破壊のエネルギー。それが血管や神経を打ち付け、平衡感覚その他にダメージを与えたのだ(ヨルは知る由もないが、それは第六秘剣《
加えて殴った感触も妙だった。拳が激突する寸前、全力で後ろに跳んだのだろう。結果としてそれは無駄だったようだが、最適な行動である事に違いはない。
敗北の際でもなお持てる手段の全てを出し切ったのだとヨルは理解した。
これは黒鉄一輝の根幹を、ひいてはこれまで出会った自分が理解できない者たちの行動原理を理解するための戦いだった。
結果としてそれはわからずじまいに終わってしまった事を残念に思うが、静まり返った闘技場の中一輝に背を向けるヨルの心に不満はない。
『……救護班急いで。くーちゃん。宣言しなよ。試合終了だ』
良い時間を過ごした。
言葉を交えて武力を交わして、これほど真っ当な男との出会いは今後もそうはないだろう。
楽しげに口角を曲げながら、彼は称賛の言葉を口にする。
「大したもんだ────」
がちゃり、と鉄が鳴る音が聞こえた。
弾かれるようにヨルが後ろを振り向く。
脇腹の凄惨な大傷も生々しく。
意識があること自体が驚愕に値する。
それでもなおその眼光は死なないまま────
────黒鉄一輝が、立っていた。
『たっ………立ったぁぁぁああ!!キャノン砲のような一撃を受けてなお!黒鉄選手、敗北を拒絶したぁぁああ!!』
「あれを受けてまだ立つなんて……!」
思わず全身を震わせる刀華。
ただ体力が削られるだけの《幻想形態》とは訳が違う。
疲労に加えて痛み、出血、感覚の異常。
あのダメージでそれらを捩じ伏せて立ち上がるなど、最早精神論の域を超えている。
そしてさしものヨルも絶句していた。
負けたらどうなるという勝負でもない。一輝が立ち上がる理由が何一つわからなかったからだ。
「……凄まじい突きでした。《
消えた隕鉄は一輝の活動の停止を示すものではなかった。
ただ武器を手元に戻すために一旦
そこまで考えが至った時、ヨルはハッと気付いた。
(出血が────)
『……そうか。黒坊も同じ事をしてたんだ。
殴られる瞬間に後ろに跳ぶと同時、呼吸法で腹に収まった臓器をすべて胸郭の中に押し込んで、その上でわざと腹を殴らせた。
スカスカの袋になった場所なら潰れる臓物もないし、突きの威力もその分減退するからねえ』
『黒鉄選手の命を繋いだのはその判断力ということでしょうか!?』