痛みとは恐怖。恐怖とは生存本能。
極限の環境に適応するために『それ』を捨てるという破滅的な矛盾。
そんな狂気を孕んだその目に一瞬、一輝の心は確かに竦んだ。
人の堕ちうる修羅道を超えた?
たかだか三善道の一つを征したなどと……なんと可愛らしい小鬼なことか。
誰かの命令で命を捨てる、人の権利無き畜生道。
餓えと渇きに堪えかねて、屍肉を喰らう餓鬼道。
止める事なき苦難と苦痛、産まれを呪う地獄道。
悪道に生き悪道に戦い、全てを彼は踏破した。
黒鉄一輝の前にいるのは、ただ正真の
「くあっ!?」
その竦んだ一瞬をヨルは見逃さない。
心が乱れ僅かに歪んだ剣筋を拳で打ち払い、隕鉄の刃を大きく撥ね飛ばす。
腕を弾かれ無防備になった身体めがけてヨルは姿勢を沈めた。
回避も間に合わない。
だけど一輝の目はまだ諦めていない。
──あの七星の舞台で恐怖に呑まれた記憶を、一輝はついさっきのように思い出せる。
最高の好敵手の前で、自分は怯えて無様を晒した。
あんな真似はもう御免だ。
恐いなんて感情は今だって感じている。
しかしそれを乗り越える意志の強さは、決して狂気に劣るものではない。
ヨルが腹の傷を狙い
刀での迎撃は間に合わない。その上で一輝は前に踏み出した。
もう、恐怖からも脅威からも逃げはしない。
「番外秘剣───」
自分に誇れる自分である為に。
彼女に誇れる自分である為に。
この歩み、二度と止めてなるものか───!!
「────《
そして激突。
──ヨルの身体に、未曾有の衝撃が駆け巡った。
「ごォっっ!?」
ヨルが初めてダメージを表情で表した。
なのに体重と筋量で大きく劣るはずの一輝に轢かれた。
まるで自分自身から喰らったような───いや、『それ以上の威力だった』。
一輝はヨルの突進に対して、そのさらに下に潜り込む低空の突進で応じた。
そして背中がヨルの上半身に接触すると同時に全身を脱力、衝突のエネルギーを丸ごと地面に押し付けながら───間髪入れずに筋肉を一斉収縮。
全身を鉄塊と化し、エネルギーを地面に押し付けたことで生じる床反力をそのままヨルにぶつけたのだ。
プラス筋肉の収縮による発剄。
相手の力をそのまま返す《
筋肉の収縮と弛緩のタイミングが僅かでも狂えばそのまま吹き飛ばされていただろう綱渡りだったが、その成果はリスク以上。
深く根を張る巨木の如き安定感を誇るヨルの身体が、完全に宙に浮かされた!
「………っ!」
体捌きの極みに至らんとする一輝の技は、戦車砲の通過や爆発などで衝撃に慣れているヨルをしてその動きを刹那の間停止させた。
それは知覚すら覚束ない瞬きの間。しかし一流の剣士はそれだけあれば戦況をひっくり返してのける。
一輝が放つのは全身を連動させた渾身の重撃。
終幕を宣言するかのような一閃を前に、ヨルが対応させることができたのは衝撃でまだ満足に動かない腕一本のみ。
それを認識できた者達は皆が一輝の勝利を確信し、ヨルでさえも己の敗北を覚悟していた。それ程までに『詰み』と言ってよかった。
そのはずだった。
バギン!!!と刃が大きな悲鳴を上げた。
「ぐうっ!?」
手首を襲った激烈な衝撃に、一輝が思わず後ろに下がる。
───何が起きた!? 何をされた!?
もう残り時間は30秒を切った。
あの窮地を覆せる一手の存在にさらに警戒を強める一輝だがしかし、当のヨルにも自分がいま何をしたのかあまり自覚がないようだった。
追撃に来る様子もなく、ただ何かを確かめるかのように前腕部をくるくると捻っている。
それを見た一輝は、全力でヨルに斬りかかった。
(不味い。この状況で「掴ませる」のは絶対に駄目だ─────!!)
心臓を掴む悪寒を払うように一輝は最速の剣技を放つ。
疾く速く一直線に迫る黒刃に対して──
───ぎぃ、とヨルは軋むように笑った。
『こ、これは何が起きているんだぁ!? 生身であるはずのヨル選手の腕が、鋼の刃を正面から弾き返しています!』
『……タネは《腕の回転》さね。《関節の捻り》と言ってもいい』
『か、回転、ですか?』
『古今東西あらゆる武術において関節の円運動を含まない技はない。殊に空手じゃ回し受けっつー両腕を回転させる防御が鉄壁と謳われてる。
螺旋運動による貫通力と剛性、遠心力による威力の増加、さらに相手の運動を横に逸らせる柔軟性……円運動は武術の根幹を為す動きなんさ。
そして円運動の肝はその《中心》!
根幹がブレず強靭であればある程に力は激増する!』
土台は既に完成していた。
後は学んでやってみるだけだ。
『ヨルはここに来て完成させたんさ!!
自分自身の《