ヨルは基本的には一輝と同じFランク、一般人と大した差はない。
魔力による身体能力強化も実戦に応えうる代物ではないため、今のヨルの一撃も力と技術のみによるものだ。
その上で、西京寧音はこう評した。
『……まっさか本気モードのステラちゃん並とはねぇ……』
新宮寺黒乃が咄嗟に生徒達を避難させていなかったら相当な数の怪我人が出ただろう。
ヨルの拳が着弾した壁が観客席ごと崩落していた。人間という枠組みから逸脱した、これが彼の集大成。
脆弱な人の身体など百度潰して余りある戦鬼の鉄槌を一身に受けて───
──黒鉄一輝は、その場から一歩も動いていなかった。
「────────」
一握りの実力者がその意味を理解した。
紅色に染まった鴉の濡れ羽。
拳を撃ち抜いた姿勢で停止したヨルの足元には鮮紅の泉が生み出されつつある。
「………しくじった」
ぽつりと零れた悔恨の一言。
抉られた胸を源泉に大量の鮮血を溢れされ───傭兵の身体がどさり、とうつ伏せに倒れ伏した。
『……い』
その状況を全員が理解するまで十秒余り。
全ての事柄の因果関係を正しく認識した観衆が大歓声を上げた。
『一閃んんんんんっっ!!爆撃のような一撃と交錯した黒鉄選手、逆にヨル選手を致命の一太刀で叩き斬ったぁぁぁああああ!!!』
ドオオオオオオオ!!!とドーム全体が震えた。
割れんばかりの拍手喝采。
雷のような快哉の大波が祝福となって一輝に押し寄せる。
「うおおおお!!すげええええ!!!」
「黒鉄くんかっこいー!!!」
「何が起きた!?何にも見えなかったぞ!」
周囲とは逆に理解した者もいた。
「そうか……わかったわ!」
「ステラさん、何がですか!?」
「今の激突よ!あの突きの軌道は極めて直線的。ヨルの思考を暴いたイッキにとってカウンターを合わせるのはそう難しくなかったはずよ。
だけど速度に差がありすぎた。あの埒外のスピードには、イッキの剣速でも到底足りなかったのね」
「ではどうやって?」
「《
ステラの表情は喜色満面だった。
「イッキはここまでの応酬の中で、速度と力を激増させるヨルの《筋収縮の術理》を盗んだのよ!それを使って足りない速度と激突に耐える力を埋め合わせた───死の間際でも進化を止めなかった、それがイッキの勝因よ!!!」
やった──やってくれた!
刀華も思わず拳を握る。
武力誇示による不安要素の抑制。生徒たちの長として己がそれを為し得なかった情けなさを胸に抱きつつも、今はただ一人の剣士として彼の勝利を喜んだ。
そして黒乃もまた同じような安堵を感じていた。
最高戦力を武力で下して抑えの無くなったヨルが暴走し、もはや改善の余地無しと断ぜられていたら、黒乃や寧音らが動き始末せねばならなかった。
しかしそんな最悪の可能性は今、一輝の勝利によって消え失せた。
無論彼はそんな事情は知らない。
だけど確かに彼は、血塗られた未来の可能性を一刀で切り捨ててしまったのだ。
(大した男だよ、お前は)
称賛と共に微かに微笑む彼女だが、すぐさま頭を切り替える。
二人の傷は深く早急な治療が必要だ。場合によっては黒乃の能力で状態を固定せねばならないかもしれない。
この激闘に幕を下ろすべく、黒乃は右腕を掲げて宣言する。
「それまで!勝者、黒鉄一────」
「白々しいですよ」
突き刺す一言。
他ならぬ勝者であるはずの一輝から放たれたその言葉は、会場の空気を縫い止めるかのように停止させた。
「気配の消し方そのものは本当に見事です。もはや『死んだふり』の領域ではありません。筋肉の微細な振動も呼吸音も、バイタルというものを何一つ感じ取れない。これを別の攻撃の後にやられたら、僕は完全に引っ掛かっていたと思います」
だけど。
「────刃が心臓に弾かれた時点で、騙されるはずがないでしょう」
にぃ、と。
焼け爛れた半分の顔面が笑った。