彼が名乗った己の力に呼応して、黒鉄一輝も叫んでいた。
六十秒で全てを絞り尽くして身体能力を数十倍にまで引き上げる諸刃の剣。
《落第騎士》と揶揄された男の、その生き様の象徴となった渾身の
「《
激突。
全力の踏み込みが互いを最短距離で結びつけ、一歩も退かずただ全力で拳と刀を振るう。
最高潮の激突に沸き上がる観衆だが、そこで全員が違和感に気付き始める。
そう。
これほどの激突にも関わらず、戦いの音がほとんど聞こえてこないのだ。
『黒坊は既にヨルを掌握してるから攻撃を喰らうことはない。相手がいっちゃん嫌がるタイミングで的確なカウンターを突っ込んでるねぇ。普通なら何度かバッサリいかれてるはずなんだけど、コイツはヨルがちっと曲者だぜぇ?』
『……曲者とはつまり……!?』
『ヨルのスタイルを支えてんのは埒外の体幹とグリップ力から成る土台だかんね。本来なら体勢を引っ込められない所からリカバリー出来ちまうんだよ。
いわばジャンケンで延々と後出しし続けるようなもんさ。
黒坊のカウンターをしっかり見てから回避して、同じ様にカウンターを叩き込んでる。
さらに黒坊はそれを迎撃、さらに迎撃、迎撃、迎撃、迎撃………まるで終わりが見えやしねえ』
眼前の光景に圧倒され全員が押し黙った静寂の中、解説の声だけが響いてくる。
二人の攻防を評する西京寧音の言葉は、まるで空に咲く花火の風情を慈しむような、いっそ穏やかなまでの語り口だった。
『静かだねぇ。静かで、激しい。まるで
刃が踊り四肢が吼える。
激突の音は無い。全力で攻撃し攻撃され、その全てが当たらない。聞こえるのはただ刃や拳が空を切る微かな音と足が地面を擦る音。
いずれ来る終わりに向けて命を削る二人は、尾を喰らいあう二匹の蛇のようにも見えた。
広い闘技場の中心の一点であるにも関わらず、感じる力の圧力はまるで狭い密室で振り回されるハンマーのようにヒリヒリと突き刺さってくる。
蒼光と星空、異なる色彩の魔力が激突する様は局地的な災害そのものだった。
(けどこのままじゃ負けるな)
一輝は冷静に判断した。
腹の傷と出血は放出される魔力で蓋をしているが、問題は時間。一時凌ぎの応急処置に加えて、一分後には自分は指一本動かせなくなるのだ。
この膠着状態が続くほどに、時間が経つごとに加速度的に敗北……否、死の淵へと追い込まれていく。
しかしこちらのカウンターを見てから確実に迎撃する後出しを行使する彼に、今の自分の技は通用しない。
ならば作るしかない。今の彼に通用する術を。
背中に片手で刃を背負って鋒を空いた手の指で強く掴み、その指を鞘として抜き放った。
デコピンの原理で力を爆発的に高められた居合い抜きが《雷光》に匹敵する勢いでヨルに迫るが、ヨルはその速度を既に見切っていた。
元より音速を超える死が飛び交う世界の住人、スピードに対する順応はズバ抜けて高い。
この応酬の中で繰り出すにはモーションの大きすぎる一太刀をヨルは悠々と躱し、
その瞬間に逆袈裟に切り裂かれた。
この技には段階が二つある。
第一段階は居合い抜き。
力を込めるのは抜き放つ瞬間だけ。後は勢いに任せ、腕を液体レベルまで完全に脱力させ刀を振るう。
第二段階は回避された時。
回避された瞬間、脱力した筋肉を一斉駆動。回避した相手を追いかけるように二の太刀を繰り出す。
腕をさながら鞭のように扱う剣技。
『切り返す瞬間に最高速を叩き出す』鞭という武器の特性通りに、───その二の太刀の剣速は《雷光》を超える!
「
噴き散る鮮血。
ヨルの反応速度を超過した隕鉄の刃は確かにヨルの身体を捕らえ、その胴体に斜めに線を引いた。
それでもなおヨルは止まらない。
鉄の臭いと熱気に塗れながらも、暴威の悪魔が爆進する。
「~~~~~~~~~っっっ!?!?」
拳が。掌が。脚が。
あえて近いものを挙げるならば空手だろうか。
一撃一撃が猛烈な圧を放つ力の連打。
微塵も衰えを見せない勢いに、一輝は呑み込まれぬよう必死に抗う他なかった。
(なんで怯みもしないんだこの人はっ……!?)
止まらない。
仰け反りもしない。
表情どころか眉一つ動かない。
まるで感情や感覚のない、瓦礫を大量に巻き込んだ濁流を相手にしているかのような感覚。
ヨルの生涯は痛みと共にある。
かつては殺し合いの他にも、時として捕まり拷問を受けることも珍しいものではなかった。
斬られて。打たれて。折られて。極められて。
貫かれて。咬まれて。剥がされ。絞められ。焼かれて、裂かれて、抉られて、削がれて割られて抜かれて掘られて捩られ落とされ断たれて蜂の巣にされて。
例えば呼吸をすることを苦痛に感じる生物はいない。
凄惨な戦いに順応した彼は、もはや痛みという感覚をそのくらいに当然のものと受け入れていた。