回転には必ずその場から動かない『中心』がある。
そして戦闘における回転運動の割合を大きく占める体幹───その中心は、主要な臓器がいくつも重なった急所だ。
「つっっっ!!?」
急所への被弾を避けるため、ヨルは上体を大きく反らして回避せざるを得ない。
すると回転軸の中心が大きく崩れ、身体が直前までの勢いに振り回されることになる。
───高速回転する独楽は一度バランスを崩せば盛大にクラッシュする。
この死闘が始まってから、初めてヨルの体勢が大きく崩れようとしていた。
あとは最後の一押しだ。
ここに来て掴み取った、黒鉄一輝最後の好機!!
「おおおおおおおおおオオオっっ!!!」
下半身のバネを全解放。
《犀撃》の突破力をもって大きく傾いだヨルの身体に、一輝は全力の全質量でぶち当たった。
渾身のタックルでヨルを地面に倒し、組み敷きながら急所を刺し貫いて止めを刺す。
そんな目論見でヨルに激突した一輝が脳裏に描いたイメージは、莫大な水を湛えた堅牢なダムだった。
明らかに不安定な姿勢なのに、自分の全力を受けて小揺るぎもしない。
ヨルは確かに大きくバランスを崩した。見間違えたなんて有り得ない。ここまでの情報と照らし合わせても、この体勢ではこの威力に耐えるなど不可能のはず────
その瞬間、一輝の脳裏に西京寧音の言葉が蘇る。
『戦士なら無意識で処理する情報に干渉してっからね───』
(っ重心位置のフェイク─────!!!)
「
それは一輝の技から盗んだものか、基礎からの発展が辿り着いた成果か。
呵呵大笑の叫びと同時。
ヨルの胴体から放たれた渾身の無寸剄が、満身創痍の一輝を蹂躙した。
無寸剄───中国拳法に見られる、全身を連動させた力を一点に集約して放つゼロ距離の打撃。
それを体内に埒外の馬力を持つヨルが放ったのだ。
痛覚を超過した衝撃の感覚に、一輝が戦車に轢かれたと錯覚するのも無理なからぬ話だろう。
自分の意識が明滅するのを感じる。
多分自分は吹き飛ばされ、地面に落ちようとしている………と思う。
見れば彼は恐らく自分に追撃をかけようとしているではないか。
何とかしなければ。でも身体が動かない。
(……あれ。ぼくは、なにを、していたん、だっけ)
もはや自我すら溶けて消えようとしていて。
そして彼が一輝に向けて踏み込んで。
それは一輝には当たらず、頭のすぐ横の地面を砕き壊した。
「っっ───っは!!」
その轟音とショックで意識を吹き返した一輝は慌てて地面を転がって立ち上がる。
……外した?あのタイミングで、何故。
いまだ感覚が定かではない全身に鞭打って次の攻撃に備えるも、何故かヨルはその場から動かない。
どんな攻撃にも膝を折らなかった彼の身体はわずかに傾いでいるように見えた。
『あっと……!?ヨル選手、トドメを刺す瞬間にバランスを崩しよろめくという痛恨のミス!一体何が起きたのでしょうか!』
『そりゃあ考えてもみなよ。心臓まで届く深さでザックリやられて、ここまでフルスロットル出来てる時点でおかしいんだ。いくら魔力で傷にフタしてたって、どっかでガタが来るのは当然さね』
『あっ……』
『……ま、それは黒坊も然り、だけどねぇ』
寧音が静かに目を細める。
言われてみれば当然のことを指摘され僅かに赤面する実況の月夜見だが、一輝とヨルの体はそれ以上に血で真っ赤だ。
死に直結する出血を止めてもズタズタになった身体は生存に必要なエネルギーを容赦なく食い潰し、失われた血液は体温と代謝を保ってくれない。
もはや武力の駆け引きを行える状態ではない。
双方共に限界の半歩手前だった。
荒い喘鳴を吐きながら目の前の相手を見る。
自分と大差ない深手を負っている黒鉄一輝はやはり、まだ膝を着くことを己に許容してはいなかった。
「……何だっけかな、もっぺん教えてくれよ。……お前は、どうして強いんだ?」
「……自分の価値を証明する為に。才能や環境で自分を諦めようとしている人達に、諦めなくていいんだと背中を押せるようになる為に」
「そうか。そうだったな」
はは、と軽い笑い声。
その時のヨルの表情を正面から見た一輝の心臓が一瞬、戸惑うように高鳴った。
それは顔の半分が異形と化しているとは、何百という人間をその手で殺したとはとても信じられないような────
「……ああ。お前でなくちゃ、こんな感覚も無かったかもな」
────柔らかく、穏やかな笑みだった。
「初めてだよ。戦士として戦いたくなったのは」
ドンッッッッ!!!!と目の前が爆発した。
ヨルの動いた軌跡を慌てて追えば、既にヨルは闘技場の天井……一輝の手の届かない遥か高所にいた。
天高く見下ろす星空は、眼下の人間に布告する。
「───ぶつけてやんぜ。俺の持つ力の全てを」