『だけじゃない。アドレナリンの過剰分泌による痛覚の麻痺と血管の収縮による止血。アタマのリミッターを自在に外せる黒坊だ、これも意識してやってるんだろうね。
……けどやっぱ、理屈を並べても結局はハートの強さってやつさ。腹を砲弾に突き破られて立ち上がるなんざ尋常の沙汰じゃねえ』
気付けば歓声は止んでいた。
水を打ったように静まる空気に、一人の剣士が命を燃やす。
『今際の際でまだ戦う気なんだ。皆しっかり見ときなよ───ああ言うのを死兵ってんだ』
(ああ、強いな。本当に)
戦闘不能を待つばかりなはずの一輝の胸を満たすものは、純粋な憧憬だった。
酒と言葉を酌み交わし聞いた彼の人生。
身寄りもなく生まれ戦場で育ち、敵しかいない世界で生きるためにあらゆる死力と手段を尽くした。
どこかの誰かの気分次第で隣の誰かが敵になる。
奪えれば奪う。一つ残らず糧にする。
愛に出会えず誇りを擲ち、信奉できるものはただ己の力のみ。
そんな中であっても彼は絶望しなかった。
自身が貫くに足る道を見付け、傷だらけになりながら今日まで歩いてきた。
誰の支えも無く心を許せるものも無く。
それは龍馬と出会わなければ……ステラや珠雫、アリス達がいなければ折れていた自分には、到底歩けなかった道だ。
「負けられない理由はないけれど……負けたくない理由なら、あります」
「っ」
だから戦ってみたい。
孤独に戦ってきた『先輩』に挑んでみたい。
痛みと疲労を忘れているとはいえ、良く動けてもあと一太刀。
気を緩めれば内臓が溢れ出す。
だからなんだ?
その程度で倒れるような覚悟で、彼と戦える訳がないだろう!
「今度は背中を向けさせない。
僕の
切っ先はヨルに向けたまま引き絞るように隕鉄を構える。
その眼光はどこまでも鋭く、心臓に刃が滑り込むような感覚をヨルに感じさせた。
思わず吐いた息に込められたのは感服ではない。呆れだ。
どこまでも非合理。
だがそこに答えがあるのかもしれない。
全霊で自分に挑もうとするあの男の中に、自分が理解するべきものがあるのかもしれない。
「......OK」
ならば応えよう。
この男の全霊に相応しい全力で。
「付き合ってやるよ。気の済むまでな」
その瞬間、一輝を除く全員が周囲を見回した。
聞こえてくるその音が人体から発せられた音だと思えなかったからだ。
異様な構えだった。
身体は深く沈め脚は圧縮されたバネのように折り畳み、振りかぶる右腕は脊柱すら思い切り捻り限界まで後ろに引き絞る。
四肢や脊柱だけではなく頸椎や顎関節まで、あらゆる関節の可動域を同じ方向に向けて限界まで絞り上げる。
槍投げや砲丸投げのフォームを恐ろしく極端にしたようなその構えは、素人が見てもわかるほどに真っ直ぐに突進して殴ると誓いを立てていた。
観衆が聴いた音とは、その構えを取ったヨルの身体から響いたものだった。
ぎぎぎギギギギギリギリギリギリ!!!
と、鋼鉄のワイヤーが軋むような音がヨルの身体から鳴り響く。
戦闘中に《
『よ、ヨル選手から聴こえてくるこの音は一体!?あの構えの中で何か凄まじい事が起こっているようです!!』
『………こりゃ筋繊維が軋む音だ』
寧音が思わず口に手を当てる。
『やってる事は《
けど、筋肉の収縮にもいくつか種類があってね。
中でも筋肉が一番強い力を発揮するのが、引き伸ばされながら収縮する「遠心性収縮」だ。
ヨルは身体を捻りまくることで全身を遠心性収縮させてる訳さ。
あの極端なフォームはそのせいだ』
『あの音はそれによって筋肉が立てているものだと!それにより生まれる破壊力の程は!?』
『さっきのとは比べ物にもなんねえさ。
腕と体幹だけじゃねえ。下半身や顎の関節、指先一つに至るまでおよそ全部の身体部位を総動員して、最も強い力を限界まで増幅させてる。
あらゆる筋肉から発生するエネルギーは倍増どころか累乗と考えていい。
その上で力の全てをブン殴る力に充てるワケだ
───さぞかしスッゲエのが見れるだろうねぇ』
一輝の腹部から滴った血が地面に落ちる。
刹那。
ヨルの姿は闘技場から消えた。
筋肉の一つ一つを独立させ自在に動かせる彼にのみ可能な突き。
モーションの際にあらゆる筋肉に割り当てられた役割を全て攻撃に一本化。
足指をスパイクとして一足で相手に飛び込み、文字通りに全身を砲弾と化し全質量を全力で叩き込む大技。
『一般的な成人』が持つ全ての骨格筋が発揮する力は、合計で20tにも及ぶことをご存じだろうか。
《
彼が唯一自分で名前を付けた一撃。
その破壊力と衝撃を何と形容するべきか───
空爆のような轟音と衝撃がドームの中を揺るがした。